第19話 若い冒険者3

——ミト’s view


「燃やされた跡、残る魔力の反応、恐らくあのキキと言う魔法使いでしょう」

「出発時間は決められてなかったけど、随分先回りされてるね」

「依頼は達成できそうですけど、急ぎますか?」

「足跡を読めるレンジャーが仲間に欲しいですね。ルーシャさん、そろそろ何かに目覚めたような気がしませんか?」

「……はぁ……はぁ……あのね、ロミナ、ちゃん。私、一般人、なの。身体強化なんて、使えないん、だから、こんなに、歩くの、ないから、歳上を労っ……て、くれないかなぁ。ふぅ……ついで言うと、レンジャーって結構珍しいから、ギルドでもあんまり見かけないからね」


 肩で息をしているルーシャさんは十六歳。僕達より少し上なだけだ。さっきまでは「子供時代が終わったら、ずっと女性時代なの!」と夢のないことを叫んでいた。それを聞いたロミナさんに「お姉さんとお姉様、どちらで呼ばれたいですか?」と聞かれて「名前でいい……」と肩を落としていた。何が違うんだろうと聞いたら、お姉さんは頼れる女性、お姉様は酸いも甘いも噛み分けた女性らしい。

 そんなルーシャさんはロミナさんにスタミナ向上バイタライズをかけて貰いつつ、キョロキョロと辺りを見回している。残念ながら人影らしいものはどこにもない。それどころか獲物のフォレストウルフも見かけない。


「お嬢様」

「まだだめ」

「わかりました」


 ロゼッタとカトラさんの何度目かのやり取り。

 カトラさんは専業のレンジャーには劣るものの、斥候の技術を身に付けているらしく、パーティが全員揃っているなら単身で偵察に出ても良いと言ってくれている。それを止めているのがロゼッタだ。僕達はパーティを組んだばかりで、連携もそうだし、緊急時の対応も慣れていない。今回は負けても良いから、サラマンダー討伐のための練習に充てるとロゼッタが決めた。


「それじゃ、目撃情報が多い街道に向かうよ」



——エリック’s view


「随分と多かったな……」


 最後の一頭を仕留めると、無意味な言葉が口からこぼれ落ちた。

 街道から離れてフォレストウルフの棲む森に近づいたまではよかったが、キキが野兎に驚いて魔法を放ってしまってからは様子が一変する。始めはただの照れ隠しだったのが、挽回しようと進む速度を上げてしまうことになった。僕とジェシカはまだいい、しかしキキとライラは体力があまりない。普段は身体強化をしているが、今回ばかりは効果が切れてもかけ直す前に足を進めてしまっていた。そんな時にフォレストウルフが現れた。

 ようやく見つけた獲物に、今度は僕が気を良くして先に進んでしまい、ジェシカとも少し距離が開いてしまう。声を掛けられなければ、パーティを置いて行くところだった。獲物のことはいったん諦め、キキとライラ、そしてジェシカに謝った後は少し休憩することにした。

 しかし、その様子をじっと窺うフォレストウルフがいては落ち着かなかった。みんなの同意を得てからはフォレストウルフを追うことにした。

 偵察と思しき一頭を追っていたつもりが、別の群れのテリトリーに入ったらしく六頭増えた。そしてもう一つの群れが合流して五頭が増える。合計十二頭のフォレストウルフが襲ってきた。さすがにこの数から逃げられると思えない。必死になって迎え撃った。途中で一頭が逃げ出したが、追うわけにはいかず、残った十一頭を骸に変えた。

 さすがにすべて終わる頃には無傷ではなかったが、誰かが脱落することはなんとか免れた。

 僕は何度か噛みつかれたが、身体強化のおかげで大きな怪我にはならなかった。キキは腕に噛みつかれて酷い怪我をしたが、ポーションを飲んで魔法を使い続けた。一人ジェシカが問題だった。身体強化をしていても大盾を持てば機敏に動けない。足に何度も噛みつかれる。そのため、ライラの治癒魔法を一番必要とした。その本人はポーション頼りで回復していたが、魔法を使い続けてフォレストウルフを倒しきる前に昏倒した。


「ライラは動けそうか?」

「しばらく無理そう。頑張って治癒魔法使ってくれたから、休ませてあげてよ」

「わかった、キキも休んでくれ」


 疲れているのはキキも同じだろう。横たわったまま話をするから、言葉に力が無い。戦士職の僕達と違って、魔法職の疲労具合は見た目でわかりにくい。おまけにポーションで回復できるのは怪我だけ、魔力を回復させるには大人しく身体を休めるしかない。それには緊張状態が最大の敵だ。


「そうだ、明日は休みにして、みんなで買い物に行こうか」

「いいわね。今度はわたしから選んでよね」

「ライラが拗ねるかもな。ジェシカもいいか?」

「構わない。だが、エリックはまだ気を抜くなよ。死体の処理が終わってない、追加が来るかもしれない」


 ライラとキキの二人は横になったまま、まだ暫く動かすのは難しいだろう。

 余裕で戦える相手フォレストウルフ程度と思って、追加でポーションを用意しなかったのが裏目に出た。十分な数は倒したが、これからの移動は身体を休めながら行動する必要がある。

 それに常備している殆どを今の戦いで使ってしまって、全員で残り数本といったところだろう。このまま帰ってしまえば大損だ。

 フォレストウルフは群れで行動する。逃げた一頭が何処からか襲ってくるかもしれない。

 それでも毛皮を剥ぐ手が止められない。強制依頼で報酬は出るが、目の前にある大量の毛皮を捨てるのは惜しい。


 だが、状況をもっとよく考えるべきだった。

 フォレストウルフの群れは通常四~六頭で構成されている。それが別の群れとはいえ、十二頭も集まっていた。

 そして、最初の一頭が付かず離れず様子を窺っていたことを。

 後で知ることになる。フォレストウルフの群れは二つではなく三つ、最初の一頭は囮だった。



——ミト’s view


 さすがにこれは……


「凄まじいですね。フォレストウルフが十……二頭。それと一頭が引きずられた跡があります。向かった先は……」


 ロミナさんが目を向ける先は火山にまで続く森の一角。この奥には森林狼フォレストウルフの住処があると言われている。ここはまだ浅いところなのに、フォレストウルフの数が多すぎる。

 後ろではルーシャさんが嘔吐えずいている。一般の人で、これだけ多くの死体を見ることは普通無いだろう。

 これを成し遂げたのがエリック達だと言うなら、彼らの評価を上げる必要がある。

 それともう一つ問題が発生している。


「この大きな足跡はフレイムベアでしょう。火山から下りてきたようですね」


 シモン様の見立てで、荒れた地面にある巨大な魔獣の足跡は火焔熊フレイムベアだとされた。フォレストウルフが街道に頻繁に現れるという原因がこの大型の熊なのだろう。熊に追われた狼は人の生息域まで出て来ることになったと予想できる。

 目の前に横たわるフォレストウルフの半分ほどは皮が剥がされている。エリック達は剥ぎ取り最中に襲われたのか。それともおびき寄せようとしたんだろうか。

 酷く傷んでいる二頭は爪の痕が死傷の原因だとわかる。幸いなことに、人の手足が転がっているようなことはない。引きずられた跡に血が残っているものの、人の形を取っておらず、彼らがまだ生存している可能性はある。問題は戦っているのか、逃げているかだ。


「カトラ、ルーシャさんを連れて町まで戻ったらどれぐらいかかる?」

「……ここに戻ってくる頃には、日が落ちております。どうされますか?」


 ロゼッタが考え込んでいたのはルーシャさんの安全確保。一般人がフォレストウルフやフレイムベアのいる森に入るには危険が大きすぎる。

 そのルーシャさんは吐き出すものは終わったのか、口を拭いながらも立ち上がろうとして、ストンと腰から地面に落ちてしまう。膝が震えて起き上がることができずにいた。それでも気丈に振る舞っている。


「わ、私だって、冒険者ギルド……受付だけど、覚悟……なかったけど、付いてく。ここで置いて行かれて干からびるよりよっぽどいい」


 一人で町に戻ってもらう話も出たけど、通りすがりの優しい商人盗賊に攫われるのがオチだと言われて、人の方がよっぽど怖いと思わされる。


――剛力


「ひゃあ!?」


 立ち上がれずにいたルーシャさんを両手で抱きかかえると、太ももと張り出した胸でほとんど前が見えない。それでも体重の軽い女性だけに、運ぶことは問題なさそうだ。

 自分が何をされたか理解すると、きゅっと頭を抱きかかえられた。


スタミナ向上バイタライズ


「ミト様? 落としたら責任取ってあげてくださいね」

「ミトくん、歳上の女性ってどうかな? 今ならとってもお買い得。なんだったらただでプレゼントしちゃう」

「申し訳ありません。先約がありますから、お断りします」

「ルーシャさん、ミトが欲しいなら、わたしが相手になるよ」

「お嬢様、それでは敵役の言葉です」

「ふふ、では自分が助力致しましょう」


風の加護ウィンズブレッシング


 それぞれが薄い緑色の光に包まれる。吹いていた風が感じられないのに、暑くもなく心地が良い。

 シモン様が使った魔法、風の加護ウィンズブレッシング、薄い空気の膜が軽度の攻撃と異臭から身を守ってくれると説明された。効果のある間は木々や草と接触しても触れたことに気がつかないらしい。フォレストウルフに噛みつかれるぐらいなら平気そうだけど、フレイムベアの爪には耐えられない。頼り切りではなく、持続時間にも気をつけて欲しいと注意を受けた。


「ねぇ、シモンくん。もしかして火の加護も使える?」

「はい。教わっております」


 ロゼッタの疑問はすぐに答えを得た。

 どうりでリヴェルさんが気軽に声をかけるわけだ。シモン様は以前の仲間だった人が指導した。必要な魔法を覚えていないと欠片も疑問に思わなかったんだろう。そして、彼が一人で火山の町に来た理由も、恐らくは初めから狩りに参加するつもりだった。もしかすると、シモン様は最初からここにリヴェルさんだけでなく、ロゼッタもいると知っていたんだろうか?


 オオオオォォォォ……


 狼の吠える声が森の中から聞こえる。

 フレイムベアと戦ってるのか、それともエリック達を襲ってるのか、今の僕達ではそれがどちらなのかわからない。ただ、判断は急を要した。


「まずはフレイムベアとエリック達の確認。接触後、可能なら離脱。無理な場合はカトラが抑えている間に行動を決める。異論はない? それじゃ、行くよ」



————

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


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