第15話 手紙
「あ、ミラネアさん、そのお皿はパパの分です」
「では、ミラネア、それは私の仕事ですね」
「カトラさんはロゼッタちゃんに聞いて、他の人の配膳をしてください」
「ロミナさん、今日はジュースで良かったんですか?」
「ええ、聖職者たるもの、羽目を外すわけにはまいりません。え? お酒? 何を言っているんですか? 今日は山羊の乳ですよ?」
そんな騒がしく食事の用意がされるさまを、俺とシモンだけが揃って眺めている。正しくは、口を挟めない。
「リヴェル卿、自分はここにいても大丈夫でしょうか? 自分に役目をお与えください!」
「本当に極端だな。シモン、客は客らしくしとけ。お前の家じゃ、当主が使用人の世話をするのか?」
「いえ、そのような事はできません! 承知しました。命令あるまで、控えさせていただきます!」
「そんな大袈裟なもんはないぞ」
シモンが家出した事情を聞こうと思ったが、小さい声を聞き取るのが大変すぎた。実直モードでいいから言葉は崩せと言って、なんとか普通の音量になったが、それじゃ事情を……というところで誰かの腹が鳴り、一旦休憩となった。
これから先は受付の仕事じゃない。そう言ってミラネアには退席を勧めたが、俺専属の錬金術師だと言って居座ろうとした。当然違うし断ったが「そう言えば夕食のお誘いがまだでしたね」とねじ込んできた。話が気になるなら素直に言えよ。同席を許可するとロゼッタとカトラを連れて買い出しに行き、目の前の様相が生み出されたというわけだ。
一人三皿と中央にはパンの入ったバスケットが並べられ、飲み物がそれぞれに行き渡る。七人分ともなると丸いテーブルは端まで使われ、溢れんばかりになっていた。
俺の隣には配膳を終えたロゼッタが陣取り、反対側にはシモンが座る。その隣に座ったロミナが話しかけているが、心ここに在らずといった様子だ。何を言われたのか、ロミナに耳打ちされたシモンは俺とロゼッタを見て狼狽える。不安定な奴を動揺させるなよ。ミトはロゼッタの隣に座れたことでニコニコとしており、それだけで満足そうだ。大人の女性二人は俺の対面を選び、隣同士並んでいる。
「遥々会いに来てくれた友人に乾杯!」
俺が高らかに声を上げると、全員がグラスを持ち上げた。
「「「「「乾杯!」」」」」
「か、乾杯!」
腹を割った話は後ということで、それぞれが食事に手をつける。ロゼッタの食事作法はもう何度も見て違和感をもたないが、貴族であるシモンを筆頭に、子供達の作法が整いすぎて大人達が浮く。
正確には俺が浮いている。
「ロゼッタは肉が好きだったな。ほら俺の分を足してやる」
まだ口を付けていないフォークを使って、ロゼッタの皿に肉を重ねる。勝手に積み上がる肉の山を前にロゼッタは目を見開いて抗議する。
「パパ!? わたしのお皿になにしてるの!?」
「黄色野菜は苦手だったな、代わりに俺が食べてやろう」
「そこまで嫌いじゃないって言ってるのに! わたしのお皿にフォークを刺さないで!」
ロゼッタは必死に自分の皿を守ろうとするが、彷徨うフォークを小さな手では止められまい。フォークを持ち出そうが無駄な抵抗だぞ。
「もう、ロミナちゃんもなにか言ってやってよ!」
「そうですね、おじ様は子供には甘いですから。ついつい構いたくなってしまうんでしょうね。わたくしもよくお風呂で洗ってもらいましたの」
ロミナは薄く目を細めた微笑みで答える。その台詞に、移動させていたフォークが止まりロゼッタに野菜を奪い返されてしまう。
「「!?」」
しかし動きを止めたのは俺だけじゃない。正面の二人組も挙動がおかしくなる。顔を赤らめる彼女達が何を想像したのか、聞かなくとも分かる。
「おい、聖職者見習い。捏造するな。よくじゃない、小さい頃に一度だけだ」
「まぁ、そうでしたか? 失礼いたしました。きっと何度も夢に見たから勘違いしたのかもしれませんね。ふふふ、シモン様も可愛いですからきっと愛でてくださいますよ」
ロミナは悪びれず微笑み続ける。その笑みはすぐ隣にいるシモンに向けられる。
「じ、自分――」
「どちらかというと、シモン様は「格好良い」じゃないですか? 僕より身体が大きいのは羨ましいです」
さすがにロミナとパーティを組んでいただけあって、ミトのフォローが巧い。シモンが戸惑っている間に次の話題へと移している。というか、意外にロミナのテンションが高いな。
「じゃあ、わたしのお肉をミトにあげ――」
「それは駄目だ。ロゼッタは身体が一番小さい。しっかり食わないと、戦士として戦えないぞ」
その行動は止めさせざるを得ない。誰よりも食べないといけないのはロゼッタだからな。今なら協力者もいる。
「そうだろカトラ?」
「……はっ!? そ、そうですね。お嬢様、もっとたくさん食べて大きくしましょう。私も大きくなって一緒にお風呂のお世話をしますので――」
「ちょ、ちょっとカトラさん!? 何言ってるの!? 正気に戻りなさい!」
カトラが真剣な顔で答えるので、ミラネアが慌てる。その様子に気づいていないのか「ミラネアもご一緒ですか?」とカトラが口にする。
そんな大人達の奇行を見て、さすがのシモンも肩を震わせていた。
「ふ……ふふ、ふ、はははは!」
◇
多少、俺に偏った会話があったものの、楽しげな食事は恙無く終わり、それぞれのジョッキに新しく飲物が注がれる。
一口分を喉に通らせると、皆の目がシモンに向いた。
「自分がここに来たのは、ある貴族がこの町にリヴェル卿がおられる事を教えて下さいました。それで会ってみようと来た次第です」
「えっ!?」
「貴族!?」
ロゼッタとミトが驚いた声を上げる。俺が貴族と関わりがあると思っているのか、それとも別の理由があるのか?
カトラは驚きもなく、真剣な様子で聞いている。
ミラネアは不安気に俺を見ているが、やんちゃしていた頃ならともかく、この数年は平凡な冒険者をしていたはずだ。
ロミナは我関せずと、目を瞑りジョッキを口に運ぶ。姿勢は綺麗だが、それは俺のエールだ。
「伏せるって事は不確かってことか」
「はい。封蝋に使われた印璽はその貴族のものですが、これまで遣り取りをしたことがないため、偽造かもしれないと父は申しておりました」
「なぜ偽造だと思った? 最初の手紙なら返信して確認するんじゃないのか?」
「確認はしておりません。なぜなら、手紙は師匠に宛てたものだったからです」
当主宛でない手紙に封蝋がされていた。それも不在のルイジ宛。シモンが社交に出て、ルイジに師事していた事は知られている。しかし、既に手が離れた後であり、弟子を増やしているルイジはロートシルト家には滅多に訪れない。調べればルイジが出仕しているところはわかるはずだが、手紙はロートシルト家に届けられた。急ぎの内容ではないかと、シモンは殴られる覚悟で開封した。
「書かれていたのは「探していた友人、リヴェル卿はエンバーハイツにいる。近々町を離れるかもしれない」という内容で、差出人の名前もありませんでした」
「届けられたのは一月前だと言っていたな」
「はい。間違いありません」
今から一月前だとすると、ロゼッタが町に来て少し経っての頃だ。俺の情報を流している奴に心当たりは……あるな。だが三年前ならいざ知らず、最近になって知らせる理由はなんだ? 俺が移動を仄めかしたからか? だが「探していた」という言葉があるのなら、依頼があってのこと。情報屋ならすぐに報せて報酬を得るのが普通だろう。
それならば、疑わしい者はもうひとりいる。
「カトラ、この町に来てから手紙を出したか?」
「えっ!? わ、私は、そのような手紙を出しておりません!」
自分が疑われると思っていなかったのか、高い声をあげ、顔を青くする。
悪いが、今一番怪しいのはカトラだからな。
「もう一度聞く。この町に来てから、手紙を出したか? いや、符号や他の連絡手段全て、外部に何か送ったか?」
「わた、私は……」
「別に怒ってるわけじゃない。ただ理由が知りたいだけだ。何も知らなければ責めたりしない」
俯いていくカトラの表情は俺の位置からでは見えない
だが、その姿からは隠し事をしているのがわかる。
やがて覚悟を決めたのか、ポツリポツリと言葉を吐き出した。
「……申し訳ありません。一度だけ手紙を出しました……でも、決して! ……決して、そのような手紙を出しておりません!」
「そうか。話してくれてありがとう。ひとつだけ教えてくれ。誰にどんな手紙を書いたんだ?」
「……私の上司に……この町で、お嬢様の身を預けたと。仕事の報告でした」
失敗した。ここしばらく会うことが多くてすっかり忘れていたが、カトラは旅団の傭兵だった。それなら、仕事の報告ぐらいするだろう。
どうして言い出しづらかったのか、それも明確だ。貴族の印璽を偽造したと思われたら、極刑だ。そりゃ青くもなる。
「すまなかった。俺が勘違いした。本当にすまん!」
「い、いえ、いいんです。私が信用されてなかった……だけ、ですから……」
何が疑わしいだ。何がサブリーダーを任せるだ。俺がどれだけ偉いと言うつもりだ。
ロゼッタのパーティがこれから動き始めるというのに、カトラを信用できないと口にすることがどれほど愚かなことか。
「パパ、ちゃんとカトラに謝らなきゃ駄目!」
「お嬢様、リヴェル様はもう謝ってくださいました……」
「駄目! カトラを泣かせたのに、あんな言葉だけで許しちゃ絶対に駄目!」
ロゼッタは情が深い。そうでなければミトも掬い上げようとはしなかっただろう。それがこの町まで護衛してきたカトラなら、もっと大事にするのは当たり前だ。
彼女の近くまでゆっくりと歩き、息を吸い込んだ。
「本当にすまなかった。俺はカトラがどれだけ誠実に任務を全うしていたか、理解しようとしなかった」
カトラは驚いたように目を見開き、次第にその表情が戸惑いに変わる。その姿に、彼女からどれだけ信用されていたのかを今更に知った。
「俺の勝手な誤解と偏見でカトラを傷つけた。手紙を出した理由も、今やっと理解できた愚か者だ。そんな君にパーティの重荷まで背負わせてしまうのはさぞ迷惑だっただろう。勝手に決めてしまった事も合わせて謝罪したい。申し訳なかった」
俺は深く息を吸い直した後、カトラにもう一歩近づいて、大きく頭を下げる。
「本当なら俺が言えることではないが、これからの旅にはカトラが必要だ。許されるなら何だってする」
上半身を起こしてゆっくりと両手を上げる。
「少しでも気持ちを和らげられるなら……腕を折ろうが、切り落とそうが好きにしてくれていい」
今の俺には、それぐらいしか差し出せるものがない。
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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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