第4話 採集依頼

「パパが悪いと思う」


 ひとつ作業を終えて息をつくと、合わせたように隣から声がする。その声音はあからさまに不機嫌といったものだった。


「そうか?」

「絶対にそうだよ」


 アニスと話していた俺は、「ギルド内で騒がないで下さい」とミラネアから注意され、ロゼッタからは半眼で見られた。俺としてはアニスに取引を持ちかけ、「お金欲しい? 頭を下げれば貸したげよっかなぁ?」と言われ、「覗き見の慰謝料ぐらいよこせ」と言い返しただけだ。決して騒いでいたわけじゃない。そのあとに腕を取られて胸を押し当てられた。この程度はいつものことだが、「それじゃ、今はこれだけね」と耳元で言われてたじろいだのが良くなかったらしい。個室に連れて行かれ、叱られ、書類にサインをさせられた。


 〜指名依頼〜

 指名:冒険者リヴェル

 内容:新人冒険者を指導する

 報酬:一日あたり銀貨五枚


 これが俺に課せられた罰だった。依頼主はミラネア、出資元はカリーナ。二人のサインが入った正式な依頼書だ。なんでこんなものがあるんだ?


「カリーナさんから未記入の依頼書とお金を預かっていたんです。リヴェルさんが困っていたり、私が困ったら使って良いそうです。こんなにすぐ使うことになるとは思いませんでしたけど」

「……助かる」


 正直に言うと、生活する程度の金には困っていない。なんとかなる。ただ……使える金が欲しかったのは事実だ。


 ミラネアから依頼を受けても大丈夫だとお墨付きをもらい、ロゼッタは仮の冒険者カードを受け取った。これで冒険者として依頼を受けられる。早速ひとつ依頼を受けてランク5にしよう。幾つか候補を挙げられた中で、ロゼッタは誰でも受けられる薬草採集依頼を選択した。


「ねぇ、パパ?」

「何かあったか?」

「ううん。どうして今日は四束しか採っちゃダメなの?」


 ギルドで借りてきた網籠の中には既に四束が収まっていた。根から採取しているし、葉の形も揃った綺麗なものばかり。一度教えられただけなのに、間違いがない。本人としては一気に終わらせてしまいたかったのだろう。昼過ぎに町を出てきたが陽が落ちるまではまだ時間がある。依頼に期限はないが達成の必要数は二〇束。これで銀貨五枚になる仕事だ。


「早く帰りたいからかな」

「え?」


 つい上を向いて呟いたものだから、ロゼッタは驚いたように空を見上げ、続いて町の反対側をキョロキョロと見渡した。天気や魔物じゃないと言うと少しむくれたが、明日答えを教えるというと素直に納得してくれた。

 少し話したことで機嫌を治してくれたのか、帰りは空いた手を掴みたがり、腕にしがみつかせたまま持ち上げると楽しそうな声をあげる。俺も楽しかった……のは内緒だ。


「お帰りなさい、リヴェルさん、ロゼッタさん。帰って来るのが早かったですね。何かありましたか?」

「ただいま、ミラネア。いつも通りだ。ロゼッタはこの町に来たばかりだからな。ゆっくりやるさ」

「ただいま帰りました、ミラネアさん。今日は四束だけ集めました。預かってもらっても良いですか?」

「ええ、もちろん」


 ギルドに戻ってみるとミラネアはすこぶる機嫌が良さそうだった。今もロゼッタから受け取った薬草を丁寧に並べて確認し、鼻歌でも歌っているかのように肩を揺らしながら保存魔法の掛かった収納箱に納めていく。振り返ったロゼッタと目が合ったが、首を振って返すしかない。俺達が居ない間に何があったんだ? 理由を知っていそうなもじゃもじゃ頭の姿は今は無く、本日休業の札が傾いていた。



 翌朝、薄暗いうちから宿を出て、寝ぼけているロゼッタを背負って残りの採集に向かう。

 町を出る頃には目を覚ましていたが、昨晩のことを思い出したのか顔を真っ赤にしていた。


「お、おはよう、パパ……」

「おはよう、ロゼッタ。よく眠れたようでなによりだ」


 昨晩はロゼッタを常宿に連れて行ったが、よほど疲れていたのか討伐した魔物の話をしているうちにコテンと寝落ちた。ロゼッタについてはついぞ聞きそびれてしまったが、明日にでも聞けばいいかと俺も寝ることにした。ふと夜中に目が覚めると、俺のベッドにロゼッタが潜り込んでいて驚いた。昼間はあれほど傍若無人に振る舞っていたのに、夜は心細くなったのかもしれない。会ったばかりだと言うのに、気を許し過ぎじゃないか? 考え事をしていたら眠れず、少しばかり寝不足気味だ。


「ねぇ、パパ。今日は残りの薬草を採取して良いの?」

「あぁ、できるだけ急いでな」

「? わかった。急いで集める」


 昼間と違って早朝の地面は露で濡れていて採取がしやすい。葉の育ち具合に大きく変わりはないが、枯れていない葉はピンと張っていて見つけやすくなる。他にも理由はあるが、薬草採集の依頼は早朝に済ませておくほうがいい。ロゼッタは俺の説明にへぇ、なるほど、と曖昧に返しながら手際よく採取をこなしていく。そして残り数束、終わりが見えそうになった頃、町から子供が何人も駆け出して向かってくる姿が見えた。


「ほら、競争相手が来たぞ。急がないと採り尽くされるぞ?」

「え、嘘っ!? あの子達も冒険者なの!?」


 手が止まっている間に周りの地面はあっという間に子供ばかりになった。ロゼッタはひときわ目立つため見失うことはないが、あと一つと呟きながらウロウロと探し回る姿はなかなかに可笑しな光景だった。


「あ……」


 ようやく見つけた薬草に手を伸ばそうとすると、泥だらけの男の子が横から攫ってしまった。残念そうにするロゼッタに男の子は採取したばかりの薬草を突き出した。


「おまえ初めてなんだろ? これやるよ」

「……良いの?」

「俺達はいっつも来てるから、少なくてもいい」


 薬草を受け取って「ありがとう」と言うと、男の子は顔を赤くした。


「おねーちゃん、ディンは格好つけたがるんだ。だから大丈夫だよ」

「ディンは単純だからなー」

「そうそう、女子がいると態度違うよなー」

「今日は女子がいない日だから、やる気でねーとか言ってたな」

「お、お前らーっ!」


 わーわーきゃーきゃー言いながら、子供達は採取そっちのけで走り回る。驚いていたロゼッタは呆れ、やがてあはははと笑いだした。


「ありがとう、ディンくん。私、ロゼッタ。またね!」

「お、おう!」


 子供達に手を振りながら、ロゼッタは薬草の網籠を持って駆け寄ってきた。そしてしゃがんでいた俺の横腹に抱きついた。


「パパ、薬草採集って楽しいね!」

「それはなによりだ。ほらみろ、あいつらロゼッタの虜だぞ。手伝ってって言えば、もう一人分ぐらい集めてくれそうだな」


 ロゼッタが採取場を離れてから、子供達はずっとこちらを見ている。真面目に採取しようとしている子もいるが、手元が疎かで気にしていることが丸わかりだ。


「そんなことしたら、わたしが悪い子みたい。ズルはしちゃダメ」


 ポンポンと頭に手を乗せて撫でると、強く抱きつかれた。作業の続きを終えると、陽も登り始めたので引き上げることにした。


「パパも採取してたんじゃないの?」

「依頼を受けたわけじゃないからな。それに、ロゼッタが頑張ってくれたから問題ない」

「じゃあ、昨日今日は何してたの?」


 手は泥だらけだが、採取したものは何もない。持ち帰るつもりはなかったからだ。


「次に来た時、薬草が無かったら困るだろ?」


 俺のしていることは植栽に近い。枯れそうな薬草を植え直して価値を回復させる。あの子供達もそれを知っているから、俺の邪魔をしないし、枯れ草で遊んだりしない。初めのうちは「子供の仕事を大人が取るなー」って突っかかってきたもんだ。採集とは別に種を植えて薬草を増やす依頼は存在する。ただ俺の仕事じゃないだけだ。これは依頼がない時の暇つぶしにしている作業でしかない。そんな話を聞かせてやると、ロゼッタは難しい顔をして「ふうん」と言った。



「おはようございます、ミラネアさん。薬草が集まりましたので確認をお願いします」

「おはようございます、ロゼッタさん、リヴェルさん。競争には勝ったようですね」

「あぁ、ロゼッタは可愛いからな。あいつらからプレゼントされてたよ」


 取引所の窓口に見覚えのある子供達の姿があった。あいつらは朝飯前に仕事をして小遣い稼ぎをしているんだそうだ。日中は家の仕事だろうから、俺よりもずっと働き者だな。ロゼッタにも話したが、あの子供達は冒険者じゃない。冒険者にはなれない。


「リヴェルさん、目の前にいる女の子を放っておくのは駄目ですよ?」

「あぁ、すまん。ロゼッタ、大丈夫か?」


 気がつくと丁度いい高さにあるロゼッタの金髪に手を乗せていたらしい。後ろからだとわからないが、髪の隙間から見える耳は少し赤らんでいた。


「依頼の確認は終わったか?」

「これからです。ロゼッタさんの集めてきた薬草は全部で二〇束。依頼通りですね。それぞれ丁寧に採取されています……ひとつだけ根に傷がありますが、おまけしておきましょう。今回の報酬は銀貨七枚になります」

「銀貨七枚? 昨日依頼受けた時は薬草二〇束で銀貨五枚でした。今日になって変わったんですか?」


 報酬が増えて困惑しているロゼッタ。今まで教えてやった奴等は素直に喜んでいたから、なかなか新鮮だな。振り返って俺を見ても答えてやれないぞ。冒険者の大事な能力として、人の話はよく聞くことだ。そんなロゼッタにミラネアは指を一つ立て、丁寧に教えてくれた。


「では、一つずつ確認しますね。依頼書にある内容は特別な事情がない限り変わりません。特に報酬は下がったりすると大変ですからね。特別な事情がある場合は報酬が上がります。ですが、今回の場合は特別ということではありません」


 ミラネアは昨日の収納箱から薬草を取り出して、今日集めた薬草の隣に並べる。そして「違いがわかりますか?」と尋ねた。


「あっ! 昨日のは葉の裏が乾燥してる」

「はい、そうです。薬草は幾つか使う方法がありますが、大きく分けて二つ。水を蓄えているもの、乾燥しているもので取り扱われます。身近なものでは水を蓄えているものは飲み薬、乾燥しているものは保存に向いた塗り薬ですね。乾燥しているものは塗り薬にしか使えませんが、水を蓄えているものは乾燥させることが出来るのでどちらにも使えます。素材の状態を変化させる技術を持っていればどちらでも扱えるようになるのですが、素材によっては――」

「おい、錬金術師ミラネア。話が逸れてるぞ」


 ビクッと肩を跳ね上げさせて左手で口を塞ぎ、ゆっくりと左右を見渡して肩を下ろす。偉いさんに見つかると「喋ってないで仕事しろ」って怒られるからな。ここではよく見かける光景だが。


「ごほん……失礼しました。ええと、薬草を必要としている錬金術師にとってはどちらの状態でも扱える水を含んだものの方が好まれます。つまり高値で取引出来るということです。昨日の薬草は乾燥しているので四束で銀貨一枚、こちらは通常の報酬ですね。そして今朝採ってきていただいたものは十分水を含んでいるので、四束で銀貨一枚と銅貨五枚。一六束ありますから、銀貨六枚。全部で銀貨七枚ということになります。依頼書にあります報酬というのは状態問わずに銀貨五枚を約束するものです。もちろん損壊や枯れているものが混じっていれば減額されますが、そういう乱暴に扱われる方は多く持ち込んでくるのであまり気にしないみたいですね。ロゼッタさんは指導を受けている期間ですから、満額と言っていいでしょう。おめでとうございます」

「ありがとうございます。報酬が高い理由はわかりました。この話は皆さん知っていることなのですか?」


 町の人に知っているかと聞けば、知らないやつが殆どだろう。冒険者でも知っているのは限られている。その理由は簡単だ。採集の仕事は人気がない。主に子供達がやるから冒険者も深く知ろうとしない。ただ物の見方としては、一つの課題だと思っている。


「つまり、依頼書に書かれていないことを知れば、メリットになる……」

「もちろん、知ろうとするデメリットもある。こういう情報が無料で手に入るとは限らないからな」


 受付の副業をしているもじゃもじゃ頭を見つけると、こちらに気がついたらしく笑みを浮かべて手を振ってきた。金になりそうだと思って愛想を振りまいてやがるな。こっちからは睨み返してやると、ミラネアから睨まれ、ロゼッタからはジト目をされた。


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 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


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 次は0時に更新します。

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