第17話 若い冒険者1
パーティルームでの話し合いが終わり、ロゼッタ達は正式にパーティ登録をするため受付に向かったが、ミラネアの姿は見当たらなかった。
代わりにルーシャという新人が現れて「少し早いけど、帰りました」と告げた。
「俺は別行動をする。ロゼッタは孤児院で待っててくれ。夕食は先に済ませていい」
「わかった。あんまり遅くなっちゃダメだよ、パパ」
「それは子供に言う台詞だな」
こういう時だけ孤児院を頼るのは気が引けたが、ミトはシモンを含めたパーティの話し合いが必要だと言い、ロミナもマルク院長なら気にしないと保証してくれた。
ロゼッタは「リーダーの仕事は任せて」と張り切っている。
会いに来てくれたシモンには悪いが、今度時間を作ると言って詫びた。
カトラ一人に子供達の面倒を任せるのは心苦しかったが、「行ってください」と後押ししてくれた。
「悪い、カトラ。後は頼む」
◇
——ミト’s view
リヴェルさんは口にはしなかったけれど、ミラネアさんを探すためにギルドを出て行った。
残された僕達はこれからやるべきことが山積みだ。パーティ登録を済ませて、資料室に向かうことになっている。その後はパーティでの連携を訓練する。ある程度理解が進めば、次は資金稼ぎになる。今日ぐらいはのんびりしたくても、ロミナさんが許さないだろうし、ロゼッタとカトラさんが張り切っているから僕の意見は却下される。シモン様もきっと賛同はしてくれない。それでも、やるべきことがあって、その中に組み込まれているのは僥倖だ。
しかし、それは思わぬ理由で邪魔されることになった。
「ルーシャさん、手続きをお願い——」
「待ってくれ、ロゼッタさん」
聞き覚えのない声に呼び止められて振り返ると、そこには僕達よりも少し年上の、それでもまだ少年に見える人物が立っていた。穏やかな笑みを浮かべる顔は、なかなかの美形だ。彼がパーティリーダーなのだろう。後ろには三人の女の子が並び、そちらはあまり好意的ではない顔だ。
僕はあまりギルドに来られず、彼とそのパーティメンバーを見たことがない。ロゼッタの知り合いかと思ったけど、どうやら違ったらしい。
「え……と、ロゼッタはわたしですが、あなたは、どなたですか?」
カトラさんの目が細く鋭くなる。好意的でないのは誰の目にもハッキリとしている。それなのに、この人はまるで気にもしない。
「僕の名前はエリック。あなたの活躍はよく耳にしている。是非、僕と話をする時間を作ってもらえないだろうか」
冒険者にしては珍しく、礼儀正しく腕を差し伸べる。その動作はわざとらしくもなく、ごく当たり前のようにみえる。だからといって、理由もなく受け入れる必要はない。
ロゼッタの前に立ち、エリックのやや高い位置にある目を睨みつける。
「エリック、そちらに用事があるように、僕達はここで手続きをしている最中だ。時間が必要というのなら、終わってからにしてくれ」
「君は?」
「僕はミト、彼女の盾だ」
間に入った僕を一瞥すると、少しだけ口の端が上がるのが見えた。
「そうか。僕はロゼッタさんと話があるんだ、君は控えてもらえるかな。どうだろうか、ロゼッタさん」
あからさまに僕を蔑む態度に、彼の本質が透けて見える。周りに侍らせているパーティメンバーの態度を見れば、それも間違いじゃないってことがよくわかる。そういうことに自信があるんだろうけど、ロゼッタの性質をわかっていない。
「……ミトの言うように、わたし達はこれからパーティの手続きをするんです。お話なら後で——」
「ロゼッタさん、それは待ってくれないかな? 僕はあなたが欲しい。僕のパーティに入って欲しいんだ」
「えっ?」
騒々しかったギルドが静まり返った。このギルドで誰がそんなことをしようなんて考える? ロゼッタの噂を耳にして、結果がどうなるか考えなかったのか?
おそらくそのことに気づいていないのはエリックと、彼のパーティだけだろう。あまりにも知識不足だ。
「ちょ、ちょっと待ちなさい、エリック! 話をするだけじゃなかったの!?」
「私もそう聞いてましたよ! それに彼女は軽戦士でしょう。前衛ならあなたとジェシカがいるじゃないですか」
「もう一人はレンジャーにするって決めただろ。あたしに不満でもあるのか?」
「キキ、ライラ、ジェシカ、君たちの言いたいことはわかってるよ。でも彼女がいいんだ。話によると身が軽いから前衛中衛と任せられる。そうなったら後衛の守りも強化できるんだ。レンジャーは確かに索敵を任せられるけど、僕はキキとライラが心配なんだよ。ジェシカの負担も減るしね」
まるで芝居がかかったように大きな身振り手振りで手に触れ、肩に触れ、腰に触れ、女の子達を慰撫する。そしてそれを受け入れ、仕方がないんだからと機嫌を治して受け入れる。女の子達を甘やかしているその光景は、リヴェルさんがロゼッタを甘えさせるものとはまるで違う、ねっとりとして気持ちのいいものでは無かった。
あれではまるで、
「寵姫のようですな」
その言葉に頷く。図らずもシモン様と同じ思いを共有していた。そして、その大きな背に隠れていたロミナさんはまるで興味がなさそうだった。彼女は異性を——リヴェルさんを楽しそうに揶揄っていた。だからこそ、無反応はちょっと意外で、残念だった。
そんな長くも短くもない間に、ロゼッタはルーシャさんと話をしていた。
「では、これで登録は完了です。リーダーはリヴェルさんじゃなくて良かったんですか?」
「はい。わたしがパーティを作りたくて、みんなも賛同してくれたんです。パパは忙しそうだし」
「あー……そうでしょうねぇ。でも子供達だけの仲良しパーティって良いですねぇ。私も子供の頃に薬草採集の仲間がいたんですよ。あの頃が一番楽しかったなぁ」
「わたしも薬草採集で仲良くなりましたよ。ディン君って男の子と、他にも女の子がたくさん。あ、一つ訂正しておくと、わたし達は仲良しってだけじゃなくてライバルです」
「なるほど、パーティの中でライバルって良い関係ですねぇ~それじゃ、皆さん負けないように頑張ってください。冒険者ギルドはいつでも応援しています」
「ありがとうございます!」
ロゼッタは喜劇を無視して登録の手続きを終えていた。なんだか気を張っていた僕が間抜けに見えるよ。
でも、それ以上に愚者に見えたのは彼の方だろう。
「ロゼッタさん、あなたは人の話を聞けないのか?」
これは怒り? それとも羞恥だろうか?
顔を赤くするでもなく、表情を消している。こう言うのは貴族に多いんだけどエリックの出身もそうなら、少し面倒なことになるかもしれない。
それでもロゼッタなら大丈夫。噂通りの彼女なら、エリックは相手にもならないはずだ。
「お待たせしました。それでは御用向きを伺いましょうか?」
冒険者の装いをしても、凜とした佇まいで人前に立てば、やはり彼女は侯爵家の令嬢だった。
気圧されたのはエリックの方で、前に出していた足が今や横並びになっている。それ以上、近づけないと言わんばかりだ。それでも言葉を発するだけの気概があるのはたいした人物かもしれない。
「先に、僕達を蔑ろにしたことを謝ってもらおうか」
「蔑ろ……そんなことがあったのですか? わたしがルーシャさんと話をしていた間に、何があったかは存じません。それよりも割り込んで来られたのはそちらでしょう。予定よりもルーシャさんの時間を割いていただくことになりました。謝罪すべきはわたしではなく、あなたがルーシャさんにするべきことではありませんか?」
「……っ! いいだろう。僕も謝るから、あなたも頭を下げるべきだ」
そっと移動しようとしていたルーシャさんに視線が集まり、彼女はビクリと小さくなった肩を震わせていた。泣きそうになっている顔からは、巻き込まないでと言わんばかりに目の端に涙が浮かんでいた。タイミングが悪かったんだろうけど、受付嬢が逃げちゃだめだと思う。
「そも、謝罪というのは、過ちを認めて誠意を持って謝ることではありませんか? わたしのどこに、あなた方を配慮する必要がありましたか?」
「なんだと!?」
冷静を装っていた仮面が簡単に剥がれ落ちる。エリックの不快気な怒声に同調するように、キキと呼ばれた魔法使いが口を挟み、仲間達が続く。
「それは言い過ぎじゃないかしら? エリックが謝るって言ってるんだから、お互い様で終わらせれば良いじゃない。なんでそんなに怒る必要があるのよ?」
「そうです。それに男性に先に謝らせようだなんて、失礼じゃありませんか。配慮しないなんて言われたら拗れるだけです。それこそ謝罪してください」
「いくらあんたがチヤホヤされてるからって、初対面にしていい態度じゃないだろ」
いやぁすごいね、このパーティ。思わず笑っちゃいそうだ。いや、ロミナさんは肩を震わせてるからもう限界かもしれない。
そろそろ僕が出ても良いかな。シモン様は目が合うと頷いてくれた。しかし、それはロゼッタに止められる。
「おかしなことを言われるのですね。では、あなた方にはこう言いましょう。『わたしは彼と話があるんだ、君達は控えてもらえるかな』これでどうかしら?」
間違いない、ロゼッタはこの状況を楽しんでいる。
言いたい放題に言われ、エリックのパーティは顔を赤くする。とは言っても、全部自業自得なんだよなぁ。
「お嬢様、もう十分でしょう。あまり悪ふざけが過ぎますと、リヴェル様に叱られてしまいますよ」
「あ、そうだった。エリックさん達、意地悪してごめんね。わたしはリーダーだから抜けられないし、もうすぐこの町を出て行くから一緒にはいられないよ」
カトラさんから注意され、いつもの調子に戻ったロゼッタは軽く頭を下げてから、ルーシャさんにも騒がせてごめんなさいと謝っていた。
ただ、それだけで終われるはずがなかった。
「ふ、っざけるなっ!」
――剛力
声を出してくれて助かる。おかげでロゼッタに向かう拳は頬に入ったが、身体強化のひとつ、剛力で耐えられる。
まったく、こんなくだらない悪意を彼女に届かせちゃいけない。今だけは彼女の体格とそう違いがないことを喜べる。
だけど姿勢を崩していた身体は、その場には立っていられなかった。
「ミトっ!」
————
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