第12話 再会
ベルノにはサラマンダーの素材は扱ったことがないため、尻尾は一本ではなく二本用意しろと言われた。金貨数枚の素材だが、初めて依頼する鍛冶屋なので初期費用と考えれば悪くない。なにより移動のコストは同じだ。性能が良くなれば仕上がる金額が高くなるかもしれないが、今のロゼッタはお金持ちだから心配していない。
次に立ち寄った魔道具屋では「お金貯めたから、いろいろ買えるよ!」とシルキーを喜ばせていたが、荷物になるから魔道具は二つまでと言うと、白い家妖精が真っ黒に闇落ちしかけてロゼッタから怒られた。シルキーの機嫌を取りながら、ロゼッタは二つ折りになる手鏡の〈さっちゃん〉を一つ、〈まいこちゃん〉の指輪型を二つ、護符型を一つ購入した。シルキーが興奮しっぱなしだったのは言うまでもない。
「はい、パパ。わたしとお揃いね」
そろそろパーティを組んだ時の装備も考えないとな、と話していたところだったからだろう。指輪型の〈まいこちゃん〉を渡されて、俺にも付けろと言う。護符型はミトに渡すらしい。聞けばあの少年の戦い方が分からないから、邪魔にならない物が良いだろうと考えたそうだ。
軽戦士の戦い方はある程度慣れている。多少の宝石や魔石の付いた指輪が邪魔になることもない。お互いの左手人差し指に指輪を付けると、ロゼッタは満足そうに手を握る。
「俺が〈さっちゃん〉を持ってるほうが良いんじゃないか?」
「いいの。手鏡は女の子の必需品だから」
そりゃそうだろうが、俺が迷子になる心配されているようでどこか落ち着かない。ほら、早速手鏡で〈まいこちゃん〉の居場所を確認しようとする。俺の場所を探ったって、宿屋と酒場、魔道具屋、冒険者ギルドぐらいしか行かないぞ。いや最近はもう一つ増えたか。
◇
「遅かったな。もう少し早く来ると思ってたぞ」
「昨日ギルドで話を聞いたばかりだからな。今日のことを言ってるなら、買い物に時間をかけてただけだ」
孤児院に到着してすぐに応接室に通されると、ロゼッタはニッコニコだ。目の前には伝説のエモータイタンがいる。おまけにお嬢様扱いしてくれるから機嫌も損ねようがない。
朝のことを思い出すと、一人でギルドに行って落ち込み、機嫌を取ってから朝食。鍛冶屋でテンションが上がってからはずっとべったりだった。お陰で露店には行けずじまいだ。シルキーをからかって気分転換しようとしたら怒られるし、今度は指輪をつけさせられる。違和感を感じて指輪に触れようとすると不機嫌になるんだよな。今日は甘やかす日らしいが、喜怒哀楽が激しくて風邪をひきそうだ。
「マァ、そうだろうな。ミトにはできるだけギルドには行かないように言いつけてある。ロゼッタ嬢に会わないように、ともな」
「それがわからん。ソロ狩りできるぐらい力をつけたのなら、ロゼッタとの連携を経験させた方がいいだろう。マルク、何を考えてる?」
肝心のミトはこの場にはいない。
少し遠い距離にあるマルクの目を探ろうとしてみたが、どうにも読めない。隠す理由はなんだ?
「先にロゼッタ嬢に聞きたい。このまま冒険者を続けるのか?」
「え?」
驚くのも無理ないだろう。ロゼッタが冒険者登録してまだ一ヶ月と少し。ようやく草原ぐらいなら一人で動いても平気になったぐらいだ。これからまだまだ伸びる。
しかし続いて出てきたマルクの言葉に、俺はすっかり勘違いをしていた。いや、本来の目的を忘れていたと言ってもいい。
「ロゼッタ嬢は母親のところに戻るのだろう? 冒険者をしているのも旅程で不慮の事故に遭わないための訓練だと聞いた。しかし頼ったのはリヴェルだ。こいつは実力はあるが、どうにも抜けていてな。今は嬢を育てるのに夢中になっているのだろう。本当に親元に返すつもりがあるのなら、我らの血族を呼んで護衛させよう。この先どうするのか、そのあたりをはっきりさせておきたい」
ロゼッタも俺もすぐには言葉が出なかった。
マルクから見て、お前ら遊んでるだろうと言われたようなものだ。身を護る術を覚えたのなら、フラウエッタの元に戻る方法を話し合いに来るべきじゃなかったのか。ミトを預けたが期限は決めていない。本人の意志は別として、マルクは責任を持って預かると言ってくれた。それは孤児を引き取るのと同じ事だ。本当にロゼッタの旅に連れて行けるのか進捗の確認もない。未だ不安材料があるのなら、せめて連絡ぐらいは密にするべきだった。
正直なところ、ロゼッタとの生活は困ったことはあるが、楽しいと思っている。なにしろパーティを組んでいたときよりも周りに人が集まってくるのだ。もう一人で酒場に行って飯や酒を奢らなくても、近くにいて騒々しい日々が続いている。
「ありがとうございます、マルクさん。わたしはずっとパパに会いたかったので、今がすごく楽しくて、嬉しいんです。もちろんママのことを忘れられるはずがありません。ふとした時にママの影がちらつくので、ちゃんと会ってきっちりお話したいと思っています。ただ、もう少しだけ……今日、わたしの武器を作ることになりました。鍛冶師さんもすごくいい人です。ですので、依頼を反故にしたくはありません。武器ができあがればこの町を離れようと思います。その時には、いろいろご心配して下さったマルクさんには、ぜひご挨拶させていただきたいです」
マルクはロゼッタの目を覗き込むように身体を屈める。それによって巨体が近づくのだが、ロゼッタは物怖じすることなく背筋を伸ばし、真っ直ぐに見つめていた。
「ワハハハ、さすがはロゼッタ嬢だな。その歳で理解と視野を持っておる。おいリヴェル、やはり子供には教育が大事だと思わんか?」
「そうだろうよ。ロゼッタは俺が育てた子供じゃないからな」
「すねるなすねるな。マァしかし、そういう事だ。リヴェルもやるべき事を忘れぬようにな」
……耳が痛いことばかりだ。だがやらないといけない事はわかっている。
俺も覚悟を決める。気持ちを固めようとした、それなのに崩そうとする。まったく困った子だ。
「でも、マルクさん。パパは今、愛情持ってわたしを育てようとしてくれているんです。ですから、この時間はとても大切なものです。いくらマルクさんがパパの友達だからって、咎めるのはわたしが許せません!」
「フハハハ、いやはやロゼッタ嬢には頭が上がらんな。姫の訓戒、心に留め、我、忠たらんことをここに誓う。リヴェルよ、やり方に水を差してすまんかった」
まるで首を差し出すかのようにマルクは大きく頭を下げた。こうまでされて燻るものを残しておくわけにはいかない。俺もマルクに忠告感謝すると言葉を返して握手をした。
ロゼッタはそんな俺とマルクを見て、「巨人物語、第四章。姫への忠誠と騎士との和解のシーン!」と目をキラキラさせていた。
俺もその本、読んだ方がいいか?
◇
ロゼッタの悲しげな口調で語られる朗読劇は、乱暴を働く丘の巨人の噂を聞いた騎士が、巨人の討伐に向かうところだった。間違った噂に踊らされた騎士は後戻りができず、しかし丘の巨人はただ拳を構えるだけ。そして振り上げられた剣が――コンコンコンと応接室の扉がノックされた。
もう少し聞いていたかったが、来客とあれば仕方がないだろう。
ふぅと呼吸を落ち着けてソファーに座り直すと、ロゼッタはこっくりとマルクに頷いた。
マルクの許可を得て入ってきたのは少し日に焼けたミトだった。ロゼッタと俺が居ることに気づくと、軽く頭を下げて笑みを浮かべる。
「ただいま戻りました」
「おかえり、ミト。なんだか少し格好良くなったね」
「ありがとうございます。まだまだ力が足りないので早く大きくなりたいですね」
左腕を曲げて力こぶを作ろうとしても、本人の言うように子供らしい身体つきだ。ロゼッタに二の腕を擽るように触られてニコニコしているが、マルクの指導を受けるのは大変だろう。泣き言を口にしないのは男の子だからか。
「ミトは一人で狩りをしてるの? それともカトラと一緒?」
「えっと、それは……」
「ミラネアが心配してたんだ。俺も気になる。マルク、ミトに何をさせてるんだ?」
仲間になると約束したのに、会う許可を出さないのはまだ身体ができていないのかと思った。しかし、今のミトには柔和な顔の中に自信がある。それにミラネアからは常時依頼の獲物を持ち込んでいると聞いている。初めに思いついた懸念は予想を外しているだろう。
「フム。それもあっての質問だったんだがな。もう一度聞こう。ロゼッタ嬢、このまま冒険者を続けるのかな?」
「はい、続けます」
今度はすぐに返事があった。
マルクは子供を成長させるのが本当に巧い。
「よかろう。ロゼッタ嬢、ミトには盾職としての訓練を行っている。嬢にはリヴェルから軽戦士としての指導があったとしても、足を止めさせる盾役が居れば、より不安なく戦えるだろう」
マルクの指導は最終的にミトを重戦士にすること。まだ身体のできていないうちは攻撃よりも防御を重視させる訓練をしているらしい。マルクの力はワイルドボアの突進よりも威力がある。そんな相手の攻撃を往なせるようになれば十分戦力になる。どの程度の技術が身に付いているかは楽しみにしておけと言うぐらいだ。狩りに出しても問題はないのだろう。
しかし、防御だけで狩りができるはずもない。盾術で拘束、弱らせた相手には武器で止めを刺すのが基本だ。今はショートソードを持たせているが、止めはカトラがやっていると言う。狩り場に同行するカトラは倒した報酬を受取りもせず、魔物を弱らせるポイントを教えてくれるんだそうだ。
「なるほどな。だからギルドにはミトだけで現れたのか」
「はい。僕が倒すわけじゃないので報酬は要らないって言ったんですけど、一緒にいる間は自分の修練にもなるから不要だと言ってましたね。今は協力することも増えたので、報酬も三割を受け取ってくれるようになりました。まだまだ索敵や誘引は経験不足なので助かっています」
こっちは予想通りだな。カトラの性格ではやはり子供を見捨てられないらしい。厄介事を引き寄せた責任もあったかもな。
「それじゃあ、さっきまでカトラもいたの?」
「ええ。今も湯浴みしてると思いますよ。孤児院で湯浴みができるのなんて素晴らしいって、毎日入ってますね」
「ふぅん、なんだか姉弟みたいね」
首を傾げたロゼッタが平坦な声で言葉を放つ。あぁ、これは前にもあったな。
それまで落ち着いて笑みを浮かべていたミトだったが、焦ったように「一緒には入っていません!」と言い訳じみた言葉を口にする。ロゼッタは「へぇ、そうなんだ」と返すものだから情けない顔をして俺やマルクを縋ろうとする。がんばれ少年。
再びノックがあり、入室して来たのは話題のカトラだ。
「来客中……お嬢様とリヴェル殿でしたか。えっと、お嬢様、私に何か……?」
入室してからずっと全員の目が集まっているからか、カトラも戸惑っているようだ。
今更だがカトラの顔つきはなかなかに整っている。薄い金色の髪をうなじが見える程度でまとめて括り、瞳の色は薄い青色、その全体的に薄い色合いの肌と雰囲気はどこか気品のようなものを感じる。身長は俺の肩辺りまで、歳は二十代半ばぐらい。冒険者をしている女性は若く見えがちだが、そう間違ってはいないだろう。姉弟というには少し離れているが……ミトは十二歳、か。
「お嬢様はカトラが雛鳥を囲っているんじゃないかってさ」
「雛鳥? ですか? いえ、私は何かを飼っていたりしませんが……」
根が真面目というか、そういうことには思い至らないようだ。逆にロゼッタやミトが分かっているのはそういうことが身近にあったからかもしれないな。
誰もそれ以上の説明しないので、服の汚れを気にしたり、匂いを嗅いでいるのがおかしくて仕方がない。
三度、扉がノックされる。その音を聞いて、マルクはようやく来たかと腰を上げた。
「リヴェル、待たせたな」
「何がだ?」
ここにはミトとカトラがいる。これからのロゼッタの行動について、二人がいれば話は進められるはずだ。
他に何か頼んでいたことがあったか?
「フム、リヴェルだからな。また忘れていたのだろう。だが、先を見通す眼があったのは流石だぞ」
扉を開けて部屋に招き入れたのは、見覚えのある肩までの青い髪と赤い瞳をもつ少女。
その少女は俺を見て、満面の笑みを浮かべていた。
「ご無沙汰してます、おじ様!」
「聖職者見習いのロミナだ。今はミトとカトラの支援、回復役として同行させている。ロゼッタ嬢の旅に連れて行くがいい」
————
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