第6話 本当のお祝い
「改めて、冒険者登録おめでとうございます、ロゼッタさん」
「ありがとうございます、ミラネアさん」
日中は忙しいミラネアも、夕食なら参加すると言って仕事を終えてから食事処に集まった。ミラネアも来るなら少し洒落たところにしようと言ったが、言いくるめられて通い慣れた場所になった。懐事情を知られているのはやっかいなもんだ。
「ロゼッタ、どうした?」
その主役は祝われているのに、何か納得できていない顔をしている。確かに、受付でも言葉をもらって、冒険者カードも受け取った。既に十分だと思ったのだろう。ミラネアもその様子はわかっているらしく、笑みを浮かべて説明した。
「実は、冒険者登録って、一回で受かる人は少ないんですよ」
簡単な薬草採集も乱雑に二十束を集めてきて、報酬が減額されたと不満を言う。採取の方法を十分説明されたにもかかわらずだ。それだけならまだしも、喧嘩腰で狼藉を働こうとして不合格になる。冒険者カードを所有するまでは冒険者じゃない。仮カードで冒険者になったつもりでいる彼らはもう一度やり直しになる。そういった手合は仮カードに八つ当たりすることが多く、故意に破損や紛失をする。そして報酬すらも受け取れなくなる。冒険者未満を見極めるのが受付の、仮カードの役割なんだそうだ。
「未成年がひとりで受けられないのも、そういう理由ですか?」
「そうです。話を理解できない、自分の事しか考えていない方が冒険者に登録されて困るのはギルドですし、依頼人ですし、本当に困っている人々です。家出同然で村から出てくる力自慢の方は結構多いんですよ。文字を読み書きできないだけでなく、まともに話ができなければどうしようもありません」
ロゼッタからすると驚くところだろう。自分は言われたとおりにしただけで冒険者になれた。それすらできない奴らが多いというミラネアの言葉に二の句が継げないでいた。
「冒険者になってからも、問題がある人が結構多いんです」
最初は依頼や話を聞く事が当たり前だと思っていても、依頼に慣れ始めるとおざなりになったり、依頼を横取りして報酬を求めるようになる人もいる。そういった態度や実績を勘案してランク制度が作られている。最近ではランク5から4になるには数年かかることが多くなってきたそうだ。ランク3以上がベテランと言われるのも頷ける話だ。
「だから、ロゼッタさんが一回で合格できたのはすごいことなんですよ」
なるほどと納得したロゼッタは、ついでとばかり俺からの祝いの言葉をねだったり、ミラネアの受付嬢としての話や愚痴を聞きながら夕食は楽しいものとなった。話題の中には今日の露店巡りやシルキーの話も出て盛り上がり、二人は随分と仲良くなっていた。その証拠に――
「ロゼッタちゃん、それは本当?」
「そうですよ! パパが果物屋さんにデレデレしてました」
酒が入ったミラネアは同じ話を何度も聞き返して非難めいた目を向けてくる。それを面白がってロゼッタは同調して煽るから困ったものだ。
「ロゼッタ、そろそろ止めとけ。ミラネアも正気を失ってる場合じゃないだろ」
「はーい」
「そ、そうでした!」
座り直して大人しくジュースを飲むロゼッタと対照的に、ミラネアはグラスに残っていた水を一気に飲み干してふぅと呼気を吐き出す。そしてテーブルの上を片付けると、自前の魔法鞄から鞘に納まったショートソードと小さな鞄を取り出した。
「これって……」
見覚えがあるはずだろう。昼間に訪ねた武器屋で良さそうだと手に持たせたもの。後から来るミラネアに受け取りに行ってもらったものだ。小さな鞄の中からは硬質な植物の筒が四本、二枚貝を模した器が一つ。
「これはリヴェルさんから頼まれていたショートソードです。私からはお試しのポーションと塗り薬ですね。頑張って作ったので、市販のものよりちょっとだけ効果が高いはずです」
「こっちが本当のお祝いだな。ロゼッタなら扱えるはずだ」
ショートソードを手にしたロゼッタは驚きで目を見開き、フラフラと歩いてきて俺の胸にしがみついた。
「……ありがとう」
「どういたしましてだ。明日からは身体を作りながら依頼をこなしていく。甘えられるのも今日までだぞ」
「……うん」
くしゃくしゃと頭を撫でると首を振って払いのけられ、顔を見せないままミラネアの元に向かう。
「ミラネアさん、ありがとう」
「どういたしまして。困ったことがあればいつでも相談してね。でも、追加のポーションは有料だからね?」
「もちろん!」
ミラネアはロゼッタを抱き締め、乱れた髪を梳くように撫でる。それからは元気を取り戻したロゼッタが話をねだり、ポーションの作り方、錬金術師になるにはどうしたらいいかと、ミラネアを困らせたりしているうちに夜も更けていった。
「リヴェルさん、ロゼッタちゃんは私が預かりましょうか?」
「本当ならそうしたいが、本人が納得するかどうかだな。手に負えなくなったら頼むかもしれない。その時は任せる」
うとうとし始めたロゼッタを背負うと、すぐに寝息を立て始めた。今日は随分とはしゃいでいたように見えたから、疲れもあったんだろう。こんな小さな身体で魔獣と戦えるのかと不安は残っている。俺と居られるなら母親と再会するのは遅れてもかまわない、冒険者になって冒険がしたいと酒場でも話していた。俺としても父親になって欲しいと言われるぐらいなら、冒険者の指導をする方が慣れている。その言葉に甘えて俺は逃げているのかもしれないな。
「わかりました。リヴェルさんまでは心を開いてくれてませんしね。もう少し仲良くなれるように頑張ります」
ほらな、ミラネアの方がよっぽど立派だ。
◇
翌朝、再びロゼッタがベッドに潜り込んでいたが、もう慣れたものだ。今日の俺に寝不足はない。気持ちよさそうな寝坊助の額を二度ほど押し込むと首が反り返り、しかめっ面をしたあと、ぱっちりと目を開けた。
「人のベッドに潜り込む癖は早めに直したほうが良いぞ」
「んーなんか、狭い所って落ち着く気がしない?」
「防御しやすいからな」
うーんと大きく伸びをすると、手櫛で前髪を直してにっこりと微笑む。
「おはよ、パパ」
「おはよう、ロゼッタ」
朝食の前に宿の中庭を借りてショートソードを振らせてみる。小さなロゼッタに大人向けのショートソードでは手に余るのか、身体がブレる。寝起きで全身に力が入ってないだけかもしれないが、その程度で崩れるようでは身体ができていない。
百回。素振りの様子を見たが、まだ駄目そうだったので朝の鍛錬は一旦終了。部屋で汗を拭わせている間に朝食の手配を頼んでおいた。
部屋へと続く階段から小気味よくタンタンタンと音がする。降りてきたロゼッタの顔は、不甲斐ない自分に拗ねているかと思ったが、変わらず笑みのままだ。ただ、スプーンを持つ手が震えているのは自分でも理解しているみたいだな。
「ショートソードは重かったか?」
「重いけど、これが使えないと戦えないし。それに武器が折れて他の人に借りるってなった時、軽い武器があるとは限らないでしょ?」
「物語の読み過ぎだな。そんなに連戦になる想定しても仕方ないだろ」
どれだけ過酷な戦場を意識してるんだか。
「だったら、パパは武器を折ったことがないの?」
言ってから後悔した。俺に金がない理由の一つだ。他の前衛職と比べて、俺の戦い方は武器の破損率が高い。一月に何本駄目にするかわかったもんじゃない。破損の心配しなくていい竜牙剣がなければ、今でも毎日狩りに行っていたかもしれないな。ショートソードなんてもう何年も持ってない。ここらで生活するぐらいなら竜牙剣一本で十分だからな。
そんな少しの後悔を思い返している俺に、ニコニコとして話を聞く体制のロゼッタがいる。目の前の皿にはまだスープやパンが半分以上残っているが、手は両膝に乗せている。どれだけ集中して聞くつもりだよ。
「腹いっぱいなら、俺が食ってやる」
「あっ! これはわたしの分! パパはさっき食べてたでしょ!」
「まあな。でも、ロゼッタが残したらもったいないだろう?」
「大丈夫! 全部食べるから!」
残念ながら強奪には失敗したが、無駄話をすることは避けられた。あからさまだっただけにロゼッタを拗ねさせたが、ちゃんと武器が振れるようになったら剣技を教えてやると言えば、笑顔になって食事を再開した。「すぐ食べ終わるから、ちょっと待ってて」と言うが、それでも丁寧に食べるんだよな。
食事の後は冒険者ギルドに寄って、今日の
ギルドを後にしようとすると、ロゼッタに服の端を引っ張られる。
「ねぇパパ、今日は依頼受けないの?」
「今日は受けない。これからロゼッタの体力を見つつ素振りの回数を増やしていく。無理がなければ依頼を受けるって感じになりそうだな」
「今からでも素振りをやったほうがいい?」
「飯のすぐ後は俺でもしんどい。安心しろ、あとでたっぷり振らせてやる」
ロゼッタは嫌がる素振りを全くみせず、それどころか早く帰りたいのか俺の腕を取って先に進もうとする。ただ、その行動はすぐに止まることになる。
「あ、カトラ!」
ロゼッタの視線の先に、旅団の女傭兵がいた。ドアを押し開け、こちらに向かってくる様子だと、受付に用事があるんだろう。すれ違うのに無視するわけにもいかないか。ずっと睨むような目つきだしな。
「旅団の……カトラ」
「こんにちは、お嬢様。それと……リヴェル殿。なにか御用でしょうか?」
呼び止めたものの、信用されていないのがありありと映る。ロゼッタの肩を軽く叩いて手を離させると、少しだけ目から威圧が下がった気がする。
言葉を返さない俺を少し見て、ロゼッタを見る。そんな彼女の一歩前に出て、手を差し出した。
「カトラ、デートしないか?」
「えっ?」
「え?」
「えぇっ!?」
————
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