第2話 シチュー

「今日も食べてないのか……」


 あれから二日後、今日も手がつけられた様子のない食事に俺は頭を悩ませた。


 食欲はあるはずなんだが……これは恐らく精神的な問題だろう。


 レイラは虚げな目でぼーっと宙を眺めていて微動だにしない。その目には生きる希望が明らかに欠如していた。

 

「なぁ、食べないのか? 毒は入ってないぞ? 心配なら俺が毒味してもいい。」


「……」


「気に入らないようだったら別のものを出そう。何か食べたいものはあるか?」


「……」

 

 ……女の子に無視されるのって……思ったより数十倍きつい……

 ここのところ無視され続けて俺の精神は既に崩壊寸前である。泣きたい……


 ふと宙を見ていたレイラの瞳がじっと俺を捉えた。その瞳は俺を見るなり激しい憎悪や軽蔑を宿した。


 やれやれ、俺も随分と嫌われているようだな。


「……なに?」


「いや、だからさっき言った通り食べないと衰弱死するぞ。」


「別にそれでもいいよ……私なんて生きてる価値もないし……」


 やはり、生に対する執着がない。ゲームのレイラはもっとここから出ようと足掻いていたはずだ。


 そもそも今このタイミングで彼女がここにいる時点でゲームとは異なっている。


 この世界に何らかの変化が起きていると考えるべきだろう。


 まぁ、だからと言って俺がすることは変わらない。あと数年後に来るであろう主人公との邂逅で絶対に生存できる手を打つだけだ。


 そのためにレイラには恨まれるようなことは避けたい。まずはこの憎悪を何とかしなきゃな。


「俺はお前に生きていてほしい。」


「私は生きたくないの……もう私のことなんか放っておいてよ……あんたみたいなクズの金持ちには私の気持ちなんて分からないでしょ……」


 ぐふぅっ……! ……ク、クズって……流石に傷つくな……まぁ、アルクくんクズだし否定はできんけど! 


 出来れば一口でも食べて欲しかったんだが……これ以上はもう話を聞いてもらえそうにないな。ここは大人しく撤退しておくのが得策だろう。


「俺は戻る。無理にとは言わないが気が向いたらでいいから食べてみてくれ。」

 

「……」


 一応、そうは言ってみたがまぁ、多分食べないだろうな……確かに奴隷用の食事は味よりどちらかと言うと栄養価が重視されている為ぶっちゃけ不味くはないが美味しくもない。


 ……いいこと思いついた。


 俺はある場所に向かう為、レイラの元を後にした。



 ◇

 



 夜、俺は再び彼女の元を訪れた。

 

 だが俺が姿を見せるなり彼女はいつもより警戒した様子でこちらを強く睨みつける。


「どうした、そんなに警戒して。」


「……」


 彼女は俺から決して目を離さず、一挙手一投足を確実に目で追っていた。

 目に魔力を籠め、彼女の魔力の流れを見てみると全身に物凄い量の魔力が巡っいた


 しかし何で彼女はこんなに殺気立って———あー……なるほど……そういうことか、それは圧倒的に俺が悪いな。


「勘違いさせてごめん、俺は君を襲おうとしてここに来たわけじゃない。」


「……信じられない」


「信じてくれなくてもいい。とにかく、少し入らせてもらうぞ」


 父上から預かった鍵で牢屋の鍵を開け中に入り彼女の横へと腰を下ろす。

 レイラはそんな俺の行動をどこか変人を見るような目で見ていた。


「奴隷商人の息子が奴隷と同じ牢屋に入るなんて……やっぱりあなた普通じゃない。」


「そうか? 俺にはそういうのあんまりわからないんだよな。そんなことより、お腹空いてるだろ?」


「昼も言ったじゃない。私はこのまま死にたいの。」


「少し待ってろ。」


 持ってきた鍋の蓋を開け、中のシチューをよそい、レイラの前にコトリと置いた。


「……っ!?」


 彼女は湯気が立つシチューを興味深そうにじっと見つめる。

 どうやら気になってはいるらしい。


「これはクリームシチューって言うんだ。暖かくて美味しいぞ。」


「そ、そんなの……別に、興味ない……」


 無理矢理顔を背けて見せるが視線が離れていない。


「俺は君がどんな経験をしてきたのかはわからない。きっと俺の想像もしないくらい酷い目にあったんだろう。だからこそこれからは幸せに生きよう、楽しく笑って過ごせるような毎日を。だから……生きてくれ。」


 彼女の目を見て真剣に語る。


 そうだ、人は幸せになる為に生きている。その幸せを否定するような奴は俺が首を飛ばして恐怖を味合わせてやりたいくらいだ。


「生きてて……いいのかな……私みたいなのが……」


「当たり前だ。さ、食べてみてくれ」


 レイラはと器を手に取るとスプーンでシチューを掬いふーふーと可愛らしく冷ましてから口へと運んだ。


 その瞬間、レイラの瞳がパッと輝きを取り戻し美しい月色の瞳になった。

 

「おい……しい……」


 気づけばその月色の瞳からポロポロと大粒の涙が流れていた。


「あれ……なんで……」


 自分でも何故涙が出たのかわからず困惑していたがすぐに落ち着きを取り戻し、再びシチューに夢中になっていた。


 どうやら、お口にあったみたいだな。


 何とも美味しそうにシチューを食べるレイラを見つめているとこっちまで幸せな気分になる。


 やはり、俺の最推しには笑顔でいてほしいからな。


「パンとおかわりもあるから、焦らずゆっくり食べろ。」


「うん……ありがとう……!」


 よし、これでレイラは俺に強い憎しみを抱くことは無くなった。つまり俺の死亡イベントが少し遠ざかったということ……!


 あとは彼女が一人で生きて行けるようになるまで見守ってから故郷に返してあげるだけだ!


「そ、その……昼間はクズって言ってごめんなさい……訂正するわ……」


「別に気にしてないよ、事実だし。それよりおかわりいるか?」


「……」


 無言で空になった器を差し出してくるレイラを微笑ましく思いながら俺はシチューをよそった。




 

 



 



 

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