第27話 小悪党
翌朝、朝食には李が追加され、ロミナを大いに喜ばせた。木にはまだ幾つも生っていて、もぎ取られた跡があるが、食い残しや目立つ足跡がないため、人ではなく獣の可能性が高い。果物を食べる蛇かもしれないが、その対応は後に考えればいい。果物を食べるということは、肉食ではないので、人を襲う可能性は低い。
それよりも問題なのは、ロゼッタの心配通り、水場には新しい足跡と野営の跡が見つかったことだ。
「俺達がここに到着したのは少し早めの時間だ。斥候に出た時間よりも彼らが後から来た可能性は高い。昼に町を出れば、まだ足元が見えるうちに来られるからな」
「この洞窟以外に野営できる場所はあるの?」
「幾つかある。まず、ここに来て最初に見た川の支流。林の中にあるから辿ればすぐ見つけられる場所だな。ここに野営の跡があった。次の場所は湧き水があるが獣が来るから少し危険度は上がる。洞窟も他の場所にあるが、山の影響かちょっと熱い。俺がここを選んだのは、以前からの野営地でもあるし、わざわざ遠い洞窟まで人が来ることが少なかったからだ」
この洞窟を獣が塒にしていたところを見ても、人が頻繁に来ていたわけじゃないだろう。俺達の後を追ってきたと考えると、十分状況を説明できる。昨晩はそのまま寝たのか、焚き火の跡と地面を均した痕跡が残っていた。血気盛んなパーティでなければいいが……
「彼らがこの狩り場に慣れた冒険者であることを祈るぜ。スカウトくんからは以上だ」
「ありがとう、スカウトくん。でも、その人達はもう出発してるんだよね? すごく急いでない?」
スカウトくんの発言は終わったからな。暫くはだんまりだ。代わりにカトラがその質問に答えてくれる。
「早朝に出発したパーティは、あまり長い時間この狩り場に滞在しないのかもしれません。最初の一匹を持ち帰る。それだけを目的とするなら、今日の夕方には町で喝采をあげることができるのではないでしょうか」
「ロゼッタを始め、このパーティは目立ちますからね。僕達が出発したのに気付いた人達が追って来てもおかしくないです」
「昨日一日、わたくしたちは冒険者ギルドに立ち寄っておりません。知られていると思います」
「……まだ、情報が足りてないと思われます」
「ありがとうみんな。わたし達が焦っても、サラマンダーが倒せるわけじゃないしね。早く行った人が間引いてくれて、戦いやすくなったと思おう」
俺達の目的は称賛ではなく、実利だからな。ひとつは武器素材のため、もうひとつは旅費、もうひとつは……こればっかりはわからないな。どのみち数を揃える必要があるから、長期戦になる。焦って失敗するより、じっくりと成功させるのが目的だ。
ロゼッタの指示で焚き火の跡は残したまま、俺達は戦闘用の装備を整え、洞窟を離れた。
◇
「ミト! 油がくる!」
「左に集めます!」
「はーい、布をかけまーす」
「<フリージング>!」
「それじゃ、おしまいっと!」
ファイヤーフロッグ戦もそろそろ危うげなくやってのけるようになったな。フロッグは油まみれにしたあと、着火して捕食する、奴らはレアがお好みらしい。最初の攻撃が舌か油かは対峙してみないとわからないが、攻撃はあまり速くないので、今のロゼッタなら見てから避けられる。ただ、油を吐かれてしまうと想像通り飛び散ってしまう。
その情報を知ったロゼッタはミトに盾を使って液体を集めさせる練習をさせた。おかげで大きく飛び散らせることなく地面に落とし、ロミナがボロ布を被せ、シモンが布を凍らせれば、あっという間に回収完了だ。最後はロゼッタが喉を切り裂けば戦闘終了となる。
あとはファイヤーフロッグの腹から油袋を取り出して、ボロ布に染み込ませた油を戻せば、ほぼ満額で買い取ってもらえる。一匹分は銀貨十枚になる。獣のように丁寧に皮を剥ぐ必要がないからお手軽な部類だろう。
「はい、スカウトくん。お願いね」
「ちっ、しゃーねぇな。よこせ」
俺は絶賛、小悪党役継続中だ。髪をボサボサにして、猫背気味にするようにも指導を受けた。
ロゼッタから渡されたのは、取り出したばかりの油袋。ロミナからもボロ布を受け取ると、ファイヤーフロッグの皮で作られた手袋で絞り、油袋に注ぐ。これが今の俺の仕事だ。
「で、ではっ! よ、よくできました。ス、スカウトさん!」
そして顔を真っ赤にして頭を撫でる役のカトラ。テイマーというより、トリマーになってる気がするが、役作りとしては面白い。本人も楽しそうだしな。撫でられ終わると、頭を掻いてまたボサボサに戻るのが、次の行動開始の合図となる。
「先行した人達って、本当にいるのかなぁ。全然遭遇しないね」
「ここはまだフロッグばかりですね。山の反対側に向かったんでしょうか?」
「自分達以外の戦闘の跡がありません。別の場所があるのでしょう」
「回復魔法も使っていませんし、一度ぐらい本命と接触してみませんか?」
これまで倒したのはファイヤーフロッグが四匹とファイヤーリザードが二匹。リザードは炎を吐かない小型のサラマンダーだな。牙があるから噛みつかれたり、体皮で軽い火傷をするぐらい。つまり素材的な価値はない。単純に考えると、俺達は銀貨四十枚分しか稼いでいない。目標は六人分の旅費だから、銀貨計算だと一万八千枚。まだまだ足りなすぎる。
「よし、ロミナちゃんの案でいく。スカウトくんに調べて貰ってから、ルートを決めるよ」
「よしわかったすぐ行く」
「あっ……」
少し残念そうにするカトラに微笑みながら、俺は頭を掻いて風通しを良くする。落ち着いたところでロゼッタに指示を仰いだ。
「合流はどうする? ここか? それとも少し先にするか?」
「……それなら、右に見える日陰で合流にする。日が頂上に来るまでに戻ってきてね」
「了解だ、リーダー。カトラ、周りに注意しろよ」
「お任せください、リヴェル様。お気をつけて、行ってらっしゃいませ」
ロゼッタが指定した場所にはフロッグだけで六……いや、七匹いる。日の高さを考えると、残り時間は小一時間といったところか。戻る頃には終わってるな。今回は斥候の時間が短い。身体強化した上で全力疾走することになったのは言うまでもない。
◇
あぁ、やっちまったな……
目の前に広がっているのは冒険者だった者達の残骸。服やローブには炎が張り付き、鎧は溶けて形を留めていない。煙が立っている下には黒ずんだ塊がある。まだそう時間が経っていないということだろう。
ひとつ、ふたつ、みっつ……大型ハンマーの重戦士、ローブの魔法使い、そして聖職者。どことなく見覚えのある構成で、胸の内でざわざわする。重戦士が盾を持っていないから、あいつらとは違う。しかし、前衛が盾なしと言うのが良くわからんな。
「盾持ちが逃げたか。ここまで来たのなら、斥候か、レンジャーも居たかもしれないな」
しかし、どこに勝算があったんだろうな。
地面にはおよそ二十匹が蠢き、亡骸に噛みつき、その炎と熱で地面が揺らめいて見える。今までに見た最大規模のサラマンダーの巣だ。
「どこも数が多いな。ロゼッタに策を授けた方がいいか……?」
ここまで他にもふたつ、サラマンダーの巣があった。そのどちらにも十匹程度はいた。一パーティで倒すには骨が折れるのが簡単に予想できる。なによりロゼッタ達では手に負えない。
「数匹の群れや巣なら以前にもあったが、こんなに集まっているのは見たことがない。なにか原因がある……?」
短時間の探索では手がかりは見つけられそうもない。一度戻って考えるか。それに、生存者が合流したがったら厄介だからな。
◇
「嫌な予感というのは……やっぱり経験してるから予想するんだろうなぁ……」
集合地点にはロゼッタ達以外に二人の冒険者の姿があった。身振り手振りで何かを話しているようだが、冒険者の前に立つカトラは剣こそ構えていないが、盾は前に向けている。友好的にはなれそうにないか。
少し勿体ないが、火傷に使うタダレ草の塗り薬を髪につける。斑らに赤色と土埃が混じった感じだが、汚しておけば少しは誤魔化せるだろう。これで十分だと自分に言い聞かせ、伏せていた身体を起こし、わざと音を立てて近づいていった。
「よぉ、うちのパーティになんか用か?」
「……!」
「なによ、あんた。どっから来たのよ?」
「隠れていたやつか……何しに来た」
うちの子達は優秀すぎるだろ。全員、冒険者から目を離していない。それに引き換え、こいつら今もこっちを見てる。俺がカトラの位置にいたら殴ってたぞ。ロゼッタだけは反応しようとしたが、我慢したようだな。
しかし予想の通り。女は軽戦士で盾を失ったか、左腕に火傷がある。男は目付きが悪いな。軽装備で……盗賊上がりかレンジャーもどきだな。逃げられたのも足が速かったからか、そのあたりだろう。
おっと、キレて暴れられたら困る。俺が代わりに接客してやろう。
「あぁ? 聞こえてなかったのかよ。うちのパーティになんか用かって、俺が聞いてんだよ! ちょっと用足してる間に、俺の女を口説こうとしやがって……おい、狩り場で随分と余裕だな?」
「あたしらは子供が頑張ってるから、手伝ってやろうと思っただけよ。あんたの女を取ろうとしたわけじゃない」
「くははは、正気か? そうだ、ちょうどいい。さっきサラマンダーの巣を見つけてなぁ。人手が足りねぇと思ってたんだ。二十匹ぐらいいたからよぉ、ちょぉっと手ぇ貸してくれよ。二人でここまで来れるんだ、すげぇ強いんだろ? やっつけてくれりゃ、女に声掛けたのは許してやる。で? どうすんだ、お前ら!」
「二十……」
「ふざけんな! 勝手にしろよ!」
「くははは、冒険者だろ。当たり前の事言うな」
あとはまぁ、セオリー通りだ。「覚えてろよ!」って言うから、「寝るまでには来てくれよ」と返してやった。女戦士は「ふざけろ!」と言いながら這い出たファイヤーフロッグを蹴っ飛ばして行ったが、カトラよりかなり弱い。よくここまで来られたな。男盗賊は目立つ動きがなく、判断しにくい。姿が見えなくなるまで様子を見ていたが、警戒しているのか振り返ることもしない。
「パパっ! 凄い凄い! すっごい小悪党っぽい!」
「それを言うなら、格好いいとかにしろよ」
力を抜いた途端、抱きついてきて何を言うかと思ったら……小悪党は褒め言葉じゃないぞ。まぁでも、感情的に前に出ず、カトラに任せて良く我慢したな。
「カトラは無事か? 何かされてないか?」
「は、はい……ありがとう、ご、ざいます……」
「? なら、いいんだが?」
子供達も何もなかったらしい。俺の戻りを待つ間、日陰で休憩を取ろうとしたところで冒険者が話しかけてきた。ちょっと怖い思いをしたが、ミトは「力みすぎました」と言う。シモンは「ルイジ師よりも強そう」との感想だ。ロミナにしてみれば、「あれぐらい大したことはありません」とケロリとしたもんだ。
それでも思いがけぬ緊張があったことで、今後のことを話し合うために休憩にした。
そこで話をしたのは集まってるサラマンダーの数が多すぎること、そして冒険者の敗北の姿。
「あの人達、失敗したんだ……」
「そうだな。せめて何か持ち帰ろうと、ロゼッタ達に寄生しようとしたんだろう」
どう利用しようとしたかは……女子供ばかりを見れば扱い易いとでも思ったんだろう。
だが、気にするな。そんなマイナスは俺達に必要ない。これからする事は、楽しい遊びだからな。
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