第11話 @中嶋和馬
結婚する前は「君を好きだよ」と1日100回言っていた男が、結婚して4年もすると、まったく言わなくなってしまう。
そんなことは普通だろう。
それは、心が全く変わってしまったということ。でもその人は同じ人だ。
そんな風なことをオーナーは言った。
心は盆の上の卵のようにコロコロと動き続けるものだと。
そのコロコロの「ロ」をとって「ココロ」になったと言われるほど、人の心は移ろい変わりやすいものなのだと。
本当かは知らないし、何故「ロ」だけを抜いたのかもわからない。
しばらくすればその心がどうなっているか自分ではそれは分からないし、すっかり変わってしまう。
それは自分ではどうにもならないものだと。
意識や記憶は地続きだし、本当かどうかは知らないけど、僕にはどこかすんなり納得できた。
「こんな汚い私でごめんね…ごめんなさ、いっ」
「汚くないよ」
そして体だけど、例えば現代医学では、臓器移植によって他人の体を自分が使えるようになっている。
しかも何もしなくても細胞が入れ替わっているし、七年も経てば全部入れ変わっている。
だから体は以前の自分ではないし、目の前の雫も、今まさに再生されている動画の中にあるような、僕の知る彼女の肉ではない。
体が自分ではないように、心もやはり、自分ではない。
つまり自分というものはどこにもない。
あると思うのは錯覚で、自分に実体はない、というのが僕のたどり着いた結論だった。
それまでの自分を一言でいえば「固定不変」の実体だと思っていて、固定した変わらない実体があると思うのは錯覚であり、迷いであり、そんなものはどこにもない。
まあ、それを無我って言うんだけどね。
後で聞いたんだけどね。
今まさに僕はそんな心境だった。
あの男とのセックスシーンを再生しながらの久しぶりのキスとか全然予想してなかった。
そりゃ無我にもなるよ。
◆
僕には寝取りも寝取られも寝取らせもそんな性癖はない。ないけどお酒のせいで確かにムラムラはしていた。
それを見抜かれたのか、雫は強引にキスをしてきた。
付き合っていた頃より何倍もいやらしい奴で。
こいつまあまあ上手いな。
それがまあまあキツいのは未練だろうか。
いやいや。
それに確認したかったのは別のファイルだったけど、まあいいかと僕はされるがままに流された。
明らかな不貞だし僕が巻き込まれないか心配だけど、それくらいエロかった。
だからこそ萎える。
「和くん、上書きして…欲しい…」
いや、人間ってファイルじゃないから。
そんな簡単に「上書きされた」なんて思わないし、思うならそれはおそらく恋愛ホルモンの報酬系中毒だろう。
雫のその貞操観の低さに改めて僕は彼女をきちんと知らなかったのだなぁと当時の僕を情けなく感じる。
それになんだか同窓会NTRみたいで嫌だった。途中ふと思った通り、下着も男を誘うようなエロいレースのものをつけていたし、最初からそういうつもりだったんだろう。
馬鹿にしてる。
ああ、本当に馬鹿にしてる。
「…やっぱり…こんな私、抱きたくないよね…期待して、こんなこと…ごめんなさい」
「…」
そういうことじゃ無いけど、今の雫にはわからないんだろうな。
しかし、いろいろ抱えてる女子を見ると、何とかしたくなってしまうのは僕に芽生えた悪い癖だ。
「…え? 和くん、何を…ふ、んん…」
──とりあえず、風俗のお姉様方に仕込まれた手業を披露してあげようじゃないか。
お金貰うけど。
ははは。
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