第16話 告白

――ミト’s view


「リヴェル、様……?」


 悲しげな顔をしたカトラさんがようやく言葉を発した。その声には戸惑いが混じっている。なぜなら目の前に立っているリヴェルさんは両手を上げて、抵抗しないという意思表示をしている。その意思表示とは、腕を失っても良いというほどの謝罪だ。


 リヴェルさんの行動が問題だったのは、側で見ていた僕達の方がよくわかったかもしれない。リヴェルさんがロゼッタの保護者として仕切るのはわかるけれど、ここでのカトラさんはあくまでも一人の冒険者。ロゼッタをこの町まで連れてきた護衛という立場はあるかもしれないけれど、彼女がサブリーダーを引き受けた理由は別にある。リヴェルさんにからだ。


 今日の出来事がなければ、カトラさんが態度を変えることはなかったと思う。それほどロゼッタを諭し、導いたのは見事だった。途中、口を挟もうとしたカトラさんは逆に叱られてしまう。そして心変わりを象徴するかのように、自ら協力を申し出た。


 ここまでだったら、めでたしめでたし、なんだろうけど、貴族の手紙で一変した。


「これぐらいで許されるかわからないが、俺のけじめだ。好きにしてくれていい」


 リヴェルさんはカトラさんを裏切り者として扱おうとしてしまったからだ。彼も後から気づいたようで、謝罪をしようとした。しかしカトラさんの絶望を読み取ることができていなかった。ロゼッタが怒るのも良くわかる。

 大人同士の決裂、それが子供達に影響しないわけがない。せっかく面白くなってきた僕の冒険者生活もこれで終わるかもしれない。


 カトラさんは狩り場で行う戦呼吸いくさこきゅうをする。わずかな動作でも全力を出せるようにするためだ。

 ゆっくりと立ち上がろうとして、引いた椅子がカタンと音を立てた。その音にロミナさんが反応して飲んでいたジョッキから少しだけ口を離す。そしてこくりと喉を動かして、またジョッキに口をつけている。


 目を瞑ったリヴェルさんまでは、およそ四歩。ちょうど利き腕を伸ばせば当てられる場所だ。

 一歩二歩、床が僅かに軋み、音を立てる。後ろにいる僕の位置からではカトラさんがどんな顔をしているのか予想するしかない。

 三歩目。

 動きが止まる。

 次の瞬間に何が起こるのか想像はしていたつもりだった。でも彼女の肩が小刻みに震えている。その理由が僕にはわからない。

 そして軽く床を蹴ってリヴェルさんの胸に飛び込んだ。


「「「!?」」」


 僕の予想は大外れだ。一度ぐらいは頬を張ると思っていた。それがなければ腹に一発入れると思っていた。そして「これで何もなかったことにしましょう」と握手で終わらせると思っていたんだ。これがカトラさんの初恋だったとしても。


「……信用できないのはわかっています……隠し事をした私が悪いんです。でも、私はあなたを……リヴェル様をお慕いしています。それも……きっとお疑いでしょうけれど……」


 胸に顔を埋めたまま、カトラさんは途切れ途切れに言葉を紡いで、心のうちを吐き出していく。それが演技ではないことは短い間だったけど、彼女と一緒に訓練した時間が教えてくれる。

 その様子にはリヴェルさんも予想外だったのか、上げた手を下ろせないでいる。

 次の言葉までは少し時間が空く。それは言葉を選んでいるようだった。そして服に皺ができるほど強く胸にしがみつく。


「これからはもっと尽くします。ですから……ここに……パーティに置いてください……どうか私を……カトリーナをそばに置いてください……お願いします……」


 リヴェルさんは一瞬、驚いたように目を見開いた。カトラさんの告白が予想外すぎて、どう反応すればいいのか戸惑っているみたいだ。カトラさんを受け入れるべきか、それとも拒絶すべきか。でも、今の彼に拒絶なんて考えられない。彼女を悲しませた以上に、これからのことを考えれば、カトラさん以上の人が見当たらないからだ。


 それにしてもあのどうしようもない状況でよく告白なんて行動を選べたのだと感心する。これが大人だからだろうかと思ったけど、ロゼッタどころか、ミラネアさんも驚いている。シモン様は穏やかに見ているだけで、何を考えているのかわからない。ロミナさんはジョッキから口を離さないからもっとわからない。


 そして彼女の真剣な表情を見て、リヴェルさんは心を決めたようだった。深く息を吸い込み、優しく笑みを浮かべて、カトラさんを両手でしっかりと抱きしめた。


「わかった。カトリーナ、俺のそばにいろ。お前の望みはこれから聞かせてくれ」

「は、はい! ありがとうございます、リヴェル様! とても嬉し……」


 リヴェルさんは抱きしめているカトラさんの顎を上げさせ、唇を重ねていた。それは大人の愛を確認するような長いものではなかったけれど、カトラさんの想いを満たすには十分なものだったんだろう。涙の跡がまた一つ増えた。

 お互いの熱が離れたことで正気に戻ったのか、カトラさんは白い肌を赤く染め、両手で顔を隠してしまった。


「おめでとうございます、リヴェル卿、カトリーナ殿」

「おめでとう! カトラ!」

「おめでとうございます、カトラ様」

「おめでとうございます、カトラさん」

「……おめでとうございます。お二人とも……」


 真っ先にシモン様が二人を祝い、ロゼッタとロミナさんが続く。僕も同じく言祝ぐけれど、ミラネアさんだけは心が篭っていなかった。それはそうだろう。彼女こそリヴェルさんと近づきたかったはずだ。そして気分が優れないと言い残し、パーティルームを出ていってしまった。


「パパ……」

「ロゼッタが気にすることじゃない。俺とミラネアの問題だ。ちゃんと話をする」


 リヴェルさんはロゼッタの頭を撫で、もう一度「気にするな」と言葉をかける。彼はミラネアさんを追いかけなかった。だからそういうことなんだろう。ロゼッタも努めて明るい顔をする。彼女だって、ミラネアさんと仲が良かったはずだ。だからこれは選択でしかない。


「それじゃ、わたしはカトラとお話するね」

「まだ何かあるのか?」

「パパにも関係あるんだけど……カトラをママって呼んであげたほうがいい?」


 まだそんな火種が残っていたんだ……



 結論から言うと、リヴェルさんとカトラさんは付き合うことは決まったものの、子供を作るようなことはできないってことになった。

 そもそもリヴェルさんの目的はロゼッタを実家に送り届けること。旅の間に体調を悪くされても困るし、なにより御母堂様がどんな反応をするかわからないというのが本音だった。

 他にもカトラさん自身にも問題があった。予想した――それ以上に彼女は初心だった。おそらくは一番年下のロゼッタ以上に免疫がない。ロゼッタがリヴェルさんの隣に座るように促し、ピタリと隣同士にしただけで赤面する。さっきの告白の度胸はどこへ行ったのかと不思議になるほどだ。

 ロゼッタが「手をつないでも赤面しないぐらい落ち着かなきゃね」と言ったものだから、ふるふるとリヴェルさんの前に手を出してしまい、指にキスをされるというハプニングがあった。どうなったかは簡単に想像できるよね。

 だからリヴェルさんに尽くすのはもう少し慣れてからということになり、カトラさんは引き続きサブリーダーとして頑張ることにした。


 そんなイチャイチャを見せられたあと、シモン様の話に戻った。

 シモン様は手紙の内容を一目見ておかしいと思ったらしい。「師匠がリヴェル卿を探すこと自体がおかしい」と言う。ルイジさんは「リヴェルが頭を下げてくるまで会ってやるものか!」、「あいつを殴るために体を鍛えてる」と常々言っていたらしく、「確実に会いたいなら、紹介状をやろう。あいつはこの手の類は絶対に近寄って手を出すからな。危険だとわかっても突っ込む馬鹿だ。だからドラゴンなんかと戦う羽目になったんだ」と愚痴を聞かされたらしい。

 そして謎の手紙の話に戻った。結局、手紙は胡散臭いものとして扱われ、リヴェルさんの居場所は興味あるシモン様の心に残り続けた。

 差出人の正体は不明のまま、手紙の話はこれで終わり。もう少し聞きたいと言える雰囲気ではなくなってしまう。


 シモン様が行動家出したのはこの手紙とは別の理由だった。


「それが家出の理由か」

「はい。次の素材は炎竜が欲しかったのですが、見つからず。火蜥蜴ならこの町であると知りました」


 今のシモン様の興味は炎系の素材らしく、本当はファイヤードラゴン、炎竜の素材が欲しい――リヴェルさん達が倒したのは風竜だそう――でも何十年と情報がない。それならサラマンダーの素材が欲しい。エンバーハイツに行けば真新しい素材が手に入る上、リヴェルさんにも会えるかもしれないと家を出た。

 もちろん実家からの許可など出ようはずがなく、この町まで隊商護衛の依頼を受けた魔法使いとしてやって来たそうだ。冒険者ギルドには足繁く通うことから、登録しても怪しまれず、すんなりランク5を得た。護衛の間は無口で通し、それでも魔法の腕を見込まれ、パーティにも誘われるほど。

 そうして町に到着して依頼を終えたシモン様は、紹介状を持ってリヴェルさんに会いに来た。


「凄いぞシモン! これこそ冒険者として成り上がる第一歩だな! いや、既に貴族だから成り上がる必要はないのか?」

「ありがとうございます! 将来の事はまだわかりませんが、頑張ります。ですが、ここでも火蜥蜴の素材は無いと言われました」


 サラマンダーの素材はリヴェルさんの在籍していたパーティが主な入手元だったが、この町を離れてしまった。一人残ったリヴェルさんが無理をしてまで狩りに行く必要もなかったが、ロゼッタの武器を作るために素材を取りに行く必要が出来たらしい。それが今回の大本になった原因だ。

 それなのに……リヴェルさんは本当に懲りない。


「ルイジに認められるほどなら……シモン、一緒にサラマンダーを狩りに行くか?」



 目の前には床に座らされたリヴェルさんがいる。

 理由は明確、シモン様をサラマンダー狩りに誘ったことで、置いていかれると思ったカトラさんが服を引っ張り、ひとりだけずるいとロゼッタが怒った。


 新たに決められたルールは、

 ひとつ、子供たちは平等に扱うこと(ロゼッタは特別扱いしてもいい)

 ひとつ、女性を無視しないこと(カトラさんが寂しがるから仲間外れにしない)

 ひとつ、狩りをする獲物は相談して決める(単独行動は出来るだけしない)


 ……でも、また増えるんじゃないかな?



————

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


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 次は0時に更新します。

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