第20話 若い冒険者4

——エリック’s view


 くそっ! しつこいっ!


「止まるな! まだ追ってくる!」


 背中にジェシカの声が届く。背後に迫る魔獣は二人が回復するまで待ってはくれず、キキを抱えて森の中を走っている。ジェシカにも武器ではなく、ライラを抱えて走らせる。今は生き残る時間を稼ぐために、もっと走り続けるんだ。


「フォレストウルフだけだったら――」


 皮を剥いでいる間に襲われたのは仕方がないし、予想もしていた。しかしフォレストウルフだけでなく、巨大な熊が現れるとは思わなかった。奴らは巨大熊を誘導するようにまっすぐにやって来て、左右に分かれようとした。それをジェシカと二人で遮り、追いついた熊が爪を振り下ろして止めをさした。そこまではいい。次にこの巨大熊が何を狙うのか読めなかった。後ろから追ってきた四頭の狼か、それとも――


 誰だって巨大な熊が立ち上がり両手にある爪を振るおうとしていれば、即決しただろう。目が覚めたキキは巨大熊の顔に向けてアイスランスを放ち、左目を潰すことに成功した。よくやってくれたと思う反面、事態の急変に戸惑う。それでもこれはチャンスだ。


「ジェシカ! ライラを頼む!」


 ジェシカはすぐに意図を汲み取り、目を覚まさないライラの元へ走ってくれた。遮二無二腕を振り回す巨大熊から離れてキキを胸に抱える。未だ状況の把握が遅れている彼女は、魔法を放とうとして止めたのを不満そうに、それでも顔を近くに寄せると声を弾ませる。


「ちょ、ちょっと、エリック!? こんな時に何してるのよ!」

「逃げるぞ! しっかり掴まってろ!」

「えっ!? 逃げるの? あれと戦わない? 襲ってきたんじゃないの?」

「そうだが、違う。フォレストウルフが擦り付けてきたんだ!」


 魔獣の中でも群れを作る魔獣は賢い。単独なら噛みつくのが精々でも、群れになると手足として優秀な兵士となる。何より人には理解できない声や音で伝達するのが厄介だ。この巨大熊はまるで獲物がここにいるとばかりにフォレストウルフに連れてこられた。


「ジェシカ、身体強化だけで逃げるぞ。付いてこられるか?」

「逃げるだけか?」

「あの巨大熊のスタミナを奪う」

「でも、フォレストウルフは?」

「牙が刺さらないんだ。皮が固すぎる」


 今も手足に噛み付いているが、巨大熊は弱っているようには見えなかった。それなのに蹴られ殴られ、フォレストウルフの方が弱っている。また一頭が爪の餌食になっていた。フォレストウルフの行動も妙だ。巨大熊に攻撃を仕掛けているが、なぜかこっちには攻撃してこない。もしかすると、さっき倒されたのがリーダー格の奴だったのかもしれない。擦り付けてきたのだから、自業自得だ。だけどこのままでは、巨大熊の勝ちは揺るがない。


「逃げるって、何処に? 森の外に出たら街道に被害が……」


 キキの不安もわかる。強制依頼は街道に現れるフォレストウルフの討伐だ。連れて行ってしまっては意味がない。それが更に凶悪な巨大熊なら問題が大きくなる。だったら、フォレストウルフの数を減らし、巨大熊を遠ざけるしかない。


「決まってる。フォレストウルフの住処だ」


 やられたらやり返す。それが達のやり方だ!



——ミト’s view


 再び遠吠えが聞こえると、遠巻きに併走していたフォレストウルフ達が進行方向を変える。向かう先は僕達が目指す方向と同じだ。やはりこの先になにかいる。


「ミト、そのままの速度を維持、二人と離れないで。カトラと先を見てくる」

「了解。気をつけて」


 いくらロゼッタの盾だと言い張っても、彼女より速く行動することはできない。同じ身体強化でも、彼女達は速度重視の俊敏。力を増やすことを重視した剛力とは違う。それに仲間二人と非戦闘員一人を守るのが、今の僕の役目だ。


「ロゼッタ様、緊急時は大きな音を立てて下さい。ミト様だけでも先に向かわせます」

「ロゼッタちゃんも、無茶しちゃだめだからね」

「フォレストウルフだけなら、魔法でなんとかなりましょう」


 首肯し、行ってくると言い残して、ロゼッタとカトラさんは速度を上げた。ナイフで木に傷つけるのを目で追うけれど、すぐにその姿は木々の間をすり抜けて見えなくなってしまった。残された後衛組のリーダーは僕ではなくロミナさんになる。左右の視界が全くない僕では役に立たないからだ。解決するには腕に抱えているルーシャさんを離さないといけない。ぎゅっとしがみつかれても風の加護があるおかげで暑くもなく、苦しくもない。その代わり、誘惑もできないとルーシャさんはまだまだ元気そうだ。


「止まってください」


 ロミナさんの言葉で、僕とシモン様が少し開けたところで立ち止まる。身体強化しているとはいえ、全くの休憩なしでは疲れも溜まる。バイタライズをかけられ、呼吸が整うと身体強化をかけ直す。それぞれの準備に問題はない。その様子を確認すると、真剣な顔つきでこれからのことはと口にする。


「一度だけ、欠損した身体を治す奇跡を起こせます」


 これにはシモン様も驚いていた。当然僕も知らなかったことなので聞き返してしまう。だが、間違いではなくロミナさんは一度だけ奇跡を起こせると言う。聖職者が治癒魔法や回復魔法を使えるようになるのも奇跡の一つだけど、魔法と言われるとおり、決まった手続きを習えば使えるようになる。しかし本当の奇跡は違う、神に祈りが届いたからこそ起こせるようになると言われている。違いはもう一つ、使うのは魔力ではなく精神力、再び使えるようになるには一晩身体を休めなければならない。


「わたくしの役目として、ロゼッタ様に傷が一つでもあれば最優先に治療を施します。欠損はその最たるもの。ですので、他の方が欠損した場合は諦めてください。それがお二人であったとしてもです」


 一度治療してしまうと、欠損は治らなくなる。その状態が正常だと身体が覚えてしまうからだ。だから応急処置だけで一日待つか、教会で多額の寄付と共に治してもらうかのどちらかになる。聖職者でも聖女と言われるほどになれば、何度も奇跡を起こせるようになるらしいと聞く。ただ、才能だけでなく、何か特別な事象がない限りはその高みに至れないらしい。ロミナさんはその高みを目標としていると言った。

 シモン様が発言を求め、ロミナさんが許可を出す。


「失礼ながら、ロミナ殿は聖職者見習いであったはず。なぜそのような奇跡が起こせるのですか?」

「いつか必要になると、努力しましたから」


 それからは質問は受け付けないと、口を閉じた。次に口を開いたときはニコニコと笑みを浮かべる、いつものロミナさんだった。


「ロミナちゃん、また私を巻き込んで……」

「ギルドに報告するのは無しですよ?」



——エリック’s view


「これだけ集められれば……」

「なるほど、フォレストウルフの習性か」


 巨大熊の周りに十四~十六頭のフォレストウルフが群がり、遂に前進を止めた。既に十頭以上が倒されたが、狼たちは攻撃を続ける。時折こちらに牙を向ける狼もいたが、蹴飛ばしておけば、ヘイトは全て巨大熊に向かった。

 フォレストウルフは群れで狩りをするが、体格が大きい代わりに群れの規模は小さい。それでも本能なのか、群れの単位を超えて攻撃を仕掛ける相手を一つに絞る傾向にある。それはさっきまで、ジェシカが一人食いしばって耐えてくれたからこそ思いつくことができたことだ。


<バイタライズ>


 顔色の青いライラがそれぞれにスタミナを回復させる。

 まだ本調子じゃない彼女に走らせることは無理だろう。それでもこの状況を作れたことで、数回は回復魔法が使えるようになっていた。キキの回復も間に合ったことで、第二戦の準備は整った。


「恐らく、フォレストウルフは全滅する。残り数頭になれば逃げ出す個体が出てくる。そこが狙い目だ。動きが鈍くなっているうちに攻撃を仕掛ける。アイスランスが効いたから、鋭利な攻撃は届くはずだ」

「エリック、あれは火焔熊フレイムベアよ。だから冷気の攻撃が届いたの。通常の武器だと難しいと思う」

「……だからフォレストウルフの牙が刺さらないのか」

「奴らにとっちゃ、最悪の天敵だな」

「それでしたら、私の――」

「ライラは回復に専念してくれ。あの連中には奇跡を見られたくない」


 ライラの奇跡は少し特殊だ。ここぞと言う時に使うのは正しい。しかし再び倒れられると、今回は守ってやれる保証が無い。なによりこんなところで終わるわけにはいかない。


「あの連中……ああ、彼女達ですね。やはり近くまで来ているんですね」

「あぁ、俺が剥ぎ取り残した跡を見ればきっと追ってくる」

「「「俺?」」」


 何かおかしな事を言ったか?


「……あぁ、だな。いつも一人で突っ走って悪いと思ってる。これからは直すように努力するよ」


 何がおかしいのか、三人は顔を見合わせて笑みを浮かべている。フォレストウルフのヘイトはこちらに向いていないとはいえ、油断していい場面じゃない。それでも彼女達はわかっておりますと答える。


「エリック様、目は足下ではなく、前を向けてください。あなたが私達を選んだように、私達もあなたを選んだのです。踏み固める大地が必要でしたら、私達が用意します。そのために必要でしたら、代わりを求めるのも認めたことです。私達も……気が緩んでいたのでしょう」

「エリックの好きなようにやりなよ。これまで通りにさ」

「エリック、あたしはまだ使い潰されてはいない。最後まで使ってくれるんだろう?」


 本当にいい仲間達だよ。こんな俺の我が儘に付き合ってくれるんだからな。

 ドゥンと地面を叩く音がする。また一頭、踏みつけられたフォレストウルフが動かなくなる。残りは十頭程度。

 作戦とも言えない作戦を出し、苦笑されながらも必要な時間と、役割が決められる。彼女達に報いる為に、俺は携えていた剣を変える。


「これからは聖剣を使う」



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