第28話 サラマンダー釣り

「遊び?」


 ロゼッタは首を傾げながら言葉を繰り返し、その目は俺を見下ろしていた。

 今の俺は地面に座らされ、カトラに髪を洗われている最中だ。銀色だった髪が赤茶けていたのを心配してくれたロミナだったが、俺が「変装だ」と言った途端、シモンに指示して頭から水を掛けさせた。

 呆れて見ていたロゼッタだったが、「遊び」の説明をすると、ぱぁと笑顔になり、ミトに準備を指示した。


「最初はどうする? 手本を見せるか?」

「ううん、わたし達でやる!」

「気をつけろ。いつでも逃げられる準備をしておけ」

「了解!」


 やろうとしていることは簡単だ。倒したばかりのファイヤーフロッグをサラマンダーの巣の近くに投げ、食いついた奴を誘う。今回は巣に多くのサラマンダーが集まっているため、蔦で縛ったもう一匹を引きずりながら狩り場に連れて来る。理想は一匹ずつだが、二匹なら俺とカトラで仕留め、三匹以上なら逃げる。全ては釣り師の腕次第だ。


「今日は初日だからな、一匹倒せばいい。無理するなよ」

「わかってる! 大丈夫だから、そこで見てて!」


 釣りを考えたのは俺だが、実際に試すのはロゼッタだ。見せたこともない狩り方なのに、自信満々で楽しそうにしている。わかってるのか? ランク3でも単独で狩りをするのは躊躇う相手なんだぞ? なのに、ロゼッタはまったく怯む様子がない。

 挙げ句、「パパを抑えていて!」と言われたカトラに腕を取られて動けない。


「はじめ!」


 ロゼッタの合図でミトは身体強化・剛力のスキルを発動して一匹目のファイヤーフロッグを投げた。目論見通りの場所、およそ三匹ぐらいが食いついてきそうな位置に転がるのを確認すると、次のフロッグに仕掛けた蔦を握る。

 最初に気付いたサラマンダーは四匹。二匹は争うように駆け寄り、すぐにフロッグの足に喰らいついた。後から現れた二匹はお互いに炎を吐いて威嚇するが、同種の魔獣同士、そんなものは全く意に介さない。

 そこでズルリと次のフロッグを動かす。すると振動に気付いたサラマンダーの一匹が体を起こし、そのギョロリとした目に捕らえられる。獲物を見つけたサラマンダーは猛烈な勢いで追いかけ始めた。ミトは焦りを見せず、それでも必死にフロッグを引っ張り、全速力でその場から離れようとする。剛力状態のミトは全力で走っているが、それでも魔獣より速いわけじゃない。ぐんぐんサラマンダーが迫ってくる——これで準備は整った。


<ストーンピラー>


 シモンは争っているサラマンダー三匹との距離を確認し、釣り上げたサラマンダーの後ろに石の壁を作って遮断した。

 ミトは蔦を離し、背負っていた大盾をサラマンダーに向けた。

 サラマンダーも魔獣である前に生物。動かないファイヤーフロッグよりも、生きの良いミトに向かって襲ってくる。


<バイタライズ>


 ロミナの魔法がミトのスタミナを上昇させる。ミトの体力はまだ多くないため、ロミナは訓練でよくこの魔法を使っていた。その効果は十分だった。


「いっつも、ギリギリでっ!」


 ミトは突進してくるサラマンダーに構えた盾を僅かにずらし、顔の側面を叩いた。シールドバッシュが成功する。

 サラマンダーはよろめき、態勢を整えようと四つ足を地面に食い込ませる。その瞬間を狙って、ロゼッタが追撃をかける。


「首っ!」


 ロゼッタは飛び上がりながら自分の狙う場所を告げ、パーティに次の準備をさせる。しかし、サラマンダーの厚い皮は攻撃を受け止める。それでもロゼッタは十分にヘイトを稼ぎ、サラマンダーは大きく首を伸ばしてロゼッタを追いかけようとする。


 サラマンダーは自ら一番弱い部分を晒す。その正面にはシモンが立っていた。


<アイスランス>



「やったーっ! サラマンダー討伐成功! おめでとう! みんなすごいよ!」

「さすがに緊張しました……でも、初討伐、おめでとうございます」

「サラマンダー討伐成功おめでとうございます。こんなに容易に魔法が通るとは思いませんでした」

「皆様、サラマンダー討伐おめでとうございます。ロゼッタ様は怪我していませんか? 火傷があったりすると大変です。大丈夫ですか?」

「うん、みんなありがとう。怪我してないから平気だよ。ロミナちゃんもすごいタイミングだったよね。ミトが吹っ飛ぶかと思ったよ」

「吹き飛ぶのは……でも、ロミナさん、もう少し早く魔法を使ってもらえると安心なのですが」

「申し訳ありません。ミト様とは距離がありましたから、ギリギリでした。もう一歩進んでくだされば、余裕に感じられたかもしれません」

「いや、それって、魔法を使うタイミングは同じってことじゃないですか」

「シモンくんの魔法もすごく上手だよね! ギリギリで使うから、ストーンピラーでサラマンダーをピョーンって跳ね上げるのかと思ったよ。それから、最後のアイスランス、格好良かった!」

「ありがとうございます。ロゼッタ殿の攻撃も――」

「ロゼッタ、そろそろサラマンダーの素材を確保しよう。次のフロッグも用意しておいた方がよさそうだね」

「あ、うん。そうだね。パパ……じゃなかった。スカウトくん、素材の獲り方教えて!」


 ふぅ。なんとか無事に討伐を成功させたか。

 戦い方は自分達で考えたと言ってたが、何も知らされていない方からすると、不安だらけだった。それはカトラも同じだったのか、腕を取る手が強張っていた。おかげで、ロゼッタの笑みを受け取ると二人して笑い合うことができた。


 サラマンダーの素材は大きく分けて三つある。

 まず、皮と言われる背中部分。厚みがあって熱に強いことから、防具に良く使われる。貴族は鞣して外套に使うそうだ。金貨十枚分になる。

 次に、尻尾。今回は戦闘で使われなかったが、サラマンダーで一番硬い部分だ。鍛冶屋に持っていくと約束した素材で、しなやかさもあるうえ、炎を纏っても劣化しない。金貨二枚はするもの。ただ、重いから持ち帰るのは余裕があるときだけだ。

 そして、体内にある握りこぶしほどもある魔石。火の魔石と言われるサラマンダーの魔力の源。これがあるから炎を吐くことが出来る。ファイヤーフロッグも持っているが、その大きさは爪先ほどでほとんど価値がなく、たいていは捨てられる。サラマンダーの魔石は金貨三枚になる。


「シモン、残念だったな」

「はい。でもまだ一匹目です。それに、楽しかったです」


 シモンは珍しい魔獣の素材を集めている。しかし、それは必ずしも同種の魔獣が持つとは限らない。今回のサラマンダーは体躯は大きかったものの、特別な個体ではなかったらしい。見つからなかったらどうするのか、シモンはその時に考えますと言っていた。


 サラマンダーの素材を剥ぎ取ったあとは、死骸を邪魔にならない隅に寄せておく。数日もすればファイヤーリザードが食べてくれるので、処分に困らない。おもしろいことに、ファイヤーリザードはファイヤーフロッグに食べられ、ファイヤーフロッグはサラマンダーに食べられる。この火山は奇妙な食物連鎖で成り立っている。



「膝貫!」


 二匹目のサラマンダー討伐は少しばかり危なかった。シモンが集中を切らし、アイスランスを外してしまったからだ。すぐにミトがフォローに入り、襲ってくるサラマンダーからシモンを守るのに成功したが、炎を吐かれ、身動きが取れなくなる。ロミナのメディテーションで集中力を回復するも、ミトが正面で耐えていては、直接攻撃は届かない。シモンはストーンピラーでサラマンダーを突き上げ、重い尻尾から落ちたそれをロゼッタが膝貫で腹を切り裂いた。


「ふぅ、お疲れ様。今のはちょっと危なかったねー」

「申し訳ありません。自分が――」

「ううん。シモンくんが悪いわけじゃないよ。パパとカトラがあんな事するなんて、わかるわけないよ」


 ロゼッタの言う通り、今回は俺とカトラも参戦した。釣りで引き寄せたのは二匹。中央にストーンピラーで石壁を作れば左右に分かれ、俺達にも出番が来る。

 サラマンダーには初挑戦だったが、カトラは低く構えて落ち着いていた。向かってくるサラマンダーの顎を盾で打ち上げ、そのまま蹴りを放って仰向けにさせる。そして追撃すれば終わりだ。だが、あとは任せたとばかり、一歩後ろに引いた。

 手柄を譲ってもらった俺は、身をよじり起き上がろうとするサラマンダーに飛びかかり、空中で膝貫を使ってみせた。

 それを見てしまったシモンが集中を切らしてしまったため、ロゼッタ側のサラマンダーを倒すのが手間取ったというわけだ。


「パ……パで、いいや。そんな戦い方できるんだったら、教えてくれても良かったのに! カトラもすごく強いの知らなかった!」

「空中で膝貫するのは難しいんだぞ? あと、無防備だから攻撃は避けられない。あんまり使わないんだが、見せ場を作ってくれたからな」

「お、お嬢様。私もクラス3の冒険者です。リヴェル様まではいきませんが、それなりの討伐経験がありまして、え……と、そう、以前に大型の毒蜥蜴をこのような戦い方で……」


 俺はともかく、カトラが詰め寄られるのは珍しいようで、しどろもどろになりながらこれまでの経験を暴露していく。

 ロゼッタは冒険者ギルドで勉強はしたものの、それはあくまでも机上のこと。実際の経験ではカトラの方が遥かに上だ。身近な相手に話を聞くということをすっかり忘れていたことに今更気付いたらしく、しばらくむくれていた。


「ねぇ、スカウトくん。これって何?」


 二匹のサラマンダーを解体するのはさすがに一人では手に負えない。手分けして作業をしていると、ロゼッタがきょとんとして細長い棒のようなものを見せた。布で表面を拭うと、つるりとした光沢が現れる。それは手が透き通るほどの赤い結晶だった。


「火蜥蜴の氷柱……」


 奇しくも、それはシモンが探し求めてエンバーハイツまでやってきた魔獣の素材だった。震えながら受け取ったシモンは、日に掲げ赤い光を辺りに散らす。


 その神々しいとも言える光景に見惚れた俺は——シモンに殴りかかり火蜥蜴の氷柱を奪い取った。



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