第22話 『出発』

 朝八時。


 人々が眠りから覚め、商売の準備をし始める時間。


 農業を営むものは畑へと向かう。

 畜産業を営むものは牧場へと向かう。

 将来人は風呂敷を広げる。


 本来ならば俺の父ジャンも自分の畑に向かってカボチャだの人参だのを耕すのだろう。


 だが、今日の朝ジャンが外に姿を表すことはなかった。


 なぜならば――


 「よぉし!! 家族旅行に出発だぁ!!」


 「「いぇーい!!」


 ――家族みんなで楽しく旅行に行くからだ。


 「……研究の邪魔だ」


 

――――――――――――――――――――――



 姉の魔法陣を解析して二日後の朝。


 俺たちは父の宣言通り家族旅行へと向かうことになった。

 転移先も解析の結果判明している。


 魔法陣に書かれた文字を参照してみると、

 どうやら二つ隣の大陸、『レッヴァニア』に

 転移するように設定してあるようだ。


 場所はどうやら温泉のある大きめの村であるらしい。


 温泉、温泉。


 元日本人の俺からしたら本当にありがたい。

 温泉とは日本人の心に宿るものなのだ。


 だが旅行の一週間、一切研究ができないのが痛い。

 

 分身を作って置いておこうとも考えたが距離が離れすぎていては魔力を保てず消えてしまうのだ。

 

 それに禁忌魔法だから家族には秘密にしているし。


 「みんなぁ!! 荷物は持ったか!?」


 「もちろん! タオルもしっかりあるわよ!!」


 両親の二人が年甲斐もなくはしゃいでいる。


 二人の立場や子供の世話が邪魔して、中々旅行には行けてなかったのだろう。


 俺が生まれてからも二人でどこかに行っているのを見たことがなかった。

 どうやら俺達は相当親を縛り付けていたようだ。


 感謝感謝だ。


 「よし! じゃあナナム! 

 この家のことは任せたぞ!!」


 「えぇ、楽しんできてくださいまし……ママイもね」


 「う、うぅ、そんな睨まないで下さいよぉ!」


 旅行に行くメンバーは俺と両親、ママイ。

 そして謎にマリーネ。


 マリーネも凄く楽しそうにしているが、

 どうしてそんな家族面ができるのだろうか?


 ちなみにナナム含めた他の使用人は家に残って魔法陣に魔力を通す役割がある。

 本当はもっと連れていくはずだったのだが、いかんせん転移に使う魔力量が多すぎた。

 そこで連れていけるのは一人となり、この分野に明るく、俺の専属でもあるママイが選ばれたのだ。


 「「ジーー…………」」


 「ヒ、ヒィィィ……」


 ママイが俺の背中に隠れる。

 広いためかかなりスッポリ収まった。


 「そ、そんな怒らないでくださいよぉ」


 まぁ他の使用人が怒るのは無理もない。

 一人だけ仕事を休んで旅行に行くというのだからな。

 変わってやってもよかったんだが、ご子息である俺が参加しないのは絶対ダメであるらしい。


 クソが。


 「まぁまぁみんな!

 帰ったら給料倍にして返すから!!

 今だけは許してやってくれ!」


 「おー」 「倍?」 「服四着買えますね」

 「休暇増やしてほしい」 「やった」


 反応はまちまちだが父の呼びかけで納得はしてくれたようだ。


 「ねぇ、旦那様、それ私も入ってますよね?」

 

 「行くわよ貴方。ほら、魔法陣の中心に」


 俺たちは全て取っ払ったリビングの真ん中、魔法陣へと移動した。


 「よし! じゃあ転移させてくれ!!」


 「了解しました。みんな! 私の詠唱に合わせて魔力を流して!!」


 「あれ、旦那様? 私も貰えるんですよね?」


 使用人達が巻物スクロールの周りに均等に並び、端に手をかざしていく。


 「では皆様方、行ってらっしゃいませ。

 『蒼き光、謎の都、外より繋がりて内となる。

 禁忌の者、世界の扉となりて人々の希望を紡がん』」


 「旦那様? ねぇ旦那様?」


 詠唱と同時に魔力が流されていく。

 淡い光が部屋を満たし、

 足元からはバリバリと空間が歪んでいく音。


 そして魔法陣に完全に魔力が流れきって――


 「それじゃ! 行ってくる!」


 「私も給料欲しいんで――」


 「――『ラムダキルの門』」


 《ビリビリビリビリ――ビュンッ!!》


 ――詠唱と共に、俺たちの身体は部屋から消え去った。


 

――――――――――――――――――――――

 


 「……眩しいなおい」


 テレポートした瞬間、迸る光が目を襲った。

 身体中が魔力に包まれ、あらゆる概念から隔離される。


 普通の転移魔法とは少しばかり感覚が違ったが、肉体を魔力にするかしないかの違いであろうか?


 少しして、周りに静寂が満ちた。

 

 聞こえてくるのは風の音、鳥の鳴き声。

 香るのは森や草木の匂いだ。

 雨の匂いもする。昨日にでも降ったのだろうか。


 「う、うぅ……みんな大丈夫かぁ?」


 呼びかけてくる父の声が聞こえた。

 父の安全は確認と。


 「え、えぇ、大丈夫よぉ」


 「私も大丈夫です……」


 「私も元気ですよ!」


 母とマリーネも大丈夫だ。

 ママイに関しては元気すぎるぐらいか。


 「俺も大丈夫だよ、お父様」


 みんなに合わせて返事をする。

 まだ目がよく見えないから顔を見て確認できやしないのだ。


 「よし! 全員無事だな!

 いやぁ! 誰かがいなかったらと心配したよ」


 「さすがミシェルといったところかしら。

 じゃあみんな、魔法で視力を回復させるからじっとしてて……これだったら詠唱はいらないわね」


 母はそう言うと、何やらペタッと何かに触った。

 おそらく地面に手をかざしたのだろう。


 「この感じ、舗装された道かしら……?

 まぁ見てみれば分かることね……『ラムダ』」


 母が魔法を唱えた瞬間、再び光が目を穿った。

 

 しかし今回は先のような激しいものではない。

 

 もっと優しく、包み込むような。

 光が瞳を暖かく抱きしめて、徐々に視力が戻っていく。


 そうして、白き世界が完全に消え去ると――


 「……ほお、これはなかなか」


――そこには理想郷のような村が広がっていた。


 大理石でできた神殿。

 壁の側面に作られた家。

 杉の木が並ぶ森森。

 穏やかに流れている川。


 「こいつは凄いな……!!」


 「えぇ、本当に……ミシェルからの最高のプレゼントね……」


 「みんなの分も休みますよー!!」


 ――温泉の村『ネロ』。


 俺が想像していたのは日本のような温泉だったが、そっちではなくローマの方だったか。


 「昔、イタリア行ったときに見たなぁ。

 ……確か、大浴場テルマエだったか」


 「……? ミクリィ、貴方時々よく知らない国の名前を言うわよね。今度教えてよ」


 「……聞き耳を立てるな。

 お前もこの光景に感嘆してろ」


 そう言うとマリーネは拗ねたのか頬を膨らませて先へと進んでいってしまった。


 「マリーネちゃーん!

 一番乗りはズルいわよー!!」


 「牛乳は私の物です!!」


 その様子を見た女二人もマリーネを追って走り出す。

 

 「ちょっ!! はぁ、全く。

 ミシェルも元気で活発な子だったが、俺にはあいつに似たように思えるよ」


 「まぁまぁ、女性陣はいつもこうだから慣れっこだろ? どうせ温泉も別々なんだ。ゆっくり行こう」


 「……お前のその落ち着きは誰に似たんだ……?」


 俺たち男二人は寂しい背中を携えて道を真っ直ぐ進んでいく。


 やはり綺麗な街だ。

 ローマも綺麗だったが、こっちは人々が暮らす昔のローマを見ているよう。


 まぁ所々はローマっぽくないものもあるのだが。


 杉の木もいい味を出している。

 旅行誌があれば観光地としてさらに人気が出ていることだろう。


 だが、転移してきてから俺は一つ違和感を感じていた。


 「……なぁ、お父様」


 「……お前も気づいたか」


 二人で並んで歩く。

 村の中心部へと歩を進める。


 人は見える。

 真ん中では互いに談笑し合い、

 壁の家からも生活感がひしひしと伝わる。

 

 しっかりと平和な村だ。

 危険な存在なんてものは全く見えない。

 

 だが――


 「……これは旅行している暇はなさそうだぞ」


 「ま、俺には関係ないことだ。

 女性陣には早く風呂に入ってもらって帰ろう」


 「……そうだな」


 そう俺には関係がない。


 家族の危機なら考えなくもないが、一つの村のために頑張ったりなんてしない。

 俺は偽善者にもならないし善人にもならない、悪人と呼ばれようが構わない。


 この村を助けようとは一切思わない。


 例え――


 「……旅行シーズンじゃなかった、ってところか」


 ――例え、『死の気配』に満ちていたのだとしても。

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