第11話 新しい武器

 これまで使ってきたロゼッタの武器は、数打ち品のショートソードと護身用の魔法金属のナイフ。

 数打ち品のショートソードは、鉄を鍛えた鋼で作られたもので、重い。一方、魔法金属のナイフは形状を維持する魔法が付与されており、錆びず手入れも不要で軽量だ。贈答用にも選ばれるこのナイフを持っていたロゼッタは、お嬢様だったのだろう。

 この金属は鍛冶師が魔法の付与ができる錬金術師を兼ねていなければ錬成できない。複数人で作る技術もあるが、どちらにしても特別なもので、町の鍛冶屋にすぐに用意してくれと言っても、追い出されるのがオチだ。つまり、入手は困難だ。

 そこで並べられている短剣、スモールソード、ショートソードに目をやることになる。


「うーん、どれもあんまり変わらない感じがする……」


 そうなんだよな。

 竜牙剣と同じようなものが欲しいと言っても、鍛冶屋にはあるわけがない。仕方なく数打ち品を並べてみたが、これといった決め手になるものがなかった。


「言われりゃ特別頑丈にすることもできるし、鋭利に研いでやってもいい。だが、お嬢ちゃんの欲しいものにはならんぞ。数打ち品ってのは、安く作ってる訳じゃない。それが一番使い勝手のいいもんだから作られるし、売れる」


 鋼で頑丈に作ろうとすると重く、鋭利に研ぐと脆いものができあがる、鍛冶師のベルノはそう言っているのだ。


「なぁ、リヴェルって言ったか。なんで冒険者ギルドで頼まねぇんだ? 腕が負けてるとは言わねぇが、あっちの鍛冶師の方が安いだろ? 俺のお得意様は主婦だぞ主婦。あいつら肉は切るが、魔獣を切ってるわけじゃないんだぞ」


 今のロゼッタなら包丁で魔獣を切りに行きそうだけどな。


「わたしがお願いすると、ちょっと問題が……」


 ロゼッタは情報も大事にしている。今日だって買い物の前に取引所の親父たちに武器の相場を聞こうとしたらしい。すると冒険者たちが店に案内すると言い出し、暇を持て余していた鍛冶師が俺が打ってやると顔を出す。それを聞きつけた他の鍛冶師が俺も俺もと次々現れ、安くしてやる、いやもう金は要らんと言い出す始末。当然ギルド長に見つかり、それぞれ怒鳴られた。ロゼッタにも身元保証人に相談するのが先だと注意され、ここに連れてきたわけだ。

 朝食前に「ちょっとギルドに行ってくる!」と元気に出かけたのに、肩を落として帰ってきたときは何事かと思ったもんだ。


「わはははは、そりゃ、ギルド長が正しい。あいつらバカだろ。いいぜ、オーダーが決まれば打ってやる。それまでこいつで慣らしとけ」


 ベルノは数打ち品では珍しいスモールソードをロゼッタに渡す。ショートソードより俺の拳一つ分ぐらい短いが、その分軽い。今使っているショートソードを鋳潰して使うから、幾らか安くしてくれるそうだ。


「ありがとう、ベルノさん!」

「おうよ。感謝しろよ、まだ打ってねぇけどな!」


 がははと笑うベルノにショートソードと銀貨八枚を渡す。以前の数打ち品よりも品質が良いものだからな。

 ロゼッタはベルノに一声かけて中庭にある、木材に荒縄を巻いた剣術練習用のペルに向かった。武器の握りの部分と柄の長さを個人の好みに合わせるためだ。

 何度か切りつけて様子を見ると、手首が動きそうになるので握りを細くする。今度は細くなって滑りやすくなったので、握りに糸状の皮を巻いて締める。すると軽く握るだけで吸い付くような仕上がりになる。

 振り回してもすっぽ抜けそうにない感覚に、ロゼッタは驚いていた。


「大したもんだな」

「おいおい、鍛冶師は打つだけが仕事じゃねぇぞ。武器や道具は使う人に合わせて初めて仕上がる。お前の武器だってそうだろうが?」

「いや、俺のは手に入れたそのままだな。調整ができると聞いたことはあったが、必要を感じなかった」

「はぁ? オーダーメイドか?」

「こいつは報酬だし、ショートソードは……暫く持ってないな」

「それでよく冒険者を名乗ってられるな。せっかくだから見てやる」

「……頼む」


 鞘から竜牙剣を抜いて軽く横に振る。次に縦に振り下ろして握りを確認。特に違和感はない、いつもどおりの感覚だ。

 その状態でベルノに見せると、手首の締まり方、握りの強さも合っているという。


「なんだそりゃ、珍しいこともあるもんだ」


 作った鍛冶師は俺みたいな体格を想定していたのかもしれないな。

 ついでに握りに使っている布を新しいものに巻き直してくれるらしい。考えてみれば十年以上使い続けている武器も初めてだ。手入れも刃の汚れを拭うくらいで握りなど気にしたこともない。報酬を用意してくれた人物に今更ながらに感謝だな。

 ベルノから竜牙剣を受け取ると、早速握りを確かめる。真新しい布はくすぐったいが、滑ることはない。使って行くうちに気にならなくなるだろう。


「助かる、新品になった気分だ」

「そいつは良かったな。この古いのはどうする? 捨てとくか?」


 巻いていた布も元は高級な素材だったらしい。至る所に綻びがあってはっきりと読めないが、どうやら身の安全を願う祈りの言葉が書かれていたそうだ。実際にこれまで護られていたのかもな。


「ねぇ、パパ? それ、わたしが貰ってもいい?」


 祈りの言葉に興味があるというので手渡すと、やっぱりと言ってすぐ魔法鞄に片付けた。あとで勉強に使うそうだ。

 ベルノには色々サービスしてもらったんだ、こちらからもお返しするべきだろうな。


「ベルノ、あのペル、一本貰っていいか?」

「あぁ、古くなってるし潰してもいいぞ」


 言質はとった。古いとは言っても、ロゼッタが斬りつけて揺れることがない程度には的としての役割は果たしてる。

 俺がやって見せてもいいが、


「ロゼッタ、ベルノに礼だ。全力であのペルに攻撃していい」

「ありがとう、パパ! ベルノさん!」


 全力を揮えることが嬉しいのだろう。念を押した確認などしない。戦闘中、決める時間は最短にする。

 これまでそう教えてきたからな。


 ロゼッタはすぐにスモールソードを抜き放ち、前傾姿勢で構える。彼女の目には集中の光が宿り、呼吸を整えた。


――身体強化


 ロゼッタは小さく呟いて強化を全身に行き渡らせる。この技術をまだ完全に習得してはいないが、その威力は確かだ。筋力や防御力といった肉体的な能力を通常時の何倍にもする。ワイルドボアやフォレストウルフなら何度も実践済みだ。訓練次第でまだまだ伸ばせる余地があるが、体術の方が追いついていない。剣技として教えたのも一つだけだからな。

 そして、ロゼッタの顔にわずかな緊張が走る。


「行きます!」


 力強い声とともに、ロゼッタは一歩前に出た。土を踏む音がジャリと響き、風を切るように五メートル先のペルの前に移動する。ペルの表面は試し斬りで数々の攻撃を受けて傷ついているが、それでも未だ役目を果たそうとする。ロゼッタの上半身がブレる瞬間、顔の正面ほどの高さで一回、剣を返しながら身体を落としてもう一回剣を振る。その動きはまるで舞のように美しい。そして振り終わった姿勢を止めず、回し蹴りでペルの木片を蹴り飛ばす。


 わずかな時間の後、木の打ち合う音がカツーンと響く。水平に二回切られたペルは、その高さを変えていた。


「やったぁ! 大成功!」

「綺麗に決まったな。良くやった」


 ロゼッタの顔には達成の笑みが広がり、その声には喜びが溢れていた。俺はグリグリと強めに頭を撫でると、ロゼッタは満面の笑みを浮かべてぎゅっと抱きついてきた。頑張って練習した甲斐があったな。


「おいおい、こりゃあ……」

「我流・膝貫! パパに教えてもらったの!」

「なかなかのもんだろ?」


 ロゼッタの剣技が見事に決まって驚かれると、自分のことのように嬉しくなる。ロングソードやショートソードならたいていの魔獣は一度で切り飛ばせるが、ドラゴンのような大型の魔獣には致命傷を与えられない。よって二連撃、そして追撃の回し蹴り。俺の場合はドラゴンの膝を一箇所ずつ破壊し、地に伏せさせて止めを刺した。実際はこの技だけで倒したわけじゃないが、重戦士の負担を大きく軽減したのは間違いない。


「パパはランクAの冒険者なんだよ!」


 顔だけをベルノに向けて誇らしそうに話してくれる。少しばかりは礼が返せたか?

 ロゼッタが珍しく冒険者カードを見せてとせがみ、ベルノも見たいと言ったことから魔法鞄から硬質なカードを取り出した。


「はは……本当にいるんだな、ランクAって奴……」


 冒険者カードを見せるとそこには俺の名前とランクAの文字。そしてドラゴンスレイヤーと書かれている。ランクAは各地区の冒険者ギルドに一人いるかどうからしく、トップにはランク2か1を据える事がほとんどだ。マルクでもランク1だからな。Aになるには力だけでなく、災害級の魔獣の討伐が必要とされている。

 正直このカードは作り直したいところだが、称号はランクAの証明になるらしく、ドラゴンスレイヤーの文字は消せないと言われたので諦めている。ミラネアは最初見たときに驚いていたが、大声は上げなかった。お陰でこの町では冴えない冒険者の一人として過ごすことができている。今はもう若い頃のように名乗りを上げ、派手に遊ぶこともなくない。ミラネアにばかり受付を頼むのも大袈裟にしたくないから。それは他の町に行きたくない理由の一つでもある。


「それじゃ、剣の素材はそのときのドラゴンか?」

「いや、これは古代竜の牙らしい。俺達が討伐したのはもっと小さい。せいぜい二〇メートルの若竜ってところだな。他の魔獣と一緒に襲って来なければランクAにはなってなかったんじゃないか」

「ん? 十二、三年前? ……その時期にあった竜退治……ドラゴニア砦の襲撃か! なんだってあんな辺鄙な所に居たんだ?」


 詳しいな。ロゼッタは会って最初に聞いてきたぞ。

 ドラゴンの巣がある山脈ドラゴニアを監視する目的で作られたのがドラゴニア砦だ。その山脈は魔獣が好む環境らしく、人の住む土地に現れる魔獣より大きく強い。

 俺達のパーティがそこにいたのは、一度はドラゴンから逃げてしまったが、再度挑戦するためだった。

 残念ながら訪れた時期が悪く、砦に向かって魔獣の群れが襲って来ていた。それこそ魔獣の暴走スタンピードと言われてもおかしくない規模だった。砦にいた冒険者達に協力して魔獣を食い止めていたが、竜を目にした途端、飛び出した冒険者バカがいた。俺だ。この機会を逃したら次は山登りをしないといけなくなる。襲撃を乗り越えても、立ち向かうには再準備に時間がかかると思ったからだ。

 結果的に主力の若竜を倒すと、魔獣は散り散りになり襲撃は終わる。俺達は歓声と共に大目玉も喰らった。何が功を奏したのかわからないもので、俺達のパーティは揃ってランクAを貰い、ドラゴンスレイヤーの称号を得た。その時の報酬として用意されたのが竜牙剣だ。


「なるほどなぁ。バカに付ける薬がないってのは、ポーションが足りないってことか」


 消耗品はいくらあっても足りないと言うのを実感した戦闘だった。重戦士がドラゴンの足を止めさせ、レンジャーが撹乱、軽戦士の俺が隙を見て削る。大怪我の回復や防御には聖職者の支援が必要だったが、大ダメージで勝利に寄与したのが魔法使い。最後は俺と重戦士が協力して喉を貫いて討伐した。さんざんシミュレーションをして倒す計画を用意したのに、初手で暴走した俺のせいでいつもの乱戦になったと文句を言われたが……楽しかったな。

 久しぶりに聞いたからか、ロゼッタが目を輝かせている。本当になんでこんなにドラゴンの話が好きなんだろうな。


「話は逸れたが、ロゼッタの武器に頑丈さが必要な理由は分かってもらえたと思う」

「まぁ、あんな使い方してりゃ、武器の消耗が激しいのも理解できる。とは言ってもなぁ……うちにある素材じゃ、今のと大差ないぞ?」


 ベルノが困るのもわかってる。俺も数打ち品ではなく、オーダーした高価なショートソードを何本も消耗品にしてきたからな。

 剣を強靭にするには魔法金属のように魔法を付与する方法もあるが、もっと現実的なものがある。


「サラマンダーの尻尾を獲ってくる。スモールソードを二本打ってくれ」



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