第23話 『温泉宿にて』
ここは村にしては大きい方だ。
町一つ分ぐらいはあるし、建物も荒んでいるわけではない。
むしろかなり綺麗な部類に入るだろう。
建築は大理石がメインに使われており、正方形に区画された建物が規則的に建てられ、中心には大きな神殿が存在している。
そして最も目を引くのは背後に聳え立つ火山である。
かなり大きなものとなっており、前世ではハワイなどでよく見かけたタイプのものだ。
そこから伸びる岩山が村を一周して囲っており、どうやら正攻法で入るには洞窟を抜けなくてはならないらしい。
姉は本当に素晴らしいプレゼントをしたかったようだ。
(まぁ……運悪く悲劇の舞台になりそうだが)
父と二人で村の広場らしき場所にやってきた。
地面は石造り、しっかりと舗装されており、
やはりそれなりに発展している。
「結構人も多いな。
レッヴァニアじゃ有名な観光地なのか?」
「姉さんが一度来ているわけだしそうじゃない?」
「景色は圧巻、雰囲気も最高、道ゆく人はみな笑顔……魔族の気配がしたのは気のせいか……?」
待て、魔族、魔族だと?
俺も『死の気配』は感じたが魔族だなんて。
「凄いなお父様。魔族がいるかどうか分かるんだ」
「知っての通り昔、
王国の騎士団『リュミノジテの鷹』で隊長をやっていたからな。魔族とはそれなりに戦ってきたから気配で分かる」
『リュミノジテの鷹』はうちの国が誇る最強戦力だ。
なんでも外交時に名前を出しただけで要件が通ることもあるんだとか。
「……俺、お父様のこと舐めてたよ」
「はっはっは! 結構頼りになるだろ?」
普段は母の尻に敷かれているが、やるときはしっかりとやるのだ。
父としてほんのちょっとの尊敬の念を抱いてるのも事実である。
「……そんなあんたが言うんだから魔族はどこかしらにいるんだろう? 見つかる前に逃げたいものだが」
「まぁ落ち着け。
凶暴な一面があるがやつらも俺たちの同じ人類だ。
案外観光に来ただけかもしれないぞ?」
言いたいことは分かる。
魔族は一概に悪だと決めつけられる存在ではない。
エルフ、ドワーフ、マーマンといったふうにただの一種族の名前なのだ。
そこらへんで旅しているときもあるし、商売人として街にやってくることもある。
ただ善人と悪人がはっきりしすぎているだけなのだ。
しかし今回は違う。
俺が『死の気配』を感じたのだ。
やばい魔族からいるのは確実であろう。
今はまだ潜伏しているだけ。
必ず姿を表してくる。
「それに、女性陣があんだけ楽しみにしてんだ!
少し満喫してからでもいいんじゃないか?」
「……」
「大丈夫だって! 何も大したこと起きやしないさ!!」
「……だったら、二日ぐらいならいてもいいが」
「よし! そう来ないとな!
だったら俺たちも風呂に向かおう!
家族に襲い掛かる牙は俺たちがなんとかすればいい! な?」
……家族を想っての判断だろうが、お前が思っているよりも危険なものが潜んでいたらどうするつもりだ? ジャン。
言っておくが、俺は家族に降りかかる火の粉は、
自分の命の危機に直結するのなら絶対払わない。
最悪の場合が訪れたら必ず見捨てる。
「……めんどくさいなぁ」
俺はそう呟いて、温泉へと向かう父の背中を追った。
――――――――――――――――――――――
先程の広場を少し歩いて、女性陣が向かったであろう温泉に着いた。
見上げてみれば、大きな火山が俺たちを見下すように君臨し、周りの環境も岩肌ばかりが目立つ。
火山の根本、その目の前に温泉宿はあった。
温泉宿といってももちろん日本建築ではなく、街と同じローマ建築のものだ。
雲のように白い柱が等間隔で並んでおり、宿というよりは小さな神殿のようにも見える。
「……まさか、ローマ人の生活を追体験できるとは。カラカラ帝もビックリだな」
「おーい、何一人で喋ってんだ!!
早く俺たちも入るぞー!!」
「いま行くよお父様!!
……危険はすぐそこだというのに呑気なものだ」
父の後を追って建物の中へと向かう。
扉はない。だが日本のように
内装はとても綺麗にされている。
大広間があって、右と左の両方から二回へと続く階段がトグロを巻くように伸びている。
上を見上げればドームが俺たちを囲っている。
数箇所に開けられた穴からは日光が差し込み、照明の役割を果たしていた。
「受付は、っと……あそこのじいさんだな」
父が見ている方向を辿ると、大広間の奥のスペースにカウンターがあり、一人の老人が座っていた。
ローマ建築だというのにこういうところは日本の銭湯みたいだ。
父がカウンターまで歩いていき、座っている老人に話しかける。
「あのーすみません! 先程こっちに女性が三人来たと思うのですが……」
「あぁ!! あの方々だったらもう女性風呂に向かいましたよ。今頃もう入ってるんじゃないかなぁ」
「そうですか! ありがとうございます!」
「身勝手なやつらだよ。ほんと」
「そう言うなよ、楽しんでくれてるんだから喜ばしいだろ? 俺達も入ろうと思うんですが……」
「えぇ! それは勿論大歓迎ですよ!
私の村の自慢の温泉を楽しんでいってください!」
俺は今のセリフに疑問を感じた。
"私"の村と言ったのか? この老人は。
「つかぬことをお聞きしますが、まさか貴方はこの村の村長なのですか?」
「えぇ、そうですよ。同時にこの温泉の主人でもあります。自慢できるものが二つもあって嬉しいかぎりですよ。
歳を取れば自慢できるものなんて長寿ぐらいしか残りませんからなぁ、ハハハッ!」
なるほど。どおりで若々しく見えるわけだ。
背筋も伸びきっているし、言葉もハキハキしている。
「凄いですねぇ!!もうかなりの歳でしょう?
俺だったらやめちゃうかもなぁ」
「未来に希望を抱いている限り、老人は死なんのですよ。最近の老人が無駄に長生きしとるのは希望マシマシだからですじゃ。それに……」
老人はそう言うと右の方を見やった。
見てみると一人の小さな女の子が座っている。
八歳ぐらいであろうか。
すると俺たちの目線に気がついたのか、こちらに向かってトコトコ走ってきた。
笑顔が鬱陶しい。
「おじいちゃん!! この人達お客様??」
「あぁそうじゃよ。挨拶しなさい」
「うん! 私、エフタ! エフタっていいます!
将来の夢はこの温泉をもっと大きくすることです!」
エフタと名乗る少女はそういって頭をぺこりと下げた。
子供というのは鬱陶しいことこの上ない。
だが、不思議とこいつには嫌悪感を抱かなかった。
「……?」
「こんにちは! エフタちゃん!
おじさんはジャンっていうんだ!
ジャン・リクメト=イモタリアス、こっちのお兄ちゃんはミンクレスだよ! ほらミクリィ」
「……あぁ、俺はミンクレスという者だ。
よろしくな」
「よろしくね!! あ、お父さんに呼ばれてるんだった!!
おじいちゃんバイバイ!! 二人も温泉楽しんでね!!」
そう言って少女は風の如く去っていった。
「……あの子がいるだけでわしは元気を貰える。
長寿の秘訣じゃよ。ハッハッハ」
「確かにあれは長生きせざるおえないですね」
なぜそこまで子供を可愛く思えるのか。
俺には不思議に思えて仕方がない。
すると老人が桶とタオルを渡してくれた。
「はい、これをどうぞ。お金は二人で六十アラナです。ではごゆっくり」
「ありがとうございます! ほら、ミクリィ行くぞ」
「あぁそうだな。じゃあじいさん、また」
「はい、また」
会話を交わして右手にある男性風呂に入っていく。
ちなみに六十アラナはまぁまぁ高い。
日本円で一アラナがだいたい四十円。
つまり六十アラナは二千四百円。
一人千二百円だ。
まぁそれなりの銭湯でこのくらいだったから妥当といえば妥当だが。
通路を真っ直ぐ進んでいく。
壁にはタペストリーや絵画が飾られている。
そして女神アラナの象徴であるリンゴの紋章。
「お父様。街中を見ても思ったが、どうやらここは信仰熱心な街らしいな」
「そうだろうな。アラナ教の教えをしっかり守っている印象だ。
村をあげてここまで熱心なのは見たことがないかもな」
世界人口のなんと八割がアラナ教のこの世界。
もちろん信仰心に大差はあれど、困った時は女神アラナにお祈りするくらいには深く根付いている。
リンゴが紋章になっているのは女神アラナが好きだったからだ。
神話によれば女神アラナは元々人間で、後に人々を救うため神になったのだとか。
イエスと境遇が結構似ていて、本を読むたびに面白かったりする。
『十二使徒』ならぬ『十三の聖徒』が存在するし、『イマギネーラス』という『裏切り者のユダ』のような人物も出てくる。
ユダと違ってこちらの世界ではかなり嫌われているが。
だがみんな無意識にイマギネーラス由来の葬式をしていたりするので、愚かな無知者しかいないのが透けて見えたりする。
そんなことを考えてあるいていくと、大浴場への入り口が見えてきた。
直線の通路と左からの通路がぶつかる端っこに入り口はあるようで、角があって見えないが左側の通路は女性風呂に繋がっているのだろう。
「じゃあ父さんが一番乗りだな!!
ほいさー!!」
年甲斐もなく廊下を走る父親。
本当に見たくなかった。
中へと消えていった父を追って歩いていく。
女性陣は風呂が長いので、ちょうどいいぐらいに着いたと言えるだろう。
「二日ぐらいで満足してもらってとっとと帰ろう」
そう言って通路の角を突き抜けて入り口に入ろうとして――
「……」
――角から顔を覗かせた不気味な男に遭遇した。
「……」
角越しに俺たちは互いに見つめ合う。
(なんだこいつ……一切気配を感じなかったぞ)
見るだけで分かる。
おそらくかなりの実力者であろう。
互いを見定めるように一分、二分と見つめ合う。
すると男の方が角から身体を動かし、俺の目に全体を曝け出した。
――その姿は痩せこけていた。
細身の身体をもち、身長はゆうに二メートルを超えている。
髪の毛もボサボサであり、肌も青白く健康そうには見えない。
耳は尖っており、その笑顔を浮かべた口からは牙を覗かせ、耳元まで吊り上がっていた。
極めつけは目だ。
魚のようにギョロギョロと丸い目は獲物を刈り取るようにこちらを見ていた。
悪魔。
こいつを表す言葉はこれで十分であろう。
「……すまんな。直線だったから存在に気づかんかった」
俺は男の目を見て謝る。
男は口を開こうとしない。
だが黙っているのもと思ったのか、少しずつ、ゆっくりと口を開けて――
「いいや――こちらこそすまなかった――人間よ――」
見た目にそぐわぬ低い声。
だがその男が発する威圧はさらに強くなった。
「人間……? あんた魔族か?」
「然り――我、魔の者なれば――だが我は驚いている――その魔力量――いや、まさか――」
「……?」
何を言っているのだこの男は。
勝手に一人で考え込んでしまった。
こちらも風呂に入りたいので早くして欲しいのだが。
「その――物怖じしぬ堂々とした態度――そして輝くような比率、肉体美――」
なんなのだこいつは。同性愛者か?
すまないが俺はそっちは興味がない。
女にも性欲は抱かないが。
「――今は、様子を見ることにしよう――また会おう――果てなき者」
そういうとその男は、俺の横を通り過ぎて俺が来た方へと去っていった。
「……なんだったんだ……あれ」
男の背中を眺め続ける。
細い、細い背中だ。
だがあまりにも危険な存在だと俺の本能が発していた。
「『死の気配』は感じなかった……また別の存在がいるのか……? 嫌だなぁ」
俺は一言愚痴を言うと、足止めされていた浴場へと入っていった。
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