第3話 『魔法と狂気の始まり』
「私はミンクレス・リクメト=イモタリアスです」
「そうだ! うまいぞ流石だ! 流石お父さんの息子だぞぉ!!」
(はぁ、演技というのもこれまたキツいな……)
転生してから五年が経った。
中身二十六才の五歳児の爆誕である。
あれから様々なことがあった。
喋れたけど読めなかった『リヴァリア語』を教えてもらったし、庭の中を走れるようになった。
リヴァリア語というのはこの世界の公用語であり、リヴァリア大陸という場所で話されてきた言語だそうだ。
書く勉強もし始めた。
文法はドイツ語に似ている。
男性名詞もあるし女性名詞もある。
もちろん中性名詞も。
Iやyouといった主語は存在しない。
ラテン語のように一つの単語に主語が含まれており、人称でこれまた単語が変わる。
ラテン語とドイツ語のハイブリッドだ。
こんな恐ろしい言語を公用語にするなんて頭がおかしいんじゃないか?
しかし幼児の頭というのは不思議で、掃除機で吸うみたいに簡単に文法を覚えることができるのだ。
日本に生まれて、気づいたら日本語が普通になっていました、みたいな感じだ。
まぁそれでもそれなりの時間がかかるだろうが。
庭を走れるようになったのは、単純に年齢がそのくらいになったから。
やっとトレーニングができるところまで来たのだ。
頼んだら本も読ませて貰えた。
まぁ覚えたばかりだから絵本みたいなのしか読めないけど。
だが慌ててはいけない。
人生は短いのだ。効率的にしなければ不老不死なんて夢のまた夢。
そう、せっかくこの世界に生まれたのだ。前世を越える効率。最高の効率で望まなくては。
すなわち――
「お母様ー!!」
「あら! ミクリィ! お喋りのお勉強終わったの?」
「うん! 思ったよりもカンタンだよ!」
「まぁ! ふふっ! 私の息子は天才かもしれないわね!」
「だからね、お母様!!」
「うん?」
「――私に魔法を教えてください!」
――魔法を、この世界の本質を覚える。
これぞ不老不死への第一歩である。
――――――――――――――――――――――
「お母様! こいつだけズルくない!?」
「こら! 弟にこいつなんて言ったらダメよ」
「むー!」
俺は母に連れられて街の離れの森に来ていた。どうやら魔法の特訓をするのに最適な場所があるらしい。
今一緒にいるミシェルも魔法の修行をすると言ってよく出かけていた。
もしかして今から向かう場所に行っていたのだろうか。
「あんたね! 喋れるようになったのが少し早いからって調子に乗らないでよ!」
「別に調子になんてのってないよ」
「いいや調子に乗ってるわ! だって顔がムカつくもの! また頭をぶん殴るわよ!」
件の姉であるが、今年十一歳を迎え、とても気性が荒くなった。あんだけ俺のことを愛でてたくせに、最近は殴ろうとしてくるのだ。
おい母さんや、教育方針を間違えたんじゃないか?
「いい加減にしなさい! 確かにルクリィは貴方の時よりも色々早いかもしれない、魔法だってね。でもだからって大事な弟を叩いたりなんてしたらダメ」
「……ごめんなさい」
「大丈夫。貴方には貴方の素敵なところがあるんだから。魔法の才能は私が見てきた中でも一番よ?」
「……うん」
ほら見ろガキめ。可愛い弟をいじめるからこうなるのだ。せいぜい反省しやがれ。
「ルクリィもよ。お姉ちゃんの事は尊敬しなさい。時々バカにしてるの、お母さんには分かります」
「……ごめんなさい」
……母は強しである。
――――――――――――――――――――――
森を歩くこと五分。少し開けた場所に着いた。
岩の壁が四方に張り巡らされており、ところどころ破壊されていた。恐らく姉の練習の賜物であろう。
「よし! じゃあ始めましょうか!」
母がその美しい手のひらをパンッ!と鳴らす。
やっと異世界らしくなってきた。
クソ難しい言語の勉強は懲り懲りだ。
「まず魔法とは何か説明するわね」
そう言うと母は手のひらに小さな炎を出す。
「おぉ……!」
「魔法には属性というのがあるわ。そして基本一人につき二属性。炎、水、雷、土、光、風」
手のひらの中で現象が次々に変わっていく。絶対に起こり得ない自然現象の顕現。
ここが異世界なのだと強く意識させられる。
「――そして、闇」
《ブワッ》
「――ッ!!」
明らかに他の魔法と圧が違った。
濃いような、重いような、そんな圧力。
「ふふっ、驚かせちゃったかしら? 今強かったのは私の属性の魔法だったからよ。人によって属性は変わる。そしてその属性によって魔法の質も変わってくるの」
なるほど。つまり母は闇属性ということか。前世の友達が聞いたら発狂しそうだな。
「次は『枝分かれ』について説明するわね」
そういうと母は地面に一つの木を描き始めた。
「この世界にいる人達はいろんな魔法を使うわ。その中で『神聖魔法』っていうのがあるけど、これは光魔法の派生なの」
木から一つの枝が描かれる。なるほど、なんとなく分かってきた。
「最初に言った七つの魔法は一本の木にすぎない。あらゆる魔法が枝のように増えていって――」
どんどん枝が増えていく。どんどんどんどん――
「その結果この世界には数千の魔法が存在することになったわ。でもね――」
すると母は地面に描いた木や枝を一気に消してしまった。
「中にはこの七つの属性どれにも属さない魔法が存在する。基盤となる属性がないから中々発見できないのだけどね」
「千年前の大英雄『始まりのラムダギル』はその魔法で時間を操ったらしいわ! 私勉強したんだから!」
「そうそう、よくできました!」
――これは面白い。生前と比べものにならない可能性を秘めている。
研究していけばきっと不老不死の魔法だって――
「じゃあ魔法の属性が合わなければ、その魔法は使えないの?」
「いいえ、そんなことはないわ。確かに属性の魔法より効力は下がるけど、基本全て覚えられるはずよ」
なるほど、だったら問題なしだ。
これで魔法が使えなかったら、不老不死の夢が遠ざかるからな。
「お母様は何属性なのですか?」
「私は闇属性だけ。珍しいのよ? でもその分、他の魔法使いよりも強い魔法が使えるの」
「私は光と雷よ! この組み合わせは一万人に一人なんだから!」
どうやらミシェルが魔法使いとして優秀なのは本当らしい。
羨ましいもんだ。なんでもっと努力しないのか?
「じゃあ検査していくわね。手を貸して」
おっ、ついに始まるらしい。
長いこと感じていなかったワクワクが湧き出てきた。
魔力を同期させて測ったりするのか? それとも触ったら分かったり? それとも――
「はい! これ!」
――なんだその妊娠検査キットみたいなのは。
「はい! あーん」
しかもあーんなの? ねぇあーんなの?
「あ、あーん、ってウゥエエ!」
「ちょっと! 我慢しなさいよ!」
いやそんな喉奥まで行くとは思わないだろ!! インフルエンザみたいな計り方しやがって!!
「ほら見て。属性にあった色があるでしょ? 針が止まった色が貴方の属性よ」
……物凄くアナログだが、これで属性が分かるのだ。文句なんて言ってられない。
針が左右から動き始めた。この針が止まったところが俺の属性。
右の針はは火を越えた。
水も違うようだ、次に進んで――
「あぁ!!」
ミシェルが身体を乗り出してきた。
まったく、もっと落ち着いていられないのか。
だがそんなのことどうでもいい。針はどうなった。
「と、止まった……これは……」
「か、風……」
俺の第一属性、風で決定である。
「ふふっ!! よかったわね! 風って一番地味な属性なんだから!! あんたにピッタリね!」
「……」
この餓鬼。後で痛い目見せてくれる。
「待ちなさいミシェル。左の針を見てご覧なさい?」
「え……あ」
え? 何々? 何だったの?
俺はさっきとは逆で姉の前に身体を乗り出した。
「いったいわね……!」
「ぼ、僕の属性は……」
こ、これは……。
「雷……」
風と雷。嵐かな?
六十年以内には不老不死になりたかったんだが、どうやら難しいようだ。
闇とか光がよかった。なんか不老不死に近そうだし。
「雷はお父さんの影響かしら? 風は私のお母様からの遺伝ね」
「ふん! 私だって一緒だし! なんなら光属性だからあんたより上だし!」
ミシェルが何やら言っているが気にしない気にしない。
「……お母様、僕に魔法の使い方を教えて」
「ふふっ。気が早いわね。分かった、いまから教えるからよく聞いていなさい」
そう言うと母は俺の腕を引いて、広場の中心へと移動した。
「魔法を使うには、大気中にある『魔素』っていうのを身体に取り込んで貯蓄しないといけないの」
魔素? 『マナ』と同じようなものだろうか。
「大気には大きく分けて三つの分子があるわ。酸素、窒素、そして魔素。その他にも細かいのはあるけどね。私たちは酸素と魔素を身体に取り込んで息をしてるの」
「取り込んで貯めたのが『魔力』。貯まるのがとても遅くて、二週間溜め続けてようやくその人の最大量だから気をつけて使うように」
――驚いた。魔素でも呼吸しているのか。
こちらの世界ではその魔素というのが身体の中を循環しているらしい。
今まで息苦しいと思ったことはないが、やっぱりこの身体がこの世界の物だからか?
恐らくそんな特別なものじゃなくて、ただの一分子の扱いのはずだ。化学式もあったりするのだろうか?
「魔素の濃さは場所によって変わるけど、必ず二十パーセント以上は存在するわ」
「酸素とくっついている比率で濃さが決まるのよね! 『マソさんのダメダメな結婚式』で読んだわ!」
「あら、また正解。偉いわね!」
ダメだ。生前の知識が邪魔をする。
「ふふっ、少し混乱しているわね。今言ったことは忘れて大丈夫よ。あなたの年じゃまだ理解するには早いだろうし」
「そうそう! 早いのよ!」
クソッ、こんなところで年の弊害が。
早く自分で本が読みたい。
後から調べた結果によると、この世界では魔素は酸素にくっつく性質があり、我々はくっついた魔素でないと取り込めないのだそうだ。
空気中に魔素自体は大量に存在するが、酸素とくっつけるのは質のいい魔素だけであるらしい
「今は空気中に魔素があって、魔力にちょっとずつ変換されることだけ覚えておきなさい。
じゃあ次の段階にいくわよ」
母が俺の前に立ってきた。
「魔素は濃ければ濃いほどいいわ。濃い環境で育って、魔法の練習をすれば、持てる魔力の量も上がっていく。身体もどんどん強くなる」
「だからここは練習にはとても最適。森のおかげで魔素がとても濃いのよ。こんな場所は中々見つからない、あなたは運がいいのよ?」
あぁ……それは本当に運がいい。本当に……。
「魔法を使うイメージはその魔法による。でも魔力を流すイメージは全部同じよ」
そう言って母は岩壁に向かって腕を伸ばす。
「身体の中をイメージするの。肺から魔素を取り込んで心臓で魔力に変換。
その貯めていた魔力が血の流れに乗って腕までやってきて――」
母の腕の血管に紫色の光が灯っていく。ストローで吸ったときみたいに腕の中を進んでいく。
そして手のひらに集まって――
「そして撃つ!」
ハンドボールぐらいのドス黒い闇の玉が出現、そしてかなりの速度で岩へと打ち込まれた――!
《グアアッ!!》
玉は壁に当たった瞬間に周りの物を吸い込んでいき、最後は収束。跡形もなく消え去った。
「や、やっぱりお母様の魔法は凄いわ……」
「ふふふっ、これでもクサナギ国一の魔法使いだったんだから」
あぁ凄い。本当に。
壁には綺麗に切り抜かれた半円の跡がごっそりと姿を現した。
黒い玉に吸い込まれたのだ。もしやあれはブラックホールなのだろうか?
いや、ブラックホールなら俺も吸い込まれているはず、あれは何だ? 摩訶不思議だ。
あぁ、本当に――
「凄いなぁあ……」
おっとまずい。素がでてしまった。
怪しまれては元も子もない。
深呼吸深呼吸……ん?
「…………」
どうやらミシェルに見られたようだ。
酷く怯えている。なんだなんだ。
愛する弟に見せる顔じゃないぞ。
「お、お母様! わ、私先に帰って勉強しておくわ!」
「あらそう? 道は分かるわよね? 気をつけて帰るのよ」
「う、うん!」
……走って帰ってしまった。
いや、俺から逃げたのかな?
おかしいなぁ。そんなに怖い顔してただろうか。
「じゃあ今から魔法を使って――」
「あぁ大丈夫だよお母様。後は僕だけでなんとかするから」
「え? でも一人だけじゃ難しいとおも――」
「その時はまた聞く。早く魔法を使いたいんだ」
「そ、そう……だけど本当に大丈夫? まだ魔力をイメージするのにも一年はかかるだろうし――」
「大丈夫。魔力のイメージは一年前に終わらせてる」
「……ッ!」
あぁそうだ。あれだけ時間があって俺が無駄なことばかりしていたと思っていたのか。
不老不死のためには一秒だって惜しいのだ。
赤ん坊の状態で体内の魔力を想像するのは正直キツかった。身体がまだその段階になっていないからだ。
両親が話している会話から存在だけ知っている状態だったしな。
――だが何ごとも努力なのだ。
色んなイメージをした。朝七時に起きて、夜八時に寝るまでの十三時間。
すぐに眠くなるこの身体をベッドの隙間に挟み込んで痛みでなんとか起き続けて。
何千、何万通りとイメージした。
生前に獲得した
数えていないから正確な数は分からないけど。
そして一年前にやっと感じたのだ。魔力の奔流を。
やっと探求を始められる。
そう思った矢先、
まだ早いからダメと言われたあの日。
俺がどれだけ焦ったか。苦しかったか。
貴方には分かるまいに。
「……貴方、魔法の天才かもしれないわね。将来は偉大な魔法使いになれるかも」
魔法の天才? 馬鹿を言え。
天才だったらもっと早く使えただろう。
俺は魔法に関しては恐らく凡人だ。
――そして魔法使いになりたいだと?
「……お母様ありがとう。今日はここで特訓するよ、だから……」
そんなものになってどうする。
全ては過程でしかない。
俺が目指しているのは――
「先に帰ってていいよ、お母様?」
「……そう、でも無茶はしたらダメよ」
――永遠を生きる不老不死だ。
――――――――――――――――――――――
森を出て家に戻る。
あの子は残ったけど絶対に大丈夫だろう。
森は家から近いし、神聖な場所だから魔物も寄ってこない。
――あの子の瞳を思い出す。
豹変した。別人のように。
本質は変わっていないのだけれども。
以前からあった心の闇が深くなった気がする。
いや、今まで隠れていた闇が顔を覗かせたと言った方が適切か。
私には分かるのだ。属性上、そういったものにも敏感になるから。
ミシェルもあの闇に気づいて怯えて帰ってしまったのかもしれない。
子供はそういうのに敏感だと聞く。
それが良い方に転ぶか悪い方に転ぶかは、今の私には分からない。
「でも……」
でも、あの子が愛おしい我が子なのは変わらない。
あの子の闇と向き合おう。本質は優しい子だ。
仲良く家族で過ごしたいから。
もう私のような悲劇には合ってほしくないから。
だから――
「あなたを心の底から愛するわ、ミクリィ」
その日の夕日は、いつもよりも赤かった。
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