第5話

 画面には髪を短く刈り込み、明るい髪色に染めた筋肉質の若い男が映っていた。


 最初は絶対好きになれないって思っていたサークルの先輩、隆章だった。


 耳にはピアス、チャラついたその雰囲気に最初は嫌悪感すらあった。そんな男の身体に覆い被さり、慈しむように舌先で舐め回している女がいた。



『上手くなったな…』


『…ん、はぁ…もぉ、言わないで、ください…』



 男とは対照的に黒髪のストレートをポニテにまとめ、雪のように真っ白な身体は発育がよく、けれどまだあどけなさを残した顔立ちの女子大生、七年前の雫がいた。



「こ、こんなもの撮っていたなんて…最低…」



 雫はワナワナと震え、そう吐き捨てた。けれど、朝の不満もあって暫く見入っていた。止められなかった。


 動画の二人は今の二人より遥かに引き締まっていた。特に隆章は腹が出ていない。雫の七年前は肌の艶が違っていた。



「はぁ、はぁ、ん、はぁ…」



 再生の量を示す時間は約二時間。


 雫は嫌悪しつつも自慰に耽った。


 だがそれは、達する前に止めることになった。





 徐々に思い出す当時の記憶。それをおかずに雫は貪るように左手を動かし、薬指の結婚指輪が光を鈍く乱反射させていた。


 だがあるパートでおかしなシーンがあった。真っ暗で音声だけが篭ったように響いていた。



『しかし先輩がねー』

『んだよ、悪いかよ』


『はぁ…こんな事なら最初に味見…』

『殺すぞ?』



 声の主は隆章とおそらく誠太だ。そして画面はガタガタと忙しなく動き、誠太の顔がアップで映った。



『はいはい。先輩、ここでいいんすか?』

『あー? ああ、そこでいいぜ、ばっちり見えるだろ』


 誠太がフレームアウトすると、部屋の全貌が露わに映った。それは風情のある和室だった。


「どこか…見覚えが…」


 そんな雫の呟きに被るようにして、隆章と誠太の会話は続いた。



『ほんっと鬼畜っすね』

『ああ? これは優しさだろ。何言ってんだ』


『俺、居た堪れなくて…ぷぷ、あっはははは』



 誠太は膝を叩いて笑った。大学時代、雫がよく聞いた爽やかな笑い声ではなく、どこか馬鹿にしたような声色だった。



『かっ、思ってねーじゃねーか』

『いやいやそんな事ないすよ。いい奴でしたから』



 何の話だろうか。そしてこれはどこだろうか。



『良いやつ? だからだよ』

『うわ、何それちっせえ! いだっ! あははっ、冗談っすよ…』


『いいから早く消えろ。あいつが来るだろ。こっちは三日ぶりなんだ』

『昨日頼子ちゃんとしこたまやったじゃないすか…絶倫過ぎっしょ』



 (頼子…?)


 今はまったく知らないが、当時映画研究会に所属していた女の子だった。時折雫のサークルに参加していた子でそれなりに仲良くなった子だった。噂では地元で結婚したと聞いたのだが、隆章と関係を持っていたようだ。


(そんなこと全然知らなかった…)



『うっせ。あ、そうだ。そいつのアドレス教えろよ』

『え? もう完堕ちしたんだし直ポスっしょ?』


『アホか。Liveに決まってんだろ』

『マジすか…ひくわー、めっちゃひきますわー。あっはははは』



 かんおち、じかポスにライブ。意味もわからず、繋がらない単語が並び、雫の左手は完全に止まっていた。



『お前…いいから早く行けよ。もう上がってくんだろ』

『へいへい、まあ、編集の際は言ってください。優しく加工するんで』


『しねーよ。とりあえず見張っとけよ。自殺しないようにな』


『ほーい』



 自殺。隆章の言った意味が、雫にはよくわからなかった。状況が認識に映らないのだ。


 誠太は帰ったのか、画面にはその和室と物音だけが響いていた。



「ただいま…戻りました…」



 するとそこに聞き覚えのない女の声が聞こえた。そしてそれは見覚えしかない顔をしていた。

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