第25話 『神殿』
――月光が部屋に差し込み、
微かな灯となって俺を照らす。
外は嫌に静かであり、昼の騒ぎが嘘のように感じられる。
森の木々は風に煽られ、互いの葉を当て踊っているかのようだ。
鳥の鳴き声も夜風に攫われていく。
彼らは切なくも、一体何に向かって歌っているのだろうか。
「……らしくないことを考えてるな」
天井を一点見つめながら呟く。
今日は休暇のためとマリーネから修行を禁止されていた。
もちろん分身魔術も禁止。
人間は普段続けていることができないと、
モヤモヤして夜眠れなくなるという。
まさしく今の俺だ。
ベッドの上で眠れない俺。
不老不死への探求を怠ったことはない。
だから今日のような、
一日中ただ遊んで過ごしたのは小学生以来なのだ。
「……今からやっても寝不足による不健康で寿命が短くなるだけだ。
……やらなかったせいで眠れなくなってるんだけどな」
横を見れば父がグースカといびきをかいて爆睡している。
優しい父だ、母を楽しませようと奮闘していたのを俺は知っている。
気疲れというものだろう。
本当にこの人は
「……愛妻家というのも大変だな」
俺は父を見やった後、
起こさないようにベッドから抜け出して、
扉をゆっくりと開ける。
《ガチァ……》
音がなってしまうのはご愛顧だ。
そういえば生前、
まだ子供で健康面に気を遣っていなかった頃。
修行のため、夜に家を抜け出そうとして扉の音で両親にバレたことがあった。
今考えれば申し訳ないことをしたように思う。
育ち盛りの息子が不健康にも夜遅くまで修行をしていたなど、親からすれば残念でならなかったろう。
「……お父さんお母さん、今の俺はこんなに身長が伸びましたよ。十四歳だというのに百七十五もあるんです。褒めてくれても構いませんよ」
そんなことを虚空に向かって呟く。
生前もそれなりに高かったので、さほど変わらないのだが。
「……またらしくないことを……別に敬語でもなかったろ……」
だめだ。
普段は寝ている時間だからか頭が回らない。
早く夜風に当たりにいこう、
そうすればすぐに眠れるはずだ。
廊下に出て、出口に向かって真っ直ぐ進む。
寝静まったこの空間では俺の足音は響く。
隣の部屋が女性陣の部屋だ。
目の前を通る時にマリーネにバレないようにしなくては。
そうやって俺は忍び足で、宿の外へと向かった。
――――――――――――――――――――――
宿を抜け、村の中を歩いて行く。
この周辺の気候はレッヴァニアにしては過ごしやすい。
西には砂漠地帯、東は湿地地帯というこの大陸の真ん中に位置しているからだ。
「まぁ秋だし、このくらいが丁度いいよな」
昼にマリーネと話した橋を渡って、家が立ち並ぶ道を進んでいく。
明かりはポツポツと灯っているが、やはりこの時間だ。寝ている人の方が多いであろう。
風が窓を打ち微かに震わせるが、それだけでは寝静まった村を起こすことはできない。
「さて、ただブラブラするのも味気ないしな」
この村の風景は素晴らしい、もちろん夜景も。
だが俺は別に観光しに宿を抜けてきたわけではない。
この村の地図を頭に思い描く。
まだ行っていてない場所もいくつかあるが、どこも夜の散歩にしては少し遠い。
かといってこのまま帰るのもなんだか味気ないものである。
「……あ、そうだ」
その瞬間思い出す。
まだ行ってない上に近く、
眠気を丁度良く感じれそうな場所――
「神殿にでも行ってみるか」
村の中心、おそらく最も重要な場所であろう神殿。
昼に見たっきりでまだ訪れていなかったのだ。
このまま広場に出て、右へと曲がっていけば神殿にいけるはずである。
ちょうどいい折り返しにもなるだろう。
「神話関連のものも見れるかもだしな」
この世界で見つけた新しい趣味。
それは神話の本を読み漁ること。
生前の知識と組み合わせると案外おもしろい。
ここの神殿はその聖地なのだと聞く。
俺は普段はあまり感じない楽しみに身を震わせながら、神殿へと向かった。
――――――――――――――――――――――
「……結構でかいんだなー」
神秘的なまでにその御体を誇示する神殿。
蒼い月光に照らされて星月夜の下輝いている。
見た目はというとギリシア風の建物だ。
外部から中を見ることができ、大理石の柱が神殿周りを囲んでいる。
蔦がその白き壁をつたい、僅かな水が床をポツポツと濡らしていた。
「さて、中はどうなっているのかな……」
風が中へと吸い込まれていく。
まるで俺のことを
もちろん誘いに乗っていく。
気持ちよく神殿内部を観察できるというものだ。
階段を上り、祭壇へと続く道に入った。
柱一本一本についた松明が悠々とその姿を揺らし、その灯が作り出す影が、世界を更なる闇に引きずりこむ。
神秘的、だが不気味さもある。
この神殿が纏う雰囲気は人々の心を魅了しているのだろう。
「にしても古い建物だな……やはり伝説通り、昔からあるものなのか? 壁画みたいなのも描かれてるし……」
このまま歩いていけば祭壇だ。
祭壇の周りには色々と発見があるもの。
タペストリーや、もっと大きい壁画、書物も飾られているかもしれない。
そうして祭壇の前にある石畳を乗り越えて――
「……」
――場の雰囲気が変わった。
空気はどこか冷たさを宿し、神秘的な印象は全て払拭された。
かわりに満たしたものは
あらゆるもの、万物を押し潰す恐怖である。
見てみれば口から吐く息も白くなっている。
まだ冬には早すぎるというのにだ。
肌に突き刺す冷気は嫌でも暖かさを忘れさせる。
どうやら目の前にいる存在が発しているもののようだ。
「……似合わんな。その姿とこの神殿は」
そうして俺はソレに喋りかけた。
俺に背を向け、ただ壁を見つめている男を。
猫背の背中に痩せ細った身体。
長い手足。悪魔のような翼。
木々の如き背丈。
昨日温泉で見た男が、祭壇の前に立っていた。
「あぁ――確かに――アラナ教と魔族は対立する存在と――言っても過言ではない――」
男は振り返ることなくこちらに喋りかけてくる。
「だがそんなの伝説の中での話だ、違うか?」
「……然り――我々がこういった――粗暴さを持ち合わせているのだとしても――この教えは差別に数えられるものかも――しれん」
変な喋り方をする男だ。
一言喋れるたびにワンテンポ遅れる。
これではコミュニケーションが取りにくいだろうに。
「……それで? ここに何をしに来たんだ?」
「我もそう問いたいが――聞き返すのは無粋と―――いうものか――」
そう言って男がこちらに振り返った。
魚のような目が俺を捉える。
焦点はあっていないが恐らく見てはいるだろう。
「――様子を見に来た――今宵、魔の真意が――姿を晒すときなれば――」
「……魔の真意?」
「然り――我、託された者として――その行く末を――見定めなければならぬ――」
……何を言っているのか一つも理解できない。
託された? 見定める?
誰を? 何のために?
今夜何か起きるといいたいのだろうが、情報が全く整理できない。
そんな俺を見かねてか男はこちらに歩み寄り、ゆっくりと話し始めた。
高い背丈が俺を見下ろす。
「『ヴェリタス教』を――知っているか――?」
「ヴェリタス教……? あぁ、あの邪教か」
『ヴェリタス教』。
女神アラナを信仰するアラナ教を否定するため、
一人の男によって作られた宗教結社。
あらゆる信仰を信仰をもって排除し、この者達に壊滅させられた宗教も存在するのだとか。
「然り――あの者達が行う――『仇教運動』は――
世界中のアラナ由来の地を襲い――撲滅へと向かう手段なれば――」
「……で、何が言いたい」
先ほどからヴェリタス教のことしか喋っていない。
俺が知りたいのは何故ここにいるのかだ。
さっさと結論を述べて――
「今宵『福音卿』が――動く――」
「……なるほど」
――この世界には、世界に仇なす存在がいる。
圧倒的な力で人々を蹂躙し、文明を破壊。
生存を許すことはなく、慈悲も名誉も与えない。
古来より活動してきたその者達を、いつしか人々はこう呼ぶようになった。
――『八災卿』と。
どこより生まれ落ちたのかは分からない。
彼らの姿を知るものもいない。
だが、位としての名前ならば世界中に広く伝わっている。
恐怖を刷り込み、人々から安然を奪うように。
『福音卿』はその一人だ。
そしてこの者こそ、ヴェリタス教を創立した本人に他ならない。
「……我は――魔の者の動きを――監視する役目なれば――蛮行か――偉業か――見極める必要がある」
「……馬鹿言うな」
つまりだ。
ヴェリタス教が行う『仇教運動』。
それが今夜、再び執り行われる。
そしてこの男は魔族を監視する役目を何者からか与えられている。
――そんな男がこの村に来た。
そのことが意味するのは――
「――今宵――この村にて――『仇教運動』が始まる――ここはもう――何も残らない」
「……」
男の目を睨む。だが何も返すことはない。
事実であると、受け入れるのだと、瞳が訴えてくる。
確かに辻褄は会うのだ。
父が感じた『魔族の気配』。
そして俺が感じた『死の気配』。
こんなにも確かな『死』が近づいていたのなら、
気配が濃くても仕方がないだろう。
「じゃあお前は、もう二度と見れなくなるからこの神殿を見にきたわけだ」
「――然り――この神殿には――それなりに――思うところがある」
そういうと男は再び祭壇に目をやった。
「――ここは、アラナが――人間をやめ――人々を救う神へと――至った場所なれば――」
「……お前とどんな関係があるかは知らんが、思い入れ深い場所だってことは理解したよ」
女神アラナが人から神へと成った場所。
そりゃあヴェリタス教も潰そうとするわけだ。
世界中のどんな聖地よりも、さらに気高く高貴な場所であるのだから。
「……本当に今夜動くんだな」
「あぁ――今宵――必ずこの村を焼き尽くす――焼き尽くすのだ」
「そうかい……なんで俺にそんなことを教える。
なぜここに来たのか説明するにも省ける箇所はあっただろ」
「……」
男はこちらをただ見据える。
まるで俺を見定めるかのように。
何も語らずじっくりと。
「……そうか。ありがとう、感謝する」
俺はそう言って神殿の出口へと向かう。
「――どうする――つもりだ――?」
「家族を連れてそく退散だ。
こんな村にいてられるか。
嫌がっても無理やり連れて行く」
「――人々を――助けようとは――思わないのか――?」
「なぜ俺が見ず知らずの人間を助ける必要がある? 俺の命は俺だけのもの、死にたくないんだ。
賭けれるようなものじゃない。
いや、賭ける場合もあるがこんな村では重りにすらならない」
「――俺は、不老不死にならないといけないからな」
「―――――――――――――――ッ!!」
瞬間、男の眼がこれでもかと開かれた。
釣り上がった口は開け開かれ、声にならない声を発する。喉を震わせ、呼吸は浅い。
驚愕。
その一言しか言い表せることができないほどに。
ふと、男の周りに変化があることに気がつく。
背中からは羽が生え、男の魔力が冷気へと変換。
全身を震わせ、大気を揺らし、冷気が全てを凍らせる。
時が止まったかのような冷たさ。
熱は感じない。純粋な寒さだけ。
《パキパキパキパキパキィィ》
神殿が白く変色していく。
その圧倒的な極光が全てを絶対零度の世界へと陥れる。
「いまの――言葉は――!!」
「……今さっき思い入れがあるって言ったばかりじゃなかったか?」
俺は腰に挿していたミスリルの剣に手を伸ばす。
負けはしない。だが万が一が怖い。
やるのなら徹底的に潰す。
俺の命を脅かすものは、弱者だろうと強者であろうと――
「――誰であろうと許すことはない……!!」
――だが、俺はこの時点である二つのことに気づいた。
一つは目の前の男から殺気が感じられないこと。
そして二つは――
《ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ》
神殿が、否、大地が揺れ動く。
地震ではない、何かが、地を駆け抜けている。
「……これは……」
「――あぁ、――そうだ果てなき者よ――」
――すでに虐殺は始まっていたということだ。
「神罰の――始まりだ――」
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