第17話

 隆章は雫が出掛けたあと、後輩である鮫島を自宅に呼び出した。


 半年以上前、あのリークされた捜査情報から一転し、不可解なほど事件は闇に葬りさられ、追求は止んだ。


 誠太に聞けば、OBが何とかしたのだろうと言う。不祥事は大学のブランド価値を下げる。そうしたくない誰かが動いたのだろうと予想は立つ。


 隆章は雫を落としてからはサークルは半ば適当にこなしていた。だが、それまで手掛けてきたマルチまがいのセミナーやヤリサーの女の斡旋などで少なくない金を手に入れていた。


 大学を出てからそれらからは綺麗に手を引き、誠太に後は任せた。結婚してからはマンション購入に当てただけで、まだ多く残している。仕事も割と順調で、仕事にストレスもあったが、やりがいと面白さを感じていた。ただ、最近は雫に使った違法ドラッグの影響も考えたりしていて抱かないようにしていた。


 隆章は自分の描く人生プラン通りに進めていた。


 もっともそんなことは雫には言えなかったが。


 半年前の長い旅行のあと、久しぶりに見た雫は艶が違っていた。まるで出会ったあの頃のようだと感じた。違法ドラッグももう大丈夫だろうし、サークルも問題なかったと子作りに励んだ。


 まさか一発で当てるとは思わなかったが。


 それからは仕事にますます精を出し、早めに帰るようにしていた。雫もそれは嬉しそうに迎えてくれていて、幸せな日々が続いていた。


 だが、新しく問題が起きたのだと言って、その後輩が頼ってきた。ようやく安定した妊婦の雫を抱く予定だったのにタイミングが悪すぎる。


 当然雫には秘密だからだと、誠太に言って嫁を宛てがい旅行に行かせた。その後いつの間にか仲を取り戻した実家にも帰る予定だと聞いている。


 産後に会う予定を組んでるからと雫は言っていてまだ挨拶には行けていないが、面倒をかけたくないと言いはる雫に隆章は感謝していた。


 それにしてもこの後輩、なぜ俺なんだ。他にもOBはいるだろう。


 隆章は眼前に座らせた鮫島を鋭い目つきで見据えた。


 坊主頭のクソガキにしか見えない容姿で、確かにヘマしそうだなと隆章は思った。どこからどうバレたのかは聞いてはいないが、俺は全て顔出ししてないし、音声もコロコロ変えたんだぞ。それくらいしろよと憤慨する。



「それで、面倒なことってなんだ? もう終わったんだろ?」


「は、はい」


「お前と幹部連中が大学辞めてお終い。そう聞いている。お前はともかく、何で俺が関わるんだよ」


「…」



 隆章の静かな苛立ちを感じる声に怯えたのか、推し黙る鮫島を見て、ビールでも飲みながら聞くかと、溜息をついて席を立った。



「お前も飲めるんだろ。グラス手伝え」


「はい…」


「俺にとって大事な話ってのはなんだよ。ガセじゃないんだろうな」


「は、はい。それは…こういうことです」


「イぎぃッッ?!」



 冷蔵庫に手をかけた隆章は、突然首元に痛みが走り仰け反って膝をついた。


 と思えば、意識を失っていた。


 鮫島の怯えたような乾いた笑顔が、最後に見えた気がした。





 里香との待ち合わせは現地集合。それは半年前と同じだった。だが、待ち合わせ場所に来たのは誠太だった。



「ここまで大丈夫だった?」



 誠太は労わるような声で雫に声をかけた。



「ええ。意外とみんな優しいのよ。それより奥さんは大丈夫?」


「ああ、いつもみたいに出張ってことにしてる」


「隆章さんにバレないかしら」


「最低のクズ野郎って言ってあるからね。自分からは連絡取らないし、俺のこと愛してるし大丈夫」


「……そう。そして捨てるの?」


「それはないかな。雫ちゃんと同じでさ、俺も愛してるし」


「最低ね」


「君もね。でもそんなもんじゃない?」


「それはそうかもね…ふふ」


「はは、で、どこに向かうんだいママ」


「もう…こっちよ」



 頭のおかしな会話をしつつ、誠太を案内した雫は、風情のある旅館を見上げた。それはあの日と同じような構図なんだろうなとぼんやりと思った。



「ここは…」


「どうしたの?」


「い、いや、なんも。風情というか、秘密の旅って感じで良さそうだね」


「でしょう? 誠太君ってシチュエーションにこだわりあるじゃない。結構探すの頑張ったのよ? 気に入ってくれたかしら?」


「ああ、うん…楽しみだ」


「ふふ…そうね」



 雫は誠太には見せないようにして、にぃっと笑った。そしてあの時と同じ部屋に向かった。

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