第13話 @中嶋和馬

 土曜日の夜、店はそれなりの賑わいを見せていた。それもそのはず、雫が来た日から一週間、店を閉めていた。


 雫を言い聞かせたり、実家に帰ったり、お客さんと会ったりと、お金にならないことに精を出していた。


 そのため今月がやばい。すごいピンチだ。


 しかも電気代が例年よりかならヤバいと聞く七月だ。普段は絶対しない営業ラインをしつつ、カウンターに立っていた。



「マスターがそんなの珍しいね」


「いやぁ、恥ずかしいけど、頼らせてってね。君まで来てくれるとは思わなかったけど。この間の殺し屋みたいな彼女さんは? 大丈夫?」


「殺し屋…ははは…わかる…はぁ……」



 彼はたまに後輩と飲みに来る常連さんで、どうやら酔わないとやってられないぶっ飛んだ彼女が出来たようだ。それから春先からは一人で来ることが多くなっていた。


 いや、一度連れてきた…というか尾けられていたね。


 それにしても容姿もさることながら、ダーツは神業だった。華もあるし、魅せることをわかってる子だった。うちの伝説だろうな。また来て欲しい。



「でもいい子じゃない。遠くから追いかけてきた子なんでしょ?」


「…今日はとことん飲みましょう」


「僕のメッセをダシに使ったね?」


「いや、ははは…」


「ああ、それより絵をありがとう。素敵な月夜だね。あまり詳しくはないけれど、飾らせてもらうよ」


「全然。ちょっとした現実逃避というか、趣味みたいなものなんで喜んでくれたら嬉しいです。素人ですみませんけど」



 それは幻想的な海に浮かぶ悲しそうな印象の円い月夜の晩を描いた絵だった。月は金のような、銀のような、そんな色味で、下半分は海の青が混ざっていた。



「何と言えばいいのか、そう、気になってしまう絵で、僕は好きだよ」


「照れますね。なんか昔を思い出そうと描いてるんですけど、思い出せなくて…ああ、今日はマスターも付き合ってくださいよ。奢るから古いやつかけて」


「世界を止めて、みたいな?」


「いいですね……でもそれ酔ってから聞きたい…でも神様、頼むから神様時間を止めて…! あいつを止めて…! 何なんだよあの車! うがぁぁぁ!!」


「ははは、随分と参ってるね」



 何があったか知らないけど、とっくに絆されてるようにしか見えないね。まあまあ言ってること無茶苦茶だったのに。それをなんだかんだ拒否出来ない彼も大概だと思うけど…。



「マスター、あの後どうなったんすか?」



 するとこの間の敗残兵くんが話しかけてきた。



「ああ、タクシー乗せたよ」


「そうなんすか…また来ますかね?」


「さぁ…もう来ないんじゃないかな」



 七年くらいは。


 まあ、それは冗談だけど、あそこまでぐちゃぐちゃにしたんだ。おそらくもう大丈夫だろう。僕もヒートアップしてしまって、酔いもあってか最後は寝落ちするくらい疲れたよ。


 そして目覚めるともぬけの空で、書き置きもなく間抜けな僕だけがホテルに一人いた。


 今度は逆だったな。



「まじすか…。あの後考えたんすけど、あの人死んだりしないですよね?」


「ははは、それはないよ。そんな事言い出したらうちのお客さん皆んな死んじゃうから」



 みんな二癖しかない人ばかりだ。



「…それもそうすね。俺は違いますけど。でもそれマスターいるからじゃないすか?」


「嬉しいこと言ってくれるね」


「へへ」


「いや、少しディスってる?」


「そ、そんなことないっすよ!」


「冗談だよ」



 ああ、眩しいなぁ。でもこの子もいつの間にかスレるんだろうな。



「それよりあそこのお客さん、一人だし、話し掛けてきなよ。いい子だからさ」


「お、わかったっす…ってなんで良い子なんてわかるんですか? 常連じゃないっすよね?」


「違うけど、なんとなくだよ」



 嘘だけど。ちょっとしたモンスター娘だけど、根はいい子だよ。ただ、付き合い方が下手なだけで。後日談が楽しみだ。君がシベリア送りにならないことを祈るよ。


 そして日が変わる頃、水商売の子達が集まってきた。



「マスターお客さん連れてきたよ〜。だいじょぶ? 元気ない? おっぱい揉む?」


「ははは、大丈夫。その気持ちだけで元気出たよ」



 雫、君も元気で。


 また辛くなったり、疲れたら来たらいいさ。今度こそ、お金貰うけど。

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