第2話 『家族と世界、そして俺』

 あぁ死んだ。死んでしまった。


 結局何もなせずに死んでしまった。


 俺という命が終わったのだ。

 目の前には無限に続くであろう暗闇。


 「ヒュー……ヒュー……」


 苦しい。本当に苦しい。


 怖い、寂しい、辛い。


 やっぱり死なんて碌でもないものじゃないか。 

 何が受け入れるだ。

 何が幸せになるだ。


 あの哲学者の言っていたことは全て嘘っぱちだ。

 死以上に恐ろしいものなんてあるはずがないのだ。


 「ヒュー……! ヒュー……!」


 あれ? じゃあなんで俺は考えることができてるんだ?

 なぜ俺は苦しんでいるんだ?


 まさかこれが死んだ者の末路なのか?

 こんな苦しみが永遠に続くのか?


 ――嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。


 「ヒュー! ヒュー! ヒュー!」


 あのテロリスト共、絶対に呪ってやる。

 俺が不老不死になる前に、こんな……こんなぁ!


 「ヒュー!! ヒュー!! ヒューゥ!!」


 「…………ッ!? …………!!」


 「…………!! …………!!」


 なんだ……? 周りがうるさい。

 死んだらこんなにうるさい物なのか?


 それになんだ。視界全体が真っ白だ。

 

 どうやら死後の世界とやらは永遠に白い世界が続くらしい。勝手に真っ暗闇を想像していたが。


 しかしそんなの関係ない。ただ怖い。死が怖い。

 ダメだ。苦しい、苦しい。

  

 「ヒュー!! ヒュー!!」


 あれ? おかしいな、また意識が………。

 死んだはずなのにまた死ぬのか?


 嘘だろう? 俺にとって最悪の結末じゃないか。

 あぁうるさい眩しい苦しい。


 やめろ、やめてくれ、怖い、怖い!


 だめだもう、もう――


 「――――――。」


 「ぇ……?」


 な、んだ? 俺の身体に温かいものが……。

 物理的にだけではなくて、心もだ。


 「――――。――――――。」


  ――あぁ温かい。落ち着くのだ。


 おかしいな。死んで苦しくて怖くて堪らないはずなのに――


 「――――――。――――――。」


 ――安心できる。

 

 女神様だろうか? そんな存在信じてはいなかったが本当にいたということだろうか?


 あぁ落ち着く。安心する。そして何故だが眠い。


 「……………を愛……人……………よ。…………なん…………い。………安心して。大丈夫、大丈夫よ。だから――」


 あぁ……眠……い……。


 「――安心してお眠りなさい」


 そうして俺は女神らしき人に抱かれて永遠の眠りについた――



――――――――――――――――――――――



 (マジかよ……)


 「さぁ、美味しいミルクを飲みましょうねー」


 ――と思っていたのがつい五ヶ月前。


 再び眠りから覚めたら何やらベッドに寝かされていて、謎の家族に頬をつつかれて終わったのが初日。


 手元にあった手鏡を見て、自分の姿に驚愕したのが、二日目。

 ちなみに手鏡を俺のベッドの中に入れっぱなしにしていた女の子がめっちゃ怒られたのも二日目。


 そしてやっと状況が掴めてきた三日目。

 目の前には女の乳。それを見つめる二人組。

 知らない家に知らない世界。


 その日俺は心の中でこう叫んだ。

 

 (……異世界転生ってやつかいッ!!)


 「イタッ! もう、噛んじゃだめよー」



――――――――――――――――――――――



 状況を整理しよう。


 俺はパリでテロにあって死んだと思ったらいつの間にか異世界に来ていた。

 何を言ってるか分からないと思うが、俺も何が起こっているか分からなかった。


 まさしくポルナレフ状態というやつである。

 混乱に次ぐ混乱。


 死に対する恐怖を抱いてから、大抵のことには驚かなくなった俺であるが、今回ばかりは驚愕した。


 しかしこれは行幸だ。なぜなら人生をリトライできるのだから。

 死の到来に深く絶望したが、今自分はその死から最も遠い存在なのだ。


 「ふぇへ、ふぇへへへ」


 駄目だ。笑いが止まらない。あの二十一年間が帰ってくるのだ。素晴らしい、なんとも素晴らしい。


 「…………」


 そんな俺を上から見つめる顔が一つ。


 なんだ小娘め。俺の顔をマジマジと見てるんじゃないぞ。


 「お母様ー! またミクリィが笑ったよー!」


 「あらそう! きっと貴方と一緒にいられて嬉しいのよー」


 「えへへ」


 んな訳がないだろう。俺は子供が大嫌いだ。あの希望に満ちた目を見るとムカついてくるのだ。


 ……まぁこいつといると落ち着くのは本当だが。


 こいつはこの世界での俺の姉であるらしい。

 名前は『ミシェル・リクメト=イモタリアス』。


 元気百倍なポニーテール娘。


 金色の、しかし少し黒が混ざった綺麗な髪を持つ。 瞳は黒。顔は東洋人寄りのハーフ。

 俺より六歳上であるようだ。


 そして俺の名付け親である。


 そんな俺の新しい名前は

 『ミンクレス・リクメト=イモタリアス』。

 姉とは逆で黒い髪の毛に金色が混ざっている。

 顔は西洋と東洋で半々。瞳は青。

 愛称は『ミクリィ』である。


 実は結構気に入っている。小娘よ、よくやった。


 もちろん両親もいる。

 父は『ジャン・リクメト=イモタリアス』。

 優しい顔をしておきながら、中々の強者つわものであるようだ。


 母は『アケミ・リクメト=イモタリアス』。

 どうやら別の国から嫁いできたようで、我々西洋顔とは違って純血の東洋顔である。

 元日本人の俺からすれば、母親が東洋人なのは少し嬉しい。


 あとは使用人がたくさんいる。住んでみて分かったが、かなりの両家に生まれたようだ。


 印象的なのは『ママリ』と呼ばれている使用人。どうやら俺の身の世話をしてくれるようで懇意にしている。あと素晴らしいお胸の持ち主だ。


 そうそう執事もいる。名前はまだ覚えていないが、初老の男で筋骨隆々だ。

 マジでデカい。ギャングの間違いじゃないのか?


 そんな俺の新しい生活。


 転生理由も不明。

 誰の仕業かも不明。

 なにもかも不明。


 まぁ生命を貰ったからには全力で生きさせてもらうが、少し困ったことが二つある。


 「あうあうあー」


 「んー? ご飯でちゅかー?」 


 一つ目。まず喋れない。

 

 身体が追いついていないのか知らないが、何も言葉にできない。

 ご飯が欲しい時は今みたいにするしかないのだ。

 

 今のは喉が乾いたと言ったのだが。


 「はぁい持ってきましたよー」


 「あ! お母様! 私! 私が食べさせてあげる!」


 「あらそう? じゃあ任せちゃおうかしら! ほらミンクレスちゃん、ご飯でちゅよー」


 「はーい、お姉ちゃんからのご飯よ!!」


 二つ目。自分で起き上がれない。

 

 これは思ったよりもストレスになるのだ。自分のいう通りに身体が動かない。

 仮に動かして首がポキッっといったら俺は死ぬ、絶対にダメだ。恐ろしい。


 だからご飯を食べさせてもらうときは母かママリに支えてもらうのだ――って熱い。


 「あーん」


 熱い熱い熱い! ちょ待て小娘! 

 無理やり口に突っ込むな! 

 火傷から炎症を起こして菌感染したらどうする!?


 「こーらミシェル、まだ生まれたばかりなんだからゆっくりあげないと」


 「えー! 大丈夫だよお母様! この子凄い元気だもん!」


 大丈夫じゃないんだよ? 元気では解決できないこともあるんだと教えてやろうかこの野郎。


 「だーめ、大切な弟なんだから優しくしてあげなさい」


 「うー、分かった……」


 ナイスですお母様。


 と、この様な毎日をおくること五ヶ月。


 だんだんとこの世界のことが分かってきた。


 まずここは生前によく見聞きしていた異世界そのものだ。


 母や父に連れられてそれなりに外に出てみたが、綺麗な野原に石造りの街、そして何より魔法!


 中世かと思えば近世、現代にもあった物が混ざり合っている。このメチャクチャな世界観。うん、異世界だ。


 俺は生前、何も不老不死になるために毎日修行やら勉強だけをしていたわけではない。

 人生を楽しめなければ不老不死になろうと意味がないのだ。

 それなりにアニメは見てきたし、ゲームだってしてきた。好きだったわけではないが。


 この世界について調べるのはまともに歩けるようにならないと無理だ。読みたい本も取りにいけないんだからな。


 「ただいまー、お! ミクリィちゃーん、今日も元気でちゅねー!」


 父が帰ってきた。この人はでっかい畑を持っていって、いつも汚れて帰ってくる。汗臭いし。


 「よちよちよちよちよちよち!!」


 そしてこの抱擁である。やめろ。カビが生えてきそうだ。


 ……話を戻そう。

 

 両親の話を聞いていたところ、ここが『バトラズ王国』という国にある『ハルガン』という街であることが分かった。


 そして父はなんとこの都市の市長の弟なのだという。


 物凄く運がいい。貧乏家族に生まれて路頭に迷うなんて絶対に嫌だったからな。


 「貴方、早くお風呂に入ってきなさい」


 「えぇ? か、母さん。そんな頻繁に入るもんじゃ……」


 「ダメよ。私の国はそういう文化なの」


 「多様性だよ多様性! 多様性を大事にしなきゃ!」


 「……結婚するときに約束したの、忘れたのかしら?」


 すこし母が威圧をかけたら風呂直行である。

 この家は母親強しであるらしい。


 俺も気をつけなければ、生前の母は穏やかな人だったからな。俺の扱いに困っていたっけ。


 「お母様ご飯作るの? 私も手伝うわ!」


 母は使用人に頼りきらず、様々な家事を手伝っている。見ているだけは嫌といったところか。

 

 「あら、勉強は終わったの?」


 「もちろん! 『回復魔法入門』終わらせちゃった!」


 「あら本当!? やっぱり貴方は凄い子ね! じゃあ……! 新しい本を買ってあげましょう!」


 「本当!? やったー!!」


 ……こんな感じの家族だ。


 賑やかで平穏で、どこまでも幸せですって顔をしている家族。実は俺もやぶさかではなかったりする。

 

 平和な生活は不老不死への第一歩だからな。


 こうして皆んなでご飯を食べて、風呂に入る。


 俺は母と姉に入れてもらう。父は一人。つらい。


 最後は家族全員でベッドに入る。俺も赤ちゃん用ベッドですんやりだ。


 そうして一日が終わる。

 こんな生活が何年も続く。


 はやく喋れるようになりたい。本だって。

 はやく身体も鍛えたい、研究の続きだって。

 健康的な生活を始めたい、ストレッチだって。

 

 あぁ早く、早く早く、早く――


 

 ――不老不死になりたい。

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