第8話 仲間になりなさい

 ベッドの上でシーツに包まった物体が情けない声を上げる。


「今日はギルド行きたくない……」


 昨日からロゼッタはシーツに包まって塞ぎ込んでいる。ミトに言い過ぎたことと、深く落ち込んでいたことを気に病んでいるらしい。嘘をついたのは少年の方だし、それを取り合おうとしなかった大人達が悪い。ロゼッタに非はないと落ち着かせた後、宿に連れて帰ったが、夕食後からシーツに包まって出てこなくなった。今朝になってもまだ尾を引いている。


「ロゼッタ」


 優しく声をかけたつもりだったが、大袈裟なぐらいビクリとシーツが動く。そんな場面ではなかったはずだが、思わず笑い声が出てしまった。そしてシーツがキュッと小さく固まる。


「悪かった……詫びに、今日は俺の失敗談を話してやろう」


 モゾリと動くと、背中向けていたシーツが反対側に回り、膨らみが大きくなる。


「あれは俺が冒険者になったばかりの頃、一人で受けられる依頼に限界を感じて、ギルドで燻っていた三人を誘ってパーティを組もうと考えたんだ」


 馬鹿な俺はどうやったらそいつらの気を引けるか悩んだ。相手は同じランク4になるかどうかといった程度だ。金で誘えば間違いなく来る。だが俺にそんな金はない。次に考えたのは女の子を使うことだった。なんでそんな考えになったのか今でもわからないが、やっぱり馬鹿だったんだろうな。

 十四の頃の話だ。いい匂いのする女の子と一緒に遊べれば楽しかったぐらいで、深い仲だったわけでもない。そこで当時付き合っていた彼女に頼み込んで一人ずつ遊びに連れ出してもらった。もちろん三人にはそれぞれ別々に会って俺のことや、冒険者を褒めるようなことを話してもらう。そして十日ぐらい経った頃、偶然を装って三人と話ができる場を作った。トントン拍子でパーティを結成することになったよ。何度か依頼を受けて成功したり失敗したりもしたが、いつしか気の合う仲間になっていた。それで油断してたんだろうな、彼女のことを話してしまった。俺たち四人はみんなが彼女を好きになっていた。俺のしたことがバレて殴り合ったりもした。それでも言葉を交わした仲間だ。腹を割って話をした。最後は彼女が誰を好きでも認めようということになった。


「それでどうなったの?」


 言葉を止めると、シーツから目を輝かせたロゼッタが顔を出した。サイドテーブルのポットからコップに水を注ぎ、一口含んで喉を潤す。


「……四人で彼女に会いに行ったよ。でもいなかった」

「えっ!?」

「俺たちが依頼で遠出している間に、別の町にいる幼馴染に嫁いでいた」


 俺と付き合っていたのは、プロポーズされたけど結婚するのが不安で、いろんな人に会ってみようと選んだ一人だったらしい。俺のことは三人も紹介してくれてありがとうと、彼女の父親からもお礼を言われたよ。冒険者も大変そうだけど夢がある。支えるなら幼馴染の夢を応援したいって、飛び出していったらしい。


「ふ、ふ、ぅん、そ、れで、パーティは、どうなった、の?」


 おい、笑いが堪えきれてないぞ。


「失恋組としてギルドじゃ有名になったな。あとで聞いたら、ギルドでパーティの斡旋をしてくれたんだ。大変でしたねと当時憧れてた受付嬢に慰められたよ」

「あははははははは」


 本当に笑い話だ。おかげでしばらくは女性不信だぞ。その後にもいろいろあったが、パーティとしては最悪な始まり方だったな。


「パパ、その失恋組さんはどうなったの?」

「ん? まだ続けるか。さすがに笑われっぱなしというのは癪だったからな、拠点を変えた。その移動中に魔獣に襲われた商人を助けたことがあったな。あれは女の子だったか?」


 色んな意味で貴重な体験だった。無事に救出出来た俺は、物語が始まりそうな予感に張り切っていた記憶がある。


「あ、その話はまた今度。しっかり聞きたいから、もうちょっと先で良い?」

「そうか? 構わないが……気分転換にはなったか?」

「うん! ありがとう! パパ、お腹すいたから朝食食べに行こうよ。食べたら、ギルド行こう!」



「昨日は大変無礼な物言いを致しました。申し訳ありません」

「いえ、私……僕も皆さんを騙してしまい、本当に申し訳ありませんでした。ロゼッタさんに言われて目が覚めました。目的をしっかり持たないと、自分も周りも困るだけだと気付かされました。ありがとうございます」


 二人は頭を下げ合って和解した。結局、言葉を吐き出さなければ気持ちの整理はつかないものだ。後になればなるほど、吐き出すのに勇気が必要になる。勢いで解決できるうちは立ち止まらせない方がいい。ミトはギルドの仮眠室を借りて一晩を過ごし、ロゼッタに謝罪したいと言って居残った。そしてこれからのことは考え直すと言う。


「ねぇ、パパは嘘つきは嫌い?」


 嫌いなものか。大好きだぞ。


「ロゼッタ、いいことを教えてやる。冒険者はみんな嘘つきだ。できるかどうかわからない依頼をできると言って受ける。倒せるかどうかわからない魔獣を倒せると言って奮い立たせる。生死の境にある仲間を絶対に助けると言う。そう言えなきゃ冒険者にはなれない。ロゼッタは正直者か? それとも嘘つきか?」

「わたしも大嘘つきになる!」


 キョトンとするミトの前で、ロゼッタは胸を張って手を差し出す。


「ミト、わたしの仲間になりなさい! あなたの本当の目標が何かまだわからないけど、仲間でいる限り、一緒にいてあげる」

「え、でも、僕は冒険者には……」

「平気よ。パパがいるもの。すぐに冒険者にしてくれる。それとも一人でいじけて帰る? 何かがあって家出して来たんでしょ? 満足するものを成し遂げなきゃ、笑われるだけよ」


 差し出された手とロゼッタの顔を何度も往復するように見て、やがてゆっくりと手を握る。


「一つだけいいかな?」

「何かしら?」

「君のことを好きって言ったら受け入れてくれる?」

「パパぐらい強かったら考えてあげてもいいよ」

「そっか、じゃあ頑張るよ」


 ロゼッタは大したもんだ。どん底に落ち込みそうな少年を掬い上げただけでなく、自分に惚れさせるんだからな。だが、その扱いは傍から見れば仲間というより従者だぞ。微笑ましい様子なのに、慌てたように袖を引っ張るミラネアの顔は少し赤くなっていた。


「リヴェルさん、いいんですか? ロゼッタちゃんがあんなこと決めちゃってますけど?」

「なんとなくそうなる気がしてたよ。まぁいいんじゃないか?」

「追加の報酬は出ませんよ? 私に出せるのはお小遣いだけですし」


 ……忘れていた。ロゼッタの指導として指名依頼を受けているが、報酬は一日に銀貨五枚だけだ。食事と宿代を払えば消える程度しかない。ロゼッタは自分の稼ぎがあるが、ミトの分の余裕はない。自分が生活できるぐらいの金は持っているんだろうな?


「それから、ロゼッタちゃんとミトくんを一緒に住まわせるのも問題があると思います。ロゼッタちゃんは私の家で泊めましょうか?」

「子供とはいえ、男女はまずいか。ミラネアはギルドの仕事があるだろ? カトラがこの町にいる間はロゼッタがそっちに行くのはどうだ? ミトは俺が預かることになるが」

「私は別に構いませ――」

「わたしはパパと一緒がいい。カトラはもう帰って良いよ?」

「お、お嬢様……それは……」

「えーと、僕はどこでも構いませんがギルドでは泊まれないんですか?」


 大人三人と子供二人の話し合いはまとまりを見せず――特にロゼッタが俺と離れるのを嫌がった――そのため、まずはミトの冒険者登録を済ませてから考えることになった。



「……こんなにも簡単に冒険者になれるんですね」


 集めてきた薬草と引き換えに手にした冒険者カードは、ランク5が記載された正式なものだ。それをわずか数時間で済ませられたのは、ミトがロゼッタ先輩の話を聞いて指示に従ったからだろう。


「まぁな。子供にとって一番難しいのが身元保証人を見つけることだ。冒険者ランク3以上で、話を聞いてくれる大人を探すのは大変だっただろう?」

「ははは、そうですね。殴られるんじゃないかって内心ビクビクしてました」


 普通の冒険者は断るからな。指導して独立させた後にすぐ行方不明になったら後味が悪すぎる。俺の場合はロゼッタを親元に送り届けるまで……のはずだが、アニスによると数ヶ月の旅程になるらしい。おまけに冒険者をしながらというロゼッタの要望もある。その程度では一人前にはなれないだろうが、二人一緒にいる間は面倒を見てやれるだろう。なんだかカトラの思惑通りになってるのは癪だがな。結局、ミトは元の家に帰るつもりはないらしく、ロゼッタに付いていくことになった。根無し草なのは俺と同じ、そんな話をしていると少し距離が近くなったのか話しかけてくることが増えた。


「リヴェルさんがこの町に長く滞在しているのは、何か理由があるんですか?」

「長いと言っても三年ぐらいか。元々パーティの拠点として寝に戻るだけで、住み着くつもりはなかったんだがな。ここまで長くいるのは久しぶりだ」

「住み心地が良かったんですね」

「まぁな。ちょっと思い出が増えすぎたから、動くのが億劫になってたのかもしれないな」

「なるほど、訪れる人にそう思ってもらえる土地は良いですね」

「領主の勉強か?」

「ええ、僕は独立する予定ですから」


 ミトは昨日の話のまま、嘘だと言った役割を演じている。ギルドではある意味ロゼッタ以上に注目を浴びてしまった。その上、作り上げた身分まで嘘だらけと言うことがバレると相手にされなくなる。主に取引所に座る親父達の心証だな。個室に連れて行かれた傲慢な貴族の子供が心を入れ替えたのは理解されても、立場が変わっているのは不審に思われる、なら貴族的な言動を多少は残しておくべきだ。そう言ったのはカトラだったか。最初の印象よりもずっと頭が働くようだ。今はロゼッタが俺のところに走り出さないよう、手を繋いで後ろに控えている。すぐ会話に参加したがるからな。それもここまでだ。足を止めるとカトラから離れて俺の隣に並ぶ。


「なら、ここは勉強になるだろうな」

「パパ、ここって……」

「孤児院、ですよね」



————

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


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 次は0時に更新します。

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