第50話 『水族館と僕』

 帰宅して時計を見ると、夕飯まで結構時間があった。

 俺は執筆の参考になりそうな小説と、単純に暇を潰せそうな小説を探すために本棚部屋へと向かった。


 両親が遺していった小説は多岐に渡る。

 SF、ハイファンタジー、時代小説、ミステリー、コメディ、ショートショートに青春物、エトセトラ。

 両親は随分と読書家みたいだったようで、どのジャンルも読み漁っていたらしい。

 本棚一杯に埋まった小説が、その証拠だ。


 この大量の小説には、随分と助けられたものだ。


 たが本棚をよく見てみると、小説は結構ジャンルも作家もバラバラに仕舞われていて、整理されていないことが伺えた。

 俺も読むために抜き取った小説は読み終わった後も同じ場所にしまっていたので、特に整理もしなかった。

 そのせいで、並んだ小説は読んだものと読んでいないものの区別が付かない状態になっていた。

 いい加減整理しないとな、とそんなことを思った。


「しかしまぁ……」


 呟きながら、本棚の隣を見る。

 そこには両親の仏壇があった。


「しょっちゅう出入りしてたのに、これに気が付かないってヤバイよなぁ……」


 自分自身にほとほと呆れつつ、天を仰ぐ。

 小百合から見たら恐怖しかなかったんじゃないだろうか。

 そして、伯父から見ても。

 両親の仏壇がある部屋に頻繁に出入りしているのに、いざ親の話題を出してみたらまるで通じない。

 それを想像すると、過去の自分が本当に怖く思えた。

 もしかしたら、伯父が家に帰って来なくなった原因は俺なのかもしれない。


 しかし、と腕を組む。

 一つだけ気になることがあった。

 それはどうして俺の記憶は、両親に関する事柄だけすっぽりと抜け落ちていたのか、ということだ。


 両親の死を受け入れられなかった?

 考えられるとしたら、これだろうか。

 激しいショックを受けると記憶が飛ぶ、と言うのはよく聞く話だ(主に創作内だけど)。

 

 それとも悲しむ暇なんかなかったから?

 家事に追われて悲しむ暇がなく、心が徐々に疲弊していき、両親のことを忘れていったのだろうか。


 それとも別の理由が? 

 色々と思いつきはするが、どれもピンと来なかった。


 まぁ、そこまで気にすることでもないか、と俺は思った。

 もう過ぎたことだ。

 もしかしたら両親は悲しむかもしれないが、今はちゃんと思い出せるのだから許してくれるだろう。


 俺は気を取り直して、本棚に向かい合う。

 本来の目的を果たそう。

 そもそも執筆の参考になりそうな小説を探しに来たのだ。


 何かいい小説がないかとしゃがんで手を伸ばすと、足元の棚の段の端っこに何か紙が挟まっていることに気が付いた。


「なんだ、これ」


 気になって取ってみると、それは原稿用紙だった。

 もしかして、と折りたたまれた原稿用紙を広げてみる。

 するとそれは予想通り、俺が昔書いたであろう小説だった。


「こんなところにあったのか」


 またもや、俺の求めていたものはすぐ近くにあったらしい。

 俺は何度同じことを繰り返すのだろうか。

 思わず笑ってしまった。


 俺は一旦小説を探すのをやめ、自室へと戻り椅子へと座った。

 机に原稿用紙を広げ、自分が過去に書いた小説に目を通してみる。

 タイトルにはこう書かれていた。


『水族館と僕』


「───は?」


 短い声が、溢れた。

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