第19話

 俺は、無意識に、スマホをきつく握り締めていた。ちょうど今コイツを読了した。

 彼女が仕事で九州へ。俺は残って池袋。コレは遠恋二ヶ月目に必死こいて書いた。

 それが今じゃどうだ。彼女はリア充の溜まり場・インスタで、俺には最後まで教えることのなかったアカウントで、デレデレ近距離恋愛ライフin福岡を世界中に無遠慮でぶち撒けている。

 もちろん俺は池袋在住。

 あんなん地球上の誰一人として参考にならないゴミ情報だ。でも、追ってしまう。ストーリー閲覧するためだけに鍵アカウントを新規作成して、ハートは一切押さず、ただ眺めてしまう。散々脳内で彼女をコケにして嘲笑う。そんな毎日。

 でも、遠恋始まっときは、ラインでお喋りしてたっけ。暇電なんか繋いでみたりして。

 ビデオ通話したときの、彼女の、天女のようと堂々と自慢出来るような顔。表情。やや高い声。消せど消せど脳に焼き付いているのだ。

 オマエなんか眼中にないと、言ってはみるものの、なんだか心許ない。

 そこで、思い出して冷やかし半分で、昔の俺が自己陶酔で拵えた三文小説を読んでみたって訳で。

「全く…」

 幸せボケにも程がある。『会える』だと?バカかよ。設定もごまんとある二重人格もの。展開も割とテンプレ。無知。陳腐。ボンクラ。

 ひと通り出てきた感想からして、お話にならない。

 その上で。

 でも。

 だとしても。

 変に揺さぶられた。果たして感動の所為なのかは不明だけど。

 …ムカっとする。モヤっともする。

 雷雲が俺の心に発生した。自分の体温は、どす黒い暖かさだった。

「ぐっえ、ふぇっふぇっフェファ‼︎」

 ダメだ、笑いが止まんねえ。

「あ゛ーおもろー」

 昔の自分?今の自分?両方?

 俺が寄りかかって座っているソファ。張られた布は、ジュースの染みで今日も汚い。

「あれ?」

 下を向いたはずみで、目尻から込みあげた水滴がぼろりぼろりとソファに落ちていく。不潔な染みが増えてしまった。

 なんで?

 俺は、嬉しい?楽しい?悲しい?許せない?怒ってる?喜んでる?

 俺は携帯片手に、風呂場へ。


 浴槽には、洗濯で使う予定の、昨日の残り湯が中途半端に張っている。

 スマホをドボン。

 しばらく観察。沈んだまま。

「しょうがネェーナー」

 善人ぶって、水から救出してやる。もいちど、今度は振りかぶって水面に叩きつけてみた。沈みきる前に、左足で踏みつける。

 オマエのデータも、俺のデータも要らない。

「カッ、ペェッ」

 体温すら汚らしい俺のツバでも浴びておけ。

 俺の足ごと汚染だ。

 最高。

 折角だからと、右足も突っ込む。大胆にも、湯船の底に尻をつける。服の中にまで、泡となって侵入してきやがる。俺の体温、そう俺の体温でちょっとアッタカイ。


 存分に最悪な水で身体を冷やした俺は、湯船を出て、水滴をだらしなく垂らしながら側の洗面台へ。鏡面には、歯磨きのときの飛沫が、随所に見受けられる。

 望ましいシチュじゃねえか。

 ついさっきの風呂で、雑菌まみれとなった手に、彼女の感触や匂いに未だにしがみつく唇と鼻面。

 それらすべてを鏡に押し付ける。鏡の健気な抵抗なんて気にしない。無礼にも鼻先から入ってきた冷気なんて、俺の温もりで掻き消してやった。


 勝った。ハズ。

 

 なのに、溢れる感情は場違い。

 みんなオカシイ。だって。

 

 胸に渦巻く。

 嫉妬とデカダンス。

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