第5話 休日
「はい。今日のお小遣いです」
「いや、報酬って言えよ」
ロゼッタと一緒に俺にも報酬が渡される。指名依頼の報酬だが、前金で支払われるのではなく日払いだ。理由を聞くと、俺が無駄遣いするからだそうだ。カリーナのやつめ、余計なことを。
それでも定期的な収入があるのは気楽なもので、この金を使い切っても明日も同じだけもらえる。そう思えるだけで随分と心に余裕ができる。
ミラネアは報酬を自分が直接渡すと言い、手のひらに一枚ずつ銀貨が乗せられた。最後の一枚を渡す時に、『落とさないようにね』と笑顔で手を包まれた。俺は子供かよ。
「ロゼッタ、今日はどうしたい?」
「ドラ……ワイバーン狩り見たい!」
「そんな依頼はないし、あっても行かないぞ」
ロゼッタは本当にドラゴンが好きだな。
ワイバーン狩りは中位の依頼だが、時期によっては高額な報酬が出ることもある。稀にドラゴンの縄張りに巣を作るものだから、若くて気性の荒いドラゴンに邪魔をされる。遠くに鳥獣が飛び立ち、低くワイバーンが飛んで来るのが見えたら身を隠せというのが冒険者のお決まりだ。冒険者を利用することを覚えたワイバーンはドラゴンを人に擦り付ける。寄ってくるワイバーンを迎撃しようとしたら、その後ろにドラゴンがいた、なんて話は顔が青ざめる程度で済むわけがない。だからこそ、被害を拡大しないためにワイバーン狩りという依頼があるわけだが。昨日その話をした時、ロゼッタは目を輝かせていた。いつか自分で倒したいらしい。絶対に行かないからな。
もう一度「行かない」と念押ししてからロゼッタの頭を撫でると、彼女は興味を冒険者カードに戻した。
報酬と共に新しく受け取った冒険者カードにはロゼッタの名前と冒険者ランク5が記載されている。アピールする職種や技能、実績があれば追記していくが、特に事情がなければそれは任意のもの。今はこれからの活躍を期待させるような真新しいカードだ。それを興味深そうに繰り返し眺めていた。
仮のカードは問題なく返却できたので、登録料の銀貨五枚を払っても報酬の銀貨は二枚残っている。まだ午前中だが、今日ぐらいは構わないだろう。
「今日は休みにして、町を案内するか?」
「行く!」
「行きます!」
果物が幾つも連なった串を小さく齧ると、ロゼッタの纏う甘い香りが強くなる。先に一本を食べ終わり、これは先ほどまで俺の分だった二本目だ。さっきまでは少し距離を取られていたが、今はロゼッタから手を繋いで歩いている。どうやら甘い果実は喉元から不機嫌を過ぎ去らせてくれたらしい。
ロゼッタは初めての報酬を手に、露店で子供達と騒がしく買い物を楽しんでいた。その子供達は早朝に出会ったディン達だ。果物箱を運んでいる姿を見つけて声をかけると、薬草採集で見覚えのある男の子以外に、ロゼッタを見たがって女の子達も集まってきた。
集まった子供達に、ロゼッタは朝のお礼だと言って果物が刺さっている串をご馳走した。もちろん女の子にもだ。まったく、誰かに似た大盤振る舞いだな。子供達は大いに喜んでくれ、冒険者になったことを祝ってくれた。
ここからが余計なことだったかもしれない。一部始終を見ていた果物露店の姉さんは、全員分としてロゼッタから銀貨一枚を受け取り、俺は場所代として銀貨一枚を追加した。姉さんは笑いながらとびっきりのウインクと一緒に、大振りに切り分けられた果実が連なった串を一本渡された。
子供達は「不公平だ」と文句を言い、ロゼッタからはジト目で見られたというわけだ。
露店と騒がしい子供達から別れたあとは、武器や防具の店をまわり、趣のある扉を持つ魔道具屋の前で足を止めた。
「パパ、ミラネアさんって、錬金術師だったんだね」
「冒険者ギルドで受付をする傍ら、ポーションや塗り薬を作っている。自分の店を持つまでは雇われてるって言ってたな。道具も揃ってるし、実績と経験を重ねるには良い環境らしい」
ミラネアも来たがったが、朝の忙しい受付から離れられるはずもなく、おまけに受付の主任が来て話が長いと叱られていた。普段は真面目な受付嬢だが、自分の好きな話になると止まらない女の子でもある。そのおかげで錬金術で使用する素材について詳しくなったのだから、一緒に食事をしたのも悪くない経験だった。
冒険者ギルドには錬金術師や鍛冶師、魔法使いが常駐している。時々姿を消す情報屋もいて、普段見かけない実力者も所属している。彼らの人数は公表されていないので、知ることはできない。彼らを安価に利用できることがギルドに加入するメリットであり、また内実が見透かされるというデメリットもある。ある程度慣れて冒険者のランクが上がると、秘密にしておきたいことも増える。そういう時にはギルド以外の店を利用する。
「ここがそうなの?」
「そうだ。消耗品はミラネアに頼めば良いが、アクセサリーはこっちの方が良いだろう」
冒険者ランク5になったお祝いになにか欲しいものがあるかと聞けば、お店で選びたいと言うので顔馴染みの店に連れてくることにした。始めは俺が決めてプレゼントすればいいかと思ったんだが、子供が何を欲しがるのかわからん。
日に焼けた扉をギイと押し開けると、店の中には誰もおらず、商品も並んでいない。唯一カウンターに呼び鈴が一つ、他には何もない、がらんとしたものだった。
「パパ、誰もいないよ。お休みじゃない?」
「安心しろ。こういう店は変な趣向が多いんだ。そこの呼び鈴を鳴らしてみろ」
「はーい」
ロゼッタは手より少しばかり大きな呼び鈴を小さな指で摘んでゆっくりと揺らす。優しく振る動作に合わせるように、チリチリリンと音が響く。すると、日の明かりしかなかった室内が白く明るいものに変わる。まるで日陰から日向に出てきたような、そんな劇的な変化だ。それだけでなく、今まで見えなかった装身具やキャンドルが壁一面に姿を現した。
「ふわぁ!? すごい! なにこれ!?」
「認識阻害の魔法が店全体にかかっている。その呼び鈴は解除するためのものだな。来客を知らせるのはついでみたいなもんだ。ほら、来たぞ」
部屋の中央部に滲み出てくるように生まれた白い光が少しずつ大きくなっていく。その光の中心部から、白い髪、白い衣をまとった幼女が顔を覗かせる。そしてキョロキョロと見回すと、ロゼッタを見つけてニコリと微笑んだ。
「これはこれは可愛らしいお客さま! 魔道具屋シルキーにようこそお越しくださいました! 看板娘のシルキーといいます。何かお探しのものはありますか? なければご用意いたします。なんなりとお申し付けくださいませ」
「初めまして、ロゼッタです! アクセサリーを見に来ました。えっと、シルキーさんは妖精さん……ですか?」
「はい、ロゼッタさま。シルキーは家妖精のシルキーです。どうぞお見知りおきください」
目をキラキラと輝かせてシルキーと対面するロゼッタは、さっきよりもずっと幼く見える。家妖精は数が少なく珍しい、おまけに棲み着いた家から離れることがないからな。その希少性でありがたがられるが……少しばかり変わった妖精だが、話好きなロゼッタにはいい相手だろう。ただ放っておくと、何を買わされるかわかったもんじゃない。今もビッグフロッグを模した<お家にかえるくん>にロゼッタと一緒に潜り込んでいる。あれは天幕兼動ける寝袋だぞ。必要ないだろ。
「家妖精、レスティはいるか?」
フラッと室内全体の光が揺れたような感覚の後、シルキーの纏う衣の白さが僅かに翳る。
「……なんだ、買い物しないリヴェルさんじゃないですか。お客さまが来ているんです。わたしは忙しいんです。後にしてください。いえ、出直してきてください。三日後ぐらいでどうですか。来ることも忘れてくれるともっといいです」
「相変わらず口の悪い家妖精だな。ロゼッタを連れて帰るぞ」
「ご主人さまに用事なら先に言ってください。ロゼッタさま、申し訳ありません。ご主人さまをご紹介します。少しだけお待ちください」
よほど俺と話をしたくないのか、言葉が消えると同時にシルキーも姿を消した。普通に歩けるくせにそんなことばかりしてたら幽霊と変わらないって言ってから、悪態をつくようになったんだよなあいつ。
「パパ、シルキーさんと喧嘩?」
「いや、相性が悪いだけだ。それから家妖精は呼び捨ての方が良いぞ。あいつは使役されることに喜びを感じるからな。だから買い物をしない俺が来ると不貞腐れる」
「わかってるなら買い物してください。はたらかないと喜びをもらえないんです」
「そう言われると、買いたくなくなるぞ」
「ほら、ご主人さま! ぜんぜん変わってないですよ!」
突然現れて話し掛けられるのも慣れた。声自体は可愛らしい女の子だから怖がることもない。もっとも、怖がらせてくるようなら幽霊が出たと言ってやれば大人しくなるしな。
「おい、レスティ。この家妖精、ちゃんと躾しろ。なんなら居なくてもいいぞ」
「はははは、お伽噺では家妖精に追い出されるものだが、追い出してしまうのもいいかもしれないな。そうなったら魔道具屋レスティにするか」
「ご、ご主人さま!? 嘘ですよね? シルキーなにも悪くないです! 悪いのは買い物しないリヴェルさんです!」
姿を現したシルキーは黒髪を持つ男の肩から顔を出して小さな指を俺に向ける。この男が魔道具店の主人レスティだ。俺よりも少しだけ歳上のスラリとした長身で、整った顔に大きな眼鏡が乗っている。それが唯一の弱点といわれるぐらい似合っていない。本人としては気にしてないようだが、カリーナからは「ちょっと残念」と言われている。
シルキーをひと撫でしたあと、レスティは腰を大きく曲げるように頭を下げ、ロゼッタと顔を合わせた。
「ようこそ、ロゼッタさん。魔道具屋シルキーの店主で、レスティと申します。シルキーともどもよろしくお願いしますね」
「初めまして、ロゼッタです。冒険者になったばかりです。よろしくお願いします。シルキーもよろしくね!」
「おお、感激です! ロゼッタさま! シルキーになんでもおっしゃってください!」
レスティの肩からふわりと降りてきたシルキーは、再びロゼッタの手を引いて魔道具を案内し始めた。ロゼッタも楽しそうに目に付く物からシルキーに説明を求めている。そのシルキーは先ほどと違って、ちゃんと接客をしている。まずは手鏡型の<さっちゃん>と指輪型の<まいこちゃん>。<まいこちゃん>の居場所を<さっちゃん>に映してくれる、ペアで使われる魔道具だな。次は怪我を身代わりしてくれるネックレスの<みかちゃん>に、灯りの代わりになるブレスレット<ひかりちゃん>。子供向けとして紹介するのに問題はなさそうだ。
きゃあきゃあと笑いながら選んでいるロゼッタの様子を眺めていると、カウンターを挟んでレスティが話しかけてきた。
「リヴェル、久しぶりだな。この店に来るなんて珍しい」
「あぁ、ロゼッタにプレゼントを買ってやることになった。あとは、顔を見ておこうと思ってな」
「……そうか。他の用事はまた今度の方が良さそうだぞ。可愛らしいお客様が待っている」
少しばかり話をしてから、興奮しているシルキーを取り押さえに向かった。ロゼッタは随分と仲良くなったらしい。体中にキラキラしたアクセサリーで飾り付けられている。プレゼントだからって全部買うわけないだろう、守銭奴妖精め。
シルキーはレスティに抱えられながら口を挟んでいたが、ロゼッタは少し迷って一つの魔道具を選んだ。ペンダントロケット<くらんちゃん>。護身用に付与されているのは目眩ましの魔法。ロケットの中に気付け薬を入れておくと、目を眩ませてしまった人を治療できると言ったら、ロゼッタにジト目で見られた。いや、便利だろ。
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