家族旅行編

第18話 『農業都市ハルガン』

 俺は街が好きだ。

 の笑顔、絶えない会話、うるさい広場。


 世界中の街を商人として巡り、和気藹々としたそれぞれの街の空気に舌鼓を打つ。


 ガンツルキーでは酒場が盛り上がる。

 レッヴァニアではワルツを踊る。

 バンドウは茶の文化。静かなのも一興。

 リヴァリアは世界の中心。騒がしいったらありゃしない。


 各大陸の街々の特徴。

 俺はこれらが我が子のように愛おしくて堪らない。


 まだ商人としては若手であるけれども、この職についたおかげで世界中を飛び回れるのだ。


 街に街、それまた街と、いつかは全ての街を制覇するつもりだ。

 

 そんなことをしていたからか、

 商人五年目にして『街巡りのジュンク』、

 なんて名前をつけられてしまった。

 

 そんな俺が最も気に入っている街がある。


 それが――

 

 「いやぁ! さすが!! 

 商人の胃がもたれちまいそうだ!」


 ここ、農業都市『ハルガン』である。


 世界に名を轟かせる農作の街であり、

 同時にあらゆる商人が進出を試みる商人の街でもある。

 

 だから、ここに集まる商人の数は、他の都市の例を見ない。


 今まで成功なぞしたことのない商人でも、

 ここで運良く成功すれば、

 世界中のベテランなぞ軽く凌ぐ存在になれる。


 激戦区。それがこの街『ハルガン』。


 俺は長年の夢であったこの街へと、ついにやってくることができたのだ。


 初めてこの街を訪れ、門を潜った時に感じたもの。


 それは止まらぬ商業の


 肌を刺し、焼き付けてくるこの街の空気に、俺はすぐに魅了された。


 そして今は市長館に向かっている。


 この街で商売をする許可証を貰うためだ。

 ハンコも故郷からしっかり持ってきた。


 「しっかしまぁ――」


 「ほいほい! 安いよ安いよ!! 

 高いのもあるよ!! 

 どんな人でも一目見て!!」


 「見てごらんこの人参!!

 他の大陸で買えば高級食材!!

 だがここでは普通の人参さ!!

 だが美味い!! 絶品だ!!

 一つでいいから買ってみてくれ!!」


 「牛の肉はいるかい!!

 あのダミリアンの肉にも匹敵!!

 素晴らしい風味、そして食感!!

 永遠に忘れられぬ味!!

 客人の胃袋を満たすこと間違いなし!!」


 「――この商店街はすげぇなおい!!」


 ハルガンが誇る大商店街。

 それぞれの店が二階まで続き、

 見えないほど遠くまでのびている。

 

 それほど店があるのに、繁盛していない店がない。

 そのせいで他の街では繁盛していると言われるほどでも、ここでは人気がない店として扱われる。


 「人だかりもやべぇ!!

 こんな商人のためだけに作られた街があるのかよ!」


 あぁダメだ。歩いているだけでワクワクする。


 早く、早く商売がしたい。


 この街で活躍して、いつか俺の名前を世に知らしめるのだ。


 はやくこの商店街を抜けよう。

 この先の大広場に市長館があるはずだ。


 「俺の新しい商人人生が!!

 今この場から始ま――」


 《ガキィィィィイン!!》


 「――ッ!?」


 この場に似つかわしくない剣戟の音。

  

 剣と剣が交わり、互いに弾く音が商店街に響き渡る。


 《ガキィン!! ガキィン!! ガキィイン!》


 「ちょっ!! 誰だよこんなとこでおっ始めたやつ!! 早く逃げねぇと巻き添え喰らうぞ!!」


 俺はすぐにその場から逃げる判断を取る。

 道を真っ直ぐ走って市長館まで辿り着ければきっと――

 

 そう思いつき走り出そうとしたとき、俺は気づいた。


 「えぇ? お、おいおい、なんで??」


 ――誰も逃げ出すような素振りを見せない。

 

 それどころか、これが当たり前のような顔をして普通に商売を続けているのだ。

 

 先ほどと一切様子が変わっていないのだ。


 いや、何人かはその剣戟に反応しているが――


 「おぉ!! またやってるねぇ!!」


 「どっちに賭ける? 俺ミンクレス」


 「いやジャンだろ。

 あいつは『リュミノジテの鷹』の元隊長だぞ」


 「だけどミクリィは強いわよ〜!

 おーい、頑張ってね〜♡」


 「え、えぇ……」


 まるでその戦いを観戦しているような、そんな素ぶりを見せていて。


 《ガキィィィィイン!!》


 「ってうわぁ!!?」


 俺のすぐ上で鉄が弾けるような音が響き渡った。


 俺は思わず見上げてしまう。


 ――そこには二人の男がいた。


 一人は三十代ぐらいの金髪の男。

 かなりガッシリした体型をしており、

 手に持つ大きな剣を軽々しく持ち上げ振り上げている。


 それと打ち合っている男。

 それはまだ十代中頃であろう少年であった。

 こちらも片方に比べれば小さいがかなりの長身であり、袖から覗くその腕は細いながらもしっかりと鍛え上げられた逸品であった。


 「っ!! ミクリィ!! やっぱり成長しているな!! 幼少の頃が懐かしい、ぞ!!」


 「お父様、会話とかいいから集中してくれ。

 筋肉解放していいのか?」


 「駄目だ!! それは鍛錬にはならんだろう!」


 「父としての面目丸潰れだからだ、ろ!!」


 《ガキンガキンガキンガキン》


 「す、すげぇ」


 目にも止まらぬ連撃の数々。

 

 互いに親しげに話しながらも手は一切緩めない。


 「おーいミクリィ!!

 筋肉解放していいぞぉ!!」


 「おい下のお前!! 余計なこと言うなって!!」


 俺はその非現実的な行動に開いた口が塞がらない。

 

 「な、なんだってんだ……?」


 「ふっふっふっ、知りたいですか?」


 「……!?」


 後ろからの声に咄嗟に振り返る。

 

 そこには一人の少女がいた。

 こちらも十代中頃であろうか。


 艶やかな青髪を持ち、無駄のない造形を持った美人。

 耳当てのような特徴的なアクセサリーが目を惹いた。


 しかし――


 「な、何その格好」


 「真の商売人は自らの正体を隠すのです。

 このようにフードを被ることによって――」


 「おぉ! マリーネちゃん!

 どうしたんだいフードなんて被って!!

 秘密でミクリィの応援にやってきたのか!?

 ハハハハッ!」


 「……」


 その少女は顔を少し赤くしてフードを脱いだ。


 いや何この子。


 「え、えっと……」


 「あの二人について知りたいんですよねそうですか分かりましたオッケーです!!」


 「い、いや! えっ、え!?」


 物凄い勢いで押し切ってきた。

 引くに引けなくなったといったところか。

 てかバレバレな変装するんだったら最初からやめたらよかったのに。


 「あの二人はイモタリアス家の者です。

 父ジャン・リクメト=イモタリアスと、

 その息子ミンクレス・リクメト=イモタリアス」


 「あ、説明始めるのね、ってイモタリアス!?

 王家の血を引く大貴族じゃねぇか!?」


 あの二人はどうやら親子であるようだ。

 親子にしてはやってることが物騒であるが。

 喧嘩でもしているのだろうか。


 「あぁ、喧嘩ではありませんよ。

 あれは修行です。剣の修行。

 いつも熱中してしまってそのまま

 街を一周してしまうんです」


 「はい!? 一周!?」


 嘘だろ!? この街がどんだけ広いと思ってんだ!?

 横断だってだいたい四十分ぐらいはかかるだろう!?


 「まぁ、どっちもアホみたいな強さしてますから。

 特にミンクレスの方、あっちは剣技に限定しなかったら恐らく父親を簡単にねじ伏せます」


 そう言うとその少女は、

 自分のことのように控えめな胸を張った。


 「だがそれにしても迷惑なやつらだな……。

 怪我人とか出ないわけ?」


 「えぇまぁ、過去に一人か二人ぐらいですね。

  基本的に上空や屋根で打ち合いますからあまり下には被害が行きません。

 二人とも本気を出してはいませんし。

 それどころかこのようにこの街の名物のようになっております。

 ゆくゆくは海外に発信して、がっぽり銭を……ぐふふ」


 この少女は一体この街のなんなのだろうか。

 てか銭て、もうちょい言い方あるだろ。


 「そ、そうなんすね。

 まぁ、だったらいいんですけど」


 「おーいマリーネ!!」


 上空から目の前の少女に声がかかる。

 見てみればミンクレスという少年が打ち合いながら喋りかけていた。


 「この後いつもの研究だ!!

 先に地下室に行っておいてくれ!!」


 「はーい、分かったわー」


 そう会話すると、

 二人は剣戟の速度を上げ、一瞬で商店街から姿を消した。


 「……この街やば」


 周りを見てみると

 決着を見れなかったことを残念がる者、

 そのまま商売を続けるものなど、

 本当に慣れているようにいつもの日常を送っている。


 俺は怒涛の出来事にポカーンと口を開けて呆然としてしまった。


 「大丈夫ですか? 『街巡りのジュンク』様」


 「あ、あぁ大丈夫……ってえ、え!?

 なんで俺のことを……!?」


 「ふっふっふ、私達は何でも知っていますよ。

 貴方がこれを求めていることもね」


 そういうと少女は一枚の紙を懐から出した。

 これは――

 

 「この街の商売許可証じゃないか!?

 それにこれ!! 土地の使用許可書!?

 しかもあらゆる大商人を輩出した伝説の土地、

 『商才の広場』のものじゃ!! ほ、本当に

 いいのか!?」


 「えぇ、もちろん。

 そのために来たのですから」


 至れり尽くせりとはまさにこのことだ。

 俺はこれでこの街における圧倒的なアドバンテージを得た。


 「だ、だが!! 俺には何も返せるものがねぇ!

 一体どうすれば……」


 「それは簡単です。

 我々のところに一度、訪ねて貰えれば……」


 そう言って少女は深く腰を折り、

 一枚の名刺を渡してきた。


 「マリーネ=アイオニティータ。

 所属『ノット=デスカンパニー』……?

 なんだこのダサい名前は……」


 「やめてください。

 それはこちらも重々承知しております」


 どうやらこの少女もあまり気に入っていないらしい。

 社長が無理矢理つけた名前であろうか……って。

 

 「社長、

 『ミンクレス・リクメト=イモタリアス』……!?」


 さっき剣戟を披露していた少年じゃないか。

 あの少年の会社だと?

 どういった事業を展開しているのだ。

 だいたいあんな子供が会社を運営できるのか?

 世界貴族イモタリアス家も繋がってる?

 クッソ!! 気になる!!


 「ぜひ、我が社に訪れてもらえると幸いです。

 あぁ、あとこの話は……」


 少女は俺の顔横に近づき、手の甲で口元を隠した。


 「ここだけの『秘密』でございますので。

 心の内にしまってもらえますよう」


 そう言って俺から二歩遠ざかり、少女は再び礼をして――


 「また会いましょう、では」


 ――身体が下から消えていき、

   完全に姿を消した。

 

 「……」


 残された俺は唖然と少女がいた空間を見つめる。

 

 「……もしかして、全部仕組まれてた?」


 俺を知った上で、場所を把握した上で、

 欲しいものを知った上で、すべて……。


 俺はただ一言呟く。


 「……商売うめぇ〜」


 この街のレベルの高さを知った。

 あんなやつらが右往左往しているのか。


 なんて恐ろしい街なんだ。

 俺は本当にやっていけるのか。


 「……この街、やば」

 

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