第14話 客人

 目の前の女の子はぷくっと頬を膨らませて、不機嫌さを全身で表している。

 これが見ず知らずの他人なら、そうかそうかと頭を撫でて甘い果物でも買ってやっただろう。ひとときの余暇にいつもしていることだ。そいつの人生に深く関わろうとは思わないからな。

 だが、目の前にいるのは、そんなどこにでもいるような相手じゃない。


「パパはわたしの保証人なんだよね。だったら――」

「勘違いするな。身元保証人っていうのは、未成年が行方不明になったり揉め事に巻き込まれたりしたら連絡が来るだけの役割だ。俺はそれを聞いて、あぁ残念だな、そう思う程度の関係だ。冒険者ってのは精神に負担をかける職業だ。気が散ってる状態で命をかけた依頼や戦いなんてできない。だから関係ない子供の心配なんてしたくないってのが普通の冒険者だ。自分から身元保証人になってもいいって考えるのは身内か、引退する冒険者ぐらいだ」


 冒険者カードには数日動きが無くなれば――それは生死判定と言われ――登録の情報以外に、身元保証人の名前が浮かぶようになっている。ロゼッタも本当に見えないのか、ひっくり返しつつ何度も眺めていたな。

 運良く冒険者カードを回収することができれば、状況をギルドに報告する義務がある。そして身元保証人にその情報が伝えられる。

 詳しい成り立ちは省くが、その程度のものだ。だが、受け取る側からすると、立ち直るのに時間がかかるのは間違いない。

 ここまで話を聞いてたロゼッタは、少しばかり涙目になりながらも顎を引く。


「あの、お嬢様、リヴェル殿は――」

「黙ってろ」

「……っ」


 カトラは驚きと困惑の表情を見せたが、すぐに口をつぐんだ。心遣いはありがたいが、今は迷惑でしかない。俺が相手をするのは話を理解できるロゼッタだ。

 ロゼッタは口を開くのに躊躇しているのか、未だ沈黙を続けている。今までこんな姿を見せてなかったからな。


「ロゼッタがパパと呼ぶ人間がどの程度かこれまで見てきただろう。無理を押し付ける人間か? それともなんでも許してくれる人間か?」

「違いま……違う。パパはそんな人じゃない」

「それなら、どうしてロゼッタがしたいことをさせてくれない?」

「……わたしの準備が、整ってないから……」


 少しずつ理解してきたのか、ロゼッタは落ち着きを取り戻しつつある。それでもまだ自信がないのか、声を震わせている。

 カトラに顔を向けると、気まずそうにしながらも目を逸らすことはしなかった。


「カトラ、発言を許す。サラマンダーを討伐するのに必要な準備とはなんだ?」

「は、はい! 耐熱の装備、吐き出す炎を防ぐ盾、火傷を防ぐアイテムやポーション。それから……」

「それからなんだ?」

「……火蜥蜴の皮を切り裂けるほどの武器、が必要になります……」

「正解だ。もう一つ付け加えるなら、足を止めさせる火挟みの罠があれば戦いやすいな」


 今回のサラマンダー狩りは元々ロゼッタの武器を作るための素材集めだ。ついでに資金稼ぎができればいいと思っているが、その場の状況次第でもある。それにいくらランクAでも、一人でできることとには限りがある。


「ロゼッタ」

「うん……」

「今のロゼッタに足りないものはなんだ?」

「全部持ってない……」


 ロゼッタの答えに、俺は一瞬言葉が詰まりそうになった。普段であれば自分を疑わないのに、今は叱られたことで自分の判断が間違っていると思い込んでいる。彼女が大好きな冒険物語の中では、英雄達は自分を信じて数々の困難を乗り越えてきたはずだ。


「持ってないのは、知らなかったからだ。だがそれはカトラに聞いて知ることができた。それならこれから用意すればいいだけの話だ。だったら、今のロゼッタには何が足りていない?」


 実際は長く待たされなかった。それでも、目を瞑り考え込んでいたロゼッタの口が開くのを、ずっと待っていた気がする。


「…………リーダー……」


 ロゼッタが目を開け、少しずつ輝きを取り戻していくのを見て、俺も少し力が抜けた。随分と肩に力が入っていたらしい。冒険者を続けていくなら、ロゼッタはこの先ずっと選択を突きつけられる。その最初の障害になったのなら、この時間も悪くないだろう。


「……パーティリーダーとして、冷静になること。情報を集めること。仲間と一緒に戦えるか相談すること」

「良く分かってるじゃないか。それなら、リーダーがこれからする行動はなんだ?」

「仲間の装備、能力を把握する。足りない装備があったら揃える。能力が足りないなら、補うアイテムや魔道具がないか探す。まだある、サラマンダーがどんなところに棲んでいるのか調べないと駄目。弱点は、攻撃の種類も知らない……パパ、ごめん。わたし忙しいから一緒に行けない!」


 完全復活か。一緒に行けないと言うのは実にロゼッタらしい。準備が終わるまで待っててと言わなかったのは褒めてやろう。


「そうか、ロゼッタに格好いいところ見せたかったんだが、残念だな」

「大丈夫! 今度、パパがドラゴンを倒すの見せてもらうから!」

「随分とハードルを上げてくれるな……だが、ロゼッタ」

「なに?」

「リーダーは大変だろ? 辞退するなら今のうちだぞ?」


 実際、リーダーは考えることが多い。「いくぞ」の声をかけるまでに積み上げる準備が多すぎる。それを全部自分だけでやろうと思うのも傲慢だ。


「ううん、今すっごくワクワクしてる! みんなごめんね。今のわたし達じゃ、ちょっとサラマンダーは無理みたい」

「そうですね。僕も炎の防ぎ方は知りません。方法がないか調べておきますね」

「わたくしも火傷の治療はできますが、何回も使うのは難しいですね。それからローブを燃やされると困るので、着替えも用意しませんと」


 ミトとロミナも勝手に判断してしまったロゼッタに不快感は示していない。ちゃんとリーダーとして支える気持ちを持ってくれている。これもロゼッタの魅力かね。

 俺からアドバイスをするのは余計なお世話だろう。三人はそれぞれができることや、苦手にしていること、目指すところを話し合っている。ちゃんとパーティらしくなってきたじゃないか。

 そんななか、一人、ぼぅっとしていたカトラが手持ち無沙汰になったのか、羨ましそうな顔を見せてくる。


「あの、リヴェル様。私に狩りのお手伝いをさせていただけないでしょうか?」

「カトラ!?」


 突然何を言い出すかと思ったら、ロゼッタも驚いてるぞ。いや、他の二人も驚いているから全員だな。

 ちょっと冷静になろうか。


「カトラにはロゼッタの護衛を頼んだだろ。俺が単独行動できるのはカトラがサブリーダーを引き受けてくれたからだ。腕試しでサラマンダーと戦いたいなら一緒に行ってもいい……が、ロゼッタ達から目が離せないうちはカトラに頼るしかない。悪いがしばらくは子守りを頼む」

「は、はい! 我儘を言って申し訳ありません!」

「カトラのは我儘じゃないだろ。やりたいことがある大人を雇おうって言うんだ。その分の報酬は期待しててくれ」

「ありがとうございます!」


 随分と素直になって可愛いんだが、目をキラキラさせているのはちょっと大人げないぞ。

 まぁでも期待されるのは悪くない。がっかりされないように俺も素材集めを頑張ってみるか。

 パチパチと頬を叩いて冷静さを取り戻したカトラは、三人の中に入り、これまで自分が冒険者として狩ってきた魔獣や、報酬の良さそうな依頼について話をする。この地域で同じような依頼や魔獣の目撃情報がないか手分けして探しましょう、ということになった。

 サブリーダーがアドバイザーを兼ねるようになり、パーティの話し合いがスムーズになってきた。もう俺は要らないと思いつつも身元保証人になっている以上、放置もできない。カトラに手伝ってほしいことがあれば早めに言っておいてくれと伝えたが、なんだか凄く喜んでいたな。


 パーティの話も落ち着ついた。親睦を深めるためにこれから夕食を食べに行こう。

 そんな話題を提供したすぐ後、パーティルームの扉がノックされた。



「俺に客?」


 この町に滞在して三年になるが、訪ねてくる客というのは初めてだ。


「はい。なんでも紹介状を持っていらっしゃるとのことで、会わせて欲しいと仰っています」


 ミラネアが紹介状を渡してくれたが、こんなことをする相手に全く身に覚えがない。依頼主がクレームを入れてくる方がよほどあり得るぐらいだ。紹介状と言うぐらいだから差出人ぐらいは書いてあるだろう。知ってる奴だろうか?


「わかった。何か事情があるんだろう。みんなは先に食べに行ってていいぞ」

「いえ、ここに招いてはどうでしょうか? リヴェル様の御用事でしたら、私達にも関係のある話かもしれません。お力になれるかもしれません」

「カトラさん? 何か雰囲気が変わりました?」


 今はサブリーダーとして燃えてるからな。旅の用意が万端整えば、俺が褒美を授ける流れになっているらしい。報酬の筈なんだが。



 なるほど、ミラネアの案内が妙に丁寧だったのはそういうことか。


 パーティルームに案内されてきた少年は、少し顎を上げたまま、腕を後ろに回し、両足の踵をカツンと音が出るほどに合わせる。そして自分のことを伯爵家の次男、シモン・ロートシルトと名乗った。

 黒い髪は短く切り揃えられ、少し垂れがちの金色の瞳は愛嬌があり、成長すれば好青年になりそうだ。身に纏う雰囲気は、生え抜きの武人と言われても違和感がない。


「我が師より、リヴェル卿のご活躍を伺い、ぜひ一度お目にかかりたく、参上いたしました。御目通りを賜り、心より感激しております」


 紹介状を読むと、失恋組で俺を最初に殴った魔法使いルイジの名前があった。あいつにはあれ以来、殴り魔法使いマジの名前を付けてやったっけ。ドラゴンスレイヤーの称号は貴族に受けが良く、今もいろいろな貴族子女に魔法の指導をしているらしい。目の前のシモン・ロートシルトもその一人。ただ、会いに来た目的のようなものは書かれていない。


「シモン、俺がリヴェルだ。遠いところから会いに来てくれて嬉しい。ルイジは元気にしてるか?」

「はっ!  師はとてもお元気でいらっしゃいます。魔法が失敗した時など、杖ではなく、握り拳で厳しい指導があります。身の引き締まる思いであります」


 手を差し出すと、両手で挟み込むように握られる。触れる少年の手が少し震えていた。俺に対してちゃんと尊敬してくれるのは思ったよりも嬉しいものだな。最近の子供は手がかかりすぎる。しかし、あいつまだ殴りマジを続けてたのかよ。魔法使いが殴って指導とか、話を聞いてみたい気がするが、このままでは少し話しづらいな。


「シモン、俺はお前の師匠じゃない。肩の力を抜いてくれ。そうだな、目上の友人って感じで話してくれると助かる」

「は? はい! ょ………ぉ…ぃ……す」


 んん? もうちょっと大きな声で言ってくれるか?


 肩を落とし、へにゃりと眉を崩した少年はまだ幼さの残る声音でボソボソと語る。耳をそばだてて聞いていた連中はいつの間にか俺の周りに集まっていた。話を聞くと、以前のシモンは極度のあがり症だったらしく、人と会わないように屋敷に引き籠っていた。家族はそれを矯正させようとルイジを呼び、ルイジは魔法を教えるのと同時に緊張感をもつ人格を作り上げた。おかげで貴族の社交にも出ることができて、本人も家族も安心したそうだ。しかし一旦緩めると、気が弱くなり声も小さくなってしまう。今は目下、自然に話せるよう改善を目指しているらしい。

 シモンはルイジの指導の元、本をよく読み、理解が早かったことから一人前の魔法使いと認められるほどの技術を取得した。十四歳で認められるのは凄いことらしい。これからは魔法書を読み、独習が成長の糧となる。悩みがあれば指導に訪れるが、貴族としては十分すぎるほどで、一旦はルイジの手を離れた。

 しかし、魔法に傾倒していったシモンは更に本を読み耽るようになり、また屋敷に引き籠もることになってしまった。困り果てた家族は再びルイジに頼み込んで、人と交流でき、外に出る目標を与えてやれないかと相談した。


「それが珍しい魔獣の素材を集めることか?」

「は、い……最初は、冒険者ギルド、依頼して、おり、ました。ですが、同じところ、買い集めるの、面白、なく……」

「そうか、限界が来たか……」


 シモンが頑張ってくれてなんとか聞き取れるようになったが、これは家族が心配するわけだな。本人もハキハキ喋れる実直モードの方が好きだとか。疲れるから長続きしないらしいが。

 冒険者ギルドの役割として、依頼しておけば魔獣素材を集めてくれる。ギルド側も貴族が買ってくれると言うのなら、買い叩かれることもなく、社会勉強させる名目で多少金額も余裕を持たせられる。家族の心配にはいろんな年齢の人々との交流や交渉を経験させられる。シモンからすると、本で得た魔法や魔獣の知識を活用することができる、だそうだ。

 ルイジのやつ、よく考えたじゃないか。実際俺に会いに来るぐらいだしな。

 しかしだ、本当にここまで来てしまったのが問題だ。


「もう一度言ってくれるか? たぶん俺は聞き間違えたはずだ」

「は……、家出して、来ました……」


 なんでだよ?



————

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


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