第21話 『都合の良すぎる商談』

 「えーと、ここ、でいいんだよな?」


 大商店街から少し離れた先、あまり人が寄りつかないであろう墓地にその建物はあった。


 ここら一帯は建物が歪な形で設置されており、

 まるで芸術作品のようだという賞賛が送られている。


 ついた名前は『星々の叫び場』。

 正直ネーミングセンスがないと思う。


 「それにしてもボロっちいな……」


 中々借りてくれる者がいなかったのだろう。

 数十年前から存在するようで壁はボロボロ、蔦が完全に伸びきっていた。


 『ノット=デスカンパニー』。


 聞くだけで契約を渋りたくなるような会社名であるが、紛れもなくこの建物がそうであるようだ。 


 「俺の商才に目をつけてくれたってことだもんなぁ……話ぐらいは聞く価値があるかぁ」


 俺はようやく覚悟を決め、その鈍い音を鳴らす扉をゆっくりと開いた。


 《ギギギギギギッ!!》


 「おっ、中は結構綺麗……」


 外観はオンボロ以外の何者でもなかったが、中はしっかりと装飾が施されていた。


 サイドには彫刻が規則的に並べられ、

 地面には赤のカーペット、

 明るさにも意識しているのか、少し暗めの照明が目に刺激を与えることなく爛々と輝いていた。


 よい玄関だ。

 入ったものに悪印象は与えないだろう。


 そのまま真っ直ぐ進んでいく。

 

 するとホールらしき場所の奥に、

 俺に色々と施してくれた少女、マリーネが立っていた。


 「お待ちしておりました、ジュンク様。

 お店の準備の方は順調でありますか?」


 「いやぁ、あんたらのおかげで開店前から話題になっててよ! ほんとに感謝してるぜ!」


 あの土地は店を構えられるだけで凄いと言われるような場所だ。


 街の商人の間で『あいつ何者だ?』だとか噂され、昨日準備に出たらすでに人だかりができていた。


 おそらく順調な滑り出しを迎えられるだろう。


 「そうですか。それはよかったです」


 「……ちなみに、あんな証明書どうやって確保したんだ……?」


 「社長がお待ちになっておりますこちらにどうぞ」


 「あっ、そっすか」


 いや怖いな、出元不明かよ。

 商売は信用が大事だって分かってないんじゃないの?


 まぁそんなの口に出すようなことでもないので、

 俺は大人しく少女に着いていくことにした。


 ホールにある一番大きな扉を抜けて、さらに奥の廊下へと進む。


 外から見れば分からなかったが、案外この建物は大きいようだ。


 廊下の奥の扉を抜ける。

 すると奥まで続く新しい扉。

 

 それを抜けるとまた廊下。


 廊下、廊下、廊下、廊下……


 「いや長ぇな廊下!!?」


 俺は思わずこの建物に突っ込んでしまう。

 なんなのだこれは、ポルターガイストか?

 

 廊下が一向に終わる気がしないのだが。


 「……縦に長いのです」


 「はい?」


 「この建物は横は一軒家ぐらいの大きさしかないくせに縦にエゲツなく長いのです」


 「は、はい?」


 「なんと長さにして七十メートル」


 「七十メートル!??」


 誰だよこんな建物作ったやつ!

 どおりで周りの建物が歪な立地だと思ったよ!!

 こんな建物あったら作りにくいもんな!?

 いいふうに捉えて芸術扱いしてんじゃねぇよ!?


 「……ミク……ミンクレス様がどうせ買うんなら安い方がいいとこの建物を……」


 少女の顔は酷くげんなりしている。

 彼女も苦労しているようだ。


 「なんというか……お疲れさん」


 「……もう少しで社長室です。

 だいたい二十八メートルですかねぇ……はは」


 俺は少女を心の底から哀れみながら、その哀愁漂う背中に着いていった。


 しばらく歩くと一つの大きい扉が姿を表した。


 少女が扉をノックする。


 コンコンコンッと三拍子。


 「社長、件のお客様です」


 「――そうか、入れ」


 「はい、どうぞジュンク様」


 扉が少女によって開かれる。

 中からの暗い光が俺の眼を包み込んだ。


 ――社長室からは確かな威厳が吹き荒れていた。


 壁には何やら偉人らしき人物の写真が飾られ、

 カーテンが窓を遮断し、

 光は照明によってのみ与えられていた。


 そして、奥に構えられた大きい机。

 

 そこには漆黒混ざる金髪を携えた男が、

 両肘をついてこちらを見つめていた。

 

 少女が俺の横を通って男の横へと移動する。


 そして彼女も机の端に座り俺に向けて微笑を向けた。


 「ようこそジュンク殿」


 引くく、とても十代とは思えない声が俺の身体を縛りつける。


 「私がリクメト系列イモタリアス家の長男にして、

 ここ『ノット=デスカンパニー』の社長。

 ミンクレス・リクメト=イモタリアスだ」


 ――その男は確かな余裕と自信を持って、

   俺の全てを見つめていた。



――――――――――――――――――――――



 (えー、まずい。まずいぞこれ。

 急に訪ねてくるから焦っちゃって、

 変な感じになってるんだが……)


 目の前に立ち尽くしている男を眺めながら、

 俺は内心メチャクチャ焦っていた。


 額から汗がドバドバ出てくる。


 横を見てみるとマリーネの微笑も引き攣っていた。


 この建物の掃除をしている最中に、この男がいきなり現れたのだ。


 俺たち二人はそりゃ焦った。

 

 この商談次第で不老不死の研究が

 成功するかどうかが左右されるのだ。


 だからまずはマリーネに案内をさせることにした。

 いい感じに時間を稼いで貰うために。

 

 マリーネは『なんて身勝手な』と怒っていたが。


 その間俺は社長室の整備だ。

 しかし社長室がどこかも決定してなかった上に、近いところを社長室にすれば時間が足りなくなる。


 そのために一番遠い部屋を社長室だと言い張ってしまうこととなったのだ。


 俺はこのクソ長い廊下を越えて五人に分身。

 家の物置きに置いていたものや街で買ったものを適当に並べて社長室に仕立て上げた。


 (……ちょっとミクリィ!?

 何よこの部屋!! 威圧感出しすぎよ!!)


 (仕方ないだろう?

 これぐらいしか誤魔化せる装飾品がなかったんだ)


 (だからってこれはないでしょ!?

 誰よこの写真のおじさん達!!)


 (……雰囲気が出るかと思い、昨日街で撮らせて貰った)


 (ただのおじさんだったの!?

 歴代社長みたいな感じで飾るんじゃないわよ!!)


 俺たちは表情をキープしながらこそこそと互いに言い合い続ける。


 しかし目の前の男をずっと放置しておくわけにはいかない。


 「あのー、す、すみません」


 「あぁ、すまない。少々立て込んでいてな。

 では話を進めようかジャンク殿」

 

 「ジュンクです」




























 


 「そうか、すまない。

 名前を間違えてしまった」


 「いえいえ!

 俺の方も名乗ってなかったので大丈夫ですよ!」


 (間違えたッッッッ!!)


 まさかの痛恨のミスである。

 人の名前を間違えたときのイメージダウンは計り知れないのだ。


 「……まずはそこの机と椅子に座ってくれ。

 立ち話もあれだからな」


 「はい! では遠慮なく!」


 おい、やめろマリーネ。

 俺の足をグリュグリュ踏むな。

 威力がおかしいから。やめろ。


 「ではまず自己紹介させていただきます!

 俺はジュンク!!

 界隈では『街巡りのジュンク』で通っています!

 名前の通り世界中の街が好きでして」

  

 「ほう、ならば世界中の需要や、地域が求めているであろうものも分かるのだな?」


 「はい! それはもちろん!」


 どうやらマリーネの目に狂いはなかったらしい。


 俺たちが売り出す商品はそういったことに理解がないと十分な効果を上げられないのだ。

 

 このままこいつを取り込んで、俺たちの研究費をガッポガポに稼ぐことにしよう。


 だが……


 (……さっきからなんだ、マリーネ)


 俺の肩をマリーネが腰でトントンたたいている。


 (私達、スタンス間違えてない?

 普通もっとこう、同じ目線で話したほうが……)


 確かに一理ある。

 上から高圧的に話すよりも、

 同じ机を構えて共に語り合った方が好印象だろう。


 (だがこうやって話した方が秘密結社っぽいだろう? このままいくぞマリーネ秘書)


 (秘書はやめて……はぁ、分かったわよ)


 そう決めれば行動は早めにだ。


 俺はマリーネに一枚の資料を渡させた。


 「これは……?」


 「今から見せる物の利権や持ち分を書いた紙だ。

 無論これはただの提案にすぎない。

 子供の戯言として無視してもらっても構わん。

 おいマリーネ、例のものを」


 「はい」


 俺はそう言うとマリーネにあるものを持ってくるように指示を出した。


 マリーネが別の扉から出ていく。

 

 異世界転生もののド定番だ。

 

 俺が生きてた頃は主人公補正だの都合が良すぎるだの言われていたが、実際に来てみるとこれは中々に理に適った商売方法だ。


 「あのー、一体どういったものなんですかね?」


 「見てからのお楽しみだ」

 

 マリーネが奥の部屋から箱のようなものを持ってきた。

 厳重に守られており、絶対に中身は盗ませないといった見た目だ。


 マリーネはそのままジュンクの前までいき、机の上に箱をおいた。


 「鍵は開けております。

 ぜひ中身をご覧ください」


 ジュンクが神妙そうな顔で箱をゆっくりと開けていく。

 別に大したものは入っていないのだが。


 「……? これは?」


 中に入っていたのは細長く四角い箱であった。

 何やら二枚の板が重ね合っており、持ってみれば軽い。


 俺の時はもう見ることはなくなっていたがこっちは違う。

 こちらの世界で売り捌き、俺は不老不死の大願を叶えるのだ。

 

 「それは通信機だ。持ち運び可能な通信機、『ノットデスチリリス』と我々は名付けた」


 「なっ!? 持ち運び可能な通信機!?」


 そう、『ガラケー』である。


 これぞ異世界もの名物、『都合が良すぎる商談』である。


 まぁ、ライターだのは魔法があるからいらないし、『甘い』だとかいう味覚もしっかりあるので、結構作るものには困ったが。


 さすがにスマホだとかは無理なのでワンランク下げた。


 しかしそれでも絶大な効果を生み出すはずだ。


 「あぁそうだ。

 大気中にある魔素を介して互いに通信し合う。

 魔力を中で使用して動いてるからいつか使えなくなるが、側面から管を取り出して魔力を送れば再使用可能だ」


 こちらの世界にはこちらの世界にあったものを使った方がいいという判断だ。


 おかげで写真機能だとかはまったく入っていない。

 まず作り方が分からないし、分かったとしても文化を破壊しかねないものは作りたくないのだ。


 例えば電球、これは俺でも作ろうとすれば作れるが、それはこの世界の人間が発見しなくてはならない。


 エジソンのように、電球を長持ちさせる発見をする人物を待たなくてはならないのだ。


 それに作るのが簡単だからすぐに他の企業に奪われてしまうだろう。


 そんな感じで作った通信機。


 上手くやれば一攫千金、失敗すれば金が全て吹き飛ぶ。


 「こ、これ物を、俺に売って欲しいということですか……!?」


 「あぁそうだ。

 他国への流通、宣伝、交渉。

 全て君に一任したい。社員が入ってきたら君の元へも送ろう、どうだ?」


 「え、えぇ! もちろん!

 俺からお願いしたいくらいです!!

 ま、まさか商人人生でこんな品を扱えるとは……!

 これは革命が起きるぞ……!」


 「はっはっはっ」


 (いや作り方俺も知らないんだけどな?

 マリーネに言ったら知らない間に作ってたんだよな。

 魔道具作るの天才すぎない?)


 俺はただ椅子に座って話すことしかしていないのだ。

 だいたい今回の話もマリーネの提案であり、本当に金のことになると手段を選ばない女だ。


 「そういった品を後四品開発している」


 「六品です」


 「冗談だよ秘書。理解のある女になりなさい」


 この様子だとおそらく商談は成立だろう。

 

 生前はただの大学生だったし、不老不死のことしか頭になかったためこういった面には明るくない。


 前世の知識がなければ、こんな商談向こうから蹴られていただろう。


 「取り分だが、その紙に書いてある通り、

 私が六割、君に四割でいいかな?」


 「四割もくれるのですか!?

 なんて寛大な……子供とは思えないな」


 あれ? 結構持っていったつもりだったのだが。


 やはり社会を知らない身だから上手くいかないものだな。マリーネがいてくれて本当によかった。


 (……私もこんな上手くいくとは思ってなかったんだけどねー)

 

 ということで、これからノット=デスカンパニーはさらなる高みへと向かっていくのだった。


 俺は立ち上がり、ジャンクの元へと歩いて行く。

 大事なのは信頼だ、それはよく知っている。


 俺は笑顔を顔に貼り付け、ジャンクに手を差し出して握手を求めた。


 「細かいことはまた今度話そう。

 これからよろしくな、ジャンク君」


 「……ジュンクです」



――――――――――――――――――――――



 「今日はありがとうな!!

 いい話ができて満足だよ!!」


 あのあと俺たちは無事契約書にサインをしてもらい、ジュンクを玄関まで見送ることにした。


 「いやぁ!! それにしても坊主!!

 お前立派だな!! こんなもの作って商界に乗り込んでいくなんてよ!」


 「……まぁな」


 こいつは商談が終わった瞬間にタメ口に変わった。

 仕事モードのときは敬語になるのだろう。


 公私を分けているのは結構好印象だ。

 仕事にも期待ができる。


 それに子供相手にも茶化すことなく話を聞く誠実さ。

 マリーネの選出は本当によかったのかもしれない。


 「ところで嬢ちゃん」


 「ん? 何かしら」


 ジュンクがマリーネに聞きたいことがあるようだ。

 はて、何か不手際があったろうか。

 ……いや、不手際しかなかった気がする。


 「その耳当てなんなんだよ?

 たぶんおしゃれでつけてるわけじゃねぇんだろ?」


 「……凄いですね。分かるんですか。

 まぁ半分はおしゃれでつけていますが」


 「ちょっと心当たりがあってな。

 嫌だったら全然教えてくれなくてもいい」


 「いえ、別に隠すようなことでもないので」


 そう言うとマリーネは両耳に手を当てるようにして、ヘッドホンを頭から外した。


 ――そこにあったのは欠けた右耳。


 俺が研究と従属のため切り取った場所だ。


 「……これは昔――」


 「あーやっぱりかぁ、嬢ちゃん災難だったな」


 「――え?」


 ジュンクが何か納得したようにうんうんと頷く。

 そうしてどこか哀れみを含んだ目を向けて喋り始めた。


 「『耳狩り』に会ったんだろ?

 最近この大陸中で発生している事件。

 エルフの耳だけを狙い、次々と切り取っていく」


 ――驚いた。


 「処置はしてくれるから痛みはないらしいが、長い耳はそのエルフのアイデンティティだ。

 民族としての屈辱を感じちまうんだとさ」


 ――驚いた。本当に。


 マリーネが俺の顔を見やる。

 何かを言いたそうな表情を浮かべて。


 「まぁ、そんなところです。

 心配してくださりありがとうございます。

 またの機会に」


 「おう! じゃあ坊主!!

 また詳しく話し合おうぜ!! またな!!」


 「あぁ、また会おう」


 そう言うと彼は玄関の扉を開けて出て行った。


 「……」


 二人の間に静寂が満ちる。

 互いの疲労を労わるように、

 互いのミスを責めるように。


 そしてどちらかともなく歩き出し、ホールの右手の部屋へと向かった。


 いや、部屋ではない。


 部屋のように見えるが、奥に進めば が隠れている。


 「……」


 二人共無言のままエレベーターに乗り込む。


 押すボタンは地下三階。


 エレベーターは指示を受けると目的の高さまでグングンと下がっていく。


 「……バレないようにって言ったのに」


 「仕方ないだろう。

 あんだけの量狩ればいつかは結局バレる」


 「でも流石に早すぎるわよ。

 あんたエルフ達から命を狙われるかもしれないわよ?」


 今のセリフを聞いて全身に悪寒が走る。


 あぁ、それはいやだ。


 流石の俺でも大量の数で責められたらいつか死んでしまうだろう。


 死、死死死死死死死死死――


 もう二度と、あんな経験はしたくない。


 「……手が震えてるわよ?」


 「……仕方がないだろう、死は……怖い」


 《チーン―……》


 目的の階層に到着する。

 目の前には真っ暗な廊下。


 炎だけが悠々と燃えており、

 微かな光を灯している。


 「……」


 再び無言で歩いて行く。


 廊下を真っ直ぐ行った先、右手、奥の部屋。


 扉を開ける。


 古いものなので少し力を込めた。


 《ギギィィィィィ……》


 部屋の中に鈍い音が響く。

 

 しかしそれ以上に気を引くのは目に差し込んできた生々しい緑の光であった。


 それは部屋中で照らされている。

 緑に光っているのではない、光が緑色のものに差し込んで変色しているのだ。


 部屋中に並ぶ何か。

 不気味な何か。

 この研究で一番大切な何か。


 それは――


 「――まさか、『耳狩り』なんて名前をつけられてるとはな」


 ――それは、培養液に保管された大量のエルフの耳であった。


 「……私のだけでよかったのに」


 「知っているだろう? 一つだけでは成果が出なかった。だがお前から左耳も切り取るのは可哀想だったから、大陸中のエルフの右耳を狩ったんだろう?」


 「えぇ、そうね。ママイさんに協力させて。

 でもいいの? 今やっていることはダミリアンと同じようなものよ?」


 「……俺のはまだ道徳性があるさ」


 「ふふ、そうかしら? まぁどっちにしろ私は貴方に着いていくだけよ。――貴方の全てを肯定する」


 「……お前もあの事件から狂ったよなー」


 「そう? でもそっちの方が都合がいいでしょ?」


 「……まぁな」


 ――耳はプカプカと、その液体の中で浮いていた。

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