第26話

「誰よ、あなたっ」


飛び退きながら目の前の男に警戒しながら尋ねる


「··········」


「····っ、なんか言いなさいよ」


頑張って対話をしようとも無駄で、ずっと黙りコケている。それがより一層恐怖心を上げる


「はあ、そんな身構えられても拉致るのに時間かかるだけってのによぉ」

「らち?」


一瞬言葉の意味がわからなかったが、それも理解することに時間もいらなかった。


(怖い。でも、早く逃げないと)


今も自分の足は小刻みに震えている。足が言うことを聞かないかもしれないが、一刻も早くこの場から逃げないといけない。


(大丈夫。私だって、少しは武術を·····)


自分が培ってきた武術で時間稼ぎをしながらという魂胆を見せながら、機会を伺っている。


(今!)


男がしびれを切らして目をつぶった間に走り出した


(とりあえず、近くの交番!)


「はあ、逃げ足はえぇなぁ」

「·····っ!」


もう追いついてきた。それはこの男の身体能力が化け物じみているためなのだろう。


「このっ!」

「おっとあぶねっ、なかなかキレがいいじゃねえの」

「あなたに褒められても嬉しくないわっ!」

「はいよ、そうかいそうかい。んじゃ、俺も早く終わらすかぁ」


そこからは容赦なく拳を振るってくる。暗闇でこっちは視界が制限されているにも関わらず、男は的確に人間の急所を狙ってくる

右ストレート。ローキック。前蹴り。

そのどれも間一髪に避ける。だが、さすがに徐々に疲れて来てしまい、男のパンチやキックがかするようになってきてついに······


「キャッ!」


男の渾身のパンチを食らって、倒れてしまった。

もう、力も出なく、地面に仰向けになって寝転ぶしかできなくなってしまった


「安心しろ、呼吸できなく死ぬことはねぇ。ずっと難しい手加減をしてやってたんだ、感謝しろよ」


そう言いながら男がこちらに来てやっと顔が見れた。その顔はニヤリと嗤っていた。



(助け····なんて来ないわよね、いやだぁ·····)


思わず泣きそうになる。でも、最後の矜持なのかそれを我慢する。

でも、だんだんと意識が薄れていく。


「悪いようにはしねぇよ。さて、さっさとあいつに電話して撤収するか」


そうして何度かコールするが一向に出る気配がない。その音が空しく鳴っている。


「チっ、あいつまた遊んでんのか」


「あいつってのはこいつのことか?」


突然暗闇の中から声がした。

その声で意識が少し覚醒した。




ーーーーーーーーーー




「いやー、まさかこの本が売ってあるなんて!!」


バイト終わりに本屋に行ったら、まさか俺の好きな著者の本がおいてあったとは、しかも新刊!


「うんうん、今日は運がいいっ!帰ったあとは先生のミステリーを読もう!」


ウッキウキに足取りで家に向かっていると、すぐ後ろに足音がした。


(ん?こんな時間にこんな途に人っているんだなぁ。はっ、もしかして後ろの人もこの先生の本買ってたのかな?)


そんなアホなことを考えている間にもその足音はこちらに近づいてきて······


「おっと、危ない」

「チっ」


急にこちらを殴ってきた。


「何だ何だ血気盛んだな。暗くて見えん。街灯のとこ来い。顔を見せるのが礼儀だろ!」

「うるさいガキだなぁ」


街灯に照らされて見えたのは、顔色の悪い少し痩せている体だった。それと、暗視ゴーグルをつけている。


「暗視ゴーグルって、暗視ゴーグルって。あははっ、君ファッションセンス大丈夫?」

「笑いながら、聞くなよ!いちいち癇に障るガキだな」

「まあまあ、そんでなんのようですか」

「それを教える義理をないね」

「そう?」


そして、襲ってくる。相手の形相を凄まじいものだった。イラついていたのだろう


(まあ、手でガードしてその後に反撃かな~)


まず問題なく手でガードできた。だが、ガードし立てが悪かった。


「なんだ、この袋。まあいいか」

「おい待てっ、それを捨てるんじゃ·····」


運悪く本が入っている袋が手から滑り落ちて相手がそれを無情にも投げてしまった


「お前、少しはできるじゃねぇか」

「·······れっ······」

「はっ?なんつった」

「ダマレと言っているっ」

「っ、おいおいなんだよそんなに大事だったのかよ」

「うるせぇ、その口閉じろ」


そこからは一方的な暴力だった。どっちが悪かわからないほどに


「も、もぉやめてくれぇ」

「あ!?るっせぇその首はねてやるっ!」

「ヒィッ!あ、兄貴助けてくれ!」

「なんだお前兄貴分がいるのか、そいつに会わせろ」

「え?そ、それは」

「それは。なんだって?」

「ヒィッ!スイマセンスイマセン。今すぐ連れていきますっ!」



それから、こいつの兄貴分の担当場所というかそういうところを聞き出し、気絶させて引きずりながらその場所に向かう。

しばらくして、スマホの明かりで浮き彫りになった顔を発見した。


「チっ、あいつまた遊んでんのか」


「あいつってのはこいつのことか?」

「誰だ!」

「俺だ」

「真面目に返答する気はないってことか?」

「ああ、そうだ」

「まあいい、とっとと—」

「—お前らは俺の大事なものを傷つけた」

「大事なもの?ああ、そのことか」


勝手に男の中で解釈が進んでいってしまう。

それはつまり、橘も聞いているということ。

だが、大事な何かを傷つけられたヤツには周りが見えていなくなってしまっている。


「ん?おいお前、それ」

「ああ、こいつか?とりあえず気絶させておいた」

「······そうか。まあついでだ、お前も気絶させて拉致っとくか」

「拉致?ああそんなニュースあったな」

「無駄口叩いてんじゃねえよっ!」


瞬発的に速度を上げてこちらに殴って来る。こちらも拳に合わせて受け止めようとしたが、男が懐に忍ばせていたであろうナイフがこちらに襲いかかってくる。


「うおっと、少しかすったか?」

「ふん、男なら多少傷んでもいいんでね」


そうして、また襲いかかってこようとするが—


「まあ、待て」

「?」

「俺はある道場で修行をしていたんだよ。そこの名前は明鏡止水ってところでね」

「それがなんだ」

「お師匠に言われたんだ·····。あれ、なんだったかな?まあ、つまり」


気合を込める。その予備動作からも渾身のパンチが来るのだろう。

そうして警戒しているとついにきた·····


「我流明鏡止水。顔面パーーーンチ‼!」


声高らかに男の股間を思いっきり蹴った。

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