幕間2 侯爵夫人と子爵令嬢

 ふふふ、今日は三日ぶりにエッタとの報告会。でも、カトリーナからは報告が届かないから一方的に受けるだけ。それでも、大事な情報共有の仲間だから、五日置きに呼んでくれることになっている。今日は特別ね。


 子供達のお世話が終わったあとの自由時間は明日の準備をする。フワつく気持ちを抑えながら荷物を片付ける。

 私だってお嬢様の様子はとっても気になってる。前々回は苦労しながらも大蛙の魔獣を倒したと聞いてドキドキした。危なくなったら、英雄様がスルリと無力化、お嬢様は「一人でできるのに!」と言ってむくれながら倒したそう。この数年では見られなくなった顔を思い浮かべると、思わず頬が緩んでしまう。

 前回は遂にお嬢様が一人で大蛙を倒しました。それも二匹! 満面の笑みを浮かべているのが想像できます。なのに、それなのに……! 帰りで見つけた大猪の魔獣まで倒してしまう! 英雄様は見ていただけだったそうで、でも頑張ったご褒美に真っ赤なリボンをプレゼントしてくれた。それだけじゃなくて英雄様の手で付けて、似合ってる可愛いと言ってくれたんですって。素敵ですねぇ。冒険者ギルドでは自慢したお嬢様がもみくちゃにされ、英雄様に髪を梳かしてもらって、またリボンを付け直してもらったなんて……とっても羨ま……素敵なお話でした。

 今日はどんなお話が聞けるのか今から楽しみです。


「レナ」

「遅くなってごめんなさい、エッタ」


 本当はすぐに来られたのだけど、私の仕事は子供達のお相手。すぐに来てはいけないことになっています。身支度を整えるのは別の侍女。ですがこのような時間には不在になります。そんな当主様を慰められて来られた奥様に、すぐに会いに来ることはできません。少し落ち着いてから来るように言われています。


 今も汗ばんだ首筋に髪が張り付き、肌が見えそうなほど薄い夜着からは上下する胸に合わせ熱気が漂う。そして離れていても仄かに匂い立つような汗、女性としての色気がすっごいの!

 ……最近は少し浮かれすぎですね。でも仕方がありません。エッタに結婚相手を紹介してもらう話が楽しみでしょうがないんです。私もいつかこんな格好で……


「今日は幾つか重要な事があったの。何からお話しましょうか……」

「お疲れでしょ、話しやすい事からにしましょう。お嬢様は元気?」

「そうね、とっても頑張ってるわ。先日は大猪だったけど、次は森林狼みたい。四頭から六頭ぐらいの群れで襲ってくる魔獣ね。今回は六頭だったそうよ。二人でそんなに多い数と戦うなんてびっくりしたわ。最初はあの方が四頭を抑えているうちにローザリアが素早く動いて一頭を倒すの。でもすぐに次の狼が襲ってくるのよ。大きく動いても狼も素早いから逃げられない。小柄なローザリアは飛びかかってきた狼の首にしがみついて、剣を突き刺し倒してしまうの。でも、終わらない。まだたったの二頭しか倒してないの。どうしましょう、あの方が抑えているうちの二頭が離れていく。それは罠。追いかけてしまえば二頭と二頭が一度に襲いかかってくる。あの方は抑えていた二頭のうち、片方に大振りの攻撃を仕掛けた。そうするとどうなると思う? 狼は二手に分かれるの。あの方の背中を狙ってね。もうわかったでしょう? ローザリアはあの方の後ろを狙った一頭を切り裂いた。そして勢いづいたまま飛び上がって、もう一頭の背中に乗ってしまったそうよ。可笑しいわよね。あの子、乗馬もできないのに、狼には跨がれるの。ふふふふ、それからは振り落とされないようにして、しっかり倒したのね。そうそう、離れて行った二頭も襲ってきたの。狼は群れを大事にする獣だから本能みたいなものなのでしょうね。でもね、ローザリアったらあの人の剣を受け取って素早く二頭を倒してしまうの。ほとんど同時によ。それを成し得たのは私が用意した剣! あの剣をあの方が、私の娘が使ってくれる。なんて素晴らしいの! 私も目の前で見たかったわ」


 ふぅ、と息を吐き、冷たい果実水で喉を潤していくエッタは、艶かしさの中に興奮が存在している。私も釣られるように胸が高鳴ってしまう。

 ご相伴に預かり、果実水で温まりすぎた胸と頭を冷やす。それにしても、今回はいつにもまして精緻な描写ですね。毎回どうやって情報を集めているのか聞いてるけど、教えてくれません。エッタは侯爵夫人なんかより、王宮に勤めたほうがいいんじゃないですか? そう言ったら、「英雄様は王都が嫌いだから私も嫌い」と返されるんですよ。いいんですかね、貴族の御婦人様?


「それでね、ここからが悩んでるの」

「悩むこと……英雄様がお金持っていないってこと?」


 英雄様の欠点とも言える散財。だけどそれは寂しさを埋めるものだったり、人助けだったり様々だ。これまでエッタから英雄様についてたくさん聞かされたから、私の中にも英雄様が棲み着いてしまった。おかげでなんとかしてあげたいって思ってしまう。


「ええ。あの方は贈り物をしても受け取ってくださらない。だと思った貴族たちがしつこくするものだから、あの方は王都には近寄らなくなってしまったのよ。おかげで会う機会を失ったわ。本当に自分の事しか考えない人達ばかりなんだから」


 ……貴族ってそういう人が多いですものね。

 エッタの話ではお嬢様の武器を新しくするのに鍛冶屋に依頼したそう。そこまでは問題なし。親としては全額負担どころか、実物を用意しても良かったが、受け取ってもらえないだろうと悩んでいる。ローザリア様は家出中ですものね。


「その鍛冶屋は不足しているものとかないの? 薪とか石炭とか」

「よくは使うでしょうけど、あまり多く送っても邪魔になってしまうでしょう?」


 どれだけの量を考えてるんだ、この箱入りお嬢様は。侯爵家なんですから、多少の実態はご存知でしょう。まぁでも、金貨百枚分の石炭とか用意されても、置く場所は……無理でしょうね。どうせ白金貨十枚ぐらい出したいとか思っているんでしょう。戦争準備かって思われますよ。


「だったら、人手の派遣とかはどう? 一年分ぐらいの給金を先に払っておけば、鍛冶屋の負担なしで働いてくれそうだけど」

「レナ、そんな純真なお嬢様みたいな事を言わないで。給金を先に渡したら、行方不明になってしまうわ」

「えっ!?」


 給金を受け取った人はそのまま身を隠すか、お金を取られて生死不明になるか、どちらにしてもろくでもない。あぁ、なんて世の中なんでしょう。

 私もお嬢様でした。子爵家ですけど。


「まぁでも、レナの案はとってもいいわね。その両方にしましょう」

「両方?」

「ええ、鍛冶に関わる物価を下げてしまいましょう。消耗品を扱う商会には助成金を出します。それなら不思議がっても負担が減っていたという状況を受け入れるしかありません。あとは鍛冶師の性質次第ですが、悪いことにはならないでしょう」

「それはまた、随分……」


 影響範囲が広い。いくらお金があっても足りない気がするんだけど。私の案で侯爵家が傾かないわよね? 決めるのはエッタだから、私の責任じゃないわよ。


「大丈夫よ。その程度で傾くほど侯爵家は弱くはないわ。それにあの人とローザリアがいる町はエンバーハイツ。ブランディノワール侯爵領を越えてホーエンシュタイン伯爵領の先、ブレイズ子爵領にある町。そこの特産である火蜥蜴の素材が今、入手が困難になっているの。それを欲しがっている貴族がいるのよ。だからそれに便乗するわ」

「?? その貴族が欲しがっているのは火蜥蜴の素材で、エッタがやろうとしているのは鍛冶の物価を下げること。どうやったら繋がるの?」

「ふふふ、その伯爵様はね、どーしても素材が欲しいから、その町の冒険者ギルドに直接依頼をしてるの。でも武器や防具、消耗品が多く必要だから冒険者は率先して動いていない。だったら次は武器や防具の値段を下げて充実させよう。消耗品も手に入りやすくなればいい。それならば貴族として――」

「なるほど、そこでお金を出すんだ」

「そうよ。でもこれからが大事よ。その貴族はまだそこまで動いてないの」

「それじゃエッタはその貴族に出資するの?」

「そんな事をしたら私が動いてるってバレちゃうじゃない」


 誰に?


「エンバーハイツはブレイズ子爵領にあるの。その近くにある子爵領に知り合いとかいないかしら?」

「なんでわざわざ子爵……? でも、そうね……あ、ブレイズ子爵ってうちの二つ隣じゃない!」

「ふふふふ、偶然ね。うちの実家からも近いのよ」


 親戚だもの。領地が近いのは当たり前……だけど、なんで子爵領? 伯爵領からも近いなら子爵領関係なくない?

 それと、エッタがどうして英雄様の情報を速く、正確に手に入れてるのかわかったわ。侯爵家で待ってた私が馬鹿みたい。私も実家からカトリーナに連絡して情報をもらうようにしなきゃ。


「だから、これはレナに仕事を任せたいの」

「結論が早すぎ! 途中! もうちょっと説明しなさいよ!」


 途中まで話して後は任せようとするの、エッタの悪い癖よ!

 エッタの話をまとめると、私は実家までの運び屋だ。それも大金の。私の実家であるモンパルナス子爵家を使って、ブレイズ子爵家にお金を運ぶ。

 そのお金はある貴族様から預かったもの、名前は聞いてくれるな。目的は火蜥蜴の素材が欲しい、ちゃんと冒険者ギルドを通した取引をする。だから冒険者の背中を押せるように鍛冶の品や消耗品を量産して欲しいと頼み込む。期間は一月、それだけあれば挑んでくれる冒険者はいるはずだ。入手ができなければ、また頼むかもしれない。少しは町の発展にも役立つだろう。うまく活気づけば、商人の出入りも増え、他の貴族も利益に群がってくるかもしれない。そう言ってブレイズ子爵を説き伏せる。

 エッタの実家、ヴィンターフェルト伯爵家を使わないのは、伯爵家が欲しがる素材ではなく、また、指示を与えられるような高位貴族は近隣に侯爵家しかいないため。動くのが子爵家なら、指示を出したのは伯爵家かもしれないと特定されにくくするそうだ。最初に出た火蜥蜴の素材を欲しがっている貴族も伯爵様なので、都合よく勘違いしてもらえばいいなって、首を傾げて可愛くお願いされた。蠱惑的な格好した四人の子持ち三〇歳の奥様に。脚を組み替えても、誘惑されないわよ。


「でもうちの実家使ったら、ヴィンターフェルト家と繋がってるのすぐにバレるんじゃない? それに大金出せるのは伯爵じゃなく、侯爵って辿り着くんじゃないの?」

「そうね。そこは頑張ってもらいたいところだけど、もう一つ子爵家を挟んでもいいわ」

「いいの?」

「辿りにくくはなるでしょうけど……モンパルナス家に渡す手間賃が減るわね」

「!?」


 モンパルナス子爵家だけで終わらせられるなら、手間賃は独り占めだ。だけど一つ挟めばその分、割合が減る。火の粉(?)が来ないよう、もう一つ挟めば更に減る。子爵とは言え貴族、銀貨で動いてくれなんて言えるわけがない。

 恐る恐る私の駄賃を聞くと、金貨一枚。ぶるりと震えて叫びそうになった。危ない危ない。でも他の子爵を挟むなら仲介してくれる人にも手間賃を払う必要がある。そのお金は私の金貨一枚から出さないといけない……


「よかったわ。レナがいてくれて」

「お駄賃がなけりゃ、こんな面倒なことしないわ」

「こういうことをするのが貴族でしょ?」

「それは当主様のお仕事でしょ!」


 まぁお小遣いができたからいいわ。それで次に実家へ帰る予定は……


「明日じゃない!」

「そうみたいね。朝には用意しておくわ。子爵の説得は急いでね」


 報告会が今日になった理由もそれだった。

 なんだかうまく使われてるなぁ。


「それじゃ、私はそろそろ部屋に戻る。今日は疲れたわ」

「あら、そう? まだ二つあったんだけど?」

「んー……せっかくだから、ちょっと聞く。お嬢様がなにかしでかしちゃった?」


 少しぬるくなった果実水を喉に通すと、ちょっと落ち着いた。

 エッタは困ったような顔をしてるけど、私の方が大変なんだぞ。

 でも、なんでエッタの仕事手伝うことになったんだっけ?

 あぁ、そうだ。私、エッタに結婚相手を……


「あの方とカトリーナが付き合うことになったみたい。カトリーナったら、すっかり夢中になってるそうよ。困ったわね」

「はぁ!?」


 あまりに驚いてしまい、その後に話されたお嬢様が巻き込まれたトラブルについては、まったく記憶に残っていなかった。



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 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


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