第10話 @中嶋和馬

 数年ぶりに見た雫は、綺麗になっていた。


 いろいろな女性を見てきたけど、やはり別格だと思う。


 髪は当時より短いショートボブのストレート。所作も丁寧で上品。だけど、あの頃のような幼い仕草も時折見られた。


 締め付けられるような僕の感情を見抜いたのか、常連の彼が「再会を祝して」なんて的外れな言動で一杯奢ってくれた。


 それを見た雫も「どうぞ」と言ってきた。


 いや僕を酔わせてどうする。


 まあ売上になるし、呑むけど。


 話を聞くとここの場所は母さんに聞いたらしい。大学を辞める際、辞めること自体は止められなかったけど、雫に対しては割と怒っていた。


 だけど、男女問題なんて大したことないし、僕は気にしてないからと割と庇ったように伝えていたから多分普通に教えたんだろう。


 雫のとこは知らないけど。


 それから僕が引っ越してからの彼女の事を教えてもらった。


 僕の話を聞きたがったけど、教えて罪悪感を覚えて欲しくないのもあって、まずは雫からと促した。


 言いにくそうにしていたけど、お酒も手伝ってか、話してくれた。いや、おそらく年下の彼が効いている。音楽も明るめにしたのもあるかもしれない。もちろんわざとだ。


 どうやら彼女はあの男とあのまま結婚したらしく、話を聞く限り割と裕福な暮らしをしているようだ。


 でも全然幸せそうではないのは何故だろうか。あの男は雫に心底惚れていた。他の子みたいにオモチャみたいに扱わなかった。


 まあ、ちゃんとお別れ告げてからにして欲しかったけど、この今の僕の未来もなかったか。


 ぶっちゃけあんまり覚えてない。


 おそらくしこたま飲んだスピリタスがいろんな意味でまずかったのかもしれない。


 死にかけたしね。


 雫は、結婚から今日までのことをポツリポツリと話していき、徐々に酔いを深めて行くと、僕との馴れ初めや付き合って居た頃の話をし出した。


 最初はおっかなびっくりと言うか、多分僕に遠慮してだろうけど、幼い頃の話を出してきた。


 僕が仕方なく「そんなことあったなぁ」と言うと、次第に楽しそうに嬉しそうに慈しむようにして語り出した。


 隣の彼が僕と雫にそれでそれでと促してくるんだよ。


 くそっ、今日はそれ要らないんだ。


 当事者が居てどうする。


 そういうのは僕抜きでしろよ。お持ち帰り確率下がるじゃないか。


 そして大学に入学してからの話が始まった時、事態は一変した。


 何故あんな事になったのかを赤裸々に語って涙をこぼした。そして僕がどうして居なくなったのか知ったと告白し嗚咽を漏らした。


 知ったからにはあんな男の元には居られないと拳を強く握っていた。


 そんなことを割と大きな声で懺悔するかのようにして涙ながらに語った。


 割と下品で卑猥な内容も罪の告白とばかりに止まらない。


 ビッチかな?


 お酒も何杯も止まらない。


 蟒蛇かな?


 そして隣の彼は僕と雫に起きた別れ話…でもないか。それにドン引きしたのかそそくさと帰ってしまった。


 軟弱者かな?


 くそっ、敗北主義者はシベリア送りだぞったく。そしてこんな時に限って他のお客さんは来ないんだよな…。誰か来ないかなと願えば願うほど逆神となるのはこれもまたバーのあるあるだ。



「和くぅん…ごめんね、ごめんなさい、ごめんね…」


「謝らなくていいからチェイサー飲みな」



 もう終わった話だし。



「優しいんだね…」


「そんなことないよ」



 潰れられたら困るしな。



「ううん、昔からそうだった…なのに…私…」


「…」



 こいつ…。


 とりあえず、もうすぐクローズドの三時だ。


 雫は酔ってその大きな胸を潰しながらカウンターにもたれ掛かっていた。


 季節的にまだ夜から朝に掛けては肌寒いし、黒の薄いカーディガンみたいなのを羽織っていたけど、中は割と薄着で、谷間なんかこちらからはものすごく見えてしまう。


 いや、僕も割と酔ってるな…。


 泊まってる場所を聞くと少し歩くには遠い駅前のタワーホテルだった。


 どうやらサークル時代の女友達と旅行で来ているらしく、それを聞いて変わってないじゃないかと呆れた。まあ、言えないならそうするしかないだろうけど。


 でもタクシーに乗せる前に聞きたいことがあった。



「雫、そのUSBは持ってる?」



「プログレス」は聞いたことがあった。こっちに流れ着いてからだけど、確か大学を横断したサークルだとお客さんから聞いたことがある。



「…うん…わかった…」


「わかった…?」


「ホテルまで取りに来てくれる…?」


「え? ああ、いいよ」



 どうやら止まったホテルにノートPCとともにあるらしい。


 だから僕は店を閉め、タクシーでそこに向かった。


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