第18話 若い冒険者2

——ミト’s view


「ミトっ!」


 幸運——いや、カトラさんの用意が良くて、床にたたきつけられるのは一度で済んだ。床にぶつかり跳ねた後は彼女が受け止めてくれたからだ。ロゼッタの護衛だけあって、僕が前に出るよりも先に彼女の安全が確保されていた。

 ロゼッタはすぐに殴られた跡を確認してくれたけど、傷にはなっていないらしい。だけど赤くなっているのは身体強化剛力の発動が遅かったからと、ロミナさんは最低限しか治癒してくれない。いつものことだけど。

 ただ、随分と派手な音が出てしまったので、もう僕達だけで終わる話ではなくなってしまった。


「何を騒いでいる!」


 いつの間にかできていた人の輪の外から、低く太い声が響き、道が開かれた。そこから現れたのは、焦げ茶の短い髪に鋭い銀色の目、頬に大きく裂かれたような傷のある大男。


「ギルド長」


 誰かの声でそう呼ばれる。

 僕はまだ見たことがなかったけど、この冒険者ギルドの長、噂で聞いたスカーフェイス。そんな偉い人物の登場なのに、まるで忌々しい相手のようにエリックは吐き捨てる。


「ちょっとした行き違いだ。あんたには関係ない」

「行き違いと言うには、些か派手にやってくれたな。うちの稼ぎ頭に何の用だ」

「言っただろう。行き違いだって」


 エリックはギルド長に向き合おうとして、殴った腕を背中に隠すように体を向ける。すると、ちょうど僕達に見せるような格好になる。血こそ流れていなかったけど、人差し指と中指の二本が曲がっていた。剛力状態の相手に殴るとそうなるのかと、思わぬ発見と、我慢強い彼に感心する。

 惚けていた聖職者のライラが慌てて治癒魔法を使う。仲間を見て気を取り直したエリックは、再びギルド長を睨み付けた。


「ここの冒険者はどうなってる。誰も僕の言うことを聞かない。伯爵の紹介状を見せたのに、どうして僕に配慮しない」


 なるほど、あれほど簡単に仮面が剥がれた理由が、こんなところで答え合わせがされた。これまでにロゼッタにしたみたいに、僕のものになれってやってるのか? 女の人ばかりに? 今いるエリックの仲間達は初めからあれを受け入れたのか?

 それにしても、一介の冒険者に伯爵様の紹介状というのは随分と大げさな気がする。


「一度説明しただけでは理解ができない子供か。この冒険者ギルドはブレイズ子爵領、閣下許可の下、運営されている。よその伯爵様が干渉してこようが、閣下から言われないかぎり、我々は何もせん。それとも暴行の現行犯で突き出されたいか?」

「……あんたには関係ない。これは僕と彼女の問題だ」



「だからって、わたし達まで罰に付き合わされることないのに……」


 早朝に町を出た僕達は、不貞腐れるロゼッタの機嫌を取ることから始まった。リヴェルさんは孤児院へ彼女を連れてきたあとは別行動のため、代役はロミナさんが請け負っている。


「あれはロゼッタ様が言い過ぎでしょう。相手は自滅しておりましたから、もう少し手心を加えて差し上げればよろしかったですね」

「わたしはちゃんと謝ったのに、まだ巻き込もうとするんだもん」


 あの後、ロゼッタは「わたし達に問題などありません。誘拐されそうになったところを、ミトが助けてくれたんです。証人は周りで見ていただいている方、全員です」と言ったものだから、エリックが暴れそうになって、また一悶着が起きた。それをギルド長に見咎められて、強制依頼を受けさせられた……まぁでも、


「狩ってこいって言われたのがフォレストウルフで良かったですね。ちょっと数は多いですけど」

「リヴェル卿には黙ってもらえる。これでだけで十分ではないでしょうか」

「……」


 カトラさんの一番の心配はリヴェルさんに失望されないかどうかだろう。何事もなければ勉強会だったはずが、気がつけば懲罰寸前。それにしても、あのギルド長は差配がとても巧い。ルーシャさんから幾つか聞いた後、リヴェルさんに黙っておくと条件を追加した。それはあの場にいた皆が欲するものだった。

 ギルド内を騒がせた罰と言うことで、僕達のパーティに課せられたのはフォレストウルフ十頭の討伐。エリック達にも同じく強制依頼が課せられている。期間は今日の朝から夕方、町の検問所が受け入れしている時間までだ。エリックは最後まで納得いかなかったらしく、不当な判断による強制依頼は受けられないと拒んでいた。ロゼッタは仕方がなく「討伐数がわたし達より多かったら、もう一度謝ってあげる」と言って、受け入れさせた。

 この強制依頼は、本来は通常依頼としても用意されるものだったそうだ。最近草原の魔獣が凶暴になっているらしい。実害はまだ出ていないけど、魔獣の目撃情報が多い。それもフォレストウルフは頻繁に目撃されるということで、商人達から護衛依頼が相次いでいる。冒険者の数も限りがある、全員が出払っては困るということで、治安維持も兼ねた依頼が出される予定だった。


「でも、一番の被害者は私じゃないかな!?」


 涙目になっているのは受付のルーシャさん。見極め役としてギルドから派遣されてきているけど、彼女の戦闘力は皆無だ。

 そんな彼女が付いてきているのは、エリック達の態度が悪く、彼らが邪魔したり魔獣をけしかけたりしないかを監視するためだ。

 別に彼女である必要はなかったんだけど、一部始終を見ていたルーシャさんに事情を説明する必要もなく、ギルド側もリヴェルさんに貸しを作る為と言われてしまえばルーシャさんも渋々従わざるを得なかった。


「あの男の子、受付でも結構人気あったのよ。格好良いって思ってたんだけどなぁ……」


 見た目は緩く流れる癖のある金髪、エメラルドグリーンの瞳、造りの良い整った顔は魅力的に映るかもしれない。だけど、あの場面で幻滅したそうだ。

 彼女以上に不快を示しているのがロミナさんだ。よほど腹に据えかねているのか、昨日は孤児院に戻ってからも機嫌が悪かった。


「自分でハーレム作ろうとするのは獣以下です。獣ですら、雌の中に優秀な雄を迎え入れて群れを作るんです。どうみても、あれは前者でしょう」

「ロミナちゃんは嫌いなんだ」

「聖職者見習いですから」

「答えになってなくない?」


 ロミナさんはルーシャさんを見て、「いいですか」と疑問口調ながら、有無を言わせない迫力で言葉を続ける。


ハーレム偏った仲間そのものは生存戦略として問題はありません。それが適切な関係を維持しているならば。例えばあのパーティ、戦力強化するために、これからも女の子ばかり増やしていくと思います。仮に怪我や事情があって仲間が減っても、新しく女の子を迎え入れて再出発するんでしょう。きっと前の人と比べられますね。力が弱ければ物足りないと言われ、力が強ければ出しゃばりでしょうか。後から加わった方は仲良くなるのは大変そうです。実例ですと、ロゼッタ様に声をかけた時、仲間の女の子達はニコリともしませんでした。今の三人なら我慢できる、これ以上は寵愛が減る、そんな気持ちなのかもしれませんね。もしあのリーダーがいなくなれば、確実に崩壊しますよ。冒険中に治せない大怪我なんかしたら、ここで一緒に死ぬ、なんて言いそうじゃないですか? 残った女の子達で立て直せるとは思えませんね。冒険者パーティでハーレムというのは仲間同士が補い合っていなければ成立しません。協力して支える前提で仲間を迎え入れるべきです」


 そうしないのであれば、女の人に何もさせない本来の意味での後宮ハーレムにしないと不公平になる。男の人にも不公平を納得させられる魅力が存在しなければ崩壊する、と力説された。


「初めからいがみ合う前提では嫌悪しかありません」


 言いたいことはわかる。あのジェシカという女戦士の扱いと比べて、聖職者のライラの方が距離が近かった。魔法使いのキキは友人のように気安そうだけど、エリックを見上げてかまって欲しそうだった。そんな不安定な関係を維持してパーティを続けるなんて、考えただけで恐ろしい。

 そう考えるのは僕が子供だからで、大人の女性からは別の見え方をするのかもしれない。


「ルーシャさんは、あのハーレムに入りたかったんですか?」

「ミトくん、言って良いことと悪いことがあります」

「すみま——」

「養ってくれるなら歓迎だけど! 働かされるのは嫌なのよぅ」

「これで崩壊しましたね。ルーシャ様はパーティクラッシャーの才能がありますよ」

「受付が適職そうですね」

「薬草採集の頃が一番楽しかったよぉ!」


 ルーシャさんは選り好みしなければ良かったと、肩を落としていた。



——エリック’s view


 くそっ!

 どうして上手くいかない。

 三人が仲間になってからは安定して魔獣を討伐できるようになった。ギルドに実績も残している。なのに、どの町でも仲間を増やそうとすると断られたり、邪魔が入る。おまけに今回は強制依頼付きだ。


「エリック、もう諦めろ。あんな女が仲間になればすぐ口喧嘩になるぞ」

「そうよ。冷酷な言い方しかできないから、従者みたいな人しか仲間にならないのよ」

「私も二面性のある方はちょっと怖いです。仲良くできる気がしません……」


 ジェシカ、キキ、ライラの心配はわかる。仲の良い三人にあれだけ主張の強い女の子が入れば、パーティとして不安だろう。三人は容姿と能力で選んだだけあって、満足な働きをしてくれる。それぞれが協力し合っているし、喧嘩しているところは見たことがない。それでもこっそり僕を独占したがるのは可愛げがあるんだよな。

 だが、ロゼッタは三人とはまるで違う。あれは格別の……言葉にすれば美姫だ。彼女の愛らしく綺麗な容姿と纏う高貴な雰囲気、まだ少女なのに大人びたところがゾクゾクする。なんとしてでも手に入れたい。なのに最初から相手にもされなかった。ギルドの中では保護者面の男が常にいる。離れたと思えば他の冒険者が彼女の周りに集まる。あるときは排除までされた。ようやく保護者の男がいなくなったと言うのに……


「エリック、こっちの皮は剥ぎ取り終わったぞ。次はどうする?」

「あぁ、すまない、ジェシカ。キキ、まとめて燃やしてくれ。ライラ、ジェシカの回復を頼む。ジェシカ、回復を待っている間に周りの確認を頼む。僕ももうすぐ終わる」


 これで倒したフォレストウルフは九頭。あと一頭以上を倒せば強制依頼は完了する。まだ日が高くなっていないのにこれだけの戦果を出せる僕達は、やはり優秀だ。少し遠出すれば、まだまだ数を狩れるだろう。ロゼッタにあれだけのことをされたんだ、這いつくばらせて謝らせないと気が済まない……いや、いっそのこと……


「よし、休憩が終わったら、もう少し奥まで狩りに行こう。馬鹿にした奴らは見返してやらないとな」

「当たり前でしょ。あの上から目線の魔法使い、絶対に許さない! 何が健闘を祈る、よ!」

「私も見習いには負けていられません。ちょっと大きいからって……!」

「それじゃ、あたしはあのちっさい盾くんが相手か? あの身体で盾を扱えるもんか?」


 キキは背の高い魔法使いの男に見下ろされたのが嫌だったらしく、随分と腹を立てていた。逆にライラは自分よりも身体が小さいのに偉そうな大きな胸を持つ聖職者見習いに無視されて不快だったらしい。治癒魔法が遅くなってごめんなさいと後で謝られた。ジェシカだけは、僕が殴ったのは少しやりすぎだと諫めてくれた。あの場ではギルド長が邪魔したから謝れなかったが、向こうの身体強化で僕の方が怪我したんだ、放っておいてもいいだろう。


「一応、彼女達はギルドの稼ぎ頭と言われてるぐらいだ。油断せずにいこう。大丈夫、僕らはランク4だ、冒険者を始めたばかりのランク5に経験の差を見せてやろう」



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 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


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