第10話 子供達の成長

「パパの隠し子?」

「違う」


 そんなものはロゼッタひとりで――いや、違う、勘違いだ。認めたわけじゃない。表向きはそういう役になっているが、心当たりはない。さっきの孤児院のこともあって、危うく流されるところだった。


 一呼吸を置いて目の前の少女を見る。青い髪を肩まで切り揃え、赤い瞳を吊り上げている。身体ばかりは立派に成長したが、腰に手を当て俺に指を向ける、相変わらずの態度だ。よし、こいつは確実に違うので安心だな。


「物騒な言い分だな。なんの用だ、ロミナ?」

「あたしのウェインを返してよ! あんたのせいで会えなくなったの!」


 子供を引き離された母親のような台詞だな。

 だが、そんなドロドロした話じゃない。こいつは孤児院で暮らすロミナ、十三歳。ウェインは元パーティのメンバーで聖職者、おまけに二十七歳だ。ウェインに付き纏っていたが、ウェインは手を出していない。それどころか兄、妹のように接していた。だからこそ距離感が近いのを好意的に受け取ったのだ。


 ウェインは基本的に人を受け入れ、信用する。だから孤児院の院長が女盗賊だと隠し、楚々として振る舞っていたのを信用してしまった。あの日、女盗賊が命乞いをしてマルクの逆鱗に触れた。その内容を知り、それでも肉塊にされた姿を見れば涙しただろう。ウェインは、あのパーティは優しすぎた。


「俺がパーティを離れたのと、あいつらがこの町を出るのを決めたのは別の事情だ。俺のせいじゃない」

「リヴェルがだらしないから追い出されたんでしょ! 一緒にいたくないからウェインは出ていったの! 全部リヴェルが悪いんじゃない!」

「どこでその話を……あいつか」


 ひとりだけ詳しく知っている奴を思い出して悪態をつきそうになる。もう一ヶ月以上前の話、おまけに俺の情報だ、格安だったんだろうよ。

 ここでロミナの言葉を否定しても何も変わらない。そもそもロゼッタには俺がパーティから追放された理由は話しているからな。


「どうとでも言え。それで、俺にどうしろって言うんだ? あいつらがどこまで行ったのか知らないし、ウェインに頼まれたことは何もない」

「それぐらい知ってるわよ。だけど、リヴェルのせいであたしは離れ離れになったの。だから貸しよ!」

「貸しにするには横暴だろう。そんなに大事なら泣いて引き止めれば良かっただろうが。その時は頭を撫でられて慰められて終わりだろうがな」

「うっさいわね! いなかったくせに、見てきたように言わないでよ」


 ウェインの行動も予想通り。いや、まだ記憶を薄くするほど時間は経っていないか。

 しかし俺に貸しを作ってどうするつもりだ? 今の口ぶりだと俺に金が無いのは知っているだろう。俺を、冒険者を利用して何か欲しい素材でもあるのか、それともやらせたい仕事があるのか。面倒事に巻き込まれるような言質を取られるのは避けたい。さて、どうしたもんか。


 言葉に迷っていると、一歩後ろに下がっていたロゼッタが前に出る。


「あの、ロミナさん。わたしはロゼッタと言います。お伺いしたいことが――」

「あたしにはないわ。あなたと話す必要なんてない。あたしはリヴェルと話してるの。邪魔しないで」


 まるで最初に会った頃の太々しい態度だな。

 俺に対してならわかる。だがロゼッタは関係ない。


「おい、いくらなんでもそんな言い方はないだろう。マルクが聞いたら悲しむぞ」

「い、院長先生を出すのは卑怯よ! ロゼッタだったかしら、謝るわ。だけど、リヴェル! あんたには貸しだからね!」


 ばつが悪かったのか、くるり振り返って走り出すと、あっという間に姿が見えなくなった。ここはまだ孤児院を離れて数区画。大人しく戻っていればいいんだが……


 宿に向けて歩き出そうとしたが、いつものように手を握る気配がない。ロゼッタは考え込んでいるようで、声を掛けるまで動こうとしなかった。


「何か気づいたか?」

「……パパ、なんであの子、リヴェルって呼び捨てなの?」


 そっちかよ。



 あれから十日ほど経ったが、ロミナから接触してくることはなかった。そもそも俺達には町をゆっくりまわって遊ぶような時間がなかったからな。マルクの育成するミトに、ロゼッタを負けさせたくはない。一応だが、パーティのリーダーにはロゼッタが就く予定だ。


 ロゼッタも殆ど町に寝に帰るだけのような生活に不満も言わず、新しい依頼の遂行、魔獣の狩り方を覚えていく。しかし、時間が経つほどに問題は出てくる。


「パパ、さすがにもう限界かも」

「そろそろ武器を変えるか」


 倒したフォレストウルフは四頭。喉に刺さったショートソードを引き抜くと、ロゼッタは手にした剣を日に翳して顔を顰める。見た目には綺麗に見えるが、よく使う部分には欠けが目立つ。刺突するには十分でも硬い表皮の魔獣を相手するには少しばかり不安がある。本来ならフォレストウルフの表皮くらい簡単に切り裂けたはずなのだ。手入れを繰り返しても限界がある。所詮は銀貨五枚の安物。一本使い潰したのなら十分役目を果たしたと言っていい。


「明日は休みにして買い物行くか」

「やったー! 久しぶりにデート! パパとデート!」


 ロゼッタは歓声を上げ、ショートソードを振り回しながら嬉しそうに跳ねる。


「騒ぐ前にロゼッタも皮を剥いでおけよ。あと、もう二、三頭ぐらい出てくるかもしれん。油断するな」

「それってパパの経験談?」


 そうだな。そんな事もあったな。三頭目の皮を剥いていると、あのときの失敗を思い出す。魔獣の数を見誤った俺は、カリーナに人の話を聞けと叱られた。尊い犠牲があったからだ。オルクスの尻に魔獣の角が突き刺さり、穴が空いた。治療するウェインは笑いを堪えきれていなかったよ。ロゼッタに笑ってもらったなら、俺が怒られた甲斐があったというもんだ。


 結局、血の匂いに引き寄せられて戻ってきたのはフォレストウルフが二頭。先に倒したグループの斥候役だったんだろう。それでも今のロゼッタが手間取る相手ではない。俺の竜牙剣を貸すと、飛びかかってくるフォレストウルフの喉を切り裂き、頭を蹴飛ばしてもう一頭に身体を向ける。低く襲ってくるフォレストウルフの鼻に踵を落とし、口が開かぬよう脇で固め、顎に沿って刃を刺し入れた。俺の指導する体術にもずいぶん慣れたもんだ。


「やっぱり、竜牙剣は使いやすいなぁ。ねぇパパ、次は短剣の方が良いかな?」

「そいつは短剣以上、ショートソード未満の長さだからな。ちょっと特殊だ」


 ロゼッタの手で振り回される竜牙剣は、その名の通り竜の牙でできている。刃の長さは四〇センチメートルほど、ショートソードと言えなくもないが主流の大きさよりも二回りは小さい。逆手に持つと肘を隠すぐらいになるので使い方によっては防具にもなる。なにより軽くて頑丈だ。


 ロゼッタの場合は主武器としても良いかもしれないが、身体が小さいからショートソードぐらいの長さがある方が戦いやすそうなんだがな。間合いが近いと怪我も増える。本人としちゃ、斬れ味を優先で間合いは体術で頑張るとのことだ。


 手を繋いだ大人と子供が町に帰る。見た目は微笑ましい光景でも、その会話の内容を聞けば物騒なことこの上ない。



「おじさん! 今日もよろしくね!」


 今日の取引所の窓口もロゼッタの元気な声で大盛りあがりだ。凄い凄いと褒められ、もみくちゃにされながら「撫でるの禁止!」と言われて凹む親父と笑う冒険者たち。


「この光景も見慣れてきたな」

「そうですね。初めてロゼッタちゃんが来たときはどうなるかと思いましたけど、あっという間に馴染んじゃいましたね」


 独り言が誰かに拾われる。

 俺の着いているテーブルに、いつの間にかミラネアが来て、傍に立っていた。

 最近のミラネアは忙しいのか元気がない。たまに顔を出すと笑顔を作ろうとしているのが丸わかりだ。以前に何かあれば相談しろとは言っている。無理に聞き出すのは野暮ってもんだろう。

 他の受付嬢からも、気にしてあげるだけでいいからと言われているしな。


「休憩か? 受付を離れても良かったのか?」

「仕事ですよ。最近のリヴェルさんは常時依頼の狩りばかりで通常依頼を受けてくれませんからね。忘れているんじゃないかと思いまして」


 耳にかかる髪をゆっくりかきあげる仕草に、妙に色気がある。少し疲れを見せる目が何かを訴えている、そんな艶かしさすらある。

 背中に位置する受付から小さくきゃぁと言う声が聞こえたぞ、頑張れってなんだ? 何があった?

 狼狽えそうになる俺に、力なく、ふふと笑い、自分の財布を開ける。


「渡さないといけないお小遣いがあるんです。できれば顔は見せてください……ね?」

「お、おぅ。いつも助かってる」


 いつものように掌に一枚ずつ銀貨を乗せられ、最後にぎゅっと手を握られる。これは本当に毎回しないといけないのか? さすがに恥ずかしくなってきたぞ?

 握られた手から体温が上がるのを感じる。違う、ミラネアの手が冷たくなっているのか。顔を寄せてきたミラネアは目を閉じ、まるでロゼッタのリボンのように顔を真っ赤に染めていた。


「パパ?」

「ロ、ロゼッタ。早かったな?」


 リボンを直しながら歩いてくる姿は年相応だなとは思う。月並みに言って愛らしいだろう。冒険者たちが囲うのも理解できる。ジト目で見られてさえいなければ。

 ミラネアは俺から一歩離れて素知らぬ顔だ。耳はまだ赤いままだが。


「んー……うん。もう用事は終わったよ。今日は疲れたから帰ろ。明日はデートだしね!」


 ざわっとするギルド内で幾つかの反応でグループが分かれる。デートの相手が俺だと気づいてホッとする連中、睨んでくる連中、そして


「リヴェルさん、私も明日ご一緒しても良いですか?」

「え? あ――」

「パパ、明日はわたしを甘やかしてくれる日でしょ? 久しぶりにシルキーに会いたいな」


 再びざわめきが起こると、ホッとしていた連中はいなくなった。

 後ろからも、あぁと溜め息が聞こえる。針の筵だ。


「悪いな、ミラネア。今度夕食を奢るよ」

「……わかりました。お財布は持っていきますので、安心してくださいね」

「あまり歳上を見くびるなよ?」

「ふふ、楽しみにしておきます……っと、忘れるところでした」


 笑みを浮かべていたミラネアは一転、心配そうな表情を浮かべて俺に聞いた。


「ミトくんが時々常時依頼の狩りをしているようなんです。大丈夫でしょうか?」


 そろそろ活動するだろうとは思っていたが、ミトは一人で行動しているのか。買取の窓口にも誰かが付き添いで来たこともないらしい。マルクに預けてあることはミラネアにも話している。それに孤児院にはカトラもいる。どちらからでも冒険者ギルドでの振る舞いは教わっているはずだ。なのに敢えて一人なのか。

 常時依頼の狩りは種類が多い。マルクと詳しい話をしたわけじゃないが、あいつはランク1の元冒険者だ。無茶なことはさせないとは思うが……様子を見に行ってくるか。

 ミラネアに礼を言って席を立つ。


「それじゃ、ミラネアさん。また今度ね」

「はい、ロゼッタちゃん。次は、ご一緒しましょうね」


 なんで俺の予定を二人が決めるんだ?


————

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


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 次は0時に更新します。

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