第3話
翌朝、隆章が目覚めると朝食の用意と二日酔いの飲み薬が置かれていた。
「雫…どこ言ったあいつ…ん?」
すると書き置きが残されていた。どうやらクリーニング屋に行ったらしい。
「スーツか…うわ、酒臭え…はぁ…シャワー浴びるか」
◆
隆章はふかふかのタオルを腰に巻いただけの姿でスマホを見つつ朝食を食べていた。いつもは雫に咎められるのだが、いないからいいかと行儀悪くメッセを確認していた。
「ちっ、この鮫島って奴は…いらん事しやがって…」
昨日聞いた話では、この鮫島が今はサークルのトップで、ある新入生の女をきちんと調教せずにネットに公開し収益を得ていたそうだ。
それが発覚し、問題となり、おそらく合成麻薬の件も捜査されているという話だった。
まあ、俺たちは関係ないだろう。
違法前だし、きちんと調教した。
「貧乏人に権力待たすとこうなるか…まあ、不況だしな……お、誠太か。そうか」
スマホには完了の合図である「レ」が表示されていた。それはかつてのサークル仲間での符牒であった。
そこに雫が帰ってきた。
「ただいま帰りました…。…隆章さん、その格好はちょっと…」
「雫、やるぞ」
そう言って隆章はタオルを外した。正直なところ昨日の件で気が進まない雫だったが、話ながらすれば良いかと溜息を我慢しながら笑顔を作った。
◆
「じゃあ問題ないのね」
「ああ、でも少し出掛けてくる」
「え? 問題ないんじゃあ…」
「それとは別件だ。仕事だよ」
丁寧にお掃除をし終わった雫に、隆章は外出すると言ってすぐに出掛けた。
雫は思う。最近甘い言葉などないし、行為が終わっても、こんな風におざなりに応対される。
正直なところただの家政婦や性処理に使われているような気がしてならなかった。
ごく平凡で両親ともに仲の良い家庭に生まれ育ってきた雫にとって、ここは冷たい檻のように感じていた。
先輩や上司との食事会では美しいだろうと自慢するかのように見せつけているのに、家庭内ではそっけない。
まるで珍しい動物の気分だ。
テーブルを見れば隆章が食べ残した朝食があった。飲んだ次の日だから仕方ないとはいえ、それに雫はまだ食べてなかったのだ。
「うん、おいし…」
言い訳のような一人事を呟き、黙々と夫のいない朝食を食べ、残飯の処理をする。
ベッドの後片付けをしながら、さっきの行為を思い出す。学生の頃のような、凄まじい快感はもうない。
「…買い物に行きましょう」
一瞬でも惨めだなと思ってしまった雫は振り払うかのようにしてそんな事を言った。
でも考えてしまう。
良い暮らしは出来ている。お金には困らない。雫が望めばジムや習い事や旅行にも行かせてくれるだろう。
『──はは、雫ただいま! お母さんは?』
『──あっち。結構怒ってるよ』
『──内緒にしてただけなんだけどね。さあ雫、これを持って』
『──なぁにこれ──』
わたしが思い描いた結婚生活とはこんな姿だったのかとつい比べてしまう。
「これは結婚記念日のプレゼントだよ…か…」
その父の言葉を呟いた雫は、今も実家で母は聞いているのだろうかと思った。
「一度…帰ってみようかしら…」
そんな出来もしない事を雫は呟いた。結婚の報告の時に揉めて、それ以来連絡を取ってなかったのだ。
「やっぱり掃除してからにしましょう」
そう言って着替え始めた雫。
何か落ち込む事があると、雫は掃除に精を出す。これは大学に入ってから身についた癖だった。
他者から見れば、それはまるで嫌なことから目を逸らすような、そんな嫌なことなんて初めからなかったことにするような、そんな行動に見えた。
『──美味しかったよ、雫』
『──いつもありがとうな、雫』
『──上手くいく。君の夢はきっと─』
それは誰の言葉だったか。今聞けば、おそらく泣いてしまうのではないだろうか。
雫はそれを振り払うようにして、掃除機を片手にとってスイッチを入れた。
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