おにぎりとサンドイッチ
長船 改
おにぎりとサンドイッチ
「よぉ。お前、毎日おにぎり食ってんな。」
ある日の弁当の時間、相沢タケルは僕の所へやってくるなり、そう言い放った。
T県立S商業高校、2年2組の窓側、最後列。
季節は、まだ梅雨が始まる前。
「まぁな。」
僕、武内エージはそっけなく答えた。
僕の机の上には、ラップでくるんだ手製の3個のおにぎり。ふりかけと、ツナマヨと、塩にぎり。作ったのは僕だ。
「おにぎり、好きなん?」
「別に。」
「じゃあなんで?」
「なんだっていいだろ。」
僕はあくまでそっけなく、ともすればつっけんどんな対応に終始する。
別に相沢の事を嫌っているわけではない。金髪ピアスにアクセじゃらじゃらで、見た目が派手だからとかそういうのでもない。同じクラスという事以外の接点はまるでなくって、挨拶程度の会話しかしない関係性ではあるけれど、だからというわけでもない。
じゃあ、なぜか?
それは、おにぎりの事を聞かれるのがイヤだったからである。
僕が毎日おにぎりを持ってくる理由。
親がそれぞれ仕事で忙しく、ご飯を用意してくれないから。そして僕自身、料理が出来るわけじゃないから。お昼はおにぎりだし、夜は出来合いのものを買ったり牛丼屋とかで済ませたりしている。
だけど、そんな事を馬鹿正直に言って変に勘繰られても困る。別に家族仲が悪いとか、ネグレクトだとか、そういうわけじゃないんだ。
たぶん、そのはずだ。
僕は、もうとっくのとうに飽き飽きしてしまって味もろくに感じないおにぎりを、そっぽを向きながら頬張った。さっさと自分のグループんとこに戻ってくんねぇかな……。そんな事を思いながら。
すると、ガ―ッと耳障りな音がした。見ると相沢が、僕の前の席の椅子を引いて座るところだった。こちらに向かって、ちょうど僕と相対するように。
そして、ひとつの包みを僕の机の上に置いた。チャラついた見た目からは想像できない、唐草模様の、風呂敷みたいな包みだ。
「おにぎり。別に好きじゃないんならよー。」
相沢は、包みの結び目をほどきながら言った。
包みの中から現れたのは、プラスチックの容器だった。スーパーで総菜とかが入ってるような。使い捨てっぽい感じの。
中には、3つのサンドイッチ。具材はハム&レタスに、ツナマヨ、ポテサラ。
「これと交換しねぇか?」
あくまでも気楽な口調で。
でも冗談とは思えない目で。
相沢は、そう提案してきた。
「……なんで?」
今度は僕が問いかえす番だった。旨そうな手作りサンドイッチじゃないか。食べりゃいいじゃん。落としたとかそういうわけでもなさそうだし。
すると、そんな僕の雰囲気に気付いたのか、相沢は僕のおにぎりを指さした。
「たぶん、お前と一緒。」
分かるだろ?と言った感じの表情の相沢。
あぁ……と、僕は心の中で頷いた。
つまり、こいつも僕と同じなんだろう。僕はおにぎりだけど、こいつの場合はサンドイッチというわけだ。
「……ま、いいけど。」
「よっしゃ、交渉成立な。」
「で、いくつ交換する? 1個か、2個か?」
「2個。その代わり、サンドイッチ全部やる。」
「いいのか?」
「あぁ。じゃないと量的につり合い取れねぇだろ。」
……見た目の割に律儀なやつだ。いや、それ以上にサンドイッチがイヤなのか?
ともあれ、それを契機として、僕たちの弁当交換会は始まった。
それは高校を卒業するまでの間、ほとんど欠かすことなく続いたのだった。
正直に言えば、わけのわからない、不思議な時間だった。
今までおにぎりだったものがサンドイッチの毎日に置き換わるわけで、今度はサンドイッチに飽きてしまいそうなものだが、これが意外にそうでもなかったのだ。そしてそれは相沢の方も同様だったらしく。
「オレ、ご飯派だったのかも。」
そんな事をいつか言っていたのを思い出す。
……思い出す?
俺は、目をしばたたかせた。潤んだ瞳を手でこすると、ぼやけた視界に輪郭が定まって来て……。
あぁ……、夢だったのか。
ようやく、今まで自分が眠っていた事を自覚する。とは言え、どこまでが夢でどこからが回想だったのかは曖昧なままなのだが。
時計を見やると朝の5時50分。目覚ましが鳴るのより10分早く起きた事になる。俺はアラームを止めると、しょぼしょぼする目をこすりながら自室のドアを開けた。
するとキッチンの方から漂ってきたのは、卵の焼ける音と匂い。炊き立てのご飯の甘い匂いもする。僕はそれらに導かれるようにして、ふらふら廊下を歩いていく。
「おー。おはよ。」
キッチンで卵を焼いていたのは……タケル。夢に出てきた相沢タケルだ。彼は現在、僕の同居人である。
「おはよぉさん……。さー、俺も作るかぁ……。」
「お前、ほんと朝弱いよな。」
「こればっかりはしょうがない……。」
シンクで軽く手を洗って、材料だのボウルだのをあちこちから取り出す。乾燥わかめに白ごま、ゆかり。それから……。
「ツナマヨ、使う?」
「お、そんじゃありがたく。」
タケルから提供されたツナマヨも使って、これで計3つのおにぎりを作ることにする。
僕はタケルの隣に並び立つ。決して広いキッチンではないが、別にガッツリとした料理を作るわけでもなし、特にスペース的な問題はない。
「あぁそうだ。昔の夢を見たんだよ。高校の頃の。」
「マジで? どんなよ?」
「弁当交換しよーぜってお前が言ってきた。」
「ぶっは!あれかぁ!」
タケルは笑いながらコクコク頷いた。
「あれは切実な問題だった……!」
褐色の、筋肉質の肩が上下に揺れる。
タケルは今、ジムでスポーツインストラクターをしている。もうあの頃のような金髪ピアスでもなければ、じゃらじゃらとアクセを身にまとってもいない。ただのちょっといかつい真面目な社会人だ。……当時も別にヤンキーというわけではなかったんだけど。
俺たちが同居を始めたのは約1年前。俺が30歳になるかならないか……くらいの頃だったと記憶している。元々俺がここに住んでいた所に、タケルが転がり込んできたのだ。
と言うのも、タケルは当時、結納まで済ませていた相手に不倫が発覚して、婚約破棄になったのである。当時は相当なダメージだったようで、タケルは一秒でも早く自由の身になる事を望んだ。婚約相手にも不倫相手にも、謝罪や慰謝料を求めなかったらしい。
「結婚の約束までして裏切られるんなら、オレはもう一生独りでいい。」
そうタケルは言っていた。
何かのタイミングでたまたまタケルに連絡して事情を知った俺は、行くアテのないタケルに「じゃあウチ来るか?」と提案をした。こちらは2LDKでちょうど一部屋余っていたし、向こうは向こうで新しく部屋探しをするだとか契約をするだとか、そういう面倒事をこなす気力なんて無かったんだろう。話はすんなりと決まり、ほとんど着の身着のままの状態で、こいつはウチにやってきたのだった。
ケトルが、蒸気とともにシュシュ……と音を立て始めた。俺はゆかりをご飯にふりかけ、2個目のおにぎりに取り掛かる。タケルは卵焼きを皿にあけて、今度はレタスをむしり始めた。
……俺は俺で、ちょうど良かったんだ。
高校卒業と同時に両親は離婚した。俺はどちらにもついていかなかった。こそこそ隠れて協議して勝手に離婚した2人に対して、あぁ自分はこの人たち家族の一員ではなかったのだと、変に冷めてしまったのだ。
そして俺は、一生を独りで生きていこうと決めた。
幼い頃を除けば、家族3人どころか2人でメシを食べた記憶さえほとんどない。家族の形なんてものは高校時代、いや多分ずっと前からすっかり破綻してしまっていて。
果たして良い人に巡り合えたとして、俺に幸せな家族なんて作れるのだろうか?
むしろ両親と同じ事を、自分の子供に対してやってしまうのではないだろうか?
そんな思いが、どうしても拭えなかったのだ。
だけど10年も経つと、さすがに独りの寂しさも身に沁みてくる。そんな折の、タケルの一件だった。
水に浸したわかめが戻った事を確認し、包丁でざっくりと刻む。白ごまと一緒にご飯に混ぜ込んで、ラップにくるんで握る。これで、おにぎり3個の出来上がりだ。あとは風呂敷で包むだけ。
隣ではタケルが、お弁当ボックスにサンドイッチを2つ、半ば強引に押し込んでいる。
朝の
それでも俺からしてみれば、それは心地いい空間だった。たぶん、タケルのやつも同じに違いない。
「よっしゃ、できた。」
「俺も……よし、OK。」
「じゃあ、ホレ。」
「うい。」
俺とタケルは、お互いに
同居を始めてからほどなくして復活した、弁当の交換会。
俺たちを繋いだ、おにぎりとサンドイッチ。
「お前が握ると飽きないんだよなー。不思議なコトに。」
「確かに不思議だな。俺としても、お前の作ったのはコンビニじゃあ味わえないものがある。」
不思議と言いつつも、お互いに理由は解っている。
でも、核心的な言葉は決して口にしない。
俺もこいつも、独りで生きていくと決めているからだ。
誰かにご飯を作ってもらう嬉しさや、美味しさは。
今、この一時だけでいい。
たぶん、そのはずだ。
おにぎりとサンドイッチ 長船 改 @kai_osafune
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