第29話 盗賊1

 カトラが間に入り、俺はシモンから引き離された。奪った火蜥蜴の氷柱は布で包んで早々に魔法鞄に収納する。ロゼッタが理由を問い詰めるが、俺は答えなかった。

 ロミナの治癒でシモンの傷は回復したが、疑いの目が俺に向けられていた。だが、今は何か起こすことはなさそうだ。

 ミトはシモンとロミナを庇うような位置にいて、俺が動けばすぐに盾を構える、そんな気概が見える。

 カトラだけは何をしていいのかわからない、俺とロゼッタの間で揺れる弱気な態度だ。

 険悪な雰囲気の中、ロゼッタは「このまま狩りは続けられない」と言い、山を降りることを決めた。


 下山中、鹿が草を食んでいたが、誰も気に留めなかった。あれが獲れれば食料に困らないというのに。

 俺は最後尾で、この場からどう離れるか悩んでいた。町までは遠く、今から走っても夜中になる。冒険者カードだけでは町に入れない。本当に想定外だ。


「俺は別の水場にいく。お前らは勝手にしろ」

「え……?」

「リヴェ……」


 カトラにも睨み、黙らせる。きっと酷い顔をしていたことだろう。

 ロゼッタ達から離れた俺は、川の支流からも逸れ、教えていない湧き水のある水場へと足を向けた。

 そこには少しばかり苦みがあるが、汁っけの多い果実があったはず。記憶にある通り、果実の生っている木は残っていた。空腹を紛らわすのにも一つをもぎ取り、一口を齧る。


「やっぱり、苦いな……」


 ゴロリと寝転がりながら、髪が泥に汚れていくのが感じられたが、どうでもよかった。

 早く時間が過ぎればいい。そればかりを考えていたからだ。


 やがて、ホーホーと聞こえていた鳥の声もまばらになり、キチキチと虫の動く音、雑草が擦れる音だけが辺りを漂っている。

 そして、月明かりしか残っていない水場に、サクリサクリと草を踏む音がした。


「遅かったな」



――ロミナ's view


 昨晩と同じ洞窟に戻ってきたわたくし達は、新しい食料を確保していなかったため、それぞれが持っている干し肉を夕食としました。それだけではさすがに物足りません。湯を沸かし、干した野菜を戻します。ついでに蒸気で肉を柔らかくして、硬い黒パンに挟みました。そのまま黒パンにも蒸気を当てれば、肉の旨味がパンに染み込んで柔らかいサンドイッチの出来上がりです。


 とまぁ、せっかく美味しく作ったのに、皆さん興味を示してくれません。それどころか誰も会話をしようとしませんね。このパーティはロゼッタ様のものですが、おじ様がいらっしゃらなければ瓦解するのはあっという間です。普段はあれほど色々考えているのに、思考が止まってしまっているのはやはり経験の違いでしょうか。


 カトラ様も年上なのですから、もう少し子供達を元気づけてあげて欲しいものです。

 仕方がありません。おじ様は何もしなくても怒ったりはしないでしょうけど、責任だけ引き受けてすぐにいなくなってしまいますからね。会いに行く理由を考えるのも大変なんですから。


「ロゼッタ様、間もなく夜になります。それまでに少し、楽しいお話をしませんか?」

「……楽しい?」

「はい。夜にぴったりのお話。孤児院の怪談です」


 わたしの名前はロミナといいます。

 いつからそうだったのか、思い出せないけれど、いつもそう呼ばれていた。

 名前で呼ばれるということは、人がいるということ。

 そこは、同じような子供が集められた孤児院だった。

 「ロミナ」、弾むように呼ばれると、まるで良いことがあるみたい。そして子供が一人いなくなる。

 「ロミナ」、低く呼ばれると、きっと辛いことがある。そして子供が一人いなくなる。

 「ロミナ」、金切り声で呼ばれると、赤い水たまりのお掃除。そして子供が一人、何も言わなくなった。

 ずっと、そういうものだと思っていた。

 この孤児院は、この世界は、子供はまるで物のように扱われるのだと。

 毎日のように子供が減り、子供が増える。

 もう誰が誰だったか、顔と名前が一致しない。

 「ロミナ」、それでもわたしの名前だけはわかる。大人達にそう呼ばれるから。

 ある日を境に、子供の数があまり変わらなくなった。

 なぜ気が付いたのか。

 記憶にあった名前を呼んでみると、見たことのある子供が呼んでくれて嬉しいと言った。

 その子供は何日か前にやってきたのに、まだここにいる。

 おかしなことに、顔と名前が一致する子供が増えていく。

 「ロミナ」、呼ばれた気がして振り返ると、眼鏡をかけた大人の人がいた。この人が来るようになってからだ。

 「ロミナ」、眼鏡の人は銀色の髪をした大人を連れてきた。嫌な感じの人だった。

 「ロミナ」、眼鏡の人が連れてきた金色の髪をした大人と大きな大人の人は、とても優しかった。

 しばらく変わらない日が続いたあと、また子供が減っていた。

 「ロミナ」、呼ばれた気がした。

 でも、行っちゃいけなかった。

 それは、わたしの番だった。

 抱きかかえられたまま、鋭い刃物が首に触れている。

 怖くても声は出せない。そう言われたから。

 眼の前には見上げても頭が見えない大きな大きな人。

 となりにはあの嫌な銀色の人がいる。

 周りには赤い水たまりがあった。

 片付けに呼ばれたのだ。

 手を伸ばそうとすると、首を刺された。

 動いちゃだめだったんだ。

 もうすぐわたしも赤い水たまりになってしまう。

 お腹が熱くなってぬるぬるする。

 あの子供もそうだった。

 部屋の中でひゅうと風が吹いた。

 気が付くとわたしは温かい水に沈みかけていた。

 怪我なんてどこにもなくて、暖かくて。

 「ロミナ」、呼んだのは銀色の人。

 「全部終わった」

 何がだろう。

 抱きしめられた。

 どうしてだろう。

 わからない。

 だけど。

 わたしは大声で泣いた。


「ふふふ、どうですか? 怖かったですか?」

「ロミナちゃん、この話って……」

「ええ、あの孤児院であった事です。おじ様と院長先生が飛び込んで来るまでは、大変だったんですよ?」

「その……赤い水たまりって、もしかして……」

「はい。ミト様の想像通り。その日は子供達を全員移動させる予定でしたから、盗賊の仲間がたくさんいましたね」


 わたくしは都合よく言う事を聞くから扱いやすかったのでしょう。子供達の管理者みたいな感じでしたね。

 どこで聞きつけたのか、盗賊達が子供を移動させる日におじ様と院長先生が襲撃しました。盗賊の生存者はなかったみたいですよ。


「……ロミナちゃんが大変だったことはわかったけど、どうしてそんな話を今するの?」


 ロゼッタ様の疑問はもっともです。

 ですから、わたくしも必要な言葉を返します。


「おじ様は敵だと決めた相手には容赦無いそうです。そういう訳ですから、変な事は考えないでくださいね」


 これで大人しくしてくださると良いのですが、どうでしょう。

 ロゼッタ様がご自分で解決されようとするのか。終わってからの方が良いのか。

 わたくしはどちらでも構いませんが、まだ動くのは早いのです。

 そう、手遅れになるぐらいが丁度いい。


「ロミナ殿、その話――」

「ねぇ、あたしも混ぜてくれないかなぁ」


 焚き火は明るくなっている向こう側が酷く暗くなる。

 その先から聞き覚えのある女の人の声。

 身を隠すこともなく両手を上げてザクザクと音を立てて歩いてくる。

 焚き火に照らされて現れる赤黒い髪。


「あなたは、昼間の……」

「名前を覚える価値もないってこと? まぁいいけど。あたしはタリア。ちょっと焚き火にあたらせてくれなぁい?」


 間違いなく、昼間の女戦士、タリア様。タイミングが良すぎではないでしょうか。



「取引に来た」

「交渉か? 強奪じゃないのか?」

「交渉だ。リヴェル」


 残念ながら昼間の下手な誤魔化しは通用しなかったらしい。俺の素性がバレているとすれば、少しばかり厄介だ。冒険者ギルドでは見たことがない顔だが、町で情報を買ったか、それともどこかに潜伏しているのか。身の丈は俺とさほど変わらないぐらい、髪を黒い布で隠すように縛り、柔和な顔を晒す。昼間見た通りの格好で目立つものはない。普通にしていればレンジャーと言って騙せるだろう。だが彼らとは雰囲気が違う。最初に注意する場所が武器や装備じゃない。足だ。次に武器。追ってこられるかどうかを確認する。逃げる前提での行動。


「言ってみろよ。無条件で差し出すかもしれないぞ」

「そう喧嘩腰にならないでくれ。交渉だと言っただろう。幾らならアレを出せるか教えてくれ」

「アレって、火の魔石か? だったら、金貨四枚だな」


 服のポケットから火の魔石を一つ取り出すと、手のひらでポーンと投げては受けて転がす。狩りの最中だと忘れがちだが、この魔石も高価だ。ギルドでは金貨三枚の価値がある。小馬鹿にした俺を見ても態度を変えることなく、淡々とした口調で言葉を続ける。


「金に困ってるそうだな。それも買い取ろう。欲しいのは火蜥蜴の氷柱だ。白金貨五枚を出せる」

「ギルドに貼り出されている依頼を見てないのか? 火蜥蜴の氷柱は白金貨十枚の依頼だぞ。それじゃ半分だろ。そんな取引があるか」


 元々はシモンが依頼した火蜥蜴の氷柱。入手が非常に困難で、サラマンダーを百匹倒して一個出るかどうか。その時点で白金貨一枚を稼ぐことができるほどだ。ギルドでは白金貨十枚の価値が付く。この赤い結晶一つでサラマンダーを千匹倒したのと同じと言える。それを二匹目で引き当てたロゼッタ達は相当運が良い。ギルドでは火蜥蜴の素材が入荷しなくなっても、買取価格を上げなかった。無茶をさせないためだ。それほどまでにこの狩り場は危険だと判断されている。カトラのように単独でサラマンダーを往なせる技量を持った冒険者は多くはいない。あの町ではパーティで狩るのが当たり前だとされ、救援も出されない。近々来るであろう第一陣が今の狩り場を判断すれば、今後の価値は変わるかもしれないが、それでも火蜥蜴の氷柱だけは上がることはあっても、下がることはない。


「悪いがこちらにも事情がある。ギルドで換金した半分は、タリア……昼間の女戦士に渡す予定だ」

「ほぅ、案外良い男じゃないか。惚れた女か?」

「そういうわけじゃない。ただ……あいつを悲しませた、その詫びだ。だから、頼む。火蜥蜴の氷柱を譲ってくれ。この通りだ!」


 真摯に頭を下げれば絆されると思ったのか?


「殊勝なことじゃないか。だが、それがどうして俺が損をする理由になる? 最低でも白金貨十枚を持ってこい。話はそれからだ」

「どうしてもか……」

「当然だ」

「……お前が子供を殴り、狩り場で危険に遭わせていたと報告すると言ってもか」


 いいね。わかりやすくてとても良い。身元保証人の罰則をしっかり理解しているじゃないか。制度の元は貴族が冒険者の後見人制度を作り、その名声と成果を誇る遊びを始めた。その過程では相当数の冒険者が喪われた。貴族が遊びに飽きを見せ始めた頃、その制度を冒険者ギルドは作り直し、年齢制限をした上で身元保証人を認めた。その盛り込んだ規則の一つに「保証する子供を保護する」というものがある。細かい附則などはなく、ただそれだけだ。受け取った側は恣意的に判断ができる。反面、罰則は強いもの。保証人となった冒険者のランクダウンだ。そんな規則が悪用されなかったか、そんなわけはないだろう。修正された規則に、報告者もランクダウンになるという項目が増えただけだ。

 

「くくく、お前、冒険者登録してないだろ?」


 こいつは交渉なんて初めから考えていなかったんだろうよ。



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