第7話 @中嶋和馬

 日曜日の夕方は、いつだって少し寂しい。


 そう思わなくなったのはいつからだろうか。


 夕日を眺めながら、こんな時にふと思い出すのは、引っ越した日の事だった。


 あれからどれくらい経ったのか。


 今でもたまに思い出すことがある。


 だけど、それも少なくなってきた。


 未だ実家には戻らず、流れ着いたこの街で僕は商売を始めた。


 もちろんいきなりじゃない。


 キッカケはお酒の飲み方を知らないで路上に潰れてた僕を飲食店のオーナーが介抱してくれたことに始まった。


 そこからお世話になり、初めはアルバイトだったけど、見込みのある奴は独立させてくれるというそのオーナーの計らいで、それから数年の後に独立し、今では小さなバーを一軒経営していた。


 それなりに営み、それなりに愛され、もうオープンから五年になる。もちろんその間、辛いこともあったし、納得いかないこともあった。


 医師になる夢を捨ててまで得たかったかと言われたら自信はないけど、これでいい、これでいいんだと言い聞かせて僕は過去を捨てて未来を変えた。


 我ながら大胆な行動だったと思うけど、辛かったら逃げて良いんだと言ってくれた恩師──と言ってもわずか数ヶ月の間だったけど、僕はその一言で救われたと思う。


 大都市の中の複数ある繁華街の内の一つ。


 時勢のせいで、そこまで活気はないけど、そこには人の営みがあった。みんな積み重ねた歴史を持っていた。


 夜の世界は、色恋が華やかに咲いたり、ドロドロとした汚泥のような結末もあったりで事案というか事件のない日はなかったように思う。


 ホステス、ホスト、風俗嬢、成金、半グレなど、食うや食われるや、欲にまみれたその打算ばかりの世界の彼ら彼女らも、飾り立てた虚飾を剥げば、年相応の悩みをみんな抱えていた。


 僕が味わったことなど比べられないくらいの不幸な目にあった人もざらにいた。


 そのどれもが人間関係だった。


 男、女、外国人、オカマ、オナベ、不倫に浮気、お金、薬、裏切り、暴力、偶に殺傷、たまに欠損など。


 その全てが悲惨で、でも、それでもみんな懸命に生きていた。次の日にはケロッとしていたりして、そりゃあ内面までは見えないけど、面白おかしく、明るく笑い飛ばして毎日を生きていた。


 その全てを信じたり鵜呑みには出来ないくらいスレてしまったけど、大人になったのか、成長したのか、図太くなったのか。


 別にそんな自分を恥じることはなくなった。


 幼い頃から真っ当に生きなさいと言われて生きてきた。


 でもそんな風に生きられない人も世の中には沢山いると僕はこの街で知った。


 そのうちの一人だと言われてもおかしくはないかもしれないけど、生産性からは程遠いこの仕事は決してなくてはならない生業なのだと今では胸を張って思える。


 週の終わりの夜は、そんな事を考えてしまうくらい暇なんだよ。


「名前のせいかな…」


 BAR、「月夜、喫酒、男女」。


 それが僕の店の名前だ。


 我ながら変な名前をつけてしまった。


 勢いに任せたのは否定しないし、性差別の意図もないし、センスが壊滅的なのも認めよう。ただみんな正式な名前は知らないと思う。呼ばれた事ないし、看板にそもそも書いてないし。


 まあ、そんなことはどうでもいいんだよ。


 音楽と酒とタバコがあればさ。



「とりあえず、こんな夜はカナダの古いメタルバンドでもかけようかな」



 それにしても365日営業はそろそろ辞めようかと思ってる。張り切っていたオープン時の僕を殴りたい。



「いや、今日はもう閉めようかな──」



 そう思っていたらだいたいお客さんが来るのはバーテンダーあるあるだ。これは無意識の世界が繋がってる証拠なのかもしれない、なんて思ったりする。



「ほんとだ。開いてた」

「だから言ったじゃん、開いてるって! マスターまた来たよ〜今日ウチらオールだからぁ〜」



 パンデミックくらい起きないと、やっぱり定休日を設けるのは無理そうだなぁ。



「おーいらっしゃい。駆けつけ一杯、何にしようか?」



 そうやって、月夜の晩は酒と音楽でふけていく。


 それが僕の手にした日常だった。



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