第21話 若い冒険者5

——ミト’s view


 僕達が辿り着いた時には、凄惨な有様だった。

 フォレストウルフの二十頭ほどが叩き潰され、地面に染みが散らばっている。エリック達は離れたところで固まり、援護の様子はない。

 目の端では巨大な赤黒い熊がロゼッタを狙って爪を振り下ろす。身を躱して剣を振るい、彼女の攻撃がフレイムベアに届く。

 ザグリと練習用のペルに斬りつけたような音がする。けれど、フレイムベアの剛毛はロゼッタの剣を難なく受け止めていた。


「ミトっ! 盾を用意! シモンくん、魔法任せる! ロミナちゃん、カトラの回復!」


 ロゼッタの声が響く。彼女の指示に従い、僕達はすぐに動き出す。ロゼッタがフレイムベアの手を狙い、足を狙い、舞うように飛び回る。その動きはまるでダンスのよう、それでも一瞬の油断もない。爪の攻撃はカトラさんが盾で防ぐものの、力の差で押し戻されている。

 立ちはだかるのは確かに巨大な熊だ。三メートルは超えるだろう。でも、見ていると笑いがこみ上げてくる。


「マルク院長より、怖くない!」


——金剛


 身体強化・金剛を身に纏いシールドチャージが快心の音を立てさせ、仁王立ちするフレイムベアの体勢を崩す。


「マルク院長ならこの程度は手で押しとどめられる。その程度で僕達の邪魔はしないでもらいたい」


 フレイムベアは大きく吠えて頭上に振り上げた左腕を僕に叩き付けようとする。僕の低い身長では大きな盾は扱えない。四メートルほどの上から攻撃を受ければ軽々頭上を越える。だからこそ、対策は考えている。


「その爪は止める!」


盾強化・伸張シールドオーグメント


 支えた腕にズンと振動が伝わる。魔力で作られた盾がフレイムベアの高さに並び、爪を防ぐ。身構えた足の位置は僅かに下がっただけ。こんなところを院長に見られたら、また叱られる。でも、僕は一人で戦ってるわけじゃない。


「ロゼッタ!」

「カトラ! 右腕を止めて!」

「はっ!」


 右腕が振り下ろされる前にカトラさんが前に飛び、無防備になる肘の内側にショートソードで斬り付ける。剛毛に覆われた皮は固く、血を噴き出させるほどにはならないものの、招くようにぐにゃりと肘が曲がる。そのままフレイムベアの横を通り過ぎたカトラさんは悔しそうにしていたが、ロゼッタの希望通り動きを止めさせることは達成させる。


「膝貫!」


 いつの間に飛び込んできたロゼッタがすぐ隣にいて、思わず声を上げそうになる。だけどその姿はすぐに捉えられなくなった。瞬く間にスモールソードの向きが二度変わり、ニコリと笑みを浮かべたと思ったら、蹴りが放たれてフレイムベアの膝が落ちた。表現ではなく、そのまま地面に落ち、身悶えている。あの、たった一撃で!?


 僕の目の前で起きているのに、そのことが信じられなかった。戦闘中の緊張感と身体中の熱が、現実感を歪ませる。


「ミト殿、離れてください」


 シモン様の声で、慌ててフレイムベアの前から離れる。金剛を使っている間は溜めるような動きになるので、すぐに走り出せないのがデメリットだ。

 三歩離れたその時——


<アイスランス>


 シモン様の頭上に三つの氷の槍が空中に浮かび、杖を向けると三方向からフレイムベアの首に刺さる。見事なコントロールだった。氷の槍が突き刺さった瞬間、フレイムベアの吠え声が途切れ、力が抜けたようにその場に倒れ込む。腹ばいから起き上がろうとしていたフレイムベアだったけど、首に氷の槍が突き刺さってからはそれも叶わず、ビクビクと体を震わせて、その暴虐な命を終えた。


 僕達は少しの間、立ち尽くしていた。まだ動き出すんじゃないかと不安だったこともある。それでも、ロゼッタの楽しげな声が聞こえてくると、本当に終わったのだと実感ができた。


「シモンくん凄い! 魔法格好良いなぁ! ミトの盾、あんなのおっきくなるの知らなかったよ」

「ロゼッタ殿、お疲れ様です。ご無事で何よりです。魔法が必要であれば、これからもご指示ください」

「お疲れ様、ロゼッタ。僕は小さいから、盾ぐらいは大きいのが必要だったんですよ」

「みんな凄いなぁ。あれ? ロミナちゃんは?」


 そう言えば、戦闘参加から彼女の姿を見ていない。終わった後も僕達に回復が必要かも尋ねられなかった。最低限しか回復をしないのはいつものことだけど、確認もないのは珍しい。その姿を探そうと、振り向こうとした。


 パンッ!!


 離れたところから乾いた音が届く。それはエリック達が集っていたところからだった。



「あなたは一体何を考えているのですかっ!?」


 ロミナさんの珍しく大きな声がした。慌てて追ってみると、泣きはらした顔に、更に頬を腫らしたライラが両手と膝を突いていた。何があったのかはわからないが、その様子から辛い出来事があったことは明らかだった。

 魔法使いのキキは膝を抱えて嗚咽を漏らし、戦士のジェシカですら顔を伏せている。その中心にはエリックが寝かされている。彼の左腕の肘には布が巻き付けられ、止血がされていた。しかしその布は血を止めることができていない。なぜなら、彼の左腕は肘から先がなくなっていたからだ。止めどなく流れる血が、誰も力を使い果たして最低限すらできていないのだと知れた。


「ミト、ロープ!」


 短いロープを魔法鞄から取り出すと「失礼」と声だけをかけて傷口から少し上を縛り上げる。うぅと声にならないうめき声がすると、ライラは「やめて!」と止めようとする。そして再びロミナさんに頬を叩かれていた。


「聖職者なのに、手当もしないつもりですか! 彼をこのまま死なせるのですか!?」


 この状態を放置することは死に直結するのは目に見えている。治療が必要だと誰にでもわかる。それなのに奇跡を司る聖職者が自ら動こうとしないのが理解できなかった。のろのろと動き始めたライラが使おうとするのは、


<バイタラ——>


 三度ロミナさんに叩かれる。エリックの生命力が弱まっているのに、スタミナを回復させようとするのは明らかに間違っている。回復魔法が使えるのなら、治癒魔法もまだ使えるはずだ。彼女が何をしたいのかさっぱりわからなかった。


「もう許してやってくれ……」


 ジェシカがぼそりと呟くように言う。


「どう言うことですか? 今の回復魔法を使おうとすれば、彼が死ぬんですよ。見殺しにしろとでも言うのですか?」


 ジェシカが続けた言葉は「そうだ」とその一言だけだった。今度はジェシカまで叩こうとしたので、後ろから抱きついて引き離した。心情的にはロミナさんに同意するけど、話ができそうな相手まで叩いても先に進まない。

 しかし、このパーティはエリックが中心じゃなかったのか、本当になにがあったんだ?


「エリックが……望んだのよ」


 ぽつりぽつりとキキが話してくれたところによると、フォレストウルフにフレイムベアを擦り付けられたところから始まる。そのお返しとばかりに、森を走り回り、フレイムベアをフォレストウルフの住処へと案内した。群れで襲う習性を持つだけに、効果は覿面。狼によるフレイムベアの足止めとパーティが回復するまでの時間稼ぎができた。

 フレイムベアに挑んでからも初めは優位に進んでいた。ジェシカの盾で爪を受け止め、エリックの持つ剣が大きく傷つけ、キキの魔法でダメージを重ねていった。しかし怒りを見せたフレイムベアは纏わり付いていたフォレストウルフの一頭を掴み、そのまま投げようとした。目標は少し距離を取っていたキキとライラに向けて。そのことに気づいたエリックが剣から左手を離し、そのまま巨大な熊の手を殴りつけた。その程度で怯むフレイムベアではなかったが、目標を変えて爪を振り下ろし、エリックの腕を奪った。その後、体勢を立て直そうとしたところでロゼッタとカトラさんが到着した。


 二人が到着した後は、ジェシカ以外にエリックを介助できるものがおらず、距離を取るしかなかった。エリックはまだ戦おうとしていたが、二人だけで対等に戦っている姿を見て、力が抜けたらしい。身体強化が途切れた後は、どんどん顔色を悪くしていく。朦朧となる意識の中で、腕一本で冒険者を続けるのは無理だろうと、ジェシカに介錯を頼んだが、断られ、だったら失血死を選ぶと、ライラに後を託した。


「本当に、恵まれた人達って……」


 ロミナさんは怒りに肩を震わせて、それでも僕達に向けては冷静な顔を見せた。


「ロゼッタ様、シモン様、ミト様、それからカトラ様。わたくし、少々、この方々に説教をしたいと思います。少しばかり、大きな声が出るかと思いますが、ご容赦ください。そうですね……先に毛皮の剥ぎ取りをしていただければ、諸々助かるかと思います。お願いしてもよろしいでしょうか?」

「ロミナちゃん、叩くのは無しね」

「はい、承知しております」


 にっこりと微笑むロミナさんは、どこか泣きそうな顔をしていた。



「ミトくん、大熊に向かっていくの格好良かったけど、置いてけぼりは酷いと思います」


 木の枝からルーシャさんを下ろしていると、彼女は恨めしそうに愚痴をこぼした。フォレストウルフの住処の森で、一人放置するわけにはいかず、身体にロープを巻き付け、高い枝に吊り下げていた。危害は免れたものの、彼女はまるでワイバーンにさらわれたお姫様の気分を味わったと愚痴る。僕は返答に困り、ただ苦笑するしかなかった。


 ルーシャさんが合流したのは、が終わった後となった。

 呆然としていたエリックのパーティメンバーだけど、エリックの容態が安定してからは、目が会う度にずっと頭を下げっぱなしだ。


「とりあえず、仲直りってことでいいのかな?」

「フォレストウルフを倒した数は負けたので、謝りました」


 実際、僕達のパーティが倒したフォレストウルフの数は十二頭。エリック達のパーティは二十頭。フレイムベアは僕達のパーティで持ち帰り、フレイムベアが倒した二十頭分の皮は半分ずつを分けることになった。合計すると二十二頭と三十頭でエリック達の勝ちというわけだ。

 戦果を見せられてルーシャさんは首を傾ける。


「エリックさんが重体なので、微妙なところですねぇ」

「彼女達はもう近寄らないって約束してくれたので、大丈夫じゃないですか?」

「ルーシャ様、これで約束を違えるようなら、ギルド側で対処してください。もしくは無視してください」

「ほんと、ロミナちゃんは怖いなぁ。ちゃんと、報告はしておきますよぉ」


 ロミナさんが「ルーシャさんの采配にかかっていますよ」と言葉を返しているけど「それってやっぱり脅しじゃない」と小さく呟いていた。

 一人だけ近くにいないと思ったら、シモン様はキキに話しかけていた。


「君らが取った作戦は見事だと思う。だが無茶をした責任は取るべきだろう」

「責任って、もう会わないし迷惑はかけさせないつもりだけど?」


 シモン様は鞄から布に包まれた物を取り出すとキキに差し出した。もぞもぞと動いていた布からキュウキュウと鳴く二つの顔が飛び出した。


「巣に残されていたフォレストウルフの仔だ。処分は任せたぞ」


 布から現れた二つの小さな顔が、キキを見てキャンキャンと鳴き続ける。数十頭ものフォレストウルフを巣ごと荒らせば、仔がいるのも当然だ。育て親がいなければ、餌のない仔は長生きできない。


「……ちゃんと責任を取るわ」



 検問所が閉められるギリギリで戻ってきた僕達は、冒険者ギルドで密かに祝われた。今回の強制依頼はリヴェルさんには秘密ということになっているからだ。

 本来フレイムベアの生息域は火山。その討伐にはランク3ほどの実績としてもおかしくない。カトラさんがいなければ無謀な挑戦をしたとして、ギルド長から叱られるところだっただろう。

 魔獣はあまりテリトリーを移動しない。何か理由があって山を下りてきた可能性もあるが、このフレイムベアがフォレストウルフに影響を与えていたのは間違いない。しばらく様子を見て、以前の状況に戻っていることが確認されれば、追加で報酬を用意してくれるそうだ。

 問題はここから先にあった。フレイムベアの討伐を冒険者カードに記載してしまうと、身元保証人のリヴェルさんに気づかれてしまう可能性が高い。特にロゼッタのカードには絶対に刻めない。シモン様とカトラさんは問題ないだろうと実績が刻まれたが、ロゼッタと僕だけは希望があれば刻むと言うことになった。その判断を聞いて、ロゼッタが頷いた。


「パパが魔獣の名前を刻みたがらないの、なんとなくわかったような気がする」


 翌日、今度こそ勉強会をしようとギルドに向かったものの、受付にはルーシャさんの姿があり、ミラネアさんの姿はなかった。リヴェルさんは肩を落として用事を済ませてくる言って、ギルドを出て行った。

 入れ替わるように左腕を包帯で包んだままのエリックがギルドに現れた。もちろんパーティメンバーも一緒だ。あれだけの大怪我をしたんだから、今日は昼ぐらいまでゆっくりしてると思ったのに、随分と元気そうだ。向こうのメンバーはこちらに気づくと立ち止まり、気まずそうに会釈で済ませるが、エリックはずんずんと近づいてくる。それでもロゼッタの横を通り過ぎようとして、チラリと見るだけで言葉はかけなかった。


 エリックはロミナさんの前に立つと、笑みを浮かべて軽く頭を下げる。その厚顔無恥な行動は呆れてものが言えない。

 あからさまに嫌そうにするロミナさんは一歩後ろに下がり、僕を盾にするように身を隠す。彼女からすると、約束を守れない最も嫌いなタイプに違いない。僕ではロミナさんの代わりにはなれないけれど、できることはある。

 相変わらず僕を無視するエリックが、無事な右手を差し出して、口を開こうとする。


「ロミナさん、昨日は——グフッ!?」


 エリックの顔をめがけ、全力でぶん殴ってやった。

 無防備だったからだろう、僕の拳を受けたエリックはヨロヨロと後ろに下がり、数歩先で仰向けに倒れた。そこは約束を守り、離れた場所にいた彼のパーティメンバーの足下だった。ライラがエリックに触れようとするが、その行動はキキに止められる。ジェシカはエリックを隠すように前に出て頭を下げた。

 きっとこうなると、誰もが予想していた。そして僕が行動することはロゼッタからも許可が出ている。


「これで許してあげるよ」


 人前で殴られたことは、返してやらないとね。



————

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