第12話 @中嶋和馬

「それだめぇぇ、ッ、ッ、ッ!!」


「まだいけるでしよ?」


「駄目、だめぇ!!」


「画面の中の君はまだまだ元気じゃないか。また嘘を吐く気かい?」


「だって和くんだからぁ! 隆章と…あっ! ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」



 こいつ、誰に謝ってんのか。


 結局背徳さえあれば、誰でもいいのだろうな。


 お酒もあってか、だんだんと腹が立ってきた。飲み直すって言うから友達の分もと買ったのに嘘かよと、缶の酒をまたグビリと煽る。



「なあ、なんで僕を裏切ったんだ?」


「ご、ごめんなさい…! 私どうかしてました…ひぎっ!?」



 思ってもない言葉で雫を追い詰めて時々ポッチを捻る。面白いように痛がり、狼狽し、跪いて涙をこぼす。


 だけど、瞳は期待しか映さない。


 外的刺激に弱く内向型で悲観的、共感力は高く堅実性も高い。いや高かったか。


 君がそんなに罰を受けたがっていたなんてね。まあ、こんな映像見ればそう思っても仕方ないか。


 だけどやはりどうにも大学時代の彼女に見えない。今の雫は、どちらかと言えば僕の知る彼女に見える。


 生活が退屈になったことで、過去の記憶に縋ったのだろうな。


 勘弁してよ。


 そう思って窓を見ると、カラスが飛んでいた。そろそろ帰るか…。


 すると雫はその隙にファスナーをズラして取り出しやがった。


 手慣れてるのを隠そうとしているのが何となくわかる。


 こいつ酔ってない。


 そういうのまあ、嫌いじゃないけどさ。



「…」


「あ、ああ、まあ…笑ってもいいよ」



 僕は陰茎彎曲症なんだよ。


 先天性と後天性に分類されるんだけど、先天性陰茎弯曲症は、陰茎海綿体の発育のバランスが悪く、成長するに伴い陰茎の湾曲が強くなる。だからおそらく僕は先天性だろう。


 というのは風俗のお姉さんに聞いた。


 簡単に言えばドライブシュートだ。


 川の主とか大物釣った釣竿みたいな感じだ。


 いや、僕の人生において、大物って言えばその通りかもだけど、これのせいもあってか、雫とはそんな雰囲気になってもなかなかしようとは思えなかったんだよな。



「…笑わないよ。ふふ」


「……」



 こいつ、嬉しさを出すようにと安心させるようにと笑ったな。確かに僕と君の間にはそんな空気はあったし、その顔は見覚えがある。



「……」



 だからその当時、僕はプライドが高かったんだろうな…過去に触れると、いくら自分が固定不変ではないと頭でわかっていたとしても、キツいものがある。


 それはつまり成長の証だろうけど。


 ならもう少し付き合うか。


 とりあえず無言で口を差し出そうとする雫を止めて、店を出る際、リュックに仕込んでいた「非常持ち出し袋」を取り出し、中身をベッドにぶちまけた。



「え…?」


「ああ、お客さんの要望でね。たまに使うんだ」


「そ、そうなんだ…和くん、…そうなんだ…」



 何素に戻ってんだ。


 僕を変えたのは君だろうに。


 中に入っているのは防災グッズではなく、SMグッズだ。


 あの男は道具に頼らないのか、雫の未知への困惑と期待の表情が、面白いように行き来している。



「まあ、飲み屋やってるとね、大抵の汚物には耐性が出来るものなんだよ」


「お、汚物…」



 太いおもちゃな注射器なんて、何に使うか知らないわけはないだろう?


 いや、もしかしてあの男、手段はアレだったけど、普通の結婚生活にでも憧れてたのか?


 はは、そんな馬鹿な。


 ただ飽きただけだろう。


 さあ、全て掃き出し晒すがいいさ。


 そしてもっと思い出させてくれよ。


 確か、小学生の頃、お漏らし庇ってやっただろ?


 こんな映像を見たとしても、思い出も香りも、僕の中では何もかも薄れてるからさ。



「雫、君を綺麗にしてあげよう」



 そして罪悪感なんて、抱く必要がないってとこまで綺麗に垢を落としてあげるよ。


 抱きはしないけど。

 

 はははは。

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