第2話
隆章は雫が用意した水も飲まずにスーツのままベッドに倒れ込んだ。
雫はシワになってしまうと思ったが、あれだけのアルコールの匂いだったのだ。クリーニングに出せばいいかとそのままにした。
「いやー、悪いね」
「ふふ。戸塚くんが強引だったんでしょ」
誠太はコーヒーを求めた。サークル時代、隆章の居ない時のお願いはだいたいは断られていたが、その夫を自宅まで運んでもらったからいいだろうと、雫はテキパキと用意して彼の願いを振る舞った。
「……なんか落ち着いたね」
水を用意する前に、すぐに清潔感に溢れたゆとりのあるパジャマに着替えた雫だったが、元々落ち着いた性格をしていたため、誠太の言う意味がわからなかった。
「そうかしら? お砂糖とミルクは?」
「甘い母乳マシマシで」
「そういうのはやめて」
「あれ? まだなんだ。ほーほー、これはこれは。レスってやつ?」
「…」
「はっはっ、雫ちゃん顔に出やすいから」
「そんなことありません!」
「うぉ! ははは…嘘嘘。あれから全然態度変えないもんね。ごめんごめん」
あれから、の意味はわからなかったが、それより雫は今日の隆章の様子を聞き出そうと誠太に言った。
「今日は何の集まりだったの? 隆章さんがあんなに呑むなんて…それに私は呼ばれてなかったけど…」
「バレちゃったみたいでね。その対策」
「…バレた?」
何がバレたというのだろうか。雫は眉を顰めた。
「俺達の時は円満って言うかさ? 卒業しても一応、一応問題なかったんだ。雫ちゃんも運命に出会っちゃったわけだし」
それは性の知識の乏しかった雫が隆章に絡め取られたいわゆるヤリサーと呼ばれていた大学時代のテニスサークルのことだった。雫にとってはいまだに残る後悔の思い出でもあった。
「……」
「ははは…俺達抜けてやらかした奴がいてさ、加減の仕方わかってない奴が仕切ってたみたいでさぁ、俺らにも捜査が来そうって話」
捜査。その単語は雫の体を強張らせた。
「まあ、多分俺らは大丈夫。超々先輩に警察関係者とかいるし。でもま、とりあえずいろいろ口裏合わせようぜってことでまとまったんだよ」
雫自体はそのサークルに所属していたが、だいたいは隆章の部屋に入り浸っていた。だから、あまり詳しくは知らなかった。
所属していた女の子は雫のように肉欲に溺れていたが、卒業して何年か経っても何も問題は起きていないという。それは結婚してから知った事だった。
だが、処分と聞いて隆章が何か持っているのだろうかと少し不安になった。
「そっから先輩の仕事の愚痴。仕方ないからしこたま持ち上げてしこたま呑ませた。ま、慣れたもんですよ」
誠太はそれから大学時代の話をしようと、したが、雫はそれを止め隆章が処分しなくてはならないものはないかと聞いた。
「じゃあ怪しい段ボール、ないかな?」
「…どんな?」
「太陽に縦線マークが入ったみたいなやつ。あの子、あのドMの桐子ちゃんとかに描かれてたあーれ。あははは」
「…」
そんな事実は知らないけど、雫は呆れて口を閉ざした。
◆
隆章の部屋に入って、それらしいものを探した。誠太が言うには任されたらしい。だが、クローゼットの中にもそんな卑猥なマークの入ったものはない。
隆章と雫の暮らすマンションは賃貸だが、見晴らしのいい最上階だった。そこに結婚と同時に移り住んで今に至るのだが、引っ越しの時に万が一そんなマークが有れば捨てていると雫は当時のことを思い出す。
そんなものあるわけないじゃない。雫は外面には決して出さない夫をある意味で信頼していた。
「そんなのないわよ」
「あれ? おいおい、先輩ってばマジかよ。俺も見ていい?」
「いいけど…」
そう言ってクローゼットの中を漁るが、めぼしいモノは見つからないらしい。
「ほんとだ。全然見つかんねー」
「きゃっ!?」
その呟きとともに近くに来ていた雫の尻を誠太はペロンと撫でた。顔を赤らめた雫は抗議の声を上げた。
「も、もう! 隆章さんに言いつけるわよ!」
「ははは、ごめんごめん。とりあえず先輩を無事に運んで来たことでチャラにして」
「…二度はないから」
「ははっ、相変わらず身持ち固いねぇ…ああ、そういえば最初の頃は今みたいな感じだったよね」
「…?」
「……ま、早めになんとかした方がいいと思うけどね。あ、今のケツペロン、先輩には言わないでね」
「言えないわよ!」
「うはははは。またね、雫ちゃん。いろいろごちそーさん」
そう言って誠太は帰っていった。
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