第9話 エモータイタン

「パパ! ミトはわたしのものよ。勝手に捨てちゃだめ!」

「捨てるわけないだろ。人聞きの悪いこと言うな。それに、ミトはロゼッタの所有物じゃない」

「僕は所有物でいいですよ。ご主人様にでてもらえるなら満足です」

「リヴェル殿、ここはそんなに危険なところなのですか?」


 好き勝手に言ってくれる。中でもロゼッタは孤児院に対する偏見が酷い。

 確かに、以前は酷い状況だったが、今は違う。寄附金は着服され、孤児院を隠れ蓑にした盗賊による人身売買が横行、もう少し気付くのが遅かったら孤児が全員入れ替わっていたかもしれない。しかし、盗賊は既に排除しているし、院長に就いた人物も信用できる。冒険者ギルドのお墨付きだ。そんな説明をしてもロゼッタは納得せず、カトラを引っ張ってきて俺の前からミトを隠す。自分の小さな身体では隠せないことはわかっているらしい。感情的になってるが冷静なところもある。心配をされているミトは静観の様子だ。

 正直、俺への信頼よりも孤児院に対する不信が勝るとは思っていなかった。どこか、俺の言うことは全て聞くものだと思いこんでいたのかもしれない。

 だが、本当に安心していい。今やこの孤児院は町で一番安全な場所だ。

 キイと扉の軋む音と共に、覆い被さるように人の影が落ちる。


「もし、リヴェル殿。当孤児院に御用ですかな?」

「あぁ、マルクか。悪いな門前で騒がせて。入れてもらっていいか?」

「もちろんです。大したものは御用意できませんが、中でお休みになってください」


 俺の身長を大きく超える禿頭の大男マルクが恭しく出迎えてくれる。

 その大きさはロゼッタが縦に二人、横にも四人は並ぶほどの大きさ。そんな巨体の影にすっぽり収まっているロゼッタとカトラは目を丸くしている。後ろにいたはずのミトも頭上を見上げ、開いた口を閉じられずにいた。

 マルクはランク1の冒険者だったが体力が落ちたこと理由に引退。予てより子供が好きで、この孤児院にも寄附を重ねていた。しかし孤児院の裏の仕事を知り、激怒した彼は俺と共に盗賊を殲滅。その後、この孤児院の院長に就いた。これまでに稼いだ貯蓄を切り崩しながらの孤児院運営だが、寄附をしているのと変わらないと文句も言わずに務めている。


「そういうわけだから、警戒は解いていいぞ。ちょっと強面だが、でっかいから子供には人気だ。まぁ最初はいつも泣かれるらしいがな。不審人物も近寄れなくて泣いてるだろうぜ」

「ワハハハ! 風評は仕方がないが、付け加えようものなら容赦はせんぞ?」

「おい、外面が剥がれているぞ」

「構わん、外の扉は閉めた。それにお前相手に仮面を被っても仕方がないからな」


 こういう性格だ。冒険者ギルドでも人気が高く、ギルド長になってくれと言う話が何度も出たほどだ。今のギルド長も評判が悪いわけじゃないが、人情という面では薄い。どちらかと言うと安定と利益を望むタイプだからな。

 マルクのおかげで小さく見える扉をくぐり、応接間に通され着座を勧められる。院長手ずから香りの良いお茶を用意すると、毒見のように先に飲む。皆も倣うように初めの一口を小さく飲み込んだ。

 カップが戻され、皿と触れる音がカチャリとする。少し大きく響いた音が、呆然としていた者達を正気に戻した。


「す、すみません、ご、ご挨拶が遅れました。わ、わたしはロー……ロゼッタと言います。孤児院、並びに院長に対して失礼な態度を向けてしまい、申し訳ありません」

「フハハハ、構わん構わん。子供は元気なのが一番だ。少し見ていたが、リヴェルから少年を守ろうとする姿、勇敢だったぞ」

「悪者は俺じゃねえよ」

「悪い奴はみんなそう言うんだ。覚えがあるだろう?」

「そうかよ」


 ひと際大きな声で笑われたあと、硬直が解けたようにミトが挨拶を交し、カトラも続いた。

 お互いの挨拶が終わると、ロゼッタの境遇とカトラの立場、そしてミトの居られる場所を探していることを相談した。


「マルク、泣いていたんじゃ話が進まないだろうが」

「だが、な……」


 巨体に対して小さめの頭部は俺と変わらないぐらいだろう。その顔からポロポロと大粒の涙を落とし、声を押し殺し泣いていた。

 大男が話を聞いた程度で泣くなと言いたいが、マルクは同情する余地があれば感情が引っ張られる。そして溢れてしまう。それは個人の性質というわけでもなかった。


「もしかして、マルクさんは情巨人族エモータイタンですか?」

「そう、だ……フゥ、良く知っていたな。仲間を知っているのか?」

「いえ、初めてお会いしました! その、わたしは冒険物語が好きで、巨人族の方が人族に協力して魔神を倒すお話が大好きなんです。岩の巨人、炎の巨人、丘の巨人、水辺の巨人、いろいろな巨人が出てくるなか、エモータイタンだけが人と一緒に泣き、笑い、怒り……でも、他の巨人たちも決して感情を持っていないわけじゃないんです、彼らが感情を表せない代わりに我らエモータイタンが泣くのだと人に説くシーンが特に好きで……えと、あの、今、感激してます!」


 急に立ち上がったロゼッタはマルクに詰め寄らんばかりに興奮し話を続け、やがて尻すぼみになり顔を真っ赤に染めてソファーに戻る。本人は恥ずかしかったのか身を縮こませているが、誰も咎めたりしない。その姿は子供が憧れを目にしたそのもの。そしてそれを魅せられた俺にも懐かしく思うものがあった。

 心が震えたのは俺だけではない。

 両膝を床につけ、身体を起こしたマルクはロゼッタに向けて手を伸ばす。


「オォ、我が神よ。我らに至宝感情を齎せ、発露を赦されたこと至上の悦び。我が一族、我が同胞、言葉を、至宝を持たぬ全ての名代として、我ら情巨人族エモータイタンが総てをこの世に示しましょうぞ!」

「神話の一篇! 最初のエモータイタンが産まれたシーンです! あぁっ! エモータイタン本人の口から聴けるなんて……ありがとうございます!」

「こちらこそだ、ロゼッタ姫。久しく忘れていた感情望郷を思い出させてくれた。これは我ら一族にとって最大の喜びだ、感謝する。何か困ったことがあれば言い給え。全力で支援すると約束しよう!」

「ありがとうございます! でも姫はやめてください。わたしはただの冒険者です」

「では、ロゼッタ嬢。あなたの従者の面倒は責任を持って当孤児院で承ろう。冒険者というならついでに基礎を叩き込んでおく。任せたまえ」


 マルクの手は大きく、指二本でロゼッタの手を握る。そしてそれを覆い被せるように左手を添え、どちらも満足そうに笑みを浮かべていた。

 少し意外だったが、ここまで相性が良いならもっと早くに連れてくれば……いや、ロゼッタは最初から孤児院を拒んでいた。門前での説得にも耳を貸そうとしなかったぐらいだ。今回のように、行き先を隠したままでなければ近寄ろうとしなかったかもしれないな。結果良ければ、というところか。

 それに引き換え、顔を青くしているのはミトだ。巨人の姿に圧され、目を白黒させている場合じゃないぞ。元ランク1が直々に手解きしてくれるなんて、そうそうあることじゃない。しっかり鍛えてもらえ。

 やがて覚悟を決めたミトだったが、巨人族について無知であることが発覚。ロゼッタが巨人について嬉々として講釈を垂れるものだから、用意されたお茶が冷めてしまった。

 しかし全くの無駄ではなかった。横で話を聞いていたカトラが巨人族に興味を持ち、孤児院でマルクの世話になりたいと言い出したからだ。俺としてはミトの身元保証人になった都合上、お目付役に欲しかったこともあり、否はない。カトラは冒険者として得る報酬の一部を寄附することで居場所を確保し、マルクの空いた時間にミト共々訓練を受けることになった。

 そしてある程度基礎と身体ができればミトはロゼッタとパーティを組むことが決まる。俺もロゼッタの育成を急がなければ引退した冒険者に負けるというレッテルを貼られかねない。ちょっとした競争だ。困ったことに一番張り切っているのがマルクなだけに、油断できない。


「ロゼッタ嬢、次に会う機会を楽しみにしている」

「はい。またお話を聞かせてください!」


 ロゼッタがここまで気を許す相手は少ないだろう。ミラネアに対してもまだ全身で喜んでいるという感じもしない。護衛をしていたカトラも親しいながらも距離がある。おまけに一緒に遊ぶ友達もいないしな。


「ロゼッタ、今日は泊まっていってもいいぞ?」


 ふと、楽しかったのならもう少し時間を作ればいい、何気なく口にしたつもりだった。


「ほぅ」


 一瞬で冷酷な目つきが俺に集中する。何故って? ここは孤児院だ。気がつくのが少しばかり遅かった。


「わたしは要らない子なんだ……」

「いや、待て、そうじゃない――」

「リヴェルよ。子供を置いていこうと考えているのなら、少しばかり説法が必要だな。ナァに、数日で治る程度の話しもある。その間は泊まって行っても構わんぞ」

「俺が悪かった! お前の拳は冗談じゃ済まないんだって!」


 拳同士をぶつけ合ってズシンと響くような対話があってたまるものか。

 あの拳でどれだけの魔獣が散っていったか知ってるんだぞ。

 下手なことを言ってしまった詫びに、ロゼッタを一日甘やかすという罰が下された。罰かどうかわからないが、一日で済んだことは感謝しよう。


「やれやれ、酷い目にあった」


 孤児院でミトを残し、カトラとも別れた。周りにいるのは手をしっかり掴むロゼッタだけ。聞いている者は居ないはずだ。


「パパが悪いんだよ。反省しなきゃマルクさんに言いつけるから」

「大丈夫、反省してる。その証拠にロゼッタを避けたりしてないだろ?」


 よりにもよってこの町で一番強いマルクと敵対したいなんて思うはずがない。だからこそ、盗賊退治を持ち掛けたんだしな。他に協力を頼もうにも信用できる実力者に覚えがなかったというのもある。もしあの時のパーティでやろうと思ったら、殲滅は難しかっただろう。何故なら――


「やっぱりいた! 女の敵!」



————

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