第3話 金がない

「そういうわけだから、ロゼッタは俺が預かることになった。ここまで連れてきてくれて感謝する」


 酒場の前で待っていた女性兵士にロゼッタを連れて行くと、彼女はほっとした笑みを浮かべたが、すぐに表情が消えた。彼女は旅団の傭兵らしく、名前をカトラと名乗った。こちらからも骨を折ってもらった報酬を提示しようとしたが、カトラは「仕事ですから」と首を振り、しかしながら上げた顔は睨むような鋭いものだった。


 カトラからも事情を聞いたところ、ロゼッタの話と食い違うところはなかった。彼女の仕事は逸れてしまった旅団の客に対して便宜を図ること。前もって報酬を受け取っており、目的地に到着すれば達成報酬を、客の護衛を無事に終えると成果報酬があるらしい。ロゼッタが最後の客だったので、カトラはしばらく体を休めてからまた移動する予定だと言う。この町にはないが、旅団のベースに戻れば一時金もあり、金銭に困ることはない。おまけに次の仕事も得られるそうだ。なるほど、いい仕事だな。


「では、ここで失礼致します。お嬢様もどうかお体にお気をつけください」

「ありがとう、カトラ。また会いましょう」


 カトラと別れ、もう一度後ろを見た後、俺はロゼッタに向き直った。


「あいつ、こっちをずっと睨んでるぞ。余計なこと言ってないだろうな?」

「んー、大丈夫。カトラは真面目だから、きっとパパを確かめようとしてるだけ。それに、カトラはお菓子が好きで、でも仕事中は食べられないからずっと我慢してるの。今度会ったらお茶に誘ってあげて」

「随分と手の込んだデートのお誘いだな」

「本気にした?」

「いや、冗談だ。でも覚えておくよ」


 町に来たばかりというロゼッタに行きたいところがあるかと聞けば、真っ先に冒険者ギルドだと言い出した。すぐに冒険者登録をしてお金を稼ぎたいらしい。路銀は大事だと言ったばかりだが、そこまで急ぎのつもりはないんだがな。それより気になることがある。


「なぁ、ロゼッタ?」

「なに、パパ?」

「他の人には丁寧なのに、なんで俺にだけ子供っぽくするんだ? 礼儀作法も教わってるんだろ?」


 初めに奢った飲み物を受け取る時もそうだったが、ロゼッタからは粗雑な感じが全くしなかった。それどころか大きなジョッキを口につけるというのに一度に飲もうとせず、小さく少しずつ飲もうとする。子供というのは顎にまで滴らせ、手で擦って笑いながら誤魔化すのが普通だと思ってたぐらいだ。初対面で緊張してるならどこかしら違和感がありそうだが、俺にはそういった所作すら慣れている、そう感じていた。


「んー、今までパパに甘えられなかったから、いいかなぁって思ってたんだけど、ダメだった?」

「ダメとまでは言わない。人前で大人しく出来るならいい。変に疑われて俺が不審者扱いされないよう、協力しろよ」

「うん!」


 考えてみればロゼッタに頼られた時点で覚悟が必要な問題だった。護衛という言い訳がないわけでもなかったが、酒場での一件はダメージが大きすぎた。すぐさま別の言い訳を思いつけば良かったが、開いた口が塞がる前に、俺の呼び名がパパになっていた。当面の間――勘違い娘を母親の元に連れて行くまで――この状況を受け入れることにした。その立場を補強するのに僅かでも似たところがあって良かったと言うべきか。いや、それも善し悪しか。


「リ、リヴェルさん! 隠し子がいるって噂は本当で……した?」


 年季の入った冒険者ギルドのスイングドアを押し開けると、見慣れた風景が目に入る。室内は右から依頼の張り出される掲示板とたむろしている何組かの冒険者達、中央奥は取引所の窓口、そして左には綺麗どころを集めた受付のカウンターがある。その奥から亜麻色の髪を肩で切りそろえた女性が身を乗り出して豊かに実らせたものを揺らし、出迎えてくれた。昨日までの彼女は前髪が目にかかるほどで、耳も隠していた。それが今日は眉まで見えて、耳にはイヤリングが光っている。


「ミラネアか。昨日ぶりなのに見違えたな。化粧も髪型も良く似合ってる。今日はデートか?」

「あ、ありがとうございます! ちょっと頑張ろうって思ってですね。あ、デートじゃないですからね。それで、えっと……そのお子様のことをお聞きしても……?」


 恐る恐る目を向ける先には、子供っぽい表情を消したロゼッタの姿がある。冒険者ギルドに入る前に繋いでいた手を離し、今は立派なお嬢様を装っている。何故か不機嫌そうな気がするけどな。


「この子はロゼッタ。冒険者登録したいって言うんで連れてきた。心構えはあるようだから手続きしてやってくれ。十二歳だが、身元保証人があれば登録できるよな?」

「十二歳、ですか……はい。十四歳ならお一人でも大丈夫ですが、冒険者ランク3以上の身元保証人があればそれ以下の年齢でも登録できます。あの、身元保証人と言うことは、や、やっぱりそう言うことなんでしょうか!?」


 冒険者ランクなんて久しぶりに意識する。ガキだった頃は、ランクが一つ上がるごとに一喜一憂したもんだ。ランク3と言えば、中級者に位置する。登録した最初はランク無し、依頼を一つ成功させてランク5。ギルドに成果が優良だと認められればランク5、資格審査に受かえばランク3になる。それ以上は実績に応じて2、1、Aとなる。カリーナ達をランク2まで引き上げた俺は――


「リヴェルさん! 話聞いてます?」


 何故か慌てたミラネアが顔の前で手をヒラヒラさせている。あまり見たことがない行動に頬が緩む。左腕を引かれた気がして目線を下ろすとロゼッタがいた。ちょっと気が逸れ過ぎたか。


「あぁ、すまん。今日のミラネアが可愛くて見惚れてた。初めの登録に銀貨五枚だっけ? ん? どうした、ミラネア? 顔が赤いぞ?」

「あはは……ありがとうございます。大丈夫です。いつものリヴェルさんですね。はぁ……」


 今日の主役はロゼッタだ。ミラネアの正面にロゼッタを立たせ、肩に軽く手を添えた。細い肩に触れるとピクリとしたが、強張っている様子はない。


「初めまして、ロゼッタです。冒険者の登録をお願いします」

「ようこそ冒険者ギルドへ。私は受付をしております、ミラネアと言います。こちらでは依頼や相談事の受付をしております。ぜひ活用してください。今日は初めてですので登録についてご説明しますね。最初の手続きは無料です。一つ依頼を達成できましたら、ランク5として登録されることになります。その際に冒険者カードを発行する手数料として銀貨五枚が必要になります。ですので最初の依頼は手持ちのお金が増えるような依頼をお勧めしています。こちらは正式なカードが発行されるまでの仮の冒険者カードです。冒険者ギルドから依頼を受けた証明だと思ってください。無くしたり破損させてしまうと弁償に銀貨五枚が必要になりますので、大事にしてくださいね」


 ミラネアの説明をロゼッタは真っ直ぐに見つめて聞く。時折頷いている様子だし、俺が何か言わなくても自分で質問するだろう。しかし、仮の冒険者カードだったか。いつからそんな物が用意されるようになったんだろうな?


「――それからですね。リヴェルさんは十ぐらい話をしても、二つぐらいは聞き逃しています。依頼書のような紙に書かれているものは大丈夫ですが、口頭で依頼の補足があった場合はロゼッタさんが確実に覚えておいてください」

「今までは問題なかったのですか?」

「はい……これを言ってもいいのかわかりませんが、リヴェルさんが在籍していたパーティにとても優秀な方がいたんです。歳上のリヴェルさんを尻に……説明する時は彼女が必ず一緒でした」

「そうだったんですね。詳しくお聞きしたいのですが、その方とお話できますか?」

「ごめんなさい。彼女たちは昨日この町を出て行ったので……私の記憶しているところでは、魔獣討伐の依頼がありまして、六匹ほどの目撃例があり、もう少し数がいるかもしれない。そういったものでした。討伐が終わった後、報告に訪れた彼女が言うには六匹は難なく倒したそうですが、後から現れた二匹に手こずったそうです。他にも――」


 ミラネアの話にうまく相槌を打ちながら、ロゼッタはさらに話を引き出す。二人は楽しげに雑談を続けていた。あの様子なら少し離れても大丈夫だろう。俺は受付の奥まったところで居眠りの振りをしているもじゃもじゃの金髪に聞くことがある。


「アニス、ちょっといいか?」


 カウンター越しに声をかけると、アニスは居眠りのふりをやめ、わざとらしく眠たそうな目で笑みを浮かべる。


「おぉっと、噂のプレイボーイじゃんね。話題の提供、いっつもありがと~」

「ありがと~じゃねぇよ!」


 溜息をつきながら、カウンターに肘をつく。アニスはケラケラと笑いながら俺の顎を指でなぞる。


「なんでミラネアがロゼッタのこと知ってたんだ? あと、プレイボーイじゃねぇ」


 アニスは肩をすくめると、椅子をくるりと回してカウンターに背を当てる。どうもこいつの中では自分の魅力は首筋にあると思っているらしい。いつも大雑把に髪をかき上げ「どうよ」って見せてくるが、普段から見ていればなんとも思わない。「見えないから良いんだろうが」と言ってやったが、「見えなくなったら、寂しがるでしょぉ?」と揶揄いやがる。

 首筋をツツとなぞってやると「うひっ」と反応して、やっとまともに会話ができるようになる。なんだろうなこの儀式。


「へぇ、あたしに仕事くれんだ? 知りたい事があるなら高値で売るよ~?」


 指を輪にして俺をからかいながら微笑み、ついでに投げキッスをしてくる。


「誰がわざわざ高値で買うかよ」


 ギルド公認の情報屋、アニス。彼女はこの町での噂話や近隣の地理、ギルドに寄せられる依頼、魔獣の棲息地、その他にも知っていれば良かったと思える情報を多岐にわたって集めて売り買いしている。町に現れた頃は怪しげな情報屋として裏路地に居たんだが、いつの間にかギルドの受付に収まっていた。飄々としているが、情報の精度は抜群だ。


「ん~、ミラちゃんはあたしの超お得意様だかんね~。欲しいと言われればなんだって売るよ? で、リヴェっちはどうする?」

「そっちはもういいから取引だ。あの子、ロゼッタについて調べてくれ」

「あれが隠し子ちゃんね。すっごい可愛いじゃん。ねぇねぇ、引き取って育てんの? 一緒の部屋で暮らすの? うわぁお、カリーナちゃんも、もう一日いれば面白かったのになぁ」

「余計な噂をバラ撒くなよ。ただでさえやばいってのに……」

「なになに? 何があったのあの個室で? ねぇねぇ教えて、お兄さん?」

「取引だつってんだろ。対価は昨日の覗き見だ」

「え~あんなの、ミラちゃんぐらいしか買ってくれないのに~」

「ミラネアはなんでも買いすぎだろ。お前もお前だ。今度はフォロー出来ないぞ」

「だいじょーぶだって。それよか、お金であたしを買ってくれた方が嬉しいなぁ?」


 買うのは情報だろ、わざと誤解されるような言い方をするな。

 アニスは姿を隠して情報を集めることを得意としている。そんな彼女だが、一度だけミスをして盗賊に捕まった。顔バレする前に救出したお陰で今も表で生活ができているが、それ以来、感謝だと言って時々俺をストーキングする。そしてその情報の公開を対価に俺と取引をする。なんでそんなややこしいことになっているかというと、


「金がない。ついでに銀貨五枚ぐらい貸してくれ」

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