第27話 『最悪の展開』
「ふぅ……」
静寂が満ちる村の中、最後の一匹を足場に一息つく。
二百体以上いた人蟲は一匹残らず駆除した。
色んな種類がいた。
カマキリにコオロギ、バッタ、ハチ、クモ。
その多種多様な蟲を駆除していると、生前幼少期に行った昆虫博物館を思い出した。
母親に手を引かれ、純粋に楽しめていた。
まだ死への恐怖に怯える前の話だ。
だが今はこの有様である。
楽しんでいたはずのものは脅威になり、虐殺の対象となった。
この生物を蟲と呼んでいいのかには疑問が残るが。
「……死ななくてよかった」
空を見上げる。
煌めく星が、この惨劇を見下ろしていた。
マリーネはよく俺を臆病だという。
百パーセント勝てる戦いでも、俺は死を恐れてしまうからだ。自分の命を優先してしまうからだ。
だが、この世界に百パーセントなんてものはない。
死ぬ可能性が、一万、一兆のうちの一回だとしても。
できるなら命を賭けたくないのだ。
「……やれることはやった。
これ以上の戦いは無駄だ、死ぬ可能性が高まる。
あの男が提示したメリットをもってしても、俺の天秤は傾かん」
……俺も星と共にこの村を見下ろすことにする。
惨劇とはまさにこのことだ。
辺りには死骸が散乱し、家はやつらが乗り上げたことにより崩壊、来たときの美しい景色は見る影もなくなっていた。
神殿は何か聖なる力でもあるのか、人蟲が近づくこともなく無事なままだ。
「さて、俺も宿に行くか。
マリーネ達が俺を探しているだろうしな」
立っていた死骸から飛び降りる。
ビチャっと血溜まりを踏む音がした。
足を裏返して見てみると、やはり鮮血がべっとりとついてしまっている。
「……」
こいつらは人間に不快感しか与えない。
特に顔だ。
赤ん坊の顔がついているのがタチが悪い。
非常にやりにくい相手だ。
罪悪感こそわからないが、赤ん坊の顔は流石の俺も斬りにくい。
人喰いの化け物であることがどこか救いになってすらいるのだ。
「……ぐそくぐそくって言ってたな。
そんな言葉どこで覚えたんだ」
赤ん坊は両親が喋っている様子を見て言葉を学ぶ。
おそらくこいつらにも母親がいるのだろう。
だが、その母親は『ぐそく』と喋っている。
『ぐそく』、『愚息』だ。
それが事実だとしたらとんだ毒親だ。
蟲を孕んでいるのだから本当に毒を持っているのかもしれないが。
《ヒタ、ヒタ、ヒタ、ヒタ》
死骸の間を抜けて進む。
広場に出て、左手に曲がればすぐに宿が見えてくる。
しかし、一つだけ感じた違和感。
「……!! あいつ、いないじゃないか……!!」
先ほど宿の天井にいた男の姿が忽然と消えている。
まさか、逃げた?
嘘をついたのか?
人をここまで働かせておいて?
時間を費やしたのに?
人を死地へと向かわせてたのに?
――何様のつもりだ。
「ふざけッ……やがって……ッッ!!」
何十年ぶりかの怒りが込み上げてくる。
溢れる魔力を抑えきれない。
俺は嫌いなのだ。
俺の時間を使い、俺の命を無下にする。
そして約束を守らない。
俺はそんなやつが、一番嫌いなのだ。
「その皮膚、羽……根こそぎ刈り取ってやる……!」
魔力探知を村全体に広げる。
いや、すでに村にはいないかもしれない。
半径三、いや五キロメートルまでを範囲に……。
「……ん?」
探知結果に唖然とする。
俺の思い違いだったのだろうか。
魔力探知に引っかかったのだ。
至近距離で。
先の神殿の場所で。
「……逃げてないのか?」
どうやらただ移動しただけであるらしい。
……これまた久しい感情だ。
恥ずかしい。
少し戦いで興奮していたためか安直に逃げていると決めつけてしまった。
それも半径5キロ全てを調べ上げようとしてまで。
「……一生の恥だな。
墓場まで持って……この表現はよくないな。
俺によくない。恐怖で身体が動かなくなりそうだ」
……やはり今夜はおかしい。
このままだと一睡もできなさそうだし、早く宿に行って家族を捕まえよう。
そしてあの男から身体の一部を貰って帰るのだ。
村のことは知らん。
そう考え宿の方向へ足を出すも、またその場で立ち止まってしまう。
またかと思われるかもだが、こればかりは仕方ない。
喉に魚の骨が刺さっていたことに気づいた気分だ。
先の魔力探知、途中で解除したといってもある程度までは広げていた。
だから気づいた。
何もなかった。蟲らしき魔力も、敵らしき魔力も感じなかった。
自然が生み出す魔素、魔力さえなかった。
それがおかしいのだ。
魔力が一切感知できない場所などこの世界にはない。
地下にだって魔素は満ちている。
少量ぐらいは存在するはずなのだ。
俺は自分の足元を見つめる。
「……」
ただの地面。ただの大地。
なんの変哲もない、我々が日々立っている場所。
だが違和感を持って見てみれば、そのすぐ下には何かが蠢いているような気がしてならない。
「……まぁいいさ、帰ろう」
頭に浮かんだ可能性を振り払って宿へと帰還する。
蟲の死骸から目を背ける。
やはり不快だ。それもさっきよりも。
この蟲共を見るだけで、心臓を撫で回されているような気分になる。
「……」
――不穏分子は、まだ消えていない。
――――――――――――――――――――――
《ガヤガヤガヤガヤ》
「な、何が起こってるんだ?」
「なんなんだよあの化け物……」
「いきなり静かになったぞ……逃げたんじゃ」
「んなわけないだろ」
「村長は!! 村長はどこにいる!?」
宿の中に入ってみれば大広間に何十という人が押し寄せあっていた。
この宿一つで村人、そして旅行者の部屋を確保するのは不可能なのだろう。
この広間で、それか部屋の中に何人も集まるしか方法はない。
だが地面で寝るしかないという事実よりも、彼らを緊迫させていたのは外で起きた蟲達の大占領だ。
「蟲は全部倒したし、すぐに全員落ち着くと思うんだけどなー」
人を避けながら歩く。
俺だってこの中から家族を探さなくてはならないのだから大変だ。
おそらく泊まっていた部屋を独占なんかしちゃいないだろう。
村人全員から非難の声が上がるだろうし、お人好しな両親のことだ、何も言わずとも部屋から退去しているだろう。
「人数が多いから全く見つからないな、マリーネは結構目立つはずなんだが」
青い髪、青い髪、青い髪……それよりもあのヘッドホンを探した方が早いな。
人混みの中、ヘッドホンを探して進んでいく。
途方もないが、あたりはあるのだ。
あいつは賢いから、そこらを歩き回って探していたりはしない。
おそらく目立つ場所、受付前とか――
「……ビンゴだな」
思った通りである。
受付前には件のヘッドホンをつけた青髪の少女がいた。
俺がヘッドホンを目印にすると分かっていたのだろう。ヘッドホンを強調するようにピョンピョンと跳ねている。
肩にかかった青髪が跳ねるたびにフワッと舞っていた。
別に跳ねているだけで普通に目立つから分かったと思うが。
「あっ! いたぁ!!」
こちらに気づいたらしいマリーネが睨みつけながら近づいてくる。
「貴方、どこ行ってたのよ!
ジャックさんが起きたらいなかったって慌ててたわよ!? しかもこんな騒動の渦中で!!」
「外に出てるときに騒動が起きたんだよ。
それよりも家族は全員無事なんだろうな?」
「えぇ無事よ!!
宿の中にずっといたから蟲だって近くから見てないわよ!! そういう貴方は……はぁ、そりゃ無事よね」
マリーネは俺の全身を見てからため息をつく。
おいおい、無事だったんなら普通喜ぶものだろう。
「……それで? 何をしていたの?」
マリーネがずいっと俺の顔前に迫った。
「普通に夜の散歩に行ってただけだ。
それで神殿に行って、件の魔族に会って、
色々話して……」
「村人救出、蟲の駆除、でしょ? それは見ていたわ」
「なんだよ、俺が何をしていたか分かってるんじゃないか」
強気な顔でニコッと笑ってくる。
非常に腹立たしい。
分かっていたのなら聞かなくてもいいだろう。
「問題はなんで貴方が動いたのかだったのよ。
貴方のことだからすぐに宿に戻って家に帰るとか言い出しそうなものだけど」
「……魔族から言われてな。
力を示したら協力してやると、俺は二千年生きてるぞと」
「……はぁ、どっちにしろ貴方らしい行動だったわね」
マリーネが再びため息をつく。
「それだけ生きた魔族の細胞が手に入るのなら、あの蟲の駆除も、村人の救助も、やるだけの価値があるって判断するでしょう」
「それでもギリギリだったんだぞ?
万が一にもないとはいえ、命を賭けてるんだ。
当然乗り気じゃなかったし、蟲の駆除を決めるまで左の地区の村人は見捨てるつもりだった」
実はあの殲滅のとき、逃げ遅れていた左側の村人も助けていた。
さすがに宿の前までは運ばなかったが、蟲を殺してやったのだから感謝して欲しい。
「……いつも思うのだけど、その強さがあるんだったら、命を賭けてなんかないんじゃないの? 賭けるまでもないの間違いでしょ」
「馬鹿言うな。
どんな相手でも死ぬかもしれないんだったら俺は逃げる」
「だから死なないって……」
「……はやく家族の下に案内しろ」
マリーネは諦めたのか、指摘するのをやめて二階の階段へと歩いていった。
どうやら着いてこいということらしい。
「……」
上って右手の廊下、部屋が立ち並ぶ場所だ。
壁には怪我した人々がもたれかかって座っており、医師が順番に回復魔法をかけていた。
二百八番、二百十番、二百十一番……。
どうやら予想外に俺たちが泊まっている部屋にいるようだ。
扉の前に立つとマリーネが俺に目配せをする。
まるで絶対余計なことはしないでといったふうだ。
不思議に思い、部屋の中を魔力探知する。
母、父、ママイ……そして覚えのない魔力が二つ。
マリーネがドアを開ける。
中から明かりが差し込める。
「ジャックさん、ミクリィが帰ってきたわよ」
見れば机を囲うように全員が立っていた。
父が俺を見やり、顔を険しくする。
「ッッ!! ミクリィ!! お前どこに行ってたんだ!! 心配したんだからな!」
どうやら心配させてしまったらしい。
珍しく父が怒っている。
今まで俺に対してここまで怒ったことがあったろうか。
母もこちらを見ているが、怒りよりも安堵の気持ちの方が強そうであった。
ママイは……まぁいつも通りか。
「ちょっと夜風に当たりに行ってたんだ。
心配かけてごめん。怪我は負わなかったよ」
「全く……!! もうこんな行動するんじゃないぞ!! わかったな!」
父には悪いが、今俺が気になっているのは別のことだ。家族以外の他人、そこにいるおっさんと老人。
俺は昨日の朝、この老人をすでに見ている。
「……なんで、村長さんがいるんだ?」
「……すまんのぅ、どうしても君の父親の力を借りたかったんじゃ」
……嫌な予感がする。
「あぁ、こっちにいる男はわしの息子じゃ。
将来この宿を継いでもらおうと考えておる」
「どうも、ヴェーダと申します。
以後お見知り置きを」
「あぁ……よろしくお願いします」
……本当に嫌な予感がする。
「ミクリィ、父さんは二人と話し合ってな。
今の現状から助け合うことが大事だと互いに確認した」
「……と、いうと?」
「これを見てくれ」
父が机の上にあった一枚の手紙を俺に見せてきた。
「受付に気づかぬ間に置かれていたものだ。
ここには降伏勧告が書いてあった。
敵は存在する、意図的に進行を進めた敵が。
ここに書かれた条件を飲めば、村の安全は保証してくれるらしい、だが……」
父が手紙をクシャッと潰した。
「この勧告に乗ることはない。
村長がそう判断した。後で村の者全員に聞くが、おそらく反応は一緒だろう、ミクリィ」
俺の目をじっとみる。
覚悟が決まった目だ。
この世界で一番めんどくさい目だ。
「――俺達には力がある。
助けるだけの力が。
お前はさっき人蟲を倒した。
俺達なら、この村を助けられるんだ。だから――」
父が俺に近づく。
両肩を掴んで再び見つめる。
判断を間違えた。
昨日のうちに帰っておけばよかった。
『死の気配』を感じ取ったうちに帰っておけばよかったのだ。
「――俺はこの村を護るため全面協力をすることにした」
――本当に、最悪だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます