第18話

 神経に障る電子音が耳元で響く。ゆっくりと目を開ける。

 自分で目覚ましなんて設定していないから、姉さんだろう。

 僕の件だ。

 僕らはこうするしか無い。

 会えない。

 未練たらたらだけど、未練ごと存在が全部消えれば済む。

 でも…姉さんは?

 仕方が無いけど、だって。

 ダイニングに置きっぱなしのペットボトルの麦茶。あと少しだからと横着してラッパ飲みした。若干ぬるい。

 目の端にちらつく灯り。近くの固定電話だ。『留守』と書かれた部分が光っている。

 これを聞けと。成る程。

 今度からは電話のコード抜いておこう、と考えた自分を殴り倒したい。

 阿呆か?!僕は消滅する、つまり『死ぬ』つもりなのに。

 自分の甘さに絶望する。

 姉さんが絡むとすぐこうだ。恋は盲目、なんつって。

 本質から目を背けながら、紅く発光するボタンを必要以上に強く押す。合成音声に従い、「用件」を再生する。

 すると、僕よりほんの少し高い、聞く者を安心させる声が流れ始める。冷静そうだ。

『ほら』

 え?

『私達は会えるんだよ』

 気付くと、頬どころか顔全体が濡れていた。どうしよう、止まらない、止まらない。雫が肌を次々と転がり落ちる。

「姉さん…」

 何で。貴女はいつも、僕の一番欲しい言葉をくれるの?掬い、救い上げてくれるの?

 姉で、僕が弟だから?

 違う。

 相思相愛の四文字が、僕の脳を捉える。その思惟が、僕を離さない。

 僕らは、ずっと会っていたじゃあないか。

 この体だって。僕の涙も、姉さんの涙も、おんなじ器官で作られて。

 なあ、そうだろう?

 姉さん。

 ふらふらと、洗面台に向かった。姉さんの泣いた気配と、僕の湿っぽさが混ざりあう。

 目の前の鏡に手をつく。冷たさが心地良い。おそるおそる唇で触れる。鼻で空気を吸い込むと、妙に冷えていた。

 ほらみろ。

 恋人にすらなれる。

 

 きっと誰かが嫉妬するだろう。僕らのあまりの幸福に。優しい恋人に。ゲーム世界一と小説家、そういえば直木賞撮ってた奴のカップル。

 案外ビッグ、なのかも。

 今更だけど、告白がまだだった。あと、デートの誘いも。

 用事何もかも蹴って、特別な日にしよう。

 どこが喜ぶかな?

 紙片の上に鎮座するスマホを掴み、改めて起動させる。姉さんの意見が欲しい。

 いや。恋人を「姉さん」呼びもちょっとな…。

「あさひ」

 声に出すと小っ恥ずかしい。でも、こういうのも悪くない。

 ラインのトーク画面を真剣な眼差しで見つめ、一人悶々とするのだった。

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