第7話 家出少年
ロゼッタが転がり込んでから一ヶ月。彼女は採集依頼をこなし、合間には剣を振り続けてきた。装備が整っていないため、魔獣討伐は見送らせたが、代わりに依頼を達成する度に少しずつ防具や道具を揃え、見た目だけは堂々とした駆け出しの冒険者となった。しかし、整えるだけで魔獣に勝てるなら誰も苦労はしない。身に付けた装備の重さに慣れ、ショートソードを振っても身体がぶれなくなる。それがつい昨日のことだ。
「よく頑張ったな、ロゼッタ。これでようやくスタートラインだ」
「うん。本当に長かった……」
「何言ってる、ここで止まったらドラゴンなんて夢のまた夢だぞ」
「違うよ、やっと許可が出たと思って口に出たの。絶対にドラゴンは倒すんだから! それで、今日は何を討伐に行くの? 日帰りならワイルドボア? ビッグフロッグ?」
「最後の確認にビッグフロッグだな。途中で遭遇すればワイルドボアと戦ってもいい。ただし、先に手を出すのは――」
「わかってる。先に攻撃するのは相手がこっちに気づいていない場合だけ。見つかったら横に逃げるか、木に登る」
冒険者についていろいろ教えているうちに、甘えた言葉を使わせないようにさせた。次いで丁寧に話すのは依頼人だけで、俺や他の冒険者と話すときには粗野でも構わないと言い含めた。理由は冒険者は学がない奴が多く、丁寧な言葉を使うだけで見下しているのかと喧嘩を売ってくる。
疑いの目を向けてくるロゼッタだったが、タイミングよく冒険者ギルドに身なりの良い青年が現れた。
青年は見習いの商人のようで、何かの依頼で来たらしい。その様子の何が気に障ったか、年嵩の冒険者が「お高く止まってんじゃねぇ!」と怒鳴っていた。その青年は慣れているらしく、腕力ではなくギルドを巻き込んで事なきを得たが、同じことをロゼッタができるかと聞けば、無理と言って納得した。
それでも譲れないところはあるらしく、
「それじゃ、行こっか。パパ」
本当に楽しそうに手を引かれると、やれやれという言葉しか出なくなる。だが、気分は悪くない。
◇
夕方、泥まみれで冒険者ギルドに帰って来たロゼッタの表情は晴れ晴れとしていた。ギルドの賑わいと温かい光の中で、彼女の笑顔が一層輝いて見えた。目的のビッグフロッグは二匹を討伐できたし、帰りにはワイルドボアと遭遇。土を掘り返して芋を漁っているところを狙った。さすがに苦労していたが最後まで一人で戦い、討伐に成功した。その成果を取引所の窓口に持ち込もうとすると、受付あたりから怒声が響いた。そこには囲むように人が集まり、大人たちに混じって子供の声がする。
「……厄介ごとの気配だな」
「見にいく?」
「詮索好きなところは一端の冒険者だな。先に取引所に出しとけ。人が少ないから早く終わるだろ」
「こういう時でも状況を利用するんだ。さすがだね、パパ」
「いいから、済ませてこい。冒険者カードを忘れるなよ」
「はーい」
チラチラと振り返りながらも取引所の窓口に並ぶと、周りの冒険者や受付嬢の何人かから「おかえり」と声がかけられる。その返事に笑顔で「ただいま!」と返すものだから、今ではちょっとした人気者だ。
「おじさん! 今日もよろしく!」
「おぅ、嬢ちゃん。今日もしっかり走り回ってきたみたいだな。出してみろ」
取引所の窓口で待ち構える親父どもも、ロゼッタが来ると厳しい顔が緩むほどだ。受付嬢から聞いた話だと、誰が担当になるか順番を争っているらしい。今日は頬に傷のあるゲオルドが担当だ。
ロゼッタは魔法鞄からビッグフロッグ二匹とワイルドボアの一頭を取り出し、その大きさに周りの冒険者たちがどよめいた。
「おい、このワイルドボア、ちょっと傷が多いが、もしかして一人で狩ったのか?」
「うん。今日はパパの手伝いなしで一人で仕留めたの。凄いでしょ!」
「こいつは凄いな。中型のボアを一人で狩れるなんて大したもんだ。ここのヘロヘロな傷の分はサービスしておいてやろう」
「もうちょっとサービスしてくれると思ったのになぁ。でも、ありがと。次はもっと綺麗に仕留めてくるね」
ゲオルドの大きな手で頭を撫でられ、頑張れよと言われながらもみくちゃにされる。巨漢の大人相手でも物怖じせず、頑張ると笑みを浮かべ見せれば、厳しい親父たちにも人気ってわけだ。
しかし、昨日まではされるままになっていたロゼッタだったが、今日は違う。
「もう、おしまい! パパから貰ったリボンが取れちゃう」
ロゼッタは、ポカンと動きを止めてしまったゲオルドから逃げるように、テーブルにつく俺の前に椅子を持ってきて座る。そして櫛を差し出して背を向けた。赤みのある金髪の中にひと際目立つ真っ赤なリボン。留めていた位置が変わってしまったそれは、一人で討伐を成功させたお祝いに俺がプレゼントしたものだ。ロゼッタの髪の色に合わせて選んだもので、なかなかに良く似合っている。本当はただ渡すだけのつもりだったが、ワイルドボアまで狩れるとは思わず、今日は特別に付けてやると約束した。確かに今日はまだ終わっていない。こういうところはロゼッタの方が一枚上手だな。
背中まである長い髪をゆっくり梳いていると、ゲオルドが買取金だと言って銀貨七〇枚を持ってきた。喜んで受け取るロゼッタを囲むように集まる冒険者と親父たち。俺がいるにも関わらず、パーティに来ないかと誘う年若い冒険者が現れるが、他の冒険者によって排除される。今のロゼッタがどこかのパーティに入ればトラブルになるのは火を見るより明らかだ。競争相手が多いだけに、勧誘しないという協定があるらしい。声を掛ける度胸は認めるが、最近冒険者になったばかりなんだろうな。
そんな男ばかりの囲いの外から、女性の声が届く。
「ロゼッタお嬢様」
人をかき分けるように声をかけてきたのは、旅団の傭兵をしていたカトラだ。休暇を取ると言っていたが、身体が鈍るからと冒険者登録をしたらしい。過去の経歴も残っており、ランク3の冒険者として手堅く依頼を達成していることを、二回目のデートでようやく教えてもらった。最初に誘った時は、顔を強張らせて冷ややかに断られている。その翌日に謝罪があり、軽食を共にしたが、あまり会話らしきものはなく自己紹介のようなもので終わった。二回目はロゼッタが間に入って会話することができ、それからは偶然でも会うことはなく、今日は少し時間を置いての再会だった。
「カトラ! 久しぶり。元気そうで良かった」
「はい。ありがとうございます。お嬢様の活躍は日々耳にして安心しております」
カトラが現れたことで、周りの大人たちは三々五々に散っていった。俺もリボンを直した後、席を外そうとしたが、ロゼッタが非難めいた目を向けてきたので、仕方なく座り直すことにした。
しかしロゼッタの前に現れたのはカトラだけではなかった。
「リヴェルさん、ご相談があります」
ミラネアからも声がかけられる。その後ろには、真新しい装備を身に着けた少年が付き従っていた。
◇
「断る」
ロゼッタと共に個室に案内され、ミラネアから聞かされた話に呆れる。
「どうしても駄目でしょうか? 私は自らの証を立てたいのです。冒険者登録には年齢が満たない事は、申し訳ありません勉強不足でした。ですが、今この時しかないのです。私には――」
要するに、貴族の次男だか三男だかの坊っちゃんは、長兄が後を継ぐと得られる領地が少なく、開拓を申し出た。しかし、彼の年齢では信用されるはずもなく、実績を積むために冒険者としての名を上げたいというのだ。男として立身出世に夢を持つのは理解できる。しかし、「そこの女冒険者殿、私に指導してもらえないだろうか」と言ったのはまずかった。
「あー……そういうことかー」
ロゼッタにも何が悪かったのか理解できたらしい。女冒険者殿とはもちろん、カトラのことだ。彼女はこの土地に来たのは一ヶ月前。指導よりも地理については旅行者と変わらない程度だ。狩り場や安全地帯などを知っていても、活用するまでには時間がかかる。カトラは当然のごとく断った。すると「そこのあなた」、「そこの冒険者殿」と続けざまに言うものだから、ふざけるなと怒鳴られていたらしい。おまけに礼儀正しく折り目正しい態度を取ると、もともとが粗野な冒険者にはむず痒い。劣等感、いや嫌悪を感じることもあるほどだ。
「ミラネア、これは受付の仕事だろ?」
「ええと、はい……そうなんですけど……」
「申し訳ありません、リヴェル殿。子供を見放すのは心苦しく、私からもお願いできないでしょうか」
これまでカトラとは短い会話しかなく、性格の全て知っているわけじゃない。それでもロゼッタをこの町まで連れてきたことから、子供の面倒を見るのには思うところがあるのだろう。だが、俺が引き受ける理由にはならない。ロゼッタみたいに半分脅迫じみたこともなければ、特段のメリットがあるわけでもないからな。
そのロゼッタは綺麗な姿勢で座り、傾げていた首を正した。彼女の顔つきが変わったことに気づいた俺は、その瞬間に感じた予感が的中することを知った。
「私はロゼッタと言います。もう少し詳しくお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「おぉ、失礼しました。ロゼッタ嬢。私はミトと申します。どうぞご質問ください」
「ありがとうございます。家名を伏せておられるので詮索は控えますが、領地の開拓における信用が問題だとおっしゃられました。それはこの近隣のお話でしょうか。それとも遠方からこの地に来られてまで、冒険者の名を欲しておられるのですか。また、領地に知れ渡るまではどの程度の期間を要し、また、どれほどの高名を期待されてのことでしょうか。仮に指導を受けられたとしても、わずかな間でしょう。ましてや十四歳になれば一人前と見られ、その後は保証人の名を借りることもできず、お一人で道を進むことになります。目指される指標として、何か信念をお持ちでしょうか。また、何を持って達成とされる予定であるのか――」
「ロゼッタ、もういい」
「パパッ!?」
ロゼッタの話す言葉に、最初は落ち着いて聞いていたミトは少しずつ表情を崩していく。顔色を青く、白くに変え、ヒクヒクと動く頬を庇うように俯いていく。姿勢を正したままのロゼッタと比べるとどちらが貴族子女なのかわからないぐらいだ。俺や他の大人たちは受け入れを考えもしなければ、理解そのものを放棄している。それが大人の処世術だからだ。しかし、ロゼッタだけは理解を示し、空虚なミトに怒りを見せた。
「ミト、正直に話せ。誰も叱ったりしない」
ぽつりぽつりと呟くように吐き出される言葉は、これまで話してきたことが嘘だというものだった。領地についても、開拓についても、そして貴族子息、そのどれもに疑いが向けられる。
最後に何かをこらえるように絞り出された言葉が、
「……家出してきました」
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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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