第20話
露天風呂に向かう誠太を見送った雫は、部屋の間取りを懐かしむように見渡した。
和馬を裏切り、隆章と誠太に嵌められた馬鹿な女の始まりの場所だったなぁとお腹を撫でた。
見ないふりをしていた後悔は二人分なら怖くない。
そして思い出すのは、初めて里香と出会った時だった。
◆
「はじめまして。里香でーす」
「こんにちは。急にすみません」
「いいよ〜。いっつも二人だけだし」
雫は手始めに誠太の自宅を見つけだし、妻の里香から仲良くなることにした。USBのことなど知らないふりをして、大学時代の友人という体裁で訪れた。
出迎えたのは戸塚里香。髪を明るく染めたスレンダーな体型の可愛らしい女だった。
自己紹介を済ませ、他愛のない会話と今となっては思い出すのも苦痛な大学時代の話をしつつ、里香を観察した。その快活な様子と物おじしない態度から雫とは何もかも真逆の性質に思えた。
どうやってUSBのことを話そうか。そう悩んでいたら、里香が唐突に切り出してきた。
「この子、知ってる? あなたと同じ大学じゃないけど」
見せられたのは、長い黒髪の女子高生だった。同じ高校出身なのか、お揃いの制服を来た里香との写真で、何処となく雫に似ていた。
いや、見たことがある。
これはあの時の写真の女で、USBの中にもあった女だった。
「里香さん…少し聞きたいことがあるの」
隆章や誠太に堕とされた女だった。
「賭けには勝ったみたいね」
「え?」
「実は私も復讐者なの。仲良くしましょ」
そう言って、里香は笑った。
◆
里香と誠太の出会いは隆章と雫のように大学時代だった。元々プログレスは大学横断型のサークルだったが、いろいろなグループに別れていた。
中には怪しい自己啓発セミナーやマルチみたいなグループもあると噂されていたが、里香はお気楽なゆるいグループに所属していたため信じてはいなかった。
だが、ある日開かれた飲み会を最後に居なくなった友達を探すようになったのだと言う。
「初等部からのお友達で仲良くてね。わたしのとこって割とお嬢な学校でさ。付属へはそのまま上がらずにね。二人で同じ大学目指したの」
一緒に行かなかった後悔を胸に、ヤリサーの噂を聞きつけ、雫の大学を訪れたこともあるのだと言う。彼女は見つからなかったが、誠太と出会い恋に落ち、結婚までしてしまったのだと言う。
「結局は見つかってね。でもわたしの知ってる彼女じゃなかった」
苦い顔から、して欲しくない変化だったのが汲み取れる。
結局彼女は大学を辞め、行方知れずとなった。当時付き合っていた彼氏もどうなってたのか聞けず終いで、疎遠になったのだと言う。
里香自身は誠太との幸せな日々が続いていたのだが、最近になって様子のおかしい誠太を怪しんでいたらある宅配便を見つけた。
そしてその中に映る夫の過去の悪行と、友人の姿を見つけた。
「頭真っ白になってね。でも冷静じゃないとって」
それから誠太の部屋をくまなく探したが何もない。だけど近所にあるトランクルームの鍵を見つけた。そこでハードディスクを見つけ、中を漁ってみれば、誠太の先輩の隆章とその妻の姿を見つけた。
そしてどうやら隆章の妻、雫に並々ならない想いを抱いていたのがわかったらしい。
それから少しして、誠太が隆章に会うのだと聞いて、すぐさま追加のデータを差し込んだ。
それは雫が見た隆章から和馬への悪質なライブ映像の全記録だった。
「多分、誠太は雫さんを脅す気だと思ったの」
それから数日もすればデータは全て消されていた。彼もよほど焦っていたのか、酔っていたのか、データの履歴は確認してはいないようだった。
里香は雫さえも隆章と誠太の味方ならどうしようかと思っていたが、悲痛な彼女の様子を見て、どうやらそうじゃないなと思って打ち明けたらしい。
「仲間が欲しくてね。会いに来てくれて嬉しいよ」
里香は泣きそうな顔でそう言って笑った。
そこから二人の計画が始まった。
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