第30話 盗賊2
——ロミナ’s view
「そろそろ御用件を話して下さい」
「いは、ちょほと、まっへ……」
焚き火にあたりに来たタリア様は、狩って来たばかりの野兎を焼かせて欲しいと言って来ました。ですが、せっかく落ち着いたお腹を騒がせてしまうのは健康によろしくありません。遠慮してもらう代わりに、おじ様にと用意したサンドイッチと交換しました。等価交換っていいですよね。美味しい美味しいと言ってくださったので、十分等価です。間違いありません。
この方、昼間もそうでしたけど、敵意がありません。おじ様に怒鳴られた時も、涙目になってましたよ。ロゼッタ様のパーティをカトラ様が率いていると思われたそうで、女子供だけでサラマンダー狩りは大変だと、大層心配してくださっていました。カトラ様は言葉通りに信用せず、男の人もいたことから遠ざける判断をしたようです。結果的には良かったのだと思います。
「よし。ありがとね、ロミナちゃん」
「どういたしまして」
背中越しにお礼を言われたので、失礼ながらそのまま返事をします。今は野兎の解体中でしたから。シモン様と一緒に作業するのも慣れてきました。言わなくても次にする準備をしてくださるのは本当に助かります。ミト様は指示待ちが多いですね。頑張りましょう。ほら、松明を持って下さい、灯りが足りませんよ。
「改めて、昼間はごめんなさい。あたしもパニックになってて……あたしだって、狩り場で声掛けられたら相手しないよ」
ロゼッタ様とカトラ様も今は警戒を解いているようです。そもそも、武器が入った魔法鞄を足元に置いているので、すぐに行動できない事をアピールしていますから、問題ないでしょう。
「その上で、お願いがあります。力を貸してください」
立ったまま、深く頭を下げる。それが自分にできることと言わんばかり。
ロゼッタ様が頷き、皆様も止めることはなさいませんでした。
「話を聞かせてください」
その様子にタリア様は一息ついてから、理由を話し始めました。一緒に居た男の人はレンジャーのニアール。この男を捕まえ、ギルドに突き出したい。一緒に行動していたのは逃さないため。
タリア様のパーティが壊滅したのはこの男が原因でした。
好景気という噂に招き寄せられて、タリア様のパーティは隣の領地からエンバーハイツに遠征してきました。想像以上の盛り上がりに財布の紐なんて開きっぱなし。でもそこは冒険者、資金不足なら自力で稼ぐ。報酬を求めてギルドに立ち寄り、依頼を相談した。しかし同じように考える冒険者は多く、常時依頼ですら競争率が高い。
二アールはパーティで話し合いをしている酒場で声をかけてきた。近々大規模なサラマンダー狩りが始まる。先に数匹でも狩れば、情報が欲しいギルドで大儲けできる、なにより賭けで大穴だ。タリア様達はランク4の冒険者、サラマンダーは強敵だと聞いて不安があり、拒否した。しかたがないと、酒を追加で一杯奢ってから、二アールは去っていった。
翌日、競争率が高くても常時依頼にしようと決め、ギルドに向かった。ギルドではあのパーティがサラマンダー狩りに向かったと騒ぎになっていた。ちょうど現れた二アールに話を聞くと、冒険者登録してランク5になったばかりの四人の子供達が、大人に率いられて狩りに行ったんだと教えてもらった。そんなメンバーで狩りができるのかと聞くと、難しいだろうなと答えた。そして「でも」と言葉を繋げた。
「前にいたサラマンダー狩りのパーティと同じ構成だったからな。案外やれるんじゃないか?」
それは毒のある蜜だった。
前のパーティというのは軽戦士のおじ様、魔法使いのカリーナ様、重戦士のライエル様、そして、聖職者のウェイン様。運が悪いことに、タリア様のパーティと同じ構成でした。
誰かが言い出した一匹だけ挑戦してみようの言葉に、ニアールは道案内するから報酬を分けてくれと協力を申し出た。普通に考えれば地理の案内があれば安心する。だけど、その狩り場はあまり人が立ち入らない場所。前に狩りをしていたパーティがおじ様達しかいなかったことに気づくのは、全てが終わった後だったそうです。
おじ様の見立て通り、夕方に到着したタリア様達は水場で一泊した後、誰かが来る前にと火山に向かった。ファイヤーフロッグの数は多かったが特に苦にならず、蹴り飛ばして追い払うだけの余裕があった。
でも、そこまでだった。
ファイヤーフロッグの油まみれだったタリア様の盾は、サラマンダーの炎で歪みはじめた。慌てて体勢を変えてしまい、やや後ろにいた魔法使いに飛び火する。その間に重戦士が横に回り、ハンマーでサラマンダーの頭を上から叩く。そしてすぐに横面を殴り飛ばした。しかし、タリア様達ができたのはそこまで。聖職者は魔法使いの治癒に回り、動きが止まってしまう。
「撤退しよう!」
重戦士の言葉は素早い判断のはずだった。まだまだ余力を残したままの撤退は、次へのチャンスになる。どうすれば次は戦えるか考え始めたタリア様は、二アールの案内のまま走ってしまう。気づくとそこは別のサラマンダーの巣だった。振り返ると、一匹の筈だったサラマンダーが何匹も追いかけて来ていた。
「タリア! 逃げろ!」
言われると思わなかった言葉を受けて一瞬躊躇する。
しかし、二アールの遠ざかる黒い布を見つけてしまえば、それはサラマンダー以上の憤怒となった。
聖職者は動き出すタリア様に身体強化の魔法を放ち、無防備な背中にサラマンダーが伸し掛かる。
魔法使いはアイスランスを撃ち込もうとするが、狙いが定まらず押し寄せてくる炎に沈む。
重戦士はタリア様の後を追わせまいと、最期までハンマーを振り続けた。
やがてニアールに追いついたタリア様は胸倉を掴み、どうしてこんな事をしたか責め立てた。その言葉にニアールは「レンジャーとして未熟で、実績が欲しかった」と涙ながらに謝罪した。
タリア様は混乱した。そんな自分勝手な理由で知り合ったばかりのパーティを死地に追いやった。結果、生きているのは自分だけ。二の句が継げないでいると、遠くに楽しげな子供達の声がする。
二アールに「付いてくるように」と言うと、タリア様はわたくし達と出会い、そしておじ様に絡まれた。
タリア様は二アールの事は許せない。だけど故意だとは言い切れず、悩んだ。しかしギルドには報告する必要はある。それに道案内としても必要だ。そう自分に言い聞かせて害意を隠し、山を降りようとする。
しかし、二アールはおじ様のことを「あれはリヴェル。サラマンダー狩りの熟練者だ」と説明した。
今から町に戻っても、夜になるかどうか。冒険者カードで町の中に入れるのは夕方まで。それ以後は検問所で少なくない金額を預けることになる。ここでも欲がでてしまい、技術を盗めるのならと、ロゼッタ様のパーティを追跡し始める。
その後は驚きの連続だった。ファイヤーフロッグでサラマンダー釣り始めたと思ったら、子供達だけで倒してしまった。それも無傷で。自分達で同じことができただろうかと考えたが、指導があったからだろうと思い直し、続けて学習させてもらうことにした。
そして二戦目。タリア様の目はおじ様とカトラ様に釘付けだった。軽戦士だけでサラマンダーを倒せるとは思いもよらず、それどころか美しい技を見せられて、惚けてしまった。あれこそ自分の理想とする姿だと興奮した。
その興奮もすぐに冷たいものに変わる。
ロゼッタ様が取り出した火蜥蜴の氷柱を受け取るシモン様が赤い光を掲げているのを目にした。
そして、それを大人であるおじ様が殴りつけて奪うところを見てしまう。
その光景を見た二アールは冷たい目をして言った。
「あれを譲ってもらいましょう」
正体に気づいたタリア様ですが、ここで何か言おうものなら取り逃してしまうと判断。わずかに頷いて、二アールが行動するのに合わせた。
「あたしは演技が下手だったみたいで、途中からは別行動。ロゼッタちゃん達を追跡して、人質に取れって別れさせられたんだよね。昨日野営した場所に誘き出すから、そこで待ってろだってさ。五人相手に一人でどうしろってのよ!」
「なるほど、そちらの状況はわかりました。それで、タリアさんはどうするつもりですか?」
「あたしはニアールを捕まえればそれでいい。でもリヴェルって人が何をするかわからないから、相談してるつもり」
カトラ様も困ってますね。おじ様のあの態度であれば、協力してもらうのは難しいでしょうし、どうして来たと怒鳴られるのは目に見えています。
わたくしとしては兎肉の燻製がいい感じになってきたので、もう少しこの話が長引いてくれると助かります。
「カトラ殿。少し、いいだろうか」
「シモン様? 何かありましたか?」
普段はほとんど接点のない二人が会話するのは珍しい。そのためでしょうか、どちらも少し緊張している様子です。
「リヴェル卿の態度に違和感を覚えませんでしたか? リヴェル卿は普段は温厚な方。決して子供に手をあげるような方ではないと思っております」
「そう……ですね。その通りだと思います」
「ではリヴェル卿は何故あのような態度を取られたのでしょうか」
「タリアさんの話を聞くと、ニアールの行動を予見したというところでしょうか」
あれ? おかしいですね。どうしてシモン様はおじ様に怒っておられないのでしょう? どれほど尊敬している英雄でも、あれほどの事をされれば、何かしら思うところはあるはずです。それなのに、いつもと変わらない。むしろ、普段よりも冷静に見えます。
あの時も慌てていたのは周りの人達で、シモン様は――
「話は変わりますが、道中にリヴェル卿のお話を伺いました。好いた女性と四人のパーティメンバーについてです」
おじ様は話の中で殴り合ったと言っていました。けれど、その後はパーティを続けて楽しく過ごし、ドラゴンスレイヤーにまで至ったという話だったはずです。その話と、シモン様を嫌悪を剥き出しにして殴る、その関係性がわかりません。
シモン様は少し大袈裟に見えるほど息を吸い込み、ゆっくりと吐き出しました。
「あの話には続きがあるのです」
おじ様の元パーティメンバーである、ルイジ師匠から聞いたと前置きして話を始めました。
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