第13話 連れてはいけない
ロミナはワンピースのようなローブの端を持って、膝を曲げて軽く頭を下げる。
「初めまして、わたくし聖職者見習いのロミナと申します。ロゼッタ様、よろしくお願いしますね」
「初めまして、ロゼッタです……? パパ、わたしこの人知ってる気がするんだけど?」
「奇遇だな、俺も良く知ってる気がする」
間違いなく、先日会ったロミナだ。今は孤児院の服ではなく、聖職者の法衣姿に髪を覆うウィンプルを身に着けている。見習いだからか、首に掛かっている太陽に十字のロザリオは簡易なものだ。持っている杖の上部には意匠の凝らした球状の金属が取り付けられている。その使い込まれた杖……いや、メイスには覚えがある。
「そいつを欲しがったのは、聖職者になるためか?」
「はい。ウェイン様のようになりたくて、どうしても同じメイスが欲しかったんです。おじ様、あの時のプレゼント、本当に感謝しています。あれからずっと大切に使ってきました」
あれは三年前だ。俺とマルクがこの孤児院に巣食う盗賊を殲滅した。その一部始終を人質にされたロミナは見てしまっていた。まだ十歳の女の子がだ。返り血を浴びたマルクは興奮状態のため、女の子に近寄れないでいた。だから俺が大怪我をしたロミナを教会に連れて行き、治療を依頼した。ぼんやり気がついたところで修道士に任せようとしたが、掴んだ手を離さなかったので風呂に入れ、体を洗ってやった。その時の女の子は気丈にも「わたしの裸を見たんだから、責任を取って」と言った。俺は詫びに望む物を買ってやると言って、ロミナは身を守るためにメイスを選んだ。小さな女の子が身体に合わない大きなメイスを欲しがるのは微笑ましく、大事に使えと言った記憶がある。
「ロミナは神殿で祈りと儀式を経て、奇跡を授かり聖職者見習いとなった。来年十四歳になれば正式な聖職者となるが、修行として旅に連れて行くのは問題ないだろう」
「問題大ありだ! なんで未成年を連れていかないといけないんだ。ただでさえ子供ばかりなんだぞ!」
「やはりそうだな。リヴェルは先を良く見ている。未成年を連れていけないのであれば、身元保証人となって冒険者にすれば良い。そのつもりで始めたことだろう? 既に二人も見ているのだ。もう一人増えたとて変わらないはずだ」
はずだ、じゃねぇよ。
ロミナは懇願するように薄く涙を浮かべている。演技だ、わかっている。先日の接触は、今日のための下準備だったのか。先に知らせておけば、本音を口にする必要がなくなる。後は感情に訴えるだけ。
「おじ様、
ほらみろ。
マルクの推薦は動かしようがない、十日もあったんだミトも既に懐柔済みだろう。後は俺とロゼッタが頷けばロミナの目論見は果たされる。
どうする? 見習いでも聖職者をロゼッタのパーティに入れれば安定するのは間違いない。問題はこのはねっ返り娘が言うことを聞くかどうかだが……
「ロミナさん、確認したいことがあります」
「はい、なんなりとどうぞ」
ロゼッタはロミナの手を引き、応接室から出ると扉を閉めてしまった。
部屋から離れた場所で話しているのだろう、残念ながら室内まで声は届かない。
その間にミトから話を聞いたカトラは顔を真っ赤にしていた。意外と抜けてる性格なのか、歳下から距離を取ってまで恥ずかしがっている。
俺は俺でマルクにロミナの神殿行きに文句を言ったが、力を与えたのだから使い方を学ばせるべきだと諌められる。
全く持ってその通りだ。おまけに手ずから育てたかったのかと心配されたぞ。
そうしてしばらくしてから戻ってきた二人は、お互いに手を取り「受け入れることにしました」と声を重ねた。
もう少し葛藤とかないのか? 仲良くなるのが早すぎだ。
これで盾戦士、軽戦士、聖職者の見習い三人組のパーティが出来上がった。普通に考えれば喜ばしいことだが、全員の身元保証人になったと考えると頭が痛い。
その後、ロミナを冒険者ギルドに連れて行って登録させたが、ミラネアも顔を引き攣らせていたぞ。どちらかというと、ある一点の発育が立派なので、目を白黒させていたようだが。
ちなみにロミナの場合、町への奉仕活動で実績があるらしく、身元保証人さえあれば
◇
一つのテーブルを囲み、俺を含め五人が椅子に着座している。ここは冒険者ギルドの貸出スペース。所謂パーティルーム。一ヶ月ぐらい前まで俺も良く使っていた場所だ。通常は四人以上のパーティで使用許可が下りるが、保証人としての俺と、仲介者となっているカトラが同席するからと強引に借りた。
「さて、少年少女の諸君。パーティ結成おめでとう」
「おめでとうございます、お嬢様とミ、皆さん」
「ありがとう! パパ! カトラ!」
「ありがとうございます、おじ様。カトラ様」
「ありがとうございます、リヴェルさん。カトラさん」
冒険者として少年少女達が手を取り合った、実にめでたいことだ。意外と最初のパーティを組むのはハードルが高いんだぞ。俺には黒歴史が付きまとってるがな。今は祝おう。胃が痛くなりそうだが。
そして手を上げて発言の許可を求める少年。
「リヴェルさん、話をするなら孤児院の方がマルク院長にも相談できるんじゃないですか?」
そこの嘘つきくんから正論くんに成長した少年の言うことは実に正しい。だがそれに応じることはできない。
「孤児院はマルクのテリトリーだからな。ペースが乱される。何より話を聞いてくれるようで、あいつの言いなりになるのは嫌だ」
「嫌だ、って……リヴェル殿は大人ではないですか」
「まぁパパだもん。後から考えたらその方が良かったってなるよ。マルクさんも褒めてたし」
「そうですね、おじ様は後先考えずに行動する方が解決が早いと思います。聖職者になる準備、実は結構大変なんですよ。ミト様はどうでしたか?」
「僕も翌日には冒険者になれましたし、孤児院で住む場所も、訓練も受けられています。僕もリヴェルさんの指示に従います」
揃って消極的な賛成だな。まぁいい。マルクの説教や説法は懲り懲りだからな。
「よろしい。まず、俺達の目的としてロゼッタを親元に返すのが最優先事項だ。異論はないな?」
「お嬢様をよろしくお願いします。ですが、拾った犬猫のように言われるのはどうかと思いますが……」
「ちゃんと餌代は自分で稼げるから安心していいよ。ママはたぶん、自由に暮らしてるんじゃないかなぁ」
「ふふふ、ロゼッタ様のお母様、どんな方なのか楽しみですね」
「僕も異論はありません。ただ、先を考えすぎかもしれませんが、その場でパーティは解散になるのでしょうか?」
正論くんは冒険者を続けたいようだが、解散するかどうかはロゼッタ次第になる。そのロゼッタだが素直にパーティを解散すると言うのは考えにくい。餌を自分で獲れるようになった鳥は自由だからな。
「目的地に着けば選択肢は増える。現地で解散が嫌なら始めから付いて来なくていいぞ。冒険者は根無し草だ、温かいベッドから離れたくないなら今すぐ冒険者を辞めろ。これから考えることは旅の準備として路銀を稼ぐこと、移動手段の確保、食料の用意と現地調達の方法、それから野営の練習だな。一応の目安として、路銀は一人金貨三〇枚。これは十枚を旅費、十枚を食費、十枚を予備費として考えている。経由する街々ではちょっとした出費が意外と大きくなる。予備費を削る前に狩りや討伐依頼を受けて補充する。行って帰って来るの旅じゃない。天候に左右されるが、旅程はおよそ半年を予定している」
アニスの調査によると、直線距離なら一ヶ月もあれば辿り着けるが、降雪や危険な山脈を迂回していくと、三、四ヶ月はかかるとのこと。子供達を連れて行くなら、体調を崩す恐れもある。半年は見ておいたほうが良いと言われている。
ロゼッタと二人だけなら商人の護衛依頼を受けつつ旅をすれば良かったが、四人にもなれば馬車を用意した方が身の安全を図れる。襲ってくるのは魔獣だけとは限らないからな。
それぞれが理解している様子を確認して言葉を続ける。
「さしあたってはカトラを護衛兼馬車の御者として雇いたい。どうだ?」
「私が護衛……ですか? リヴェル殿のお話はマルク殿から伺っているつもりですが、それでも足りないと?」
「あぁ、足りない。まさに猫の手も借りたいぐらいだ。なにしろ目を離したら何処に行くのかわからない奴がいるからな」
「もう、おじ様ったら。わたくし約束はちゃんと守りますのよ」
「内容を知らなきゃ、んなもん信用できるか」
「ですって、ロゼッタ様」
「大丈夫。ロミナちゃんは無害だから、安心していいよ、パパ」
なにをどうやったら短期間でこんなに仲良くなるんだろうな。
ロミナはロゼッタにうまく取り入って仲間になった。同時に大人含めたメンバー全員を様付けで呼ぶ。これはマルクの教育で、神に、そして人に仕えるのなら全てを敬うように、ということらしい。仕来りの多そうな巨人族の巫女は大変そうだな。ちなみに俺のことはメイスを渡した日から「おじ様」になった。それまでは口が悪かったから、いい子になったと返したのはつくづく早計だったと思う。
「何が無害だ。その言葉でもっと安心できなくなったぞ。そう言うわけだ。カトラからすると休暇を潰してしまうだろうが、どうか頼まれてくれないだろうか」
カトラは少し考え、ロゼッタと見合ってから頷いてくれた。
「リヴェル殿の依頼、承りましょう。元よりこの休暇は腕試しに充てる予定でした。それにお嬢様の母君にも謝罪に訪れなくてはと思っておりましたから、渡りに舟な申し出、感謝します……そ、それから……」
口ごもるカトラが何を心配しているのか、顔を真っ赤にしているところでようやく気がついた。
「依頼主はリヴェル殿ですので、理解はしているのですが……あ、あの、よ、夜の、あ、ご、ご無体は、わ、わた――」
そんな様子で、今までよく無事だったな。冒険者や護衛の仕事なんて、男ばっかりだろ。
いや、旅路に女性を同行させるのはそういう理由もあると聞くな。女性もそれ込みで受けるとか。カトラのことだ、旅団の商人が面白おかしく語る話でも聞いたか。
それにしても子供たちの前で言うことか? いや、子供たちのほうが冷静だぞ。
「今は指示に従ってくれたら良い。主な仕事は護衛と御者だ」
「は、はいっ!」
顔を真っ赤にしている姿は、俺を操ろうとした人物には見えない。じっと見てやると、肩を窄めて更に身を縮こまらせようとする。乙女か。
報酬に関しては確保できた資金次第と言うことで、金額は保留にして貰った。
「御者の確保はできたが、馬車そのものが必要だ。質は諦めても良いが最低でも八人は乗れる幌付きが欲しい」
「リヴェルさん、僕達は五人です。御者が一人、なら荷台は四人用で十分じゃないですか? その方が数もあるでしょうし、古いものなら安いかもしれません」
「正論……ミトの言うのもわかるが、休憩をする時に、中で二、三人が寝られるようにしたい。八人用なら三人は楽に寝られるはずだ。ついでに言うと、ここに女性が三人いる」
「……思いつきませんでした。申し訳ありません」
これだけで分かるミトはやはり貴族に近いところにいたんだろうな。ただの平民だったら性別関係なく一人、膝を抱えて座れば樽ひとつ分と考えれば済む。四人用と提案したのはまだマシな方だ。人以外に荷物を置く場所があるということだからな。
だが、冒険者としては身体に自由の効かない状態の着座は無理だ。幌から飛び出したらつんのめって転倒、なんて馬鹿なことが実際にあっ……りえてしまう。適度に身体を動かして問題のない大きさが良い。それが女性なら、着替えや寝床にもなる。
まぁ、俺も男だけのパーティのときは気にしていなかったが、カリーナに散々躾けられたからな。
「これから色々経験すれば良いさ。ミトなら二人用で良いと言ってくれる相手ができるかもしれないぞ」
「それは良いですね。僕の知っている人なら歓迎します」
さらっと攫われたような経験があるのを語るのな。
俺と正論くんの話を一番熱心に聞いているのがカトラと言うのが真面目というか、初心というか。目線を合わせると逸らしたり、チラチラと目が動くから意識しているのが丸わかりだ。
それからは野営や食料について、カトラが提案をして最低限のことは教えられると言う。ただ、冒険者時代は日持ちのするものばかり食べていたので、温める以上の調理はできないらしい。ロゼッタはお嬢様なので、当然できない。代わりにロミナは孤児院で食事の用意をしていたらしく、任せてと自信があるようだ。俺は一人で活動していたから簡単なものは出来る。正論くんはやめておきますと。とは言え、日常の経験が役に立つ。孤児院にいる間に調理を手伝っておくように。マルクの機嫌取りにもなるしな。
「出発するまでに準備する物は多い。だから担当を分ける。最初は路銀、資金集めだ。リーダーはロゼッタ。依頼と狩りをして資金稼ぎをする。一人金貨三〇枚は結構大変だが、やれるか?」
「大丈夫、目標ある方が頑張れるよ」
「ならよし。サブリーダーにカトラ。護衛も任せるぞ」
「はい!」
よし、まっすぐ人の顔を見れて偉いぞ。
「ミトとロミナも連れて行け。これからは連携も必要になる。全員で動けるように訓練を忘れるな」
「それじゃ、パパは?」
「俺はサラマンダーを狩りに行く」
「ホントに!? わたしもサラマンダーと戦いたい!」
言うと思ったよ。
だからこの話題を後回しにしたんだ。
「駄目だ、準備の整っていない冒険者を連れていけない」
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