第28話 『自壊』


 「――俺はこの村を護るため全面協力をすることにした」

 

 理解したくない言葉が頭を穿つ。

 いまこの状況で、俺にとっての最悪。


 村を護る? 俺達に関係のないこの村を?


 冗談を言ってくれる。


 「……お父様、今の状況分かってるか?

 無茶だ。俺達だけで止められるわけがない」


 嘘だ。

 はっきり言えば俺一人だけでも原因を取り除くのは簡単だろう。

 だが命は賭けたくない。


 それにそうなれば両親には俺の本性がバレてしまうだろう。

 二人にはまだ、言い方はあれだが、

 力の片鱗を少ししか見せていないのだ。

 

 先の救出時に使った第一魔法だって見られないように使用した。


 なぜか。

 第一魔法は俺の本性を体現したような魔法であるからだ。

 

 あまり見せたくはないのだ。

 だからこの村を助けるのは嫌なのだ。


 「……あぁ……厳しい戦いにはなるだろう。

 戦力になるのは俺、お前、そしてマリーネに村の若者が少し」


 「先のような量なら簡単に凌げるだろうが、あれは恐らくただ挨拶にすぎない。手紙からもそれは明らかだ」


 そう言って父は手紙に目を落とす。


 降伏勧告が書かれていたという手紙。

 条件を飲みさえすれば安全を保証してくれるというが。

 

 「……どういう条件が書かれてたんだ?」


 「何、シンプルなものです、ミンクレス殿。

 だが我々からすればこれ以上ないほどの屈辱だ」


 村長の息子、ヴェーダが答える。

 

 さて、どのような内容なのであろうか?

 子供を数人捧げろ?

 奴隷になってもらうだとかか?


 「降伏の条件、それは我々がアラナ教に背き、ヴェリタス教に改宗するというもの……ッ!!」


 ……ん?


 何だと? 改宗? そんなもので済むのか?


 周りを見渡してみる。

 どいつもこいつも顔を俯かせている。

 マリーネだけは懇願するかのように俺の顔を見ているが。


 「あの邪教に身を委ねるなんぞ、女神アラナ様にどう顔向けができようか……!!」


 そう言うとヴェーダは拳を机に叩きつけ、そのまま頭を項垂れた。


 どうやら本気のようだ。

 ヴェリタス教が約束を守るはずがないという考えもあるだろうが、それを除いても絶対に改宗などしない本気で思っている。


 馬鹿だ。

  

 それがこの世界の常識なのだとしても。


 「……何を考えてるんだあんたら」


 「……何?」


 ヴェーダがバッと頭をあげる。

 目には困惑の感情が渦巻いている。


 「確かにやつらに従うのは反対だ。

 『村の安全は保証する』。

 これを仇教運動なんてやってる連中が守るはずないからな。だが――」


 マリーネが目を見開いてこちらに駆け出した。

 顔には焦り。冷や汗もかいている。


 なるほど。

 これを危惧していたのか。

 だから部屋に入る前にあんなことを言って。


 俺のことをよく理解している、だが……。


 それだけで俺を止めれるわけがない。

 狂った判断に大人しく従えるほど俺も寛容じゃない。

  

 それは俺を理解しているお前が、一番よく分かっていたはずだが? マリーネ。


 「――自らの命より信仰を優先?

 馬鹿なんじゃないのか? なぜそこでそう判断する?

 そんな考えの人間のために命を賭けれるほど、俺は暇じゃないんだよ」


 「ッッッ!! 何だと!?」


 ヴェーダが俺の襟を鷲掴みにする。

 その瞳で俺を睨みつけている。


 だがこんな時に、

 『服が伸びるだろ』とか言って冷静な自分を

 装うみたいな馬鹿なことはしない。


 相手の目を見るのだ。

 目を見て話せば人は分かってくれる。


 前世でもそうやって説得してきた。

 俺の夢を否定する奴をまるごと味方に変えてきた。



 「やめんかいヴェーダ!!

 我々は助けてもらう側なんじゃぞ!!」


 「父さん!! だがな…」


 それが恐怖によるものだったとしても。


 怒りを孕んでいるのだとしても。

 

 「……生きていれば丸儲けなんだぞ?

 信仰心だって生きているからこそ得られるものだ」


 「だがそれでアラナ様の教えに背いては生きている意味がない!!」


 「生きている意味? そんなものはない。

 人間は死んだら土に還るのみ。

 教えに背くことは人生とはなんの関係もない」

  

 「違う!! 

 人は死んだら『花国』へと行くことができる!!

 それは女神様が我々のために全ての罪を背負って下さったおかげだ!! 我々はそれに報いなければならない!! それこそが我々が生きる意味だ!!」

 

 「夢を見るのも大概にしろ。

 確かにアラナは存在した、だがそれは歴史的背景を元にしてだ。人々の罪を背負ったなんて『十三の神徒』によって美化された話にすぎない。

 神話は面白いが、歴史と混在させるのはいかんな」


 「……ッッ!! ミクリィやめろ!!」

 

 父親が再び俺を怒鳴りつける。

 見れば周り全員が俺を睨みつけている。

 ……この世界におけるタブーを言ってしまったようだ。


 ヴェーダも俺のことを理解ができないといったふうに見ている。


 (……ちょっと言いすぎたか?

 いや、そんなことはない。俺が正しい)


 「……あぁ、そうだ俺が正しい……」


 「み、ミクリィ……?」


 母が俺のことを見つめている。

 俺の考え、そして感情が最初から分かっていたようだ。

 さすが母親といったところか。


 俺は死にたくない。

 自分の命をこんなやつらに賭けたくはない。

 それもある。

 だが、今の俺にあるのは純粋な怒りだ。

  

 今のだって怒りをぶつけていただけ。

 

 俺だって人間だ。

 納得できないことには怒るし、言いすぎることだってある。


 誰だって、嫌いなやつにはムキになるだろう?

 

 俺は嫌いだ。理解できない存在が嫌いだ。


 「俺は嫌いだ……。『自分の命よりも大切なものがある』とか宣う人種が……!」


 「な、何だと……!?」


 あぁそうだ嫌いだ。

 

 「命の他に一等の価値を勝手に定めて、俺はそのために死んでいいとかいう人間が……!!」


 認めん。そんな考え認めん。


 「そんなお前らみたいな人間が大っ嫌いなんだよ――」


 


 瞬間、蒼い拳が俺の顔面に猛火を振るった。




 勘、体の感覚で攻撃を避ける。

 その場で仰け反り完全に。


 拳が目の前を通過する。

 そしてそのまま――


 《バキャァァァッッッッ!!》


 ――背後の壁が粉々に粉砕された。


 「最近、姉さんに似てきたな?

 ――マリーネ」


 拳から煙を出しながら、

 その撃鎚を振るった少女、マリーネがこちらへと振り返る。


 「貴方が馬鹿な発言ばかりするからよ。

 何を言ってももう決定したことなのにチマチマと。

 相手が気に入らない人間だからって幼稚すぎるんじゃないかしら?」


 「崖から落ちそうになっている嫌った人間を救うか? いや救わんだろう、それだけだ。

 確かに怒りをぶつけた、理不尽な怒りをな。

 だがこれではっきりしたろう、俺たちは分かり合えはしない。助け合うなんて出来やしない」


 「貴方が一方的に拒絶してるよう見えるけど?

 まるで怯えてるみたいね。

 彼らの考えを肯定することがそんなに怖い?」


 「……」


 互いに沈黙が続く。

 マリーネのことを睨みつける。


 この女のこういうところも嫌いだ。

 心身掌握に長けるためか、俺のことを理解しすぎている。


 俺がその時、その場で一番指摘されたくないことを言う。


 やはりこの女は気に入らない。


 「ま、まぁまぁまぁ!!」


 そんな俺達の間に声がかかった。

 見てみればママイが両手をバタつかせている。


 一気に注目が彼女に向く。

 慣れていないのか、身体をビクッと跳ねらせながらも必死に言葉を紡ぐ。


 「二人とも落ち着いてください!

 誰だってこういうことはありますよ!!

 確かにミンクレス様の方に非はありますが!!」


 そういってママイが俺を睨みつける。

 だがプンスカと音が鳴っていそうで、マリーネや父、ヴェーダに比べれば可愛いものだ。


 「ですが……!!」


 ママイが村長とヴェーダの方に向き直る。

 そうして――


 「どうか……!! どうか許してもらえないでしょうか……?」


 そうしてママイは、頭を深く下げた。


 「この子は、ちょっと、ちょっとだけ思想が強いだけなんです! 本当は優しい子なんですよ……多分!!」


 一言多いながらも、彼女は俺のために必死に弁明を続ける。


 「ただ、死にたくないだけなんです!!

 死に対して物凄い恐怖を抱いてるんです!!

 真面目に不老不死を目指してしまうほど!」


 「……えぇ?」


 ヴェーダの俺に対する視線が変わる。

 『こいつマジか』っと言いたげなものにだが。


 「だから、理解できなかったんだと思います。

 貴方達の信仰に対する熱意が。

 それに子供っぽい人なので、どうしても認められなくて言葉が強くなっちゃったんだと思います。

 だから、だからどうか……」


 さらに、さらに頭を深くして――


 「……許していただけないでしょうか?

 彼は、死んでも死にたくないだけなんです。

 どうか……どうかお願いします……」


 ――ママイは俺の責任全てを背負って、深く、深く謝罪した。


 「……頭をあげなされ、ママイ殿。

 最初からわしは怒ってなどおらんよ。

 宗教観の対立はよくあるものだしの。それに、今回お願いしておるのはわしらの方じゃ。

 ミンクレス殿も、納得できないことがあるじゃろうて」


 村長はただ穏やかに、包み込むような優しさを見せた。

 

 そして、扉の方をちらっと見て――

 

 「そこにおる妖精さんも怖がってしまうしの」


 全員が扉の方へと顔を向ける。

 見てみればなんと、少しだけ扉が開いているではないか。

 隙間からは、潤みきった小さな瞳が顔を覗かせていた。


 どうやらずっと向こうにいたらしい。

 マリーネの拳で壁が壊れた時はひどく怖かったことだろう。


 「え、エフタちゃあん!!

 ごめんねぇ、驚かせちゃったねぇ!!」


 マリーネが顔を真っ青にして扉を開け、

 謝りながらその小さな身体を抱きしめた。


 「う、うぇえええん!! うぇええん!!」


 「あ、あわわ! ごめん! ごめんね!」


 珍しくマリーネが慌てふためいている。

 幼子には敵わないということか。


 「え、エフタッ! ここには来るなって言ったのに! 

 あぁ分かった! 分かったから!

 ほら落ち着いて! よぉーしよし!」


 ヴェーダも愛娘を放っておけるわけがなく、彼女のもとに駆けつけて軽々と抱き上げた。


 空気が少し和やかなものへと変わったようだ。


 全員、顔にあった緊張が幾分かマシになっている。


 


 「よ、っと」


 父が壁に立てかけていた剣の肩がけを掴んで持ち上げた。

 ゆっくりと俺のところに歩いて行く。

 

 一歩ずつ、一歩ずつ距離を縮めて――


 俺も腰にかかった剣の持ち手を掴む。

 いつでも抜刀は可能だ。


 互いの間合いが狭まっていく。

 あと三メートル、二メートル、一――


 父が俺を通り抜けて、右隣に立つ。

 そして目を合わさないまま――


 「子供じみた行動を、ママイに庇ってもらったこと。お前の人生最大の恥だと思え。

 情け無く、みっともない。成長するんだなミクリィ」


 「……」


 ママイを見る。

 こちらの視線に気づいたママイは笑顔を作って微笑んだ。眉は八の字に垂れているが。


 「ここで挽回しろ。

 お前の言動、行動、全ての恥をここで。

 甘いことに機会は与えられた、

 感謝しておけ」

 

 「――お前の天秤は自壊した。

 もうお前一人の判断じゃ動かんぞ? 

 ミクリィ」


 そう言って父はニヤリと笑った。

 しめた、っといったふうに。


 ――あぁ、やらかした。


 まさかこんなふうに自分の首を締めることになるとは。

 怒りに身を任せるほど愚かなことはないな。


 だがその愚かさが同時に人間らしさでもあるか。


 まぁ、なんにしろ。

 俺は天秤の皿にあらゆるものを置き過ぎた。

 それも無意識に。


 ――ここが贖罪の場というわけだ。クソッたれ。


 ママイへの顔向け。

 家族の命。

 村人の救出。

 発言の贖罪。

 魔族の細胞。


 (あぁ、本当に――)


 父と俺は剣を抜刀する。

 床を踏み込み、瞬時に移動。


 潰れた壁から廊下へと出て――


 《ドシャャァァァアア!!》


 ――マリーネ達に襲い掛かろうとしていた蟲を切り捨てた。


 「ぐ、そくくくぅぅぅう!!」


 バッタのような人蟲は首と腹を斬られ絶命、そのまま血を吹き出して倒れていく。


 (厄介なものを背負わされたッッ!!クソったれがッ!!)


 ――すでに宿内には蟲が大量に侵入していた。

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