第19話 『俺と「俺」』
《ギャンギャンギャキッ!!》
猛攻に次ぐ猛攻。
互いに油断を許さない時間は、時が止まったかのようにピタッと終わった。
父が大剣を鞘に納める。
「ふぅ、今日はここまでにするか」
「……これまた大分遠くまで来たな」
「はっはっは! 屋敷があんなちっこく見えら!」
昼の一時から剣戟を始め一時間。
飯時でもあるので俺たちは修行を中断することにした。
父の指さす方向を見てみれば、修行をスタートした屋敷からだいぶ離れてしまっていた。
この修行を始めてから毎回こうである。
父は息子と本気の鍛錬ができるので熱くなってしまい、かくゆう俺もあの事件から剣の修行の大切さを身に染みて理解したので、互いに夢中になってしまうのだ。
これを見たマリーネがなにやら企むように笑っていたが、あいつのしでかすことは漏れなく大惨事になるので早めに止めておかねば。
それにしても……
「……相変わらず呑気な街だ」
街の丘にある塔まで打ち合っていたので、上から街全体を見下ろすことができた。
あんな事件が裏で起こっていたというのに、街の広場にさダミリアンの像が置かれ、人々は昔と変わらず商売に魂を捧げている。
――姉がサンジュストに向かって五年が経った。
俺はというとすっかり身長が伸び、声もそれなりに低くなった。
もちろん筋肉量だって他の瑞を見ないほどに鍛え上げられている。
顔立ちはママイ曰くまぁまぁ。
だが結構モテているのだ。
不老不死の実験に協力させるのに結構使える。
「そう言うな。この街が平和な証なんだから。
お前だって他国に行けば生きていけるか分からないぞ?」
「大丈夫。俺より強いやつなんてそうそういない」
「はははッ! 自信が凄いな!! そんなこと言ってるといつか泣きを見るぞ〜?」
父は昔と比べまったく変わっていない。
少し髪の毛が短くなったぐらいか。
この父が思っていた以上に強かったことには少しだけビックリした。
剣技しか使わないが、その剣技が極地に達している。なんという親を持ったのだ俺は。
「ほら、屋敷に帰るぞー。
母さんが昼飯作って待ってる。
歩いて二十分はかかるだろうから早めにな」
そう言って父は塔の上から軽々とジャンプして飛び降りていった。
「……呑気な街だ。ほんと」
――――――――――――――――――――――
「ただいまー」
「あら、二人ともお帰りなさい!」
母のアケミが笑顔で迎えてくれた。
普段通りの様子に見えたが、周りを見てみると何やら使用人が忙しなく動き回っている。
「……なにやってるんだい母さん」
「見て見てこれ!!
ミシェルから
「おぉ!! 魔法の開発に成功したのか!!
だったらめでたい!! 手紙にはなんて?」
「えーとね、
『拝啓、お母様、お父様、ミクリィ、
お元気いらっしゃるでしょうか。
私ミシェルは無事に五回生へと進級することができました。
生徒会選挙にも当選し、二ヶ月後には書記として活躍していく所存です』、やったわ貴方!!
生徒会に入れたらしいわよ!!」
「さっすがミシェルだな。
俺の娘なだけあるよ、ほんと」
どうやら姉は向こうで青春を満喫しているそうだ。
彼女は一年に二、三回ぐらいのペースで手紙をくれるのだが、ここまでの報告は初めてかもしれない。
三回生のときの校内で暴れ回って副校長を殴ったとかいう話もやばかったが。
「『そしてこの度ついに、魔法開発に成功いたしました。
魔法協会に論文を出せば、特別魔法開発賞をもらえるかもしれません。
国際魔法に認定される可能性もあります。
今回、その魔法を載せたスクロールを送りました。
どうか家族全員で楽しんでみてください。ミシェル」
「……うちの娘本当に凄いな?
魔法の才能は母さんに似たんだろうな、やっぱり」
なるほど。これは俺もびっくりだ。
魔法協会に認められれば、その作った魔法は正式に『国際魔法』として認められる。
これは簡単に言えば世界規模で覚えることを推奨される魔法のことである。
一種から四種まで存在し、数字が減るごとに優先順位が上がるのだ。
回復魔法『リフレクト』。
探知魔法『バラモスの瞳』は第一種。
魔法使いになるのなら必ず覚えなくてはならない必須級の魔法ばかりだ。
俺が幼少期に作った、
拘束魔法『コンスタンティヌスの鎖』は魔法協会に出してもおそらく認定されないだろう。
世界規模でどの程度の生活向上が見込まれるかを判断基準としているからだ。
そんなレベルのものを単身で作るとは。
「えっと……そのスクロールはどこにあるんだ?」
父が母に尋ねる。
それは俺も思っていたことだ。
肝心のスクロールが見当たらない。
すると母は不思議そうな顔をして指を下に向けた。
「何言ってるの。貴方達が今踏んでいるじゃない」
「ん、ん……? なんだって?」
父が今の言葉に耳を疑う。
意味を咀嚼できていないようだ。
かくゆう俺も少し理解が遅れた。
まぁ、下を見ればすぐに言いたいことが分かったので、そこまで驚いたりはしなかったが。
「……」
いや訂正だ。
流石の俺もこれにはビックリだ。
なんだこれ。
こんなものを業者に運ばせたのか?
どんだけ大層な魔法なんだよ。
「……いや、デッカ……」
――俺たちの真下にはリビングの地面を覆い尽くすほどのスクロールが敷かれていた。
俺達はスクロールの色が紛らわしくて、
ずっとただ床だと思っていのだ。
父は口を開けたまま驚きに声が出ない様子だ。
当たり前だ。
こんなサイズのスクロールは城に出入りしていた父でも見たことがないのだろう。
縦横七メートルといったところか。
それほど大きい紙だが、それでも足りないといったふうに魔法陣がギチギチに描かれていた。
「はぁ……姉さん。
さては興奮に駆られて、完成してすぐに送りつけたな。魔法の簡略化に一切手を入れてないじゃないか」
魔法を作る時、必ず行わなくてはいけないのは理論立てである。
なぜそこに魔力が繋がるのか、
どういった概念を通して目的の現象を引き起こすか、といったふうに順番に紙に書いてまとめる。
数学や物理と同じだ。
全てを数値化して計算していき、目的の式に辿り着く。
大規模な計算では大量の式が使われるものだが、
魔法だって同じだ。
大規模な魔法では大量の魔法陣を描き、理論通りに魔力同士を繋げる。
では、数学でこれら大量の式をどうやって処理するか。
それは自明、簡略化するだろう。
その物理演算で三が九つ出てくるのなら、
二十七とまとめるのが普通だ。
魔法も同じ。
同じような魔力通過点や似た概念は簡略化して、魔法陣を小さくするのだ。
だというのに姉ときたらどうだ。
おそらく簡略化など一切していないだろう。
このサイズだと大規模な魔法だとは分かるが、もうちょい落ち着いて行動してほしかった。
「まぁまぁいいじゃない。
それだけ嬉しかったってことでしょ」
「よくないよ全く。
なんの魔法陣かも書かれてないし。
だいたいこれをどこにしまうってんだ」
「貴方の部屋でいいじゃない。
ミシェルの物たくさんあるんだから、今更でしょ?」
……最悪である。
俺の部屋はミシェルの物置じゃないんだが。
前に送られてきた『魔力で喋るんだ君』はなんなだったのか。
場所を無駄にとるからほんとに困ってるんだが。
「ミクリィ……」
父ジャンが俺のことを見つめている。
なんなんだその憐れむような視線は。
そのまま父は俺に手を合わせて、
舌をチロっと出しながら――
「すまん!」
「……はぁ」
おっさんのてへぺろなんぞ見たくなかった。
――――――――――――――――――――――
「……と、いうことで、今現在お母様が魔法陣の解析をしているところだ」
「へー、ミシェルちゃんそんなもの作ってたんだ。
いつか魔法を開発したいとは言ってたけど、まさかこんなに早いなんてね」
マリーネと会話を交わしながら、目の前の研究に没頭する。
今いるのは地下室だ。
本格的に研究をしたいと親に言ったところ、
あまっていたこの部屋を貸してくれた。
使うのは『細胞』。
あらゆる生物のものに魔力を流してみたり、
魔法に組み込むことはできるのか調べたり、
日々探究を進めているのだ。
「あの姉のことだ。
おそらく相当強力な魔法なのは確かだな」
「貴方、やっぱりミシェルちゃんに対する
評価高いわよねー」
「当たり前だ。
あんな天賦の才は中々見つけられない。
もし奪えるのなら奪っていただろうさ」
「最後いらなーい」
どうでもいい話をこいつとするのも慣れてきた。
最初は鬱陶しかったが、今となっては普通にウザいぐらいだ。
そんなことをしていると
後ろにいたやつがミシェルに紙を渡しにきた。
「ほらミシェル。
ドワーフの検査結果だ。
整理して本体の俺に渡しておけ」
「でかした俺。
お前の成果は俺の心に引き継がれる」
そう、『俺』がミシェルに渡したのだ。
しかしそれは俺ではない。
混乱するかもだが俺ではないのだ。
この地下室を見てみれば右に『俺』、左にも『俺』、そしていま渡しにきた『俺』と、俺を入れて合計で『俺』が四人いるのだ。
「それにしても、これがハーレムってやつなのかしら。存外悪くないわね」
「勘弁してくれ」
簡潔に言おう。
これは俺が四年前に学んだ分身魔術である。
第一、第二、第三魔法を開発する上で、俺が必須だと考えていた魔法だ。
俺という存在を映し絵のように影から念写して、
もう一人の俺を作り出す。
世間では『禁忌』と呼ばれる魔法の一種だ。
「おい、『俺A』、本体にそこの本を渡してやれ。
そろそろ必要になってくるだろうから」
「了解だ。『俺C』、この『概念武装の始まり』というものだな」
見て分かる通り、こいつらは自分自身の意識を持つ。
これが『禁忌』とされる理由だ。
『自分が偽りの存在だと認められずに本体を殺す』
あるいは、
『自身の消滅を受け入れられず本体を道連れにする』。
それはそうだろう。
彼らからすれば『自分』こそが自分なのだ。
魔法解除による消滅なんて、彼らにとって死と同義なのである。
メンタルが弱かったり、自分を信じられていない人間が使うと、たちまち自らを殺めることになる。
本来ならば俺が使おうともしない魔法。
だがこれは非常に俺と相性がよかった。
「……これに関しては素直に貴方を賞賛するわ。
自分の夢への渇望の一致だけで、
完全に分身を制御できるなんて……」
「『俺』は分かってるんだ。
『俺』が俺であると。
俺の死生観も関わっているだろうしな」
身体が魔力でできているとはいえ、こいつらは俺を完全に模した存在だ。
こいつらは俺なのだ。
俺という存在そのものなのだ。
俺ならば死にたくないと思って叛逆しそうなものだがそれは違う。
この魔法最大のメリット。
分身が学んだこと、鍛えた肉体、魔法の修業量。
これらは俺が魔法を解除した瞬間、
つまり俺は今まで一人だけで回していた鍛錬を、最大十人で回せるのだ。
『意識の分離』を使えば、四百年は百年に、そしてこの分身を使えば百年が十年になるのだ。
そしてこの還元されるシステムは、分身達の制御にも役立っている。
還元されるということは、消滅するのではなく俺の中に取り込まれるということ。
俺の意識と一体化するということ。
つまり、
こじつけかもしれないが、こじつけで結構。
彼らは俺であるからこれを理解している、だから俺の命令を確実に聞くのだ。
「……この魔法のおかげで、俺は不老不死への道をぐっと短縮することができた」
「……」
「第一、第二、第三魔法は一年前に全て完成した……! あとはただ不老不死になるだけなんだ!」
いつもこうだ。
この話題になると身体が火照って興奮してしまう。
今まで妙光さえ見えなかった不老不死に、
ほんのちょっとの光が射しこんだのだ。
「クククッ」
「フフッ」
「ククッ」
周りの分身達も一斉に笑いだす。
あぁそうだ笑え。
遠い星の光が目に届いたこの現実で笑え。
笑え、笑え、笑え。
「「クククッ!! ククっ!!
アーハハハハハッ!! アーハハハッ!!」」
部屋の中に俺たちの笑い声が響き渡る。
同じ声が、同じ大きさで、同じように。
俺たちは、俺として。
――ほんの少しのちっぽけな可能性に狂喜した。
(……ミクリィ、貴方は自分が分身を従えられる理由を色々と考えているだろうけど、そんなもの何よりも単純なの、分かってる?)
「ハハハハハハァアッ!!」
(貴方がイカれてるから。
貴方は、どこまでも自分でいられるのよ。
……ま、そこがいいところなんだけど)
マリーネはそうして、小さくため息をするのだった。
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